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EP6:アンラッキーボーイ
しおりを挟む時刻は11時20分頃。『異法』を宿した少年、成鬼勠人は自身に対して謎の手紙と不可思議現象を起こしてきている敵の正体を暴いて止めようとしていた。
カラスやらの襲撃によってボロ屋敷の中に押し込まれており、踏めば抜けてしまう床では走り難い上に汚いという状況にて一計を案じた。
一計といっても大した事はない。床が駄目ならば壁を通れば良いと考えただけである。
勠人のシンプルに床下が汚いので嫌、という程度の考えからの作戦だが今回に関しては上手く作用していた。一般的には壁よりも頑強に作られているのが床なのだが、古い構造の家では床下の湿気やシロアリの影響などで壁よりも脆くなる場合があり、このボロ含む周辺の家々はそうした特殊な状況下にあったのだ。
玄関で左斜めにひょいと飛び上がり、少々の勢いをつけてから先ず左手の指を壁に突き刺してめり込ませる。そして重力に従って下がる右半身を支えるべく、同じ様に右手の指を壁にめり込ませる。
常人ならば成し得ない曲芸の様な動きだが、『異法』によって普通の人間を軽々超越する勠人だからこそ可能な動きだ。
体の支えを指のみにし、足はあくまでも勢いをつける為の瞬発力のみに活用する。これによって抜群のスピードで壁を走る事を可能とするのだ。
そうして壁を駆け、紙飛行機が先程通ってきたのだろう階段にまで到着する。遠くは無かったが床下が抜けて嫌な思いをする事なく辿り着いたので多少は気が収まってきてもいた。
そもそも何故、一時的な避難場所としただけの家の2階にこうまでして行こうとしているのか。
勠人は2階にどうやってか犯人がいるのだろうと予想していた。紙飛行機を飛ばすのだったら流石に家の中でないと無理だろうな、と思ったからである。
勿論、向こうも『異法』で何とか――それこそサイコキネシスなどで――しているのかもしれないが、それにしては勠人に起こしている現象は規模が小さ過ぎる。起きている事はどれかしら一つであれば、偶然で起きる様な事しかない。
木の枝が落ちる事も、脅しの紙が風で飛んでくるのも、投げた石がカラスに当たるのも、虫が顔に飛び出てくるのも、ボロい家で床が抜けるのも。それぞれだけなら不運だったで片付くものだ。
サイコキネシスか何かが使えるのならば、もっと直接的な手段がありそうなものなのに。
そうこう考えながらも壁をつたったまま、2階へと登っていく。その先にはやはり、自分と大して歳の変わらないか少し幼い背格好の人影があった。
その人影の向こうにある窓ガラスが割れ、散らばったガラスの破片と共に野球ボールサイズの石が転がっている。窓枠には組み立て式のハシゴがかけられており、恐らくはそれらを使って入ってきたのだろう。
「ようクソガキ、恐ろしい目に遭わせると言った割には大した事のない襲撃だったな?」
びくりと震え、振り向いたのはフードを被った見覚えのない男子だった。
辿り着けた事が意外なのか目を丸くして黙りこくっている。勠人はその様子から2階に辿り着かれる事を想定していなかったのだと察し、更に続ける。
「実は俺、色々と知っているんだよ……お前は綾岡第一中学校のガキ、違うか?」
ナハテ・プライクラムから聞かされた話が正しければ『異法』を宿すのは、勠人と同じ中学校に通う人間らしい……教えられた知識が正しいかどうかの確認も兼ねてのハッタリであった。無論、この辺りの中学校の数などたかが知れているので大した意味はないかもしれないが。
しかし、図星だったようで対面する少年の顔は見る見るうちに青ざめていく。大した警戒もなく舐めた態度を取られていた事を察した勠人だったが、怒りは湧いてこなかった。
否、怒りを感じない訳ではなかったが、その見るも哀れな様子に容赦をしてやろうと考えたのだ。人間は自分が優位に立っている時には痛めつけるか、優しく扱うかを考える生き物だ。
そして勠人は自分よりも年下かもしれない少年に、それも大した怪我は負わされていないのに脅すというのは大人気なく思ったのだ。
あるいはガラスの破片の反射に照らされる、その少年から宗教画の様に傷つける事を憚られる様な雰囲気を感じ取ったのかもしれない。その場合、やはり少年は幸運なのだろう。
「…………おい、お前」
ちゃんと反省するか、と続けようとした勠人の言の葉が止まる。
追い詰められたと感じているのか、一応は正面を向いていた件の少年が下を向いてブツブツと何事かを呟き出した。
「……おかしい、なんでこんな目に遭わなきゃいかないんだ、なんで上手くいかないんだ、やっぱり運が悪いんだ……いや違う…………いまの俺はついてるハズなんだ…!」
呟くのを止めた少年はくわっと顔を上げ、必死の形相で窓の方へと駆け出した。
突然の行動に不意をつかれた事、怒りが収まりつつあってパワーダウンしていた事、そして止める事が『異法』を用いた攻撃と判断される可能性が頭をよぎり、勠人はその動きに反応出来なかった。
少年が窓に到達する1、2歩前に慌てて1歩踏み出したが……運悪くその1歩によって勠人の真下の床が抜け落ちてしまった。
落下を始める勠人を尻目にニヤリとして少年がハシゴを下っていく。この野郎、とは思っても落下は止まらない。
勠人が落下し、少年がハシゴから飛び降りても運が良ければ多少の傷ですみそうな高さまで降りた頃に、何と屋敷の天井が崩壊を始めた。
2階からの落下の衝撃で動きが止まり、勠人が停止状態から動き出すのには何秒間かの時間を要する。
しかし、その数秒間を待つ事なく屋根の残骸は降り注ぎ…………そして勠人の身体は残骸に呑まれた。
直前までは自分が居た家が壊れ果て、そして自分と先程まで対面していた人間がそれに巻き込まれるのを少年―――幸伏大運は目撃し、そして震えていた。ここまでの事が自分を起点にして起こってしまったのを薄らと察してしまったからである。
元々、大運は大した人間ではない。
彼の両親は共に間が悪い・運が悪いと評される様な人間で、いつも周りから損な役回りを押し付けられがちだった。
そして1人息子にはそうした目に合わない、幸福な人生を歩んでほしいと名前をつけたのだ。
しかし彼の人生は幸福に満ち溢れていたかといえば、そうではないと答えざるを得ないモノだった。確かに人並外れた不幸を味わったりなどはしていない。
両親は健在だし、貧乏な家庭という訳でもない。学校でイジメを受けていたという事もなく、友人が1人もいないなんて事もない。
ただ周りと比べると少しばかり、運が悪い方である事もまた事実であった。
朝ギリギリに出ると信号に引っかかって遅刻してしまったり、テストの選択問題を勘に任せると大概は外れる。ガチャで狙っているものは毎回外すし、外を歩いて靴紐が解けるのもしょっちゅうだ。
普通であればその程度の事ならば自分は少し不運かもしれないな、と思うだけなのだが大運はそうではなかった。彼のその名前、それに込められた願いが彼に否が応でも自分の不運さを強く意識させた。
大して意識しなくて良いような事でも、彼の思考に自分の不運が過るのだ。
自分は名前に反するように運が悪いから、これが上手くいかない。でもそれは自分のせいではなく、運が悪いせいだ。
だから運さえ良くなれば自分はもっと上手く出来る、凄くなれる。
でも運が悪いから、自分は失敗してしまう。なんて可哀想なんだろうか……
そうして大運は自分の失敗を自分自身の能力や努力が不足しているのが原因ではなく、自分のその運の悪さに起因していると考えるようになっていった。
そんな他責の思考に陥った大運に幸運を支配する『異法』が宿ったのは、当然の事なのだろう。
正確に把握していた訳ではないが、日頃から自分の不運を数えるようにしていた大運からすれば一瞬で気がつく変化であった。
自分の不運さが消えてなくなり、寧ろ自分の思うがままに物事が進んでいく。避けて通らなければならなかった不良寄りの生徒達が占拠する廊下も、彼ら自身が降り注ぐ不幸によって退いていく。
世界が一変した。まるで自分が世界の頂点に君臨したような気分だった。
運良く自分の様に特殊な能力や特性に目覚めた生徒がいる事も知り、その内の1人である隅咎に接触して今日の様に不幸で脅して手下にする事も出来た。
手下を作って何かをしようと思っていた訳でもなかったが、特殊能力のある人間の上に立つ事で自分の凄さを感じて悦に浸っていた。
隅咎が見た事も聞いた事もないメカニカルな存在に追われ、更には変身の能力者も乱入してきたのは驚いたが自分の手下が増えるのならば悪い事ばかりではないと考えていた。
誰も自分の正体を暴くことすら出来ないと思っていたからだ。それも追い詰めている相手に姿が見られるなんて事は、殊更にあり得ない様に思えた。
しかし不幸の数々は突破され、自分に辿り着かれてしまった。その恐怖は大運をかつてない程に焦らせた。
一応はフードを被っている状態で、しかも顔も知らない様な相手に学校までも知られていた。その、この後どうなってしまうのかという不透明な不安感が彼を極端な方向に走らせた。
自分の運を、能力を信じて駆け出した。
能力がどんな風に発動するのかは大運自身にも分からない。発動したという感覚すらもない。
だからこそ目一杯願ったのだ。自分のとびきりの幸福と、相手のとびきりの不幸を。
それが、目の前の惨事を引き起こしてしまった。
確かに強そうな姿に変身していたし、今までの不幸は掻い潜られている。
しかしそれは元々の姿に殆ど戻ってしまっていても出来る事なのだろうか。2階から落下した衝撃の後に天井が崩れ落ちても生きていられるのだろうか。
人を殺してしまったなんて、なんて自分は不幸なんだろう。
そんな一瞬で崖っぷちにでも立たされた様な、絶望的な気分の大運の瞳はあり得ないものを映した。
天井が崩れ落ち、その影響で土煙が舞う屋敷の方から人影が此方に向かって来るのが見えたのだ。
煙に隠れて全体像は捉えきれないが、間違いなく人の形をする影が浮かび上がっている。しかし頭部に見える辺りからは大きな尖りが2つ、しかも人の形にしては妙に角ばって見えもする。
足場が悪いせいかゆらりゆらりと揺れながら、木やら石やらを踏み抜く音と共に影の形は鮮明になっていく。
「…お、お前は…!?」
土煙も晴れ、姿を完全に現したソレは土汚れに塗れながらも傷の一つも見えず、そして硬くしなやかな印象の光沢を放っている。全身を包むメカニカルで頑強な鎧だが、頭部や肩など部分部分で鎧を突き破ったかの様な角が見える。
そしてソレは相応に体勢を崩しながらも、その眼光は大運を射抜いていた。
「この野郎、クソガキが。人が優しい態度に出たら図に乗りやがって間抜け面の生ゴミめ……今からは容赦なんて捨てて、お前なんか一生この俺を上回るなんて出来ないっていう事を教えてやるよ!」
大運と対峙する、苛つきから口調がヒートアップしているソレの正体。昨晩現れたあの機械騎士に似た鎧を纏い、更に怒りで変身を遂げた者。
成鬼勠人、その人である。
大運を指指すその右手に装着されたヘレナイト・コアからは、その怒りに反応したのかメラメラとした炎が溢れ出ている。
「お、お前まさかさっき巻き込まれたヤツ…!?あの昨日の変なのとはグルだったのか!」
その鎧の姿を見て機械騎士との関係を確信した大運の叫びに対し、やれやれと息を吐く勠人。
面倒そうに右手を下げ、それを自分の胸の前に持ってきて語り出す。
「そうでもないけど……いや、確かにちょっと前からはそうかもな?……お前がわざわざこの俺にケンカ売ってきやがったオカゲで、やたらと面倒な事に巻き込まれそうだぜ」
だが一つは良い事もあるな、と続けつつ両手を地面に置いて右足を下げる――所謂クラウチングスタートの体勢を取る。
足場の状態は最悪で、常人ならただ立つのにも支えが必要そうな場所で重心の傾く姿勢を問題なく行えるのは流石と言う他ないだろう。
そして露骨に突撃をしようと体勢を整え始めた勠人に対し、大運も黙って見ている訳にもいかない。先程は加減をしていたとはいえ不幸を突破し、2階の崩壊と天井の落下という最大級の不幸も鎧のお陰か無傷で済んでいる様な相手に無抵抗でいる気はないのだ。
なので一先ずは全速力で走り、障害物を自分と相手の間に挟んで勠人を脅しにかかる。
「お、おい!俺に飛び掛かるならお前には不幸が襲いくるんだぞ!さ、さっきまでの弱いのとはケタ違いの恐ろしいものが!!」
その必死の説得を聞いているのか、いないのか。勠人は体勢を変える事なく、むしろどんどんと前のめりに体重を移動させていく。
既に大運の『異法』は機能して勠人の鎧に虫が群がり、足場となる屋敷の残骸はガシャンコガシャンコと音を立てて崩れていく。
更には向かい風も吹き、そして辺りのゴミやら枝やらがカツンカツンと鎧に当たって視界の邪魔をもしだす。しかしその程度では勠人の動きを止める様な効果を得る事はできず、遂にはぴたりと動きを止めてしまう。
「ムカつく奴を貼り倒せるっていうのは、厄介事に対する報酬としてはそれなりのもんだ……さあ、止めれるもんなら止めてみろっ!!」
言い終えると同時に地を思い切り蹴り出し、体重を支えていた両の手でもぐんとスピードをつける。
かけ出す直前に足場は更に崩れ、追い風は強まり、土煙が視界を塞ぐ様に立ち込めていた。しかしその一切を振り切って爆発的な速度で走り抜ける。
虫を蹴散らし、瓦礫を踏み抜き、コンクリートの壁を正面から蹴り壊しながら勠人は走る。そのパワーアップした速度をもってすれば大運が必死に走った距離などはあっという間に詰められる。
大運の隠れるコンクリートの壁の、その数メートルは前で飛び上がってその後ろに舞い降りて彼をギロリと睨みつける。
「どうやら俺を止める程じゃなかったみたいだな、お前の言う不幸ってのは。とはいえ本当に大した事がなかったからビックリでもあるけど……」
呆れたふうに大運に語りかける勠人だが、その大運はそれを聞いてはいなかった。ただガタガタと震え、もはや逃げ出す事すらも出来ないと完全に諦めて思考を閉ざしてしまっているのだ。
それを見て少し苛つきを覚えた勠人は、彼の頬をその炎が漏れ出す右手でぐにっと掴む。
「言っておくが、今回に関してはケンカ売ってきたのお前だからな?自分は可哀想な奴面しやがってるが。……それに、俺に対して何の作戦もなく攻撃やら逃亡やらしようたって上手くいくワケがないだろうがよ」
涙を蓄えるその瞳をフェイス越しに見つめ返し、続ける。
「運だけで何でもかんでも出来る様になんか、ならないんだよ。運も実力の内とは言うが、あれはあれで実力もある奴の為の言葉なんだよタコが!」
分かったら努力しろガキ、と締めくくって掴んでいた頬は放して右手で頭にチョップをする。するとその手の甲から漏れ出ていた炎が手を包み、そして大運にも燃え広がった。
その炎はやはり、不思議と焼き尽くす様な勢いもなく伝わって彼の体を包み込む。その背後に巣食っていたヤツと見えないながらも展開する『異法』の広がりを焼き払う。
大運は疲れからなのか、そのままぐらりと横になって気絶した。
「………一旦はこれで大丈夫なんですよね、ナハテさん?」
《まあガキにしては及第点といったトコロでしょうか……今後のアナタについて、大変不本意ながらワタクシがきっちりと説明して差し上げますよ。………さあ、ワタクシの貴重な時間を無駄にするワケのは許されないので『ナイト・カフェ』にさっさと戻ってくださいな》
「は、はい……分かりました……」
敵を倒し、鎧を纏い、今日の後悔を取り戻せた様なそうでもない様な。
自分でも現在の状況を正確に把握できていない事を感じながらも、勠人は一つだけ理解している事があった。
「…………お昼、もうちょい遅くなりそうだな」
時刻は11時30分過ぎ。やたらと運動して腹が空いた勠人だったが、彼の昼休憩はもう少し先になりそうであった。
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