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1 婚約破棄王子と呼ばれても
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「サリオン殿下、初めてまして。アーロン・オーベントと申します。殿下と同じ成人前です。このたびは僕の婚約者になってくれて、ありがとうございます」
ああ、なんて綺麗なんだろう、金髪碧眼。王族特有の容姿を持ち合わせたアーロンが、紅顔して僕の前で微笑んでいる。その瞳に映る僕の地味な容姿。肩までの鈍銀色の巻き髪に茶色の瞳と血色の悪い青白い頬が見えた。王族とは似ても似つかない、ガルド神への罪と罰の色だ。
「ご機嫌よう、アーロン・オーベント。僕はサリオン。貧乏くじをひいたようですね」
僕は出来るだけ不機嫌な表情で、アーロンに答えた。アーロンの瞳に映る僕は嫌そうな顔をしている。十歳の子供の婚約者同士、僕はアーロンのために嫌がる不機嫌な顔をして見せた。しかしアーロンは華やかな顔を見せたのだ。
「とんでもない。サリオン殿下の伴侶候補から、伴侶に抜擢され嬉しい限りです」
そんな風に答えられて、僕は困ってしまう。短い金髪がはねて、子供らしく愛らしいアーロンが屈託なく笑いかけてきた。
「今度大公領に遊びにいらしてください。僕が案内します」
初めて会った婚約者は何度かハンカチで手を拭い、その小さな手を突き出す。握手をしたいのだろう。
「父が許せば、是非」
僕はそんな風に誘われるなんて思っても見なくて驚いたが、なるべく冷たく言い放ち、手を出さずに踵を返した。僕が落実のため王息扱いだけで、貴族爵を持たず王位継承権を剥奪されているのは周知の事実だ。十歳の僕だって知っている。もっと小さな頃からお見合い相手はひっきりなしだが、王族特有の容姿を持ち合わせない僕を見て、いなくなるのが普通だった。
僕の住む場所は王宮の離れの宮つまり離宮だ。離れに住む理由は虐げられているわけではなく、王宮にある宿り木から一番遠いところにいた方が、これ以上ガルド神の怒りに触れない方がよいだろうという宰相の表向きの考えからだ。
王宮には父様とセシル兄様が住み、母が死んだ今後宮には女主人がいない。周りは躍起になって後添い王妃になれる人を探しているみたいだけど父様は頷かない。
居間から出た僕は廊下にいて、芝生が綺麗に生え揃う庭にアーロンが従者二人と出て行くのを見ていた。綺麗な跳ねてそれすら輝く金髪は太陽を浴び、歩く姿も洗練されている。きっときちんと学んでいるのだろう。だって王位継承者だ。
「サリオン殿下。アーロン様は良い方ではありませんか」
このお見合いの一部始終を見ていた離宮女官長のメーテルが、僕の後ろで口を開いた。薄金の長い髪を持つメーテルは母が嫁す時に一緒に来た従女で、母の乳兄弟だ。母と一緒に兄を育て上げ、母が亡くなった後は僕を育ててくれている。
「何日持つんだろう、彼は」
僕はアーロンの後ろ姿を見送りながら呟いた。するとメーテルがくすっと笑う。
「そうですわね。直近ではメッサー侯爵子息が三日、バルバイト公爵令嬢が一日、ロックウェル公爵がその日でしたかしら」
五歳から数えれば両手くらいになる『元婚約者』。僕の王族らしからぬ姿を見て落胆し、視線を彷徨わせる。婚約者を降りたい。婚約をしたくないと漏れていくため息。破棄は身分が上の者からしか出来ないから、彼らのお願いを聞くのは常に僕。察するのだ、なるべく早く。
『この婚約を破棄します、ごきげんよう』
その言葉に安心する人々の顔。この断り方は、メーテルに教えてもらったものだ。
「ただの王息にあまり価値はないと思うけど」
「いいえ、国王陛下と王太子殿下に愛されていらっしゃるサリオン殿下が、小首を傾けてお願いでもしてしまいましたら、国庫国費を放出してまで叶えてくれるでしょう」
メーテルがそう笑いながら話す。やりそうで怖い二人だから、僕は首を横に振る。
「僕はそんなことはしないよ」
「賢明な判断ですな、殿下」
相変わらず気配が無く訪れた宰相のクロルが大量の書物を持っている。
「またお勉強ですか、クロル」
受け取るしかない僕は、背の高い黒衣のクロルから書物を貰った。クロルは祖父の代からの外国人宰相で、初めは話し相手だったのに、父の代からは宰相になっている。父曰く『勘が良い』らしく、物事の通りが良いらしいから、重宝されているそうだ。
「はい、お勉強です。オーベント公爵家の歴史、領民などひと通り」
「僕、レムリカント王国の侯・公爵家のことをほとんど学んだことになるよ」
黒衣の黒髪黒瞳のクロルは深く頷いた。長い髪は額から左右に分かれて、両端を少し取りまとめて、後ろで縛っている。異国の成人男子の風習らしい。僕はクロルといると少し安心する。クロルの髪色に対して、僕の鈍銀色の髪色はまだましだと思うからだ。
「左様でありますね」
気にしてほいのだけど、クロル。縁談を断ってきたこの十の年までについたあだ名は、不名誉にも程がある『婚約破棄王子』。
「知識はご自身を裏切りません。少なからず、アーロン様は喜んでおいでのようでしたが」
クロルの言葉に、メーテルが何度も頷いた。
「優しい瞳でしたね。アーロン様」
「メーテル殿がそのような賛辞を。では、長いお付き合いになるやもしれません」
「あら、クロル宰相様、『予測』されているのでは無くて?」
「さあ、どうですかな」
クロルとメーテルの言葉遊びを背にして僕は部屋に戻り、アーロンが継ぐオーベント大公地をまとめ上げた書物をめくった。
ーーー
光が眩しすぎるのも辛いものです。たまにいますよね、自信満々くん。
ああ、なんて綺麗なんだろう、金髪碧眼。王族特有の容姿を持ち合わせたアーロンが、紅顔して僕の前で微笑んでいる。その瞳に映る僕の地味な容姿。肩までの鈍銀色の巻き髪に茶色の瞳と血色の悪い青白い頬が見えた。王族とは似ても似つかない、ガルド神への罪と罰の色だ。
「ご機嫌よう、アーロン・オーベント。僕はサリオン。貧乏くじをひいたようですね」
僕は出来るだけ不機嫌な表情で、アーロンに答えた。アーロンの瞳に映る僕は嫌そうな顔をしている。十歳の子供の婚約者同士、僕はアーロンのために嫌がる不機嫌な顔をして見せた。しかしアーロンは華やかな顔を見せたのだ。
「とんでもない。サリオン殿下の伴侶候補から、伴侶に抜擢され嬉しい限りです」
そんな風に答えられて、僕は困ってしまう。短い金髪がはねて、子供らしく愛らしいアーロンが屈託なく笑いかけてきた。
「今度大公領に遊びにいらしてください。僕が案内します」
初めて会った婚約者は何度かハンカチで手を拭い、その小さな手を突き出す。握手をしたいのだろう。
「父が許せば、是非」
僕はそんな風に誘われるなんて思っても見なくて驚いたが、なるべく冷たく言い放ち、手を出さずに踵を返した。僕が落実のため王息扱いだけで、貴族爵を持たず王位継承権を剥奪されているのは周知の事実だ。十歳の僕だって知っている。もっと小さな頃からお見合い相手はひっきりなしだが、王族特有の容姿を持ち合わせない僕を見て、いなくなるのが普通だった。
僕の住む場所は王宮の離れの宮つまり離宮だ。離れに住む理由は虐げられているわけではなく、王宮にある宿り木から一番遠いところにいた方が、これ以上ガルド神の怒りに触れない方がよいだろうという宰相の表向きの考えからだ。
王宮には父様とセシル兄様が住み、母が死んだ今後宮には女主人がいない。周りは躍起になって後添い王妃になれる人を探しているみたいだけど父様は頷かない。
居間から出た僕は廊下にいて、芝生が綺麗に生え揃う庭にアーロンが従者二人と出て行くのを見ていた。綺麗な跳ねてそれすら輝く金髪は太陽を浴び、歩く姿も洗練されている。きっときちんと学んでいるのだろう。だって王位継承者だ。
「サリオン殿下。アーロン様は良い方ではありませんか」
このお見合いの一部始終を見ていた離宮女官長のメーテルが、僕の後ろで口を開いた。薄金の長い髪を持つメーテルは母が嫁す時に一緒に来た従女で、母の乳兄弟だ。母と一緒に兄を育て上げ、母が亡くなった後は僕を育ててくれている。
「何日持つんだろう、彼は」
僕はアーロンの後ろ姿を見送りながら呟いた。するとメーテルがくすっと笑う。
「そうですわね。直近ではメッサー侯爵子息が三日、バルバイト公爵令嬢が一日、ロックウェル公爵がその日でしたかしら」
五歳から数えれば両手くらいになる『元婚約者』。僕の王族らしからぬ姿を見て落胆し、視線を彷徨わせる。婚約者を降りたい。婚約をしたくないと漏れていくため息。破棄は身分が上の者からしか出来ないから、彼らのお願いを聞くのは常に僕。察するのだ、なるべく早く。
『この婚約を破棄します、ごきげんよう』
その言葉に安心する人々の顔。この断り方は、メーテルに教えてもらったものだ。
「ただの王息にあまり価値はないと思うけど」
「いいえ、国王陛下と王太子殿下に愛されていらっしゃるサリオン殿下が、小首を傾けてお願いでもしてしまいましたら、国庫国費を放出してまで叶えてくれるでしょう」
メーテルがそう笑いながら話す。やりそうで怖い二人だから、僕は首を横に振る。
「僕はそんなことはしないよ」
「賢明な判断ですな、殿下」
相変わらず気配が無く訪れた宰相のクロルが大量の書物を持っている。
「またお勉強ですか、クロル」
受け取るしかない僕は、背の高い黒衣のクロルから書物を貰った。クロルは祖父の代からの外国人宰相で、初めは話し相手だったのに、父の代からは宰相になっている。父曰く『勘が良い』らしく、物事の通りが良いらしいから、重宝されているそうだ。
「はい、お勉強です。オーベント公爵家の歴史、領民などひと通り」
「僕、レムリカント王国の侯・公爵家のことをほとんど学んだことになるよ」
黒衣の黒髪黒瞳のクロルは深く頷いた。長い髪は額から左右に分かれて、両端を少し取りまとめて、後ろで縛っている。異国の成人男子の風習らしい。僕はクロルといると少し安心する。クロルの髪色に対して、僕の鈍銀色の髪色はまだましだと思うからだ。
「左様でありますね」
気にしてほいのだけど、クロル。縁談を断ってきたこの十の年までについたあだ名は、不名誉にも程がある『婚約破棄王子』。
「知識はご自身を裏切りません。少なからず、アーロン様は喜んでおいでのようでしたが」
クロルの言葉に、メーテルが何度も頷いた。
「優しい瞳でしたね。アーロン様」
「メーテル殿がそのような賛辞を。では、長いお付き合いになるやもしれません」
「あら、クロル宰相様、『予測』されているのでは無くて?」
「さあ、どうですかな」
クロルとメーテルの言葉遊びを背にして僕は部屋に戻り、アーロンが継ぐオーベント大公地をまとめ上げた書物をめくった。
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光が眩しすぎるのも辛いものです。たまにいますよね、自信満々くん。
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