婚約破棄王子は魔獣の子を孕む〜愛でて愛でられ〜《完結》

クリム

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8 夜のお散歩と魔獣

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 夕方まだ日がある頃に、パンとスープの簡単な食事を済ませると、僕とセシル兄様の二人で湖を散策していた。

 もうじき月が昇る。僕は目を輝かせて湖を見つめている。

「ハンロックは一緒ではないのですか?」

「湯を沸かしているんだよ。あとで入るだろう?」

 アルベルトもテレサもいないから、ハンロックとメーテルはのんびりとはいえ、働きっぱなしだ。だから少し長めに散歩をしようということになり、セシル兄様は屋敷の裏手の村からは死角になっているところの岩に座った。

「月が昇るね。サリオン、服を脱いでいいよ」

 月はいつも丸くて綺麗で、その月が湖に映し出される。その鮮やかさに誘われて僕は服を脱いだ。ストッキングベルトを外し、ストッキングが小さな絹づれを伴い落ちる。キュロットのボタンを外し、ブラウスのリボンタイを抜くと下着ごと脱いでで全裸になった。

 僕を真下に照らす月明かりを全身に浴びた。湖に映るのは青白い痩せた身体。その身体が変化していく。目を閉じた。感覚的には一枚の毛皮を全身に服を着る感じだ。

 目を開くと一瞬で湖に映るのは、髪色と同じ鈍銀の毛皮を持つ獅子型の魔獣……の子供。

 僕の落実の本当の呪いは、夜、魔獣になってしまうことだ。絶対に人に知られてはならない、ガルド神に対する罪深き呪い。だから離宮にいる。

「お見事」

 セシル兄様は僕の服を集めると、僕が帰るまで荷物番をするようだ。

『セシル兄様、お散歩してきてもいいですか?』

 獣体になると僕の気持ちは少し軽くなる。目一杯駆け回りたい気持ちでうずうずしていた。

「どうぞ。あまり森の奥には行っては駄目だよ」

 聞いたか聞かないかで僕は走り出していた。全力で風を切るのは気持ちいい。湖を一周したくて勢いをつける。誰も道をつけていない草原を走る。走った後には獣道が細く出来て消える。まるで泡沫の道のようだ。

 湖を半分回った頃には、小さな滝を見つけた。滝と言うより岩場から湧き出た清水が一メートル程勢いよく湖に落ちる場所だ。

 そこから薄荷ハッカの香りがした。薄荷茶は好きなお茶で、メーテルもよく入れてくれる。そんな薄荷が自生しているのなら、その上でコロコロ転がってみたいと勢いづいた。

『うわ!』

 強い薄荷の香りに飛び込んだら、声がする。四つ足で立ち上がると、僕の下に金色の獣がいた。

『あ、ごめんね。大丈夫?』

 僕より小さい身体の金色の顔は獅子の子で、しかも瞳も金だ。

『危ねえなあ』

『喋る!……君は魔獣くんかあ』

 金の魔獣はまん丸な目をして僕を見上げてきた。

『う、あ、そ、そうとも言う。お前もそうか?』

 僕は一瞬考えたのちこの身体を見てから、

『そうだね』

と話した。薄荷の香りはこの金の獅子型の魔獣くんからしたのだ。僕がくんくんと匂いを嗅ぐと、

『なんだよ』

『君から薄荷の匂いがする』

『お前からもスーッとする匂いがするぞ。薄荷のいい匂いだ』

と金獅子型の魔獣くんは僕の身体に擦り寄る。そうなのかな?自分では分からない。金獅子型の魔獣くんは金の瞳を細めてゴロゴロと喉を鳴らしながら、僕の生え揃わない喉毛を甘噛みした。

『なに?』

『あ、あれ?』

 無意識のうっかりだったようで僕は気にせず、

『小さな魔獣くん、ここは人里も近いよ。どうしたの、森へお帰り』

と諭すと、

『お前はどうなんだよ』

と切り返された。うーん、どうしたら良いのだろう。僕より小さな魔獣くんを、森の奥に帰さないといけないのに。万が一貴族に見つかれば、従属されてしまう。背後を見ると遠い岩の上に、セシル兄様が見えた。だから、

『あそこの岩の人、分かる?この国の王太子。僕は王太子殿下の……従属獣で、この辺りに危険がないか調べているんだ。湖一周するんだよ』

と取り繕った。すると魔獣くんは

『じゃあ、俺も一緒に調べる。実は親父と喧嘩して、すぐには帰りたくないんだ』

 そう話しながら僕の横を歩き出した。え、えーっと……まあ、いいか。僕は連れだって歩き出す。水面にキラキラと月の光が輝いて、魔獣くんの金色のまだ短い鬣に反射している。

『綺麗な金色のたてがみだね。僕のは鈍銀でみっともなくて』

『そうか?お前の鬣は俺の婆様と同じ色みたいで好きな色だ。婆様は茶銀色で巻き毛』

『お婆様のこと、好きなんだね』

 魔獣くんは嬉しそうにマズルを歪めた。

『おう、一等に大好きだぜ。ちっちゃいけど、凄い強いんだ。親父より強いんだぜ。俺は絶対に大きくなって、今は勝てないない親父を見返してやるんだ』

 僕は魔獣くんがかなり羨ましい。僕は離宮育ちで父様には大切にしてもらっている。でも、喧嘩などしたことはないからだ。

『どうした?』

『なんでもない』

 僕は魔獣くんを少し引き離すように走ってみた。湖をぐるりと一気に走ると、金の魔獣くんは嬉しそうについてきて、僕は岩場を上がり魔獣くんを待つ。

 こんなに走ったのは初めてで息が上がる。魔獣くんが一緒の場所に上がって来ると、やはり薄荷の香りがした。あと少しでセシル兄様の岩場だ。随分月は傾いている。

『ここで終わりだよ。森にお帰りよ。うちの場所は分かるかな?』

 金の魔獣くんはまた僕の脇や腹あたりに頭を擦り付けて、

『今来た道を戻るだけだ。明日もいるか?』

と聞いてきたから僕は頷いた。すると踵を返して真下の地面に飛び降りると、風を切って森の奥に消えて行く。

 楽しかった。ああ、楽しかった。一人で散歩も気持ちいいのだけれど、全力を出してもついて来てくれる金の魔獣くんがいてくれて嬉しかった。

 僕は高い岩場から降りて、セシル兄様の岩場へ歩いて行く。セシル兄様の岩場の下にはハンロックがいて、唇に人差し指を押し当てて、セシル兄様を指差した。

 セシル兄様は膝を抱えて眠っていたのだ。長い巻き毛が肩からふわりと落ち、ふさりとした睫毛はしっかりと閉じられて寝息を立てている。その肩にハーピーが留まり静かにしていた。

 そんなセシル兄様の膝に僕の服を乗せて、ハンロックはセシル兄様を抱き上げる。

「裏口から入ろう」

 屋敷の裏口にはメーテルが立っていて僕らは迎えられ屋敷に入った。



 ※※※※※※※※※※※※※※※



 運命の番いだ!間違いない!親父と喧嘩してこっちに来たけど良かった。嬉しい!

「婆様、婆様!俺、番いを見つけた」

 婆様はにっこりと笑って人差し指を口元に出す。

「そうなんですね。いきなり『好きだ、番いになろう』なんて言ってはだめですよ」

「じゃあ、婆様、なんて言えばいい?」

「そうですね、かの夏目漱石は『アイラブユー』変わる言葉として『月が綺麗ですね』としました」

「なんか、すげー!」

「返答として二葉亭四迷が『ユアーズ』を『死んでもいい』と訳したものを、運命の番いが呟けば成立するのではないですか?なーんてね」

「『死んでもいい』って言ったら、あいつは俺のものか!婆様、明日も湖に行く!」

「あ、ちょっと待ちなさい。相手の気持ちもっ!というか、夏目漱石なんてこの世界では分かりませんよ?」

 婆様はいつもいいことを教えてくれる。俺は、明日、あいつに番いの約束をする。

『月が綺麗』をするんだ。そんであいつが『死んでいい』したら、俺たちは番いだ。親父見てろよ!あいつは絶対に運命の番いなんだからな。



ーーー
このファンタジーに『夏目漱石』ですか!と、なると、婆様はま、ま、まさかのター……?
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