婚約破棄王子は魔獣の子を孕む〜愛でて愛でられ〜《完結》

クリム

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10 アーロンの麦畑で親愛の接吻を

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 セシル兄様の王領地から帰ってしばらくしてから、アーロンの王領地の麦畑を見に行った。

 麦畑が一望できる小高い丘に小さな屋敷があって、そこで働く人々を見下ろしながら外で正餐をする贅沢。アーロンは嬉しそうにしている。

「いつも顔色がお悪いサリオン殿下が過ごしやすいような館を作るのに時間が掛かりました。こちらは殿下のものです」

 テラスから続く居間は広くて、長いソファーが窓際に並んでいた。

「いつでもサリオン殿下が休憩出来る様に綺麗にしておきます。離宮が居辛ければいつでもいらしてください」

 アーロンは鴨のパテを眉を潜めて食している。苦手なのかと思っていると、目が合ってしまう。

「実は肉が苦手なのです」

「無理をしなくても、魚にしてはどうだろう?」

 アーロンは無言のまま食べ続け、側仕えのカノンが困った顔をしている。僕も無言のまま食していると、麦畑から一人の老人がやってきて、護衛騎士のロイドに止められる。テーブルまで数メートルの所で、膝をつき両手の物を差し出した。

「無礼だぞ、アーロン様と殿下との正餐に」

 ロイドが散るように片手で振り払うが、老人は手の中の魔法石をいくつか見せて来る。

「麦の村スムスの村長です。無風になり風車が回りません。是非とも魔法石にお力」

 僕はアーロンと顔を見合わせる。貴族の仕事の一つが魔力供給ではあるが、こんな小さな僕らにまですがるなんて。

「王領地であろう。王の魔力が満ちているのではないのか?」

 アーロンの言葉に村長が首を横に振り、

「確かに王領地ではありますが、王位継承者管理地になった今、魔力は途切れており、貴方様のお力にすがるしか……」

 と告げる。アーロンは眉を潜めて、首を横に振った。

「ま、魔力供給は出来ない。習っていないのだ」

 貴族学舎で習うのだろうか。僕は立ち上がり、村長の所に歩いて行った。

「殿下、お下がり下さい」

 ロイドが制するが、僕は老人の前に立つ。

「アーロン、僕が供給しても構わないかな。風車が回らなくては村人が困るだろう」

「あ、ああ」

 僕は老人の手の中の充填用の魔法石に手を翳す。いきなり流すと割れてしまう魔法石に触れて少しずつ魔力を流し込んで行く。身体が少し軽くなる感覚がして、僕は息を吐いた。

「これでしばらく使えると思います」

 僕は老人に軽く頭を下げ、転げるように走って戻り、丘の端で見ていた村人と合流しているのが見える。

「サリオン殿下!僕のために魔力供給をしてくださりありがとうございます。婚約者の地に気遣ってくださるなんて、僕は殿下の婚約者として嬉しい限りです」

 アーロンが目を輝かせて僕の戻るのを待ち兼ねていた。食事はデザートに変わり、僕とアーロンは室内に入り、ショコラのケーキとお茶が室内テーブルに置かれている。

「アーロンは魔力調整はまだ?」

「魔力の学びより貴族の学びが中心でお恥ずかしい限りです」

 アーロンが真っ赤な顔をして俯いた。いつもより顔が赤いのは太陽の下だからだろう。

「護衛騎士のロイドに教えてもらうわけにはいかないの?」

「ロイドは護衛騎士であり、学びの師ではないのです。今回のことで、殿下にお手を煩わせてしまいましたので、僕も早急に学びます」

 僕はハンロックに少しばかり教えてもらったのだが、どうやらオーベント大公家では難しい事らしい。

「僕の婚約者サリオン殿下、その手の指先に接吻をすることは許されますか?」

 お茶を飲んでいたアーロンが僕にそう告げて来る。僕は迷いに迷って辺りを見渡すと、側仕えのカノンと目が合い、目力に負けて左手を差し出した。

「……許す」

 アーロンがやっぱり湿り気のある手で恭しく僕の手を取り、テーブル越しに爪に唇をそっとつけた。

 王家の身に触れる接吻は、ごく僅かが許されるもの。身内と伴侶にしか許れないのだ。ましてや僕に触れるということは、ガルド神の呪いに触れるということになる。アーロンの唇は震えていた。本意なのか、不本意なのか、僕には分からない。

 嫌いな物を食し、ガルド神の呪いを受ける僕に接吻をする。その努力は認めないといけないのだろう。

「ありがとう、アーロン。たまにこの地に息抜きに来るよ」

 一人で来ることも厭わない秘密の隠れ家を、僕はアーロンから貰い受けた。




 ※※※※※※※※※※※※※※※




 アーロンの母ギルモアから渡されていた小さな容器を隠し、カノンは小さく溜息をついた。アーロンの食事に少しずつ混ぜた酒により、アーロンは本当に軽く酩酊し気が大きくなり、王息殿下にさらに接近して指先に接吻を要求したのだ。普段のシャイで誠実なアーロンではあり得ない姿を見て、カノンはこれで良かったのかと震え立つ。

 居間には居眠りをするアーロンがいて、家の周りを監視して戻って来たロイドに目配せをした。

「よく眠られている」

「これで良かったのか、僕は心配でたまらないよ」

 カノンの言葉にロイドは賛成とも反対とも言わず、食器を片付けるのを手伝う。食器は公領から持ち込んだ高級品だ。割ることは許されていない。

「ギルモア様がそうせよと仰せならそうするしかないだろう。没落貴族孤児と平民である俺たちは従うしかない」

 ノートン大公に拾われたカノンとロイド二人は確かに手駒だが、アーロンも、多分、アーロンの母ギルモアに至ってもノートン大公の何らかの駒なのだろうと思わざる得ない。

「カノンだって王息殿下にお願いしていただろうが」

 カノンは小さな流し台を拭くと、再び溜息をつく。

「だって、アーロン様の勢いに全く流されないから。あのままにしているわけにもいかないと思ってね。お高く留まった方かと思っていたけど、案外いい方なのかも」

「落実の呪いで平民の容姿になっているが魔力もかなり高い。魔力供給すら楽々にこなしている。さぞ悔しかろうな。金髪碧眼なら間違いなく王位継承者二位だ」

 ロイドの言葉にカノンは、アーロンを見つめる。アーロンはサリオンにふさわしい伴侶になるべく努力している。容姿だけは華やかで王位継承者であることを満たしているが、中身はいたって平凡な子供に思えるからだ。

「王息殿下がアーロン様に添ってくれれば、有り難いね」

 カノンがポツリと呟く。

「ああ、そうすれば、あの王息殿下も我々の主人となる」

 ロイドも夕日を見ながら呟いた。
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