婚約破棄王子は魔獣の子を孕む〜愛でて愛でられ〜《完結》

クリム

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32 鈍色の魔獣と金の魔獣

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 成人前の貴族の子供たちも、その側仕えや側付きも、アーロンやマリアナ嬢、カノンとロイド、全てが静寂の音を甘受していた。

「婚約破棄……?」

『そうだ、僕はアーロンとの婚約を破棄する。マリアナ嬢と昼も夜も良き伴侶であって欲しい。君たちはよくお似合いだ。僕が入る隙はない』

 獣化して低めのくぐもった声で僕は答えた。気持ちは凪いでいる。アーロンはとてもよくしてくれた。風車の正餐での爪先の接吻は本当に嬉しかったのだ。

「魔獣になると冷静さを失うのですね、殿下は」

 アーロンは足を組み、爪先を揺らして鮮やかな笑みを見せた。

「魔獣の殿下を伴侶にしてあげようと思う大公アーロン様のお慈悲、殿下が本当に羨ましいですわ」

 マリアナ嬢が笑顔のまま話す。部屋は蝋燭の灯が揺らめいて、幻想的だ。小さな貴族諸君はもう眠るべきだろう。決着をつけよう。

 僕は獣化するとヒトで在るときの四角四面、全てを固辞するような性格から解き放たれるようだ。

 アーロンの純粋な正義感とマリアナ嬢の純真さは、皆を惹きつけるだろうが、そんなのは今の僕にはいらない。

「殿下は混乱しておられます。獣化が解かれるまでこちらで落ち着いていらしてください」

 朝まで檻に入っていろとーー嫌だ、断る!

 僕は低く唸り銀の檻に体当たりした。魔除を塗布している檻は僕の体当たりを跳ね返す。たたらを踏んで檻に跳ね返された。

「きゃああ、アーロン様!」

 マリアナ嬢がアーロンに抱きついた。薄桃のドレスがとてもお似合いな可憐な令嬢、アーロンとお幸せに。

「殿下、落ち着いて下さい!ロイド!」

 アーロンの焦り声に側仕え騎士のロイドが

「殿下、失礼します」

とマナを指から放出する。陣を展開するつもりだ。僕だって指さえ使えれば……いや、僕らはターク先生の学びで、頭の中で陣を構築することが出来る。マナを放出するには指でなくても構わない。

 僕はマナを意識してロイドに向かって咆哮した。すると青白いマナが溢れて複数の陣が僕の周りに展開した。ヒトの姿では出来なかった複数陣が僕の身体を包み込み、細かい体毛の上で旋回する。

「捕縛陣展開」

 ジェスより展開が遅い。

『瓦解、加速』

 ダンッと両足を鳴らすと、マナを解放して瓦解陣を展開した。肩口に渦を巻いていた瓦解陣は両前足から出て、銀の檻を内側から破壊して軽い金属音を立てて壊れ、周囲から悲鳴が上がる。加速陣を纏いロイドの捕縛陣を交わして、窓の近くに行った。

『アーロン、この爪がこの牙が君を傷つけぬとは言い切れない。だからこそ、婚約破棄をしよう。王宮から正式に婚約破棄について通達が行くだろう』

「そんな……僕のために!殿下、僕は僕が傷つくのを厭いません」

 僕はアーロンの声に頷くことはしなかった。

『アーロン、マリアナ嬢とお幸せに。マリアナ嬢、アーロンは良い人だ。支えて欲しい』

「殿下、私のために御身を引いてくださるなんて……」

 マリアナ嬢はアーロンの腕を抱き寄せて、二人でまるでなにかの御伽話の悲劇の王子と姫のように立っている。

 窓には鍵が掛かっているが、簡単なかんぬき式の窓は、獣の手に寄せた瓦解陣で簡単に開き、僕は窓から外に出た。ロイドは捕縛陣を繰り返しているが、僕は瞬移陣で間一髪避ける。

 裏に走ればあの風車の村になり、さらに走れば魔の森の中に入った。加速陣を展開しているから走るのも早い。湖まで出て僕は加速陣を解いて走り、反対側から来る金の塊を避けられずにぶつかってしまった。

『うわっ』

『ぎゃっ』

 互いに同じ速度で走っていたからか、真反対に転がった。

『オーロ!!』

 僕と同じくらいの力を持つ魔獣はオーロだ。草むらに座り込んだオーロが頭を振って、僕を見上げてきた。

『ごめん、遅れた!婆様を振り切れなくて!大丈夫か!』

『大丈夫、大丈夫。銀の檻なんて内側から破壊したよ。ねえ、僕ね魔獣の姿でも陣が使えるんだよ』

 僕は唸り声を上げてまだ解除していない陣の輝きをオーロに見せた。

『すげえ、俺、そんなんできねえよ』

 息を吐きながら

『全陣解除』

と全てを解除すると身体の表面に浮かぶ陣が全て消えた。これからどうしようかな。

 僕はオーロととぼとぼ歩きながら、セシル兄様の湖の屋敷を見上げた。

『セシル兄様……ターク先生』

 裏扉の前にセシル兄様とターク先生が立っている。扉の中にメーテルもいた。

「サリオン、僕のせいです。僕がラムダ王にあなたを行かせるように進言しました」

 ターク先生が僕の顎髭に手を置く。

「中に入りましょう。話しをしたくないでしょうが、教えてください」

 ターク先生に促されて中に入ると、オーロも入って来て安心した。ハンロックもメーテルと一緒にいて、ハンロックが無言のセシル兄様の横に立ち、セシル兄様の握りしめる拳を解く。セシル兄様は握り込み過ぎて血が滴り、ハンロックはそれを
治癒をしていた。

『セシル兄様、ターク先生、オーロをこのまま僕とここに居させて下さい』

 僕はオーロの横に座り、オーロも僕の横に座る。セシル兄様のハーピーがハミングバードのように鳴いていた。

『結界を張りました、セシル』

 ハーピーが結界を張るなんて……。ハーピーの結界は何も通すことがない強力な結界で、陣とは違う魔獣のオドを使った魔獣の魔法だ。内側と外側のマナを相殺する力を持つ。

「ありがとう。この子がオーロ?」

『うん、この森で出会った魔獣で、僕が名をつけたんだ。僕とオーロは番いです。離れたくない、お願いします』

「離宮のジェスはどうするの?」

 セシル兄様が聞いて来た。

『小さなジェスだって、オーロのことをきっと気にいるよ。僕、もう、離宮には居られない。アーロンの屋敷で銀の檻に入れられて、魔獣化するのを貴族の子供たちみんなに見られたから。だから、この屋敷に住んで、ジェスとターク先生の魔法学舎……セシル兄様?』

 セシル兄様のマナがいきなり暴走した。居間の物が飛び散り浮遊して、ハンロックがセシル兄様を抱きしめる。

「落ち着け、セシル!」

「サリオンを檻になんて、許せないっ、アーロン、殺してやるっ!殺す!!」

 ハーピーの結界の意味が分かった。セシル兄様の感情によるマナの暴走による破壊を最小限にするためだ。

「落ち着きなさい、セシル」

 ターク先生は何か陣を指で開き、セシル兄様に向かって塗布する。すると空中を飛び回っていた物が一斉に床に落ちて、セシル兄様がくたりと力を抜きハンロックにもたれ掛かる。

「ハンロック、一時的にマナ切れにしました。マナ切れのセシルと寝室に入って交合しても構いませんよ。今なら全く抵抗できませんから」

 ハンロックは苦笑いをして、

「やめておきます、先生」

とセシル兄様をソファに座らせた。オドはそのままだから怠そうにしているけれど、セシル兄様はしっかりと目を開いている。

「さて、サリオン。まずは糸の絡まりを解きましょう。一つずつですね」
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