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第一章 カーヴァネス編
7 薔薇の奉姫
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王立円形闘技場って…僕は初めて見た。
アルカディア方式という古代コロッセオのスタイルを持つ、雨天ずぶ濡れ天空オープン式の石造の闘技場の二段目に王族桟敷がある。
楕円に膨らんだテラスにはアーリア姫殿下が座っていて、僕は闘技場のアーリア姫殿下に向かい一礼をした。
左右にはローゼルエルデの赤色に金獅子とアルカディアの剣の縫取り旗を持つ、デューク国王陛下代理と、グラン侯爵殿下がいる。
「左右旗が上がったら、構えからスタートする」
グラン侯爵殿下の言葉に、僕は頷いた。
グラン侯爵殿下は歴代奉納剣舞に関わる公爵の一員として、型を含め指南役の亡きロイド伯爵より学び造詣が深くていらして、医師で薬師でもいらっしゃる。
年に一度の奉納剣舞のためにデューク国王陛下代理がお呼びしたのが、あの最悪のクソ出会いの始まりだ。
謝っていただいたし、デューク国王陛下代理とグラン侯爵殿下の間柄も分かったから、僕はもういいんだけど…。
「旗上げ」
「はい」
僕はカウントが始まって、摺り足をし後ろに引いた。
「後ろ回転遅い」
グラン侯爵殿下に言われて、
「はい!」
と踏み切り、下から剣を開き持つ。
つねに二の腕の内側を太陽に晒し美しくなよやかに、しかし毅然と優美に見せる…兄上には教わらなかったひねり的な動きだ。
それが急に出来るようになったのは、あのパティオでのグラン侯爵殿下からのいたぶり…と見えた手合わせで、
「レディ、引きからの回転、ゆっくりだ」
グラン侯爵殿下の声に、振り回さないように腰で長刀を回す。
「はい!」
「よし、型は綺麗になった。次はアーリア姫殿下への剣の受け渡し」
本来は女王が持つべき剣を返納する儀式だ。
兄上が闘技場降り立ち、鞘に戻した剣を恭しく持ち上げ、闘技場から女王の席に続く細い階段をあがり、アーリア姫殿下に手渡す。
そして銅鑼がなり、闘技へと向かうんだ。
「休憩にしよう」
デューク国王陛下代理の声に緊張が解かれて、僕は深い息を吐いた。
「ルーネ、君、動きが滑らかだよ」
「ルーネ子爵令嬢、美しかった」
なんて兄上とデューク国王陛下代理に言われて、動きへの違和感が消えていたのに気づいた。
「はい。なんだか流れてるような動きで」
「当たり前だ。アーサー、お前がレディに教えたのは男舞で、奉納剣舞は王宮女舞だ。レディ、お前が覚えてアーリア姫殿下の子どもに教えてくれよ」
グラン侯爵殿下が兄上に声を掛けてから、僕に呼び掛ける。
なにせ、人が少なかった。
冬がまた来る。
昨年の冬から初春前にかけて、国の三分の一が亡くなった。
この冬はどうかわからない。
「ロイド師から呼び出されたのは春だ。多分…女王が臥した頃だ」
グラン侯爵殿下は僕にぼそりと話してくれて、グラン侯爵殿下も興味のない宮中祭事の全てを、体調の悪化したロイド伯爵殿下から学んだと聞いた。
僕だって、この冬はわからない。
「ルーネ、素敵」
僕らしかいない王立円形剣闘場は、もうじき王国上げてのイベントを開催する。
この国一番の剣客を決める手合わせで、飛び入りも歓迎らしく、円形剣闘場には無料で入ることができるようにしたのは、デューク国王陛下代理の提案で。
もちろんよく見える貴族席は金銭を払わせ儲けるみたいだけど、平民には負担をかけない娯楽のやり方…元老院には大分色々言われたようだった。
デューク国王陛下代理は夜遅くまで政務をこなし、僕がデューク国王陛下代理のご就寝を待てずにうとうしていると、まるでご自身に言い聞かせるように、
「大丈夫だ、私はやれる。大丈夫だ」
と繰り返しつぶやきながら、何度も目頭を押さえていて。
僕はデューク国王陛下代理の重圧を目の当たりにしながら、でも慰めの言葉なんか軽々しく言えなかった。
集中できなくなったデューク国王陛下代理が蝋燭の明かりを消して寝台に入られた時、デューク国王陛下代理の方をゆっくりと向いた。
「起こしてしまっか、ルーネ」
「いえ…自然に目が覚めて」
「少し抱きしめても?」
「はい、デューク…こ…様…」
敬称をつけないで呼び合うってのは、なかなか慣れなくて、僕は照れ隠しにデューク国王陛下代理のドレスシャツにしがみつく。
この部屋で二人きりの時は、敬称をつけないで呼び合う。
「それから無理に女性言葉でなくてもかまわない」
そんな約束ごとを言い出したのはデューク国王陛下代理で、デューク国王陛下代理は
『デューク』
と名前だけを希望されたのだけど、とてもとてもじゃないけど恐れ多くて言えず…。
兄上は同期だからついついって感じで、デューク国王陛下代理を呼び捨てにしたりするけど、僕には到底無理で。
「ああ…あなたの温もりだ…」
弱味を見せてはいけないデューク国王陛下代理の心内を僕は見てしまい、でも、それは見てはならなかったこと。
抱き寄せられ、僕は体の力を抜く。
「まだ、早い時間だ。眠るといい」
デューク国王陛下代理の鼓動が聞こえて、僕は目を閉じた。
「あの…」
「どうした?」
「いえ…」
「私は幸せだ、あなたを抱きしめている」
愛おしいとばかりに、デューク国王陛下代理は僕の髪を静かに撫でて…デューク国王陛下代理は寝息を立てていて、僕はアーリア姫殿下を守り続けるデューク国王陛下代理の胸に頭を埋める。
好きだ…デューク国王陛下代理が…デューク様が本当に…。
初秋にしてはいやに暑いこの日…の昼過ぎ。
女王杯の奉納闘技会の日だ。
女王の前でローゼルエルデ王国随一の剣客を決める大会で、飛び入り歓迎。
あと少しで僕は控え室から出なきゃならない。
ギリギリの時間まで僕は不安がるアーリア姫殿下のお世話をし、アーリア姫殿下の後ろに控えた兄上とアン女近衛隊長に任せて、マーシーを連れて、奉納剣舞の衣装に着替えられたのは、ほんの少し前。
アルカディア風の衣装は白い絹衣で腰の金の帯飾りで止め、素足に金の細い足輪を数本。
腕飾りも金で、腰巻は短めできつく巻いていた。
ドロワーズやフリルドレスとは違う軽装だけど、くるぶしまである白絹の裾さばきは厄介だ。
ああ……ほんと…あの、そばかすは間が悪い!
思い出したら、腹が立って来た。
アーリア姫殿下はまだ女王ではないから、アーリア姫殿下と同席に、第二位姫殿下の席を設けるように言い出したんだ。
午前中はそばかすの言い分を聞いて、アーリア姫殿下とデューク国王陛下代理の意見の元、ニュートリア姫殿下のお席を用意し、夫人と乳母とニュートリア姫殿下が過ごしやすい空間を慌てて作った。
女王陛下お一人の椅子でいいところを、二つの椅子。
警備も二倍。
公爵夫人は僕にもいるように言われ、僕はぎりぎりまでお席の近くにいる羽目になり。
リハーサルをしなければとグラン侯爵殿下がお越し下さらなければ、僕は公爵夫人の話し相手として、いかにニュートリア姫殿下が秀でているか延々と聞いていなければならなかった。
「ルーネ、待って」
もうなんなんです、アーリア姫殿下まで!
僕が無理矢理笑顔を作ると、アーリア姫殿下が椅子から降りて、廊下の影で僕の左頰にそっと接吻をくださり、
「おまじないよ。奉納剣舞がうまくいきますように」
って、笑って。
「あ…ありがとうございます」
周囲から見えない場所だったけど、公爵夫人には見えている。
「ルーネは?」
消え入りたい僕に、アーリア姫殿下がぷう…と頰を膨らましていた。
「私がお役目を果たせるようにって…」
ご自身の頰をつんつんと突かれて、僕は迷いに迷ってから、少し屈んで僭越ながら恐れ多くもアーリア姫殿下の左頰に唇を寄せる。
「アーリア姫殿下が無事お役目を果たされますように」
アーリア姫殿下はまるで猫が何かに驚いたように、ふるふるっと震えてから、
「はい!」
と力強く頷いた。
公爵夫人は乳母から愛娘を抱き取り、僕に接吻を…としたかったみたいだけど、ニュートリア姫殿下は泣き始めてそれは叶わず、公爵夫人はニュートリア姫殿下を乳母に渡し前を向く。
「さあ、レディ着替えだ」
グラン侯爵殿下に強引に連れていかれ、待っていたマーシーに奉納剣舞用の衣装に着替えを手伝ってもらい、着込んで一人だけの部屋に残った。
その後にデューク国王陛下代理のアルカディア風の衣装は…カンドーラという頭からかぶり脇で締める衣装なんだけど…格好良くて、僕の胸合わせの巫女服とは違い動きやすそうだった。
「あなたは…動きにくそうだな」
「はい、アルカディアの巫女服ですので」
デューク国王陛下代理はマーシーを呼んで、いきなりカンドーラ仕様に服を作り変えるように命じる。
「わかりました。では、こちらを」
マーシーが取り出したのは、なんと金の縫取りのある膝丈のカンドーラで、僕はマーシーを見上げた。
すぐ後で、準備が終わったグラン侯爵殿下も入ってきて、
「過去には殿方が女君として舞われた歴史もある。ローゼルエルデ王国の奉納剣舞は、本来初代レティーシア様に、弟君のアーレフ様が舞ったものが経緯となる。だから、女舞、男舞が存在するんだ」
と話してきた。
でも、僕は断り、
「アーリア姫殿下、アーリア姫殿下の姫様達への道標として、わたくしは女舞をいたします」
言い切った。
僕にはカーヴァネスとしての責務がある。
女姿で剣舞をすることに意味があり、意義があると思うんだ。
「……わかった。俺はアーリア姫殿下のご様子を伺ってくる。デューク、レディを任せた」
デューク国王陛下代理と同じ衣装のグラン侯爵殿下が出て行き、二人きりになるとデューク国王陛下代理は僕の巫女服姿を見て、真面目に頷き言った。
「よく似合っている。まるで初代女王の絵姿に瓜二つだ。着心地はどうか」
「大丈夫です」
確かめている暇なんてなかったけれど、剥き出しの腕と、ひらつく長衣は足さばきが大変だけど、踏まなければ大したことはない。
僕も裸足で、デューク国王陛下代理も裸足だ。
「あなたの御御足が痛むのが気になる」
「わたくしは田舎領地では軽装で走り回っておりました」
「そうか…あなたは自由だったのだな」
そう言いながら、デューク国王陛下代理は僕をローゼルの香りのする胸に抱き寄せ、接吻をしようとしてきた。
「だめです、準備が…」
「あとは時間だけだ」
「でも…」
「あなたを煩わせはしない」
デューク国王陛下代理は、優しい接吻をしてくれ、抱きしめてから、僕の髪を撫でて…。
「少し落ち着こう」
え…僕?
「眉間が険しい」
「そう…ですか。わたくしは気づかず…」
「二人だけだ。取り繕う言葉はいらない」
「はい」
「早朝の影響はないか?」
言われて起き抜けのことを思い出し、僕は真っ赤になる。
夜にデューク国王陛下代理のご寵愛を受けると朝どうしても腰が立たず、デューク国王陛下代理に抱き上げられて浴室に行く。
デューク国王陛下代理は僕をローゼルの浮かぶ浴槽に膝立ちにして、 力の入らない僕の中の精を指で出してくれるんだけど、今日は違った。
「え…デューク様?」
デューク国王陛下代理が背後から抱きしめてきて、
「あなたが欲しい」
と囁いてきて、僕のふわふわな髪を掻き上げてうなじに唇を感じると、最奥に指が輪を描き、
「まだ柔らかい」
くち…と湿った音とともに怒張が入って来て、僕は悲鳴をあげそうになる。
いつもより…大きくて…いつもより…痛い…。
香油を使っても最初は痛いデューク国王陛下代理の熱りは、強烈な目覚ましになり、でも声をあげちゃいけなくって。
浴室の壁はアーリア姫殿下のお部屋の間にあり、壁が薄いんだ。
「痛いか?ルーネ」
頷いたけどデューク国王陛下代理は止まらずに、片手で僕の胸の尖りを摘み、もう片方の手で僕の中心を包み込み、その刺激で追い詰められ、マーシーが朝の目覚めに扉をノックしに来るかもしれないって思うと、荒くなる息のみで歯をくいしばるしかなく。
「んっ…んぅっ……!」
次第に気持ちよくなるのはいつものことで、浴槽のふちに必死でしがみつき、湯に浮かぶ貴重な薔薇のローゼルに僕の体液が散らされ、デューク国王陛下代理の迸りを掻き混ぜる粘着質の音の後…ゆっくりと切っ先が抜かれると、太腿に伝う熱い精を感じて力が抜けた…。
あとはデューク国王陛下代理に中を触れられ、ゆっくりと指で精を掻き出されて、僕は何度も小刻みな絶頂を感じてしまい、朝食には間に合わなくて…。
そんなこんなを思い出して、デューク国王陛下代理をにらんだ。
「緊張はないようだな。あなたはいつも魅力的だ。あなたが愛おしくてたまらない」
触れるだけの接吻をして、デューク国王陛下代理は僕を強く抱きしめて…ああ、僕は緊張していたんだ…と自分になかった感覚を知り、気持ちが澄んだ。
「さあ、時間だ」
僕が頷いてドアを出ると、グラン侯爵殿下が廊下にいて、
「いらしていたのなら…」
と驚くと、
「二人きりの方が嬉しいだろう、レディ」
なんてひやかされ、僕はグラン侯爵殿下をキッとにらむ。
「いい気迫だ、レディ」
円形の闘技場は満員で、食べ物の匂いで溢れかえり、僕と旗持ちのデューク国王陛下代理とグラン侯爵殿下が出ると、拍手と怒声のような歓声が巻き起こる。
神事を食べながら飲みながらの余興に変えたのは、デューク国王陛下代理だ。
そして貴族席の中心に、アーリア姫殿下がいらせられ、立ち上がると僕の兄上にアルカディアの剣を渡す。
うやうやしく剣を戴くと、兄上が横階段を降りて、僕のところに来た。
「頼むよ、ルーネ」
宝飾鞘から引き出されたアルカディアの剣を、僕は膝を折って頭の上で両手でもらい頷いた。
闘技場の客席を埋め尽くす物見遊山な市井はともかく、貴族を黙らせないといけない。
立ち上がるとスタンバイの位置について、僕は剣を高く掲げたまま、アーリア姫殿下を見上げた。
小さな小さな…姫殿下…僕はあなたのために剣舞を捧げます。
僕を挟んで後方のデューク国王陛下代理とグラン侯爵殿下の旗が同時に上がり、僕は中央で刃部分を支えていた手を下ろし、右手一本で斜めに降ろした。
ヒュッ…と風を裂く音。
摺り足、後ろへ。
斜めから上に、そして回転。
ヒュッ…ヒュッ…と剣鳴りがして、観客が次第に黙る。
アルカディア王国が滅びた後、レティーシア様とオリヴィエール様はガリアに渡られた。
レティーシア様のお母上様の生地は内戦に次ぐ内戦で疲弊していたけれど、オリヴィエール様と臣下が瞬く間にまとめ上げ、レティーシア様を女王として国を作り上げた。
そのアルカディア式を強く彩る円形闘技場の最初の奉納剣舞は、奴隷解放のため女王様と袂を別つアーレフ様…そして次の年はレティーシア様の姫殿下。
僕は身体こそアーレフ様と同じ男だけれど、アーリア姫殿下の代わりに女舞をしている。
アーリア姫殿下は、女王のために剣舞をしたかっただろうから、その思いを…伝えたいんだ。
その中に僕は今、剣と一体化したような気持ちになり、最後の下から上に剣の持ち手を回転させ天を突き刺した。
静寂…。
一振りの剣となっていた僕は…その静寂の意味がわからなくて、その瞬間、怒濤の拍手が僕をおそう。
拍手と指笛が混じるのは、市井。
立ち上がり拍手をしている貴族もいた。
父上と…ジーク隊…男爵は、座り込んでいる風に見える。
旗が上がりアーリア姫殿下に一礼をして、兄上の元に剣を返しに行くところで、拍手が収まり切らず、アンコールの声が波のように押し寄せて来た。
「おやまあ、意外な展開だね」
奉納剣舞はあくまで女王に対しての奉納であって、パフォーマンスではなくて…神聖な…どうしよう…。
アンコールの波は、一人の小さな女の子によって掻き消された。
薄手のローブをまとったアーリア姫殿下がゆっくりと立ち上がり、アン隊長を連れて階段を降りて来る。
そして段々と静まっていく闘技場に来ると、アン隊長が座ってアーリア姫殿下のローブを脱がせたんだ。
「えっ…」
僕の驚きとみんなの驚きは同じ。
アーリア姫殿下は奉納剣舞のためのアルカディア巫女服をお召しになっていて、靴を脱ぎ円形闘技場に入ると、僕以外の騎士は片膝を付き、僕は女の礼を取る。
静まり返る闘技場でちらりと見上げると、ニールスは立ち上がり指をさして、公爵殿下に何かを言おうとしていた。
「ルーネ、素晴らしい剣舞をありがとう」
腰を低くした僕は右手で剣を、左手で巫女服の端を摘んでいて、だから両手がふさがっている。
アーリア姫殿下が僕の両肩に手を遣り懸命に伸び上がると、僕の頬に唇を寄せて…ええっ…まさかの…接吻!
闘技場は僕の動揺以上にどよめいて、アーリア姫殿下が僕の手からアルカディアの剣をそっと手に取って笑った。
「あまりうまくないけど、私、がんばる。ルーネも一緒よ」
兄上が喜色を顔面に浮かべながら、手ぶらになった僕にソレスの剣を渡してくれ、上を見ろと言わんばかりに貴族席に視線を移した。
「あれは…女王陛下…」
…の絵姿が、そう、アーリア姫殿下の部屋に飾られている即位した時の先代の女王陛下の絵姿が椅子の上に置かれ、女近衛兵が左右に支えて立っている。
なんなんだ…?
「ルーネ」
市井も貴族も息を詰めて成り行きを見ていて、グラン侯爵殿下が、
「早くしろよ、レディ。客を待たせるな、スタンバイだ」
と再び旗を下げた。
僕とアーリア姫殿下は剣が当たらない場所に立ち、旗が上がると、十の型を取る。
三歳の女の子が振るうにはアルカディアの剣は長くて、回転ではよろめき、摺り足では転びそうになるアーリア姫殿下の必死な姿は無言だった市井の人々から、声援が湧き上がった。
「アーリア姫殿下、頑張れ!」
「未来の女王陛下、頑張れ!」
頑張れ!
頑張れ!
そんな大声援を全身に浴びて、型を必死で取るアーリア姫殿下のペースに合わせて、僕も少しゆっくりめに型を構える。
最後の方は右手に剣を持ち回転し、天に剣を突き上げる…のだけれど、アーリア姫殿下のアルカディアの剣は両手で持ち上げても疲れからふらふらし、よろめいてから僕の中剣のソレスの刃にキン…と当たった。
「大丈夫ですか、アーリア姫殿下」
二人の旗が降ろされ、息の上がるアーリア姫殿下のお身体を抱きとめ、僕は不思議な音を聞いてる。
「大丈夫…ルーネ、この音は…」
その高音は円形闘技場に心地よい染み渡るように響き、その音はアルカディアの剣とソレスの剣のレプリカが共鳴している音らしく。
「別の音が…」
誰かの声がする、その音は複数のハーモニーの詩吟の形式で…。
ローゼルエルデの国民なら誰もが知っている『黄金の獅子』の旋律の中で、女王陛下が座る半円桟敷の上の飾り塔が二つに開き、鳴り響くのは…まさかの…リーリアムの竪琴!
「失われた国宝…だろ、あいつは…」
グラン侯爵殿下が立ち尽くして呟いた。
ニールスの甲高い声が闘技場の貴族席から聞こえてきて、竪琴と僕らを指差している。
落ち着きのない女王候補第二位兄君だなあ、そばかすは。
「まさか…円形闘技場に隠されていたとは…」
デューク国王陛下代理の言葉に僕はデューク国王陛下代理に振り向いた。
ああ…そうなんだ。
この国はまだアルカディアの伝説を重く深く色濃く残している。僕にはそれがデューク国王陛下代理への呪縛のような気がして、少し嫌な気がする。
近衛兵が竪琴を手にして、両手で掲げた。
七玉宝をちりばめた黄金の竪琴の出現は、市井や貴族を黙らせ、その後市井の怒号のような歓喜の声が巻き起こる。
「アーリア姫殿下万歳!」
「アーリア姫殿下!」
「アーリア、アーリア、アーリア!」
すごい熱気だ。
大声援の中でアーリア姫殿下は僕の腕から出ると、ご自身の左頬をちょんちょんと突く。
「ルーネ、ご褒美」
え、え、え~!
ちょんちょんって…。
デューク国王陛下代理に振り向くと苦笑していて、グラン侯爵殿下はやってやれとばかりに顎を上にしゃくる。
「で…では、失礼をして…」
僕は少し屈むとアーリア姫殿下のぷっくりした紅顔の左頬に、触れるだけの接吻をした。
「ルーネ、大好きよ」
「はい、わたくしもです。アーリア姫殿下」
さらに怒号のような歓声が巻き起こり、アーリア姫殿下の前には兄上がやって、アーリア姫殿下から剣を戴くと、宝玉鞘に刀身を納め僕に笑いかける。
「ルーネ、大反響だね。これは兄も頑張らないと」
兄上はすぐに行われる剣闘杯に出るんだから…いいなあ、僕も来年は出てみたい。
「そりゃあ、無理だろう。俺が出るんだから。決勝で当たるかもなあ」
グラン侯爵殿下が旗を持ちながら、
「ほら、撤収」
と、にやにやされて僕らは追い立てられる。
「グラン殿下、参加されるんですか。参ったなあ」
「当たり前だ。祭りに参加しないでどうする。なあ、アーサー、派手に暴れようや」
僕は野性味溢れるグラン侯爵殿下の顔に、兄上の敗北を感じた。
アーリア姫殿下は夕食の時も興奮状態で、そのぶん湯浴みの後の眠りはあっと言う間で。
マーシーとそろそろ長袖のお寝間着にした方がと話し合っていると、デューク国王陛下代理がアーリア姫殿下の部屋とつなぐ扉をノックしてきた。
「アーリアは眠ったのか?」
「はい、午睡もなかったので早いお眠りで」
僕はカーヴァネスとして、ドレスの裾をつまみ、デューク国王陛下代理に礼を取る。
「ならば、ルーネ子爵令嬢お付き合い願いたい」
デューク国王陛下代理に連れていかれた先は近衛隊兵舎の一階大食堂で、すでになんだか賑やかな状態になっていた。
どうやら宴会になっているらしい。
樽ビヤはあるし、なんと兄上秘蔵のボトルまである。
「さあ、ルーネ子爵令嬢」
デューク国王陛下代理に手を取られる格好で大食堂に入った僕は、気づいた近衛兵から拍手と口笛まで加わった歓迎をもらい、慌ててレディの礼をした。
「ああ…兄の悲劇を聞いておくれよ、ルーネ」
グラン侯爵殿下の横にいた兄上がすっ飛んできて、僕とデューク国王陛下代理をテーブルの奥に案内してくれた。
「これはひどいと思わないかい?兄がこつこつ集めたコレクション…」
「兄上、賭けに負けたのだから仕方ありません」
グラン侯爵殿下とあたった決勝、グラン侯爵殿下は兄上のお酒のコレクションとグラン侯爵殿下の秘蔵の調合薬を天秤に掛けたんだ。
で、兄上は、接戦の末、負けたわけで。
僕とデューク国王陛下代理が席に着くと、
「では、仕切り直しだ」
兄上に負けたアン隊長が、ビヤの木製杯を手にしながら、
「ただいまより、女王候補杯の打ち上げを始めたいと思います。始めにデューク…おっと…こ、国王陛下代理」
アン隊長もかなり酔っていて、同期でいらっしゃるデューク国王陛下代理を敬称を付けずに呼ばれることもある。
「うむ。本日は女王候補杯に参加ありがとう」
「あら、デュークつまらないわ」
近衛隊がどっと笑った。
「ではグラン侯爵殿下」
「え、俺?アーサーのコレクションをタダ酒出来た勝利の美酒に!」
よくわからない乾杯の音頭に、僕は手渡されたビアの木製杯を手にする。
三十人ほどの食堂は盛り上がっていて、デューク国王陛下代理はグラン侯爵殿下と兄上で飲んでいて、兄上が大人げなくグラン侯爵殿下に絡んでいるのを、デューク国王陛下代理が苦笑まじりに見ていた。
ビアが苦くて少ししか飲めずにいた僕のところに、アン隊長が来て、
「ビアは苦手か?」
と、グラスを持って来てくれた。
「これは?」
「砂糖ミルク割りのブランデーだ。うちの女の子たちはこれが好きだ」
アン隊長が僕の横に座り、僕は甘みのあるそれを口にした。
ふわっと広がる砂糖菓子のような優しい味と、最後に舌に残るブランデーの苦みが不思議なくらい合っていて、僕はアン隊長にお礼を言いながら頭を下げる。
「お礼を言うのは私の方だ。アーリア姫殿下の剣舞に合わせてくれて助かった。実は私がアーリア姫殿下に奉納剣舞を教えていたのでね」
え、いつ?
「子爵令嬢が一階の謁見の間でアーサーと練習をしていた時、アーリア姫殿下は午睡をせず私と姫舞をしていた」
ああ…そうか、やっぱり奉納剣舞をアーリア姫殿下はやりたかっんだ。
「私の兄は奉納剣舞の師範でして、しかも奉納剣舞は口伝でしか伝わらない。我が兄の死に際にグラン侯爵殿下が大役を引き受けたが、私も同様に兄上に学んでいた」
アン隊長は懐かしむように上を向き、瞳が潤んでいたのは気のせいだろうか。
そのあとは、女近衛隊の皆さんから声を掛けられ、兄上の近衛隊からも声を掛けられて、僕はなんだかたくさん飲んでしまったような気がする。
「おーい、ルーネ、デュークを部屋に連れて行ってくれないか」
「あ、はい、兄上」
デューク国王陛下代理は机に突っ伏して居眠りをされていて、僕はふわふわする頭を横に振り、デューク国王陛下代理に声を掛けた。
「デューク国王陛下代理、もう、戻りませんと」
デューク国王陛下代理は少し顔を上げ、
「すまない…少し…支えてくれないか…?」
と僕に寄り掛かり…。
重いっ…!
絶対的な身長差にデューク国王陛下代理と床に押しつぶされそうな僕は皆に笑われて、兄上は大爆笑の末にデューク国王陛下代理の腕を肩に回し、僕はデューク国王陛下の反対側の横を支えて兵舎を出た。
「おい、アーサー。早く、戻ってこいよ。お前の秘蔵コレクションが消えるぞ~」
グラン侯爵殿下はお酒にすこぶるお強いらしい。
兄上は苦虫を噛みしめるような顔をして、少し早足になったけれど、パティオに出てまん丸な月を見上げるようにして止まった。
「兄上?」
兄上は酔いが回っているデューク国王陛下代理の横顔を見ながら、すごく優しい顔をする。
「ルーネ、近衛隊をどう思うかい?」
「とても素晴らしい方々かと…」
兄上はうんと首を縦に振る。
「僕らのいる第一兵舎は王族のための近衛隊…って言っているけれど、それはうそぶきでね。デュークを認めアーリア姫殿下擁護派子息子女の集まりなんだよ。第二兵舎は元老院と公爵家を擁護する集まりで、第一兵舎の二倍の人数がいる」
僕は兄上を見上げた。
「デュークは王族として初の成功を果たした…失われた詩人リーリアムの竪琴を発見するおまけ付きでね」
再び歩み始め、三階のデューク国王陛下代理の部屋に来ると、扉を守る近衛隊の一人に挨拶をし、もうじき交代だと告げると部屋の中に入り、デューク国王陛下代理を寝台に転がす。
「う…むぅ…」
唸ったまま寝台にうつ伏せに倒れこんだ。
「相変わらず、酒に弱いね。明日は仕事をするなよ、デューク」
兄上はさっさと部屋を出て行き、多分…グラン侯爵殿下の飲まれるお酒の銘柄死守にいくようだ。
僕はデューク国王陛下代理の二人になり、デューク国王陛下代理が突っ伏す寝台に上がった。
「デュークこ……様、息が苦しくありませんか」
まだ、慣れないな、軽称って。
デューク国王陛下代理はごろんと仰向けになり、全身を投げ出している。
僕もたくさん飲んだみたいで、やっぱり頭がふわっとしていて、デューク国王陛下代理の横に転がった。
湯浴みは…明日でいいや。
このやり遂げた気持ち良さをそのままにして、眠りにつきたかった。
部屋の中はひやりと涼しくて、僕はデューク国王陛下代理の服に手を伸ばし、デューク国王陛下の脇の下に丸くなる。
兄上に言わせると、僕とデューク国王陛下代理は、ローゼルエルデ王国史上初の試みをして、成功させたらしいんだ。
奉納剣舞を王族以外が舞うことと、円形闘技場に市井を入れ無料で観戦させたこと。
眠るデューク国王陛下代理の唇が少し笑みを浮かべ、僕は幸せな夢を見ているに違いないデューク国王陛下代理の横で眠った。
デューク国王陛下代理に、レティーシア様のご加護がありますように…と願いながら。
アルカディア方式という古代コロッセオのスタイルを持つ、雨天ずぶ濡れ天空オープン式の石造の闘技場の二段目に王族桟敷がある。
楕円に膨らんだテラスにはアーリア姫殿下が座っていて、僕は闘技場のアーリア姫殿下に向かい一礼をした。
左右にはローゼルエルデの赤色に金獅子とアルカディアの剣の縫取り旗を持つ、デューク国王陛下代理と、グラン侯爵殿下がいる。
「左右旗が上がったら、構えからスタートする」
グラン侯爵殿下の言葉に、僕は頷いた。
グラン侯爵殿下は歴代奉納剣舞に関わる公爵の一員として、型を含め指南役の亡きロイド伯爵より学び造詣が深くていらして、医師で薬師でもいらっしゃる。
年に一度の奉納剣舞のためにデューク国王陛下代理がお呼びしたのが、あの最悪のクソ出会いの始まりだ。
謝っていただいたし、デューク国王陛下代理とグラン侯爵殿下の間柄も分かったから、僕はもういいんだけど…。
「旗上げ」
「はい」
僕はカウントが始まって、摺り足をし後ろに引いた。
「後ろ回転遅い」
グラン侯爵殿下に言われて、
「はい!」
と踏み切り、下から剣を開き持つ。
つねに二の腕の内側を太陽に晒し美しくなよやかに、しかし毅然と優美に見せる…兄上には教わらなかったひねり的な動きだ。
それが急に出来るようになったのは、あのパティオでのグラン侯爵殿下からのいたぶり…と見えた手合わせで、
「レディ、引きからの回転、ゆっくりだ」
グラン侯爵殿下の声に、振り回さないように腰で長刀を回す。
「はい!」
「よし、型は綺麗になった。次はアーリア姫殿下への剣の受け渡し」
本来は女王が持つべき剣を返納する儀式だ。
兄上が闘技場降り立ち、鞘に戻した剣を恭しく持ち上げ、闘技場から女王の席に続く細い階段をあがり、アーリア姫殿下に手渡す。
そして銅鑼がなり、闘技へと向かうんだ。
「休憩にしよう」
デューク国王陛下代理の声に緊張が解かれて、僕は深い息を吐いた。
「ルーネ、君、動きが滑らかだよ」
「ルーネ子爵令嬢、美しかった」
なんて兄上とデューク国王陛下代理に言われて、動きへの違和感が消えていたのに気づいた。
「はい。なんだか流れてるような動きで」
「当たり前だ。アーサー、お前がレディに教えたのは男舞で、奉納剣舞は王宮女舞だ。レディ、お前が覚えてアーリア姫殿下の子どもに教えてくれよ」
グラン侯爵殿下が兄上に声を掛けてから、僕に呼び掛ける。
なにせ、人が少なかった。
冬がまた来る。
昨年の冬から初春前にかけて、国の三分の一が亡くなった。
この冬はどうかわからない。
「ロイド師から呼び出されたのは春だ。多分…女王が臥した頃だ」
グラン侯爵殿下は僕にぼそりと話してくれて、グラン侯爵殿下も興味のない宮中祭事の全てを、体調の悪化したロイド伯爵殿下から学んだと聞いた。
僕だって、この冬はわからない。
「ルーネ、素敵」
僕らしかいない王立円形剣闘場は、もうじき王国上げてのイベントを開催する。
この国一番の剣客を決める手合わせで、飛び入りも歓迎らしく、円形剣闘場には無料で入ることができるようにしたのは、デューク国王陛下代理の提案で。
もちろんよく見える貴族席は金銭を払わせ儲けるみたいだけど、平民には負担をかけない娯楽のやり方…元老院には大分色々言われたようだった。
デューク国王陛下代理は夜遅くまで政務をこなし、僕がデューク国王陛下代理のご就寝を待てずにうとうしていると、まるでご自身に言い聞かせるように、
「大丈夫だ、私はやれる。大丈夫だ」
と繰り返しつぶやきながら、何度も目頭を押さえていて。
僕はデューク国王陛下代理の重圧を目の当たりにしながら、でも慰めの言葉なんか軽々しく言えなかった。
集中できなくなったデューク国王陛下代理が蝋燭の明かりを消して寝台に入られた時、デューク国王陛下代理の方をゆっくりと向いた。
「起こしてしまっか、ルーネ」
「いえ…自然に目が覚めて」
「少し抱きしめても?」
「はい、デューク…こ…様…」
敬称をつけないで呼び合うってのは、なかなか慣れなくて、僕は照れ隠しにデューク国王陛下代理のドレスシャツにしがみつく。
この部屋で二人きりの時は、敬称をつけないで呼び合う。
「それから無理に女性言葉でなくてもかまわない」
そんな約束ごとを言い出したのはデューク国王陛下代理で、デューク国王陛下代理は
『デューク』
と名前だけを希望されたのだけど、とてもとてもじゃないけど恐れ多くて言えず…。
兄上は同期だからついついって感じで、デューク国王陛下代理を呼び捨てにしたりするけど、僕には到底無理で。
「ああ…あなたの温もりだ…」
弱味を見せてはいけないデューク国王陛下代理の心内を僕は見てしまい、でも、それは見てはならなかったこと。
抱き寄せられ、僕は体の力を抜く。
「まだ、早い時間だ。眠るといい」
デューク国王陛下代理の鼓動が聞こえて、僕は目を閉じた。
「あの…」
「どうした?」
「いえ…」
「私は幸せだ、あなたを抱きしめている」
愛おしいとばかりに、デューク国王陛下代理は僕の髪を静かに撫でて…デューク国王陛下代理は寝息を立てていて、僕はアーリア姫殿下を守り続けるデューク国王陛下代理の胸に頭を埋める。
好きだ…デューク国王陛下代理が…デューク様が本当に…。
初秋にしてはいやに暑いこの日…の昼過ぎ。
女王杯の奉納闘技会の日だ。
女王の前でローゼルエルデ王国随一の剣客を決める大会で、飛び入り歓迎。
あと少しで僕は控え室から出なきゃならない。
ギリギリの時間まで僕は不安がるアーリア姫殿下のお世話をし、アーリア姫殿下の後ろに控えた兄上とアン女近衛隊長に任せて、マーシーを連れて、奉納剣舞の衣装に着替えられたのは、ほんの少し前。
アルカディア風の衣装は白い絹衣で腰の金の帯飾りで止め、素足に金の細い足輪を数本。
腕飾りも金で、腰巻は短めできつく巻いていた。
ドロワーズやフリルドレスとは違う軽装だけど、くるぶしまである白絹の裾さばきは厄介だ。
ああ……ほんと…あの、そばかすは間が悪い!
思い出したら、腹が立って来た。
アーリア姫殿下はまだ女王ではないから、アーリア姫殿下と同席に、第二位姫殿下の席を設けるように言い出したんだ。
午前中はそばかすの言い分を聞いて、アーリア姫殿下とデューク国王陛下代理の意見の元、ニュートリア姫殿下のお席を用意し、夫人と乳母とニュートリア姫殿下が過ごしやすい空間を慌てて作った。
女王陛下お一人の椅子でいいところを、二つの椅子。
警備も二倍。
公爵夫人は僕にもいるように言われ、僕はぎりぎりまでお席の近くにいる羽目になり。
リハーサルをしなければとグラン侯爵殿下がお越し下さらなければ、僕は公爵夫人の話し相手として、いかにニュートリア姫殿下が秀でているか延々と聞いていなければならなかった。
「ルーネ、待って」
もうなんなんです、アーリア姫殿下まで!
僕が無理矢理笑顔を作ると、アーリア姫殿下が椅子から降りて、廊下の影で僕の左頰にそっと接吻をくださり、
「おまじないよ。奉納剣舞がうまくいきますように」
って、笑って。
「あ…ありがとうございます」
周囲から見えない場所だったけど、公爵夫人には見えている。
「ルーネは?」
消え入りたい僕に、アーリア姫殿下がぷう…と頰を膨らましていた。
「私がお役目を果たせるようにって…」
ご自身の頰をつんつんと突かれて、僕は迷いに迷ってから、少し屈んで僭越ながら恐れ多くもアーリア姫殿下の左頰に唇を寄せる。
「アーリア姫殿下が無事お役目を果たされますように」
アーリア姫殿下はまるで猫が何かに驚いたように、ふるふるっと震えてから、
「はい!」
と力強く頷いた。
公爵夫人は乳母から愛娘を抱き取り、僕に接吻を…としたかったみたいだけど、ニュートリア姫殿下は泣き始めてそれは叶わず、公爵夫人はニュートリア姫殿下を乳母に渡し前を向く。
「さあ、レディ着替えだ」
グラン侯爵殿下に強引に連れていかれ、待っていたマーシーに奉納剣舞用の衣装に着替えを手伝ってもらい、着込んで一人だけの部屋に残った。
その後にデューク国王陛下代理のアルカディア風の衣装は…カンドーラという頭からかぶり脇で締める衣装なんだけど…格好良くて、僕の胸合わせの巫女服とは違い動きやすそうだった。
「あなたは…動きにくそうだな」
「はい、アルカディアの巫女服ですので」
デューク国王陛下代理はマーシーを呼んで、いきなりカンドーラ仕様に服を作り変えるように命じる。
「わかりました。では、こちらを」
マーシーが取り出したのは、なんと金の縫取りのある膝丈のカンドーラで、僕はマーシーを見上げた。
すぐ後で、準備が終わったグラン侯爵殿下も入ってきて、
「過去には殿方が女君として舞われた歴史もある。ローゼルエルデ王国の奉納剣舞は、本来初代レティーシア様に、弟君のアーレフ様が舞ったものが経緯となる。だから、女舞、男舞が存在するんだ」
と話してきた。
でも、僕は断り、
「アーリア姫殿下、アーリア姫殿下の姫様達への道標として、わたくしは女舞をいたします」
言い切った。
僕にはカーヴァネスとしての責務がある。
女姿で剣舞をすることに意味があり、意義があると思うんだ。
「……わかった。俺はアーリア姫殿下のご様子を伺ってくる。デューク、レディを任せた」
デューク国王陛下代理と同じ衣装のグラン侯爵殿下が出て行き、二人きりになるとデューク国王陛下代理は僕の巫女服姿を見て、真面目に頷き言った。
「よく似合っている。まるで初代女王の絵姿に瓜二つだ。着心地はどうか」
「大丈夫です」
確かめている暇なんてなかったけれど、剥き出しの腕と、ひらつく長衣は足さばきが大変だけど、踏まなければ大したことはない。
僕も裸足で、デューク国王陛下代理も裸足だ。
「あなたの御御足が痛むのが気になる」
「わたくしは田舎領地では軽装で走り回っておりました」
「そうか…あなたは自由だったのだな」
そう言いながら、デューク国王陛下代理は僕をローゼルの香りのする胸に抱き寄せ、接吻をしようとしてきた。
「だめです、準備が…」
「あとは時間だけだ」
「でも…」
「あなたを煩わせはしない」
デューク国王陛下代理は、優しい接吻をしてくれ、抱きしめてから、僕の髪を撫でて…。
「少し落ち着こう」
え…僕?
「眉間が険しい」
「そう…ですか。わたくしは気づかず…」
「二人だけだ。取り繕う言葉はいらない」
「はい」
「早朝の影響はないか?」
言われて起き抜けのことを思い出し、僕は真っ赤になる。
夜にデューク国王陛下代理のご寵愛を受けると朝どうしても腰が立たず、デューク国王陛下代理に抱き上げられて浴室に行く。
デューク国王陛下代理は僕をローゼルの浮かぶ浴槽に膝立ちにして、 力の入らない僕の中の精を指で出してくれるんだけど、今日は違った。
「え…デューク様?」
デューク国王陛下代理が背後から抱きしめてきて、
「あなたが欲しい」
と囁いてきて、僕のふわふわな髪を掻き上げてうなじに唇を感じると、最奥に指が輪を描き、
「まだ柔らかい」
くち…と湿った音とともに怒張が入って来て、僕は悲鳴をあげそうになる。
いつもより…大きくて…いつもより…痛い…。
香油を使っても最初は痛いデューク国王陛下代理の熱りは、強烈な目覚ましになり、でも声をあげちゃいけなくって。
浴室の壁はアーリア姫殿下のお部屋の間にあり、壁が薄いんだ。
「痛いか?ルーネ」
頷いたけどデューク国王陛下代理は止まらずに、片手で僕の胸の尖りを摘み、もう片方の手で僕の中心を包み込み、その刺激で追い詰められ、マーシーが朝の目覚めに扉をノックしに来るかもしれないって思うと、荒くなる息のみで歯をくいしばるしかなく。
「んっ…んぅっ……!」
次第に気持ちよくなるのはいつものことで、浴槽のふちに必死でしがみつき、湯に浮かぶ貴重な薔薇のローゼルに僕の体液が散らされ、デューク国王陛下代理の迸りを掻き混ぜる粘着質の音の後…ゆっくりと切っ先が抜かれると、太腿に伝う熱い精を感じて力が抜けた…。
あとはデューク国王陛下代理に中を触れられ、ゆっくりと指で精を掻き出されて、僕は何度も小刻みな絶頂を感じてしまい、朝食には間に合わなくて…。
そんなこんなを思い出して、デューク国王陛下代理をにらんだ。
「緊張はないようだな。あなたはいつも魅力的だ。あなたが愛おしくてたまらない」
触れるだけの接吻をして、デューク国王陛下代理は僕を強く抱きしめて…ああ、僕は緊張していたんだ…と自分になかった感覚を知り、気持ちが澄んだ。
「さあ、時間だ」
僕が頷いてドアを出ると、グラン侯爵殿下が廊下にいて、
「いらしていたのなら…」
と驚くと、
「二人きりの方が嬉しいだろう、レディ」
なんてひやかされ、僕はグラン侯爵殿下をキッとにらむ。
「いい気迫だ、レディ」
円形の闘技場は満員で、食べ物の匂いで溢れかえり、僕と旗持ちのデューク国王陛下代理とグラン侯爵殿下が出ると、拍手と怒声のような歓声が巻き起こる。
神事を食べながら飲みながらの余興に変えたのは、デューク国王陛下代理だ。
そして貴族席の中心に、アーリア姫殿下がいらせられ、立ち上がると僕の兄上にアルカディアの剣を渡す。
うやうやしく剣を戴くと、兄上が横階段を降りて、僕のところに来た。
「頼むよ、ルーネ」
宝飾鞘から引き出されたアルカディアの剣を、僕は膝を折って頭の上で両手でもらい頷いた。
闘技場の客席を埋め尽くす物見遊山な市井はともかく、貴族を黙らせないといけない。
立ち上がるとスタンバイの位置について、僕は剣を高く掲げたまま、アーリア姫殿下を見上げた。
小さな小さな…姫殿下…僕はあなたのために剣舞を捧げます。
僕を挟んで後方のデューク国王陛下代理とグラン侯爵殿下の旗が同時に上がり、僕は中央で刃部分を支えていた手を下ろし、右手一本で斜めに降ろした。
ヒュッ…と風を裂く音。
摺り足、後ろへ。
斜めから上に、そして回転。
ヒュッ…ヒュッ…と剣鳴りがして、観客が次第に黙る。
アルカディア王国が滅びた後、レティーシア様とオリヴィエール様はガリアに渡られた。
レティーシア様のお母上様の生地は内戦に次ぐ内戦で疲弊していたけれど、オリヴィエール様と臣下が瞬く間にまとめ上げ、レティーシア様を女王として国を作り上げた。
そのアルカディア式を強く彩る円形闘技場の最初の奉納剣舞は、奴隷解放のため女王様と袂を別つアーレフ様…そして次の年はレティーシア様の姫殿下。
僕は身体こそアーレフ様と同じ男だけれど、アーリア姫殿下の代わりに女舞をしている。
アーリア姫殿下は、女王のために剣舞をしたかっただろうから、その思いを…伝えたいんだ。
その中に僕は今、剣と一体化したような気持ちになり、最後の下から上に剣の持ち手を回転させ天を突き刺した。
静寂…。
一振りの剣となっていた僕は…その静寂の意味がわからなくて、その瞬間、怒濤の拍手が僕をおそう。
拍手と指笛が混じるのは、市井。
立ち上がり拍手をしている貴族もいた。
父上と…ジーク隊…男爵は、座り込んでいる風に見える。
旗が上がりアーリア姫殿下に一礼をして、兄上の元に剣を返しに行くところで、拍手が収まり切らず、アンコールの声が波のように押し寄せて来た。
「おやまあ、意外な展開だね」
奉納剣舞はあくまで女王に対しての奉納であって、パフォーマンスではなくて…神聖な…どうしよう…。
アンコールの波は、一人の小さな女の子によって掻き消された。
薄手のローブをまとったアーリア姫殿下がゆっくりと立ち上がり、アン隊長を連れて階段を降りて来る。
そして段々と静まっていく闘技場に来ると、アン隊長が座ってアーリア姫殿下のローブを脱がせたんだ。
「えっ…」
僕の驚きとみんなの驚きは同じ。
アーリア姫殿下は奉納剣舞のためのアルカディア巫女服をお召しになっていて、靴を脱ぎ円形闘技場に入ると、僕以外の騎士は片膝を付き、僕は女の礼を取る。
静まり返る闘技場でちらりと見上げると、ニールスは立ち上がり指をさして、公爵殿下に何かを言おうとしていた。
「ルーネ、素晴らしい剣舞をありがとう」
腰を低くした僕は右手で剣を、左手で巫女服の端を摘んでいて、だから両手がふさがっている。
アーリア姫殿下が僕の両肩に手を遣り懸命に伸び上がると、僕の頬に唇を寄せて…ええっ…まさかの…接吻!
闘技場は僕の動揺以上にどよめいて、アーリア姫殿下が僕の手からアルカディアの剣をそっと手に取って笑った。
「あまりうまくないけど、私、がんばる。ルーネも一緒よ」
兄上が喜色を顔面に浮かべながら、手ぶらになった僕にソレスの剣を渡してくれ、上を見ろと言わんばかりに貴族席に視線を移した。
「あれは…女王陛下…」
…の絵姿が、そう、アーリア姫殿下の部屋に飾られている即位した時の先代の女王陛下の絵姿が椅子の上に置かれ、女近衛兵が左右に支えて立っている。
なんなんだ…?
「ルーネ」
市井も貴族も息を詰めて成り行きを見ていて、グラン侯爵殿下が、
「早くしろよ、レディ。客を待たせるな、スタンバイだ」
と再び旗を下げた。
僕とアーリア姫殿下は剣が当たらない場所に立ち、旗が上がると、十の型を取る。
三歳の女の子が振るうにはアルカディアの剣は長くて、回転ではよろめき、摺り足では転びそうになるアーリア姫殿下の必死な姿は無言だった市井の人々から、声援が湧き上がった。
「アーリア姫殿下、頑張れ!」
「未来の女王陛下、頑張れ!」
頑張れ!
頑張れ!
そんな大声援を全身に浴びて、型を必死で取るアーリア姫殿下のペースに合わせて、僕も少しゆっくりめに型を構える。
最後の方は右手に剣を持ち回転し、天に剣を突き上げる…のだけれど、アーリア姫殿下のアルカディアの剣は両手で持ち上げても疲れからふらふらし、よろめいてから僕の中剣のソレスの刃にキン…と当たった。
「大丈夫ですか、アーリア姫殿下」
二人の旗が降ろされ、息の上がるアーリア姫殿下のお身体を抱きとめ、僕は不思議な音を聞いてる。
「大丈夫…ルーネ、この音は…」
その高音は円形闘技場に心地よい染み渡るように響き、その音はアルカディアの剣とソレスの剣のレプリカが共鳴している音らしく。
「別の音が…」
誰かの声がする、その音は複数のハーモニーの詩吟の形式で…。
ローゼルエルデの国民なら誰もが知っている『黄金の獅子』の旋律の中で、女王陛下が座る半円桟敷の上の飾り塔が二つに開き、鳴り響くのは…まさかの…リーリアムの竪琴!
「失われた国宝…だろ、あいつは…」
グラン侯爵殿下が立ち尽くして呟いた。
ニールスの甲高い声が闘技場の貴族席から聞こえてきて、竪琴と僕らを指差している。
落ち着きのない女王候補第二位兄君だなあ、そばかすは。
「まさか…円形闘技場に隠されていたとは…」
デューク国王陛下代理の言葉に僕はデューク国王陛下代理に振り向いた。
ああ…そうなんだ。
この国はまだアルカディアの伝説を重く深く色濃く残している。僕にはそれがデューク国王陛下代理への呪縛のような気がして、少し嫌な気がする。
近衛兵が竪琴を手にして、両手で掲げた。
七玉宝をちりばめた黄金の竪琴の出現は、市井や貴族を黙らせ、その後市井の怒号のような歓喜の声が巻き起こる。
「アーリア姫殿下万歳!」
「アーリア姫殿下!」
「アーリア、アーリア、アーリア!」
すごい熱気だ。
大声援の中でアーリア姫殿下は僕の腕から出ると、ご自身の左頬をちょんちょんと突く。
「ルーネ、ご褒美」
え、え、え~!
ちょんちょんって…。
デューク国王陛下代理に振り向くと苦笑していて、グラン侯爵殿下はやってやれとばかりに顎を上にしゃくる。
「で…では、失礼をして…」
僕は少し屈むとアーリア姫殿下のぷっくりした紅顔の左頬に、触れるだけの接吻をした。
「ルーネ、大好きよ」
「はい、わたくしもです。アーリア姫殿下」
さらに怒号のような歓声が巻き起こり、アーリア姫殿下の前には兄上がやって、アーリア姫殿下から剣を戴くと、宝玉鞘に刀身を納め僕に笑いかける。
「ルーネ、大反響だね。これは兄も頑張らないと」
兄上はすぐに行われる剣闘杯に出るんだから…いいなあ、僕も来年は出てみたい。
「そりゃあ、無理だろう。俺が出るんだから。決勝で当たるかもなあ」
グラン侯爵殿下が旗を持ちながら、
「ほら、撤収」
と、にやにやされて僕らは追い立てられる。
「グラン殿下、参加されるんですか。参ったなあ」
「当たり前だ。祭りに参加しないでどうする。なあ、アーサー、派手に暴れようや」
僕は野性味溢れるグラン侯爵殿下の顔に、兄上の敗北を感じた。
アーリア姫殿下は夕食の時も興奮状態で、そのぶん湯浴みの後の眠りはあっと言う間で。
マーシーとそろそろ長袖のお寝間着にした方がと話し合っていると、デューク国王陛下代理がアーリア姫殿下の部屋とつなぐ扉をノックしてきた。
「アーリアは眠ったのか?」
「はい、午睡もなかったので早いお眠りで」
僕はカーヴァネスとして、ドレスの裾をつまみ、デューク国王陛下代理に礼を取る。
「ならば、ルーネ子爵令嬢お付き合い願いたい」
デューク国王陛下代理に連れていかれた先は近衛隊兵舎の一階大食堂で、すでになんだか賑やかな状態になっていた。
どうやら宴会になっているらしい。
樽ビヤはあるし、なんと兄上秘蔵のボトルまである。
「さあ、ルーネ子爵令嬢」
デューク国王陛下代理に手を取られる格好で大食堂に入った僕は、気づいた近衛兵から拍手と口笛まで加わった歓迎をもらい、慌ててレディの礼をした。
「ああ…兄の悲劇を聞いておくれよ、ルーネ」
グラン侯爵殿下の横にいた兄上がすっ飛んできて、僕とデューク国王陛下代理をテーブルの奥に案内してくれた。
「これはひどいと思わないかい?兄がこつこつ集めたコレクション…」
「兄上、賭けに負けたのだから仕方ありません」
グラン侯爵殿下とあたった決勝、グラン侯爵殿下は兄上のお酒のコレクションとグラン侯爵殿下の秘蔵の調合薬を天秤に掛けたんだ。
で、兄上は、接戦の末、負けたわけで。
僕とデューク国王陛下代理が席に着くと、
「では、仕切り直しだ」
兄上に負けたアン隊長が、ビヤの木製杯を手にしながら、
「ただいまより、女王候補杯の打ち上げを始めたいと思います。始めにデューク…おっと…こ、国王陛下代理」
アン隊長もかなり酔っていて、同期でいらっしゃるデューク国王陛下代理を敬称を付けずに呼ばれることもある。
「うむ。本日は女王候補杯に参加ありがとう」
「あら、デュークつまらないわ」
近衛隊がどっと笑った。
「ではグラン侯爵殿下」
「え、俺?アーサーのコレクションをタダ酒出来た勝利の美酒に!」
よくわからない乾杯の音頭に、僕は手渡されたビアの木製杯を手にする。
三十人ほどの食堂は盛り上がっていて、デューク国王陛下代理はグラン侯爵殿下と兄上で飲んでいて、兄上が大人げなくグラン侯爵殿下に絡んでいるのを、デューク国王陛下代理が苦笑まじりに見ていた。
ビアが苦くて少ししか飲めずにいた僕のところに、アン隊長が来て、
「ビアは苦手か?」
と、グラスを持って来てくれた。
「これは?」
「砂糖ミルク割りのブランデーだ。うちの女の子たちはこれが好きだ」
アン隊長が僕の横に座り、僕は甘みのあるそれを口にした。
ふわっと広がる砂糖菓子のような優しい味と、最後に舌に残るブランデーの苦みが不思議なくらい合っていて、僕はアン隊長にお礼を言いながら頭を下げる。
「お礼を言うのは私の方だ。アーリア姫殿下の剣舞に合わせてくれて助かった。実は私がアーリア姫殿下に奉納剣舞を教えていたのでね」
え、いつ?
「子爵令嬢が一階の謁見の間でアーサーと練習をしていた時、アーリア姫殿下は午睡をせず私と姫舞をしていた」
ああ…そうか、やっぱり奉納剣舞をアーリア姫殿下はやりたかっんだ。
「私の兄は奉納剣舞の師範でして、しかも奉納剣舞は口伝でしか伝わらない。我が兄の死に際にグラン侯爵殿下が大役を引き受けたが、私も同様に兄上に学んでいた」
アン隊長は懐かしむように上を向き、瞳が潤んでいたのは気のせいだろうか。
そのあとは、女近衛隊の皆さんから声を掛けられ、兄上の近衛隊からも声を掛けられて、僕はなんだかたくさん飲んでしまったような気がする。
「おーい、ルーネ、デュークを部屋に連れて行ってくれないか」
「あ、はい、兄上」
デューク国王陛下代理は机に突っ伏して居眠りをされていて、僕はふわふわする頭を横に振り、デューク国王陛下代理に声を掛けた。
「デューク国王陛下代理、もう、戻りませんと」
デューク国王陛下代理は少し顔を上げ、
「すまない…少し…支えてくれないか…?」
と僕に寄り掛かり…。
重いっ…!
絶対的な身長差にデューク国王陛下代理と床に押しつぶされそうな僕は皆に笑われて、兄上は大爆笑の末にデューク国王陛下代理の腕を肩に回し、僕はデューク国王陛下の反対側の横を支えて兵舎を出た。
「おい、アーサー。早く、戻ってこいよ。お前の秘蔵コレクションが消えるぞ~」
グラン侯爵殿下はお酒にすこぶるお強いらしい。
兄上は苦虫を噛みしめるような顔をして、少し早足になったけれど、パティオに出てまん丸な月を見上げるようにして止まった。
「兄上?」
兄上は酔いが回っているデューク国王陛下代理の横顔を見ながら、すごく優しい顔をする。
「ルーネ、近衛隊をどう思うかい?」
「とても素晴らしい方々かと…」
兄上はうんと首を縦に振る。
「僕らのいる第一兵舎は王族のための近衛隊…って言っているけれど、それはうそぶきでね。デュークを認めアーリア姫殿下擁護派子息子女の集まりなんだよ。第二兵舎は元老院と公爵家を擁護する集まりで、第一兵舎の二倍の人数がいる」
僕は兄上を見上げた。
「デュークは王族として初の成功を果たした…失われた詩人リーリアムの竪琴を発見するおまけ付きでね」
再び歩み始め、三階のデューク国王陛下代理の部屋に来ると、扉を守る近衛隊の一人に挨拶をし、もうじき交代だと告げると部屋の中に入り、デューク国王陛下代理を寝台に転がす。
「う…むぅ…」
唸ったまま寝台にうつ伏せに倒れこんだ。
「相変わらず、酒に弱いね。明日は仕事をするなよ、デューク」
兄上はさっさと部屋を出て行き、多分…グラン侯爵殿下の飲まれるお酒の銘柄死守にいくようだ。
僕はデューク国王陛下代理の二人になり、デューク国王陛下代理が突っ伏す寝台に上がった。
「デュークこ……様、息が苦しくありませんか」
まだ、慣れないな、軽称って。
デューク国王陛下代理はごろんと仰向けになり、全身を投げ出している。
僕もたくさん飲んだみたいで、やっぱり頭がふわっとしていて、デューク国王陛下代理の横に転がった。
湯浴みは…明日でいいや。
このやり遂げた気持ち良さをそのままにして、眠りにつきたかった。
部屋の中はひやりと涼しくて、僕はデューク国王陛下代理の服に手を伸ばし、デューク国王陛下の脇の下に丸くなる。
兄上に言わせると、僕とデューク国王陛下代理は、ローゼルエルデ王国史上初の試みをして、成功させたらしいんだ。
奉納剣舞を王族以外が舞うことと、円形闘技場に市井を入れ無料で観戦させたこと。
眠るデューク国王陛下代理の唇が少し笑みを浮かべ、僕は幸せな夢を見ているに違いないデューク国王陛下代理の横で眠った。
デューク国王陛下代理に、レティーシア様のご加護がありますように…と願いながら。
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