うたかた夢曲

雪原るい

文字の大きさ
27 / 94
2話「夢魔の刻印」

しおりを挟む
――半日後、目的地であるゼネス村に着いたセネトとキールは乗り合い馬車を降りた。
ずっと馬車に揺られていた為、肩から腰にかけて痛むのか…セネトは大きく背を伸ばす。

「…さすがに、時間がかかったなー…ゼネス村に着くまで。もっと…こう、座り心地のいい椅子にしてほしいよな」
「ならば、お前が設計でもして作ったらどうだ?」

身体を痛めていないらしいキールは、痛みを和らげようと背中を伸ばそうとしているセネトの肩に後ろから手を置いた。
そして、無言でキールは右足をセネトの背中――ちょうど腰の辺りに添えて、セネトの肩を一気に自分の方へと引く。

「うっ…ぎゃーー!!?」

一気に背が反った為か、セネトの苦しそうな絶叫に近い悲鳴をあげた。
その悲鳴はさほど大きくはないゼネス村に響き渡り、行き交う人々が足を止めてセネトの方を窺っていた。

セネトの背を反らせたキールが彼の肩から手を放すと、支えを失った身体は真っ直ぐに倒れ込んだ。
倒れたセネトを見下したキールは、ひと仕事終えたように汗を拭う。

「…どうだ、楽になっただろ?変な体勢で寝るからだ…まったく」
「楽になったにはなった…だが、違う痛みが今おれを襲っている。というか、お前…これは『荒療治』と言うんじゃ――」

動けず倒れたままのセネトは声だけを、腕を組んでいるキールへ向けた。
…しかし、キールは呆れた口調で一蹴する。

「楽になったのならいいではないか。それより、セネト…早く起きたらどうだ?」

倒れ伏したままのセネトは、キールの言葉に首をかしげた。
よく分かっていないセネトを放って置いたキールは数歩前へ歩みでて、倒れ伏しているセネトの少し前に立つ。

そして、深々と頭を下げたキールは恭しい口調で声をかけた。

「お久しぶりです、ジスカさん」
「おぉ…久しいな、キール。エトレカから連絡があったので迎えにきたのだが――」

声の主は、小走りに駆け寄ってきた60代前半くらいのケープの付いた神官服を着た男・ジスカだ。
微笑んでいるジスカは久しぶりに再会したキールと握手をし、次に倒れているセネトへと目を向けた。

「まさか…"トラブルメーカー1号"が来るとは、まったく思ってなかったぞ」
「……ジスカのじいさん、あんたまでそれを言うか。大体、誰だ…その、おれの変なあだ名をつけて広めた犯人は?」

倒れたまま、顔だけを上げたセネトが怒りを込めて呟く。
そんなセネトを一瞬だけ目を向けたジスカは、自分の顎に手をあてて独り愚痴るように答えた。

「それは知らんが…しかし、エトレカには言ったんだがな。『セネト以外の者を派遣してくれ』と…まさか、セネト本人を派遣してくるとは――」
「どういう意味だよ、それ。つーか、おれはソーシアン兄妹と違って失敗はしない!」

ようやく起きあがったセネトが指差しながら自信ありげに宣言する、とジスカは呆れたように首を横にふる。

「失敗はしないが、その他の被害がすごいんだ。まったく、誰もハイリスクを求めてはおらん」
「だから、どういう意味だよ…久しぶりに会ったのに、何でおれはボロカスに言われないといけないんだ……」

不満そうにジスカを見たセネトは頬を膨らませると、今まで静かに傍観していたキールが呟いた。

「…それは、お前の日頃の行いが悪いからだろ?」

セネトは無言でキールを睨みつけている…が、キールはあえて無視をし余所見する。
周囲の様子に気づいたジスカは、咳払いをひとつした。

「――そろそろ行かないか?さすがに、周りの目が気になる…」

気づけば3人を囲むようにして人が集まっており、皆興味ありげにこちらを窺っているようだ。
おそらく、騒いでいたので目立ってしまったのだろう……

野次馬達の視線に、怒る気力を失ったセネトは頷いて同意した。


***
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...