32 / 94
2話「夢魔の刻印」
12
しおりを挟む
――目を覚ましたセネトは、自分が床の上に俯せで倒れている事に気づく。
キールの術で夢の中に入る際、身体は眠った為にそのまま倒れていたのだろう。
その証拠に、セネトの頭には床でぶつけた時にできたらしいたんこぶがあった。
「いてて…あれ、たんこぶできてるのか」
頭をおさえながら、ゆっくりと起きあがったセネトは辺りを確認する。
(…結界?ベッド周りにはってあるのか、術式に残る気配から察するとジスカのじいさんか。あれ…そういえば、キールとジスカのじいさんは何処へ行ったんだ?)
顔色も戻り、ぐっすりと眠っているセリーヌの周辺に結界がはられているのを眺めたセネトは先ほどから姿の見えない2人を探した。
しかし、部屋のどこにもおらず…首をかしげたセネトは目を閉じ、精神を集中させて2人の気配を探る。
(…今、気配のする場所は――ここから近いな…)
2人らしき居場所を見つけたセネトは目を開けると、部屋を出て廊下を小走りに向かった。
たどり着いたのは大きなふたつ扉のある部屋の前で、もう一度確認するように気配を探ると確信する。
(ここで間違いない…それに微かだけど、あの夢魔の気配もしているな)
セネトがふたつ扉を開くと、そこにはキールとジスカ…それと、半透明ではあるがピンクのドレスを着た金髪に紅い瞳をしたあの夢魔が浮かんでいる。
室内には長椅子がたくさん並び、奥に祭壇もあるのでここは礼拝室なのだろう――
その長椅子のひとつの陰にひそむように座り込むキールとジスカであったが、よく見ると2人共に全身傷を負っているようだった。
「…大丈夫か?キール、ジスカのじいさん…相手は半透明な夢魔だろう?何で、そんなに傷だらけなんだ」
気配を消しつつ2人の元に駆け寄ったセネトに、呆れているキールが答える。
「セネト…やっと起きたのか。まぁ、その件は後だ…お前は気づいてないだろうが、あの夢魔は人を操っている」
「は?人…一体どこに?」
周囲を探ってみるセネトだったが、人の姿や気配すら感じられず首をかしげようとした瞬間――
数個前の長椅子の陰から突然現れた灰色を基調とするシスター服を着た20歳前の娘が、虚ろな瞳をセネトへ向けて襲いかかってきた。
なんとか避けたセネトは彼女の首の後ろに手刀を振り下ろして眠らせ、倒れ込む身体を支えながら床に横たえる。
「び、びっくりした…何だよ、これは?大体、この人の気配なんてまったく感じなかったぞ」
「それはそうだろう、あの夢魔に操られているのだからな…そのせいで気配が隠れているんだろう」
慌てた様子のセネトは何かの術式を床に描いているキールに視線を向けたが、それに答えたのはキールではなく少し顔色を悪くしたジスカだ。
苦しげなジスカは、床に横たわるシスターを見つめながら言葉を続ける。
「っ、本人は自分が何をさせられているのか…まったくわかっていないのはせめてもの救いだがな」
「ジスカのじいさん、大丈夫か!?」
異変に気づき駆け寄ったセネトがジスカの身体に触れると、何か温かく湿った感覚に気づいた。
恐る恐る自分の手を確認したセネトは、思わず眉をひそめる。
「…血?」
「たいした怪我ではない――だが、油断するな。あの娘は…気を失ってなぞいない」
ジスカの腹部には血がにじんでおり、自らの治癒魔法で止血をしながら顎でシスターを指した。
意味が分からないセネトはジスカに聞き返そうと口を開きかけるが、いきなり背後から首を絞められたのでできず……
首を絞める力はあまりないのだが、息苦しい事に変わりないセネトは驚きながら相手を確かめる。
そこには、先ほど眠らせたはずのシスターが無表情なままセネトを見ていた。
「ちょ…っと、何で起きて…?」
「…だから、言ったんだ。その娘は気を失ってはいない、と。わしらも…何度も気を失わせようと、したんだがな」
呆れた表情を浮かべたジスカは、完全に油断していたセネトに視線だけを向ける。
セネトが彼女の身体を肘で打ち、首を絞める力が緩んだ隙に彼女の腕を持って背負い投げた。
「ごほっ…そういう説明は早くしてくれよ、死ぬところだっただろうが!」
「そのくらいでは死なないだろう、お前なら――簡単に死ぬような生命力をしていないと思うが?」
何かの術式を描き終えたらしいキールが、自分の首をさすっているセネトに言う。
キールの言葉に、腹を立てたセネトは術式をシスターに向けて描くと魔力を込めた。
「だから、お前らはおれを何だと思って…ネーメットのじいさんにも言われたけどよ。生まれた時から人間だぞ、おれは!」
術を発動させて、起き上がったシスターに緊縛の魔法をかけて安堵のため息をつく。
それもそのはず、彼女の手にはいつの間にか血で汚れたナイフが握っていたのだから……
「あら、気づいちゃったの?もー少しだったけど、何で気づけたのかしら」
今まで黙って見ているだけだった半透明な夢魔が、くすくすと笑いながらセネトに目を向けた。
「当り前だろーが!お前の事…ちょっとの間、忘れてたぜ。えーっと…この、変わり者の夢魔!」
思い出したかのように指差したセネトの言葉に、機嫌を悪くした夢魔が小さく舌をだす。
「変わり者って、言わないでくれる!?あたしには、フラーニって名前があるんだからっ!!」
夢魔・フラーニはセネトを睨みながら文句を言うが、セネトはそれを無視すると何かの術を発動させようと準備しているキールに訊ねた。
「…なぁ、どうしておれを起こさなかったんだよ?」
「何を言う…一応、声はかけた。反応がなかったので、頭をはたいてみたが起きなかったぞ」
キールはセネトのたんこぶにデコピンをすると、悪びれた様子もなく答える。
痛みに頭をおさえたセネトは、心の中で文句を言った。
(……あとで覚えておけよ、キール。後で絶対に仕返ししてやる)
この間、存在を無視されていたフラーニは頬を膨らませると口を開く。
「…もぉーいいかな?あたし、そろそろ…本当にムカついてきたんだけど」
「うるさいな…今、こっちの件で忙しいんだ!少し待ってろ!」
キールへの怒りを、何故かフラーニにぶつけたセネトは自分の頭にできているたんこぶを指した。
その言動に、フラーニはさらに腹を立てて文句を言う。
「ひっどーい!あたしとあんたのたんこぶを比べるなんて…あんた、最低よ!」
「最低って、失礼な!おれよりもお前の方がヒドイだろうが…自分の代わりにあの人を操って、攻撃してきただろ!」
動けぬようにしたシスターを指したセネトに、扇子で口元を隠したフラーニは頬を膨らませた。
キールの術で夢の中に入る際、身体は眠った為にそのまま倒れていたのだろう。
その証拠に、セネトの頭には床でぶつけた時にできたらしいたんこぶがあった。
「いてて…あれ、たんこぶできてるのか」
頭をおさえながら、ゆっくりと起きあがったセネトは辺りを確認する。
(…結界?ベッド周りにはってあるのか、術式に残る気配から察するとジスカのじいさんか。あれ…そういえば、キールとジスカのじいさんは何処へ行ったんだ?)
顔色も戻り、ぐっすりと眠っているセリーヌの周辺に結界がはられているのを眺めたセネトは先ほどから姿の見えない2人を探した。
しかし、部屋のどこにもおらず…首をかしげたセネトは目を閉じ、精神を集中させて2人の気配を探る。
(…今、気配のする場所は――ここから近いな…)
2人らしき居場所を見つけたセネトは目を開けると、部屋を出て廊下を小走りに向かった。
たどり着いたのは大きなふたつ扉のある部屋の前で、もう一度確認するように気配を探ると確信する。
(ここで間違いない…それに微かだけど、あの夢魔の気配もしているな)
セネトがふたつ扉を開くと、そこにはキールとジスカ…それと、半透明ではあるがピンクのドレスを着た金髪に紅い瞳をしたあの夢魔が浮かんでいる。
室内には長椅子がたくさん並び、奥に祭壇もあるのでここは礼拝室なのだろう――
その長椅子のひとつの陰にひそむように座り込むキールとジスカであったが、よく見ると2人共に全身傷を負っているようだった。
「…大丈夫か?キール、ジスカのじいさん…相手は半透明な夢魔だろう?何で、そんなに傷だらけなんだ」
気配を消しつつ2人の元に駆け寄ったセネトに、呆れているキールが答える。
「セネト…やっと起きたのか。まぁ、その件は後だ…お前は気づいてないだろうが、あの夢魔は人を操っている」
「は?人…一体どこに?」
周囲を探ってみるセネトだったが、人の姿や気配すら感じられず首をかしげようとした瞬間――
数個前の長椅子の陰から突然現れた灰色を基調とするシスター服を着た20歳前の娘が、虚ろな瞳をセネトへ向けて襲いかかってきた。
なんとか避けたセネトは彼女の首の後ろに手刀を振り下ろして眠らせ、倒れ込む身体を支えながら床に横たえる。
「び、びっくりした…何だよ、これは?大体、この人の気配なんてまったく感じなかったぞ」
「それはそうだろう、あの夢魔に操られているのだからな…そのせいで気配が隠れているんだろう」
慌てた様子のセネトは何かの術式を床に描いているキールに視線を向けたが、それに答えたのはキールではなく少し顔色を悪くしたジスカだ。
苦しげなジスカは、床に横たわるシスターを見つめながら言葉を続ける。
「っ、本人は自分が何をさせられているのか…まったくわかっていないのはせめてもの救いだがな」
「ジスカのじいさん、大丈夫か!?」
異変に気づき駆け寄ったセネトがジスカの身体に触れると、何か温かく湿った感覚に気づいた。
恐る恐る自分の手を確認したセネトは、思わず眉をひそめる。
「…血?」
「たいした怪我ではない――だが、油断するな。あの娘は…気を失ってなぞいない」
ジスカの腹部には血がにじんでおり、自らの治癒魔法で止血をしながら顎でシスターを指した。
意味が分からないセネトはジスカに聞き返そうと口を開きかけるが、いきなり背後から首を絞められたのでできず……
首を絞める力はあまりないのだが、息苦しい事に変わりないセネトは驚きながら相手を確かめる。
そこには、先ほど眠らせたはずのシスターが無表情なままセネトを見ていた。
「ちょ…っと、何で起きて…?」
「…だから、言ったんだ。その娘は気を失ってはいない、と。わしらも…何度も気を失わせようと、したんだがな」
呆れた表情を浮かべたジスカは、完全に油断していたセネトに視線だけを向ける。
セネトが彼女の身体を肘で打ち、首を絞める力が緩んだ隙に彼女の腕を持って背負い投げた。
「ごほっ…そういう説明は早くしてくれよ、死ぬところだっただろうが!」
「そのくらいでは死なないだろう、お前なら――簡単に死ぬような生命力をしていないと思うが?」
何かの術式を描き終えたらしいキールが、自分の首をさすっているセネトに言う。
キールの言葉に、腹を立てたセネトは術式をシスターに向けて描くと魔力を込めた。
「だから、お前らはおれを何だと思って…ネーメットのじいさんにも言われたけどよ。生まれた時から人間だぞ、おれは!」
術を発動させて、起き上がったシスターに緊縛の魔法をかけて安堵のため息をつく。
それもそのはず、彼女の手にはいつの間にか血で汚れたナイフが握っていたのだから……
「あら、気づいちゃったの?もー少しだったけど、何で気づけたのかしら」
今まで黙って見ているだけだった半透明な夢魔が、くすくすと笑いながらセネトに目を向けた。
「当り前だろーが!お前の事…ちょっとの間、忘れてたぜ。えーっと…この、変わり者の夢魔!」
思い出したかのように指差したセネトの言葉に、機嫌を悪くした夢魔が小さく舌をだす。
「変わり者って、言わないでくれる!?あたしには、フラーニって名前があるんだからっ!!」
夢魔・フラーニはセネトを睨みながら文句を言うが、セネトはそれを無視すると何かの術を発動させようと準備しているキールに訊ねた。
「…なぁ、どうしておれを起こさなかったんだよ?」
「何を言う…一応、声はかけた。反応がなかったので、頭をはたいてみたが起きなかったぞ」
キールはセネトのたんこぶにデコピンをすると、悪びれた様子もなく答える。
痛みに頭をおさえたセネトは、心の中で文句を言った。
(……あとで覚えておけよ、キール。後で絶対に仕返ししてやる)
この間、存在を無視されていたフラーニは頬を膨らませると口を開く。
「…もぉーいいかな?あたし、そろそろ…本当にムカついてきたんだけど」
「うるさいな…今、こっちの件で忙しいんだ!少し待ってろ!」
キールへの怒りを、何故かフラーニにぶつけたセネトは自分の頭にできているたんこぶを指した。
その言動に、フラーニはさらに腹を立てて文句を言う。
「ひっどーい!あたしとあんたのたんこぶを比べるなんて…あんた、最低よ!」
「最低って、失礼な!おれよりもお前の方がヒドイだろうが…自分の代わりにあの人を操って、攻撃してきただろ!」
動けぬようにしたシスターを指したセネトに、扇子で口元を隠したフラーニは頬を膨らませた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる