うたかた夢曲

雪原るい

文字の大きさ
83 / 94
6話「王女と従者と変わり者と…」

しおりを挟む
セネト達が待ち始めて20分後、クリストフが何故か少し疲れた様子で戻ってきた。

「すみません、待たせてしまいましたね…」

クリストフの身体を支えるようにして、キリルが先ほどまで自分の座っていたソファーに座れせると自らはクリストフの傍らに控える。
何があったのかセネトが首をかしげていると、遅れて2人の人物が部屋に入ってきた。

一人は淡い青髪をした白衣の青年で、もう一人は青紫色の長い髪に尖った耳が特徴的なエルフの青年だ。
――何故か白衣の青年は縄で拘束され、その縄の先をエルフの青年が握っていた。

一体どういう状況なのか、理解できないセネトは先に戻ってきたクリストフに訊ねる。

「なぁ、クリストフ…何でキールは縛られてるんだ?」
「何で、って――あなたがここにいると知って、色々あったんですよ…それをイオンが抑えた上に縄で」

遠くの見ながら答えたクリストフに、何か悟ったらしいイアンとキリルが白衣の青年・キールとエルフの青年・イオンから目を逸らした。
どちらかと言うと、イオンから目を逸らしたと言った方が正しいか――

、って…イオンって、こいつか…?)

イアンとキリルの目の逸らし方に、『恐ろしいエルフ』イオンが誰なのか気づいたセネトは納得したように頷くと…それをあざとく見逃さなかったイオンが横目でイアンとキリルに目を向けた。
見られた2人が一瞬ビクッとした後にお茶を飲んで素知らぬふりを決め込んだのに、ため息をついたイオンはセネトの方を向いて頭を下げると自己紹介をはじめる。

「ユースミルス本家の御子息、はじめまして…私はクリストフ様の身の回りのお世話をさせていただいております、イオン・ルティスアーナと申します。しがないエルフでございますが、どうぞお見知りおきを」
「ぁ…いや、その――こちらこそ、よろしく…」

戸惑いながらも、セネトは頭を下げて挨拶をした。
そして、頭をあげたセネトは気づいてしまう…にっこりと微笑んでいるイオンの目が、まったく笑っていない事を。

イオンのただならぬ気配に、セネトは何か嫌な汗が流れ落ちてくるのを感じた。


***


クリストフに止められたイオンは口元だけに笑みを浮かべ、キールの縄を解いて新たにカップを用意してお茶を注ぐ。
それをキールに差し出し、イオンもクリストフの傍ら――キリルの隣に控えるように立った。

「まったく…で、何を話せばいい?」

受け取ったキールがお茶を一口飲んで、まだ納得していない様子で訊ねる。

「夢魔について…というか、メイリーク家に伝わる夢術について話してやれ」

イアンが苦笑しながら促すと、何度か小さく頷いたキールはゆっくりと話しはじめた。

「まぁ、話のあらましはクリストフから聞いているが――そうだな、セネト…前に会った夢魔・フラーニを覚えているか?」
「あー…あの変わった夢魔の?」

「さすがに、忘れられないくらい印象に残っているぞ…」というセネトの言葉に、キールは「だろうな…」と呟いて続ける。

「フラーニの言葉にもあったが…アレを夢魔にしたのは、メイリーク家の者だ」

幼くして死んだ少女を、キールの祖先の一人が夢術で夢魔にしたのだと語った。
長い時をかけて成長した姿がとれるようになったのか、は不明だが…幼い少女は大人の女性としての姿を手に入れたのだろう。

フラーニが幼い少女である…という事を、なんとなく感じていたセネトは首をかしげると質問する。

「ふーん…でも、フラーニとミリスやユミリィとどう繋がるんだ?」

フラーニを夢魔にしたのはメイリーク家の人間だが、ミリスとユミリィを夢魔にしたのはルフェリスだが、もちろん彼はメイリークの者ではない。

「夢術の中でも、生前の記憶を有する状態で死者の魂を夢魔にするすべはメイリーク家に伝わる秘術のひとつとなる」

メイリーク家のものと、それ以外の夢術士のものとでは術式の構成や作り出す過程――夢魔になる前の記憶が、あるかないかで違いがあるのだとキールは説明した。

「…ん?ミリスとユミリィは記憶、ばっちりあったから…メイリークの秘術を使ったのか…あれ?でも…」

顎に手をあてたセネトは納得しかけて、ある疑問に気づく――何故、ルフェリスはメイリークの秘術を知っていたのだろうかと……
その疑問に答えたのはキール、ではなく…クリストフの傍らにいるキリルだ。

「アードレア家は、メイリーク家と婚姻を結ぶ事が多い――故に、秘術を知ろうと思えば知る事もできよう。それに、ルフェリスの養い親はメイリーク家ゆかりの者…おそらく、それ経由で知ったのだろう」
「秘術を知ったルフェリスが殺害されたユミリィとミリスを救う為に使ったんだろうな…そして、あの時――」

ヴェンデルとテルエルが現れた時、少女2人にかけていた術を解除して魂を解放したのだろうとキールは言う。
――2人の少女の魂の解放…それは、夢魔としての死を意味していた。

全てを理解したセネトが静かに俯いていると、隣に座るイアンは優しく肩をたたく。

「あいつらは、お前に救われたんだ。だから、お前はあいつらの思いを忘れず…前を向け」

イアンの言葉に、セネトは顔を上げるとゆっくり頷いた。

「…サンキュー、イアン。そう言ってもらえると…元気でたわ」

そんなセネトの様子を見ていたクリストフとキール、無表情なキリルを余所に――何故かおどろおどろしい雰囲気で微笑んでいるイオンが、ゆっくりと口を開く。

「…和んでいるところ、失礼しますが――そろそろ主の部屋を破壊した経緯をお話しくださりますか、セネト殿?」
「う゛っ…」

暑くもないのに、嫌な汗が流れでているセネトは考える――経緯を、と言われても自分がクリストフに報告書を代筆させようとして部屋ごと吹っ飛ばされただけなのだ。
その原因の大半が自分にある事を、少しだけ自覚しているセネトはゆっくりとソファーから立ち上がり…横目で窓の位置を確認すると、そのまま駆けだして窓からの脱出を試みた。

(よし、無事脱出…ん?)

窓から身を乗り出そうとした瞬間、セネトは背後に何者かの気配を感じ――振り返ろうとしたのだが、そのまま外へ落ちてしまう。
セネトの悲鳴を聞きながら、唖然とその状況を見ている事しかできないクリストフやイアン、キール…そして、窓辺に立つキリルと何故か満足げに頷くイオンの姿がそこにあった。

「お…おい、まさかセネトを――」
「大丈夫…アレが私の気配を気取って、勝手に落ちたのだ。まぁ、を手に入れる為に手は伸ばしたがな」

そう言ったキリルの手には、数本の赤灰色の髪の毛がある…どうやら、あの一瞬でセネトから髪数本を抜き取ったようだ。
…それを一体何に使用するのか、すぐに思い当ったらしいイアンが慌ててキリルの手から髪の毛を取り上げようとするもイオンによって邪魔され失敗してしまう。
その攻防を見ていたキールは密かに、これからセネトの身に起こるであろう事を心の中で哀れに思った――


***
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

処理中です...