35 / 123
5話「実りの羽根」
3
しおりを挟む
移動前の、真那加が使っていた病室に残った十紀は深くため息をついた。
(天宮が言っていたのは、こういう事だったか…)
十紀が大きく手をたたくと、彼の立つ場所を起点に淡い光が室内を走る……
そこに現れたのは扉に書かれていたあの赤い文字と、ぼんやりとした表情の老若男女の姿だった。
何人かの口が小さく動き、声にならない救いの言葉を紡ぎだしている。
――タスケテ、タスケテ…ココハ、シロクテ、クルシクテ、ジユウガキカナイ…イキテイケナイ。
(救いを求めているのは、おそらく今朝不明となった者達だろうな…残りは、時が経ち過ぎているせいで自我はもうないだろう)
…あの日、全てが狂い――破壊されたものの『想い』が、こうして形となったのだろう。
(まさか【機械仕掛けの神】の影響が、こうもあの霧に作用していたとは…これは、人の身で贖うには無理があるのだろうな)
人はその身で贖う事のできない罪を造りだし、世界は南半球にあった2大陸すべてを飲み込んだ。
【機械仕掛けの神】を生みだし使用した人間達や、それを阻止しようとした者達――生命ある全ての者と共に……
(天宮が〈咎人〉を赦せない気持ちもわかる…だからといって、このままにしておくわけにはいかない)
――このままにしていれば、自分達はきっと新たな痛みを背負う事となるだろう。
一年前…ギリギリのところで桜矢が迷いを見せた事で、ある意味『霧』を止めるチャンスに繋がったようなものだ。
しかし、代償としてあの集落に住まう〈咎人〉の子孫達を失ってしまったわけだが……
(九條の事だ…制御コードを先に打ち込んでいるだろうから、それを利用すれば少なくとも現状の暴走状態を止められる可能性はある)
『要』となっている者を安定させられれば…になるが、と十紀は考える。
その昔、九條達は制御に失敗している――それは『要』として仮想人格を打ち込んだが拒絶されたからだ、と九條本人が言っていた。
今、『要』となっているのは『霧』に取り込まれた〈咎人〉の子孫たる人間だ…ならば、それを利用すれば制御できるかもしれない。
(まぁ、失敗すれば…千森に住む残りの〈咎人〉の子孫達を取り込んで、新たな力を持ってしまう可能性も残るが――)
そうなりそうな時は最後の手段として、九條達がとった方法で『霧』を強制休止に追い込む事はできるだろう…と考えをまとめた十紀は、白衣のポケットから折り畳みナイフを取りだした。
ナイフの刃を左手で握り込むと、指の隙間から血が滴るように床の上に落ちる。
十紀の血が床に落ちると同時に現れていた『霧』の痕跡は、雪のように溶けて消え去っていった。
全て浄化し終えたかを確認した十紀はナイフの刃についた血を白衣の袖で拭い、刃を折り畳みポケットにしまう。
そして、病室から出て扉を閉めると血のにじむ手のひらで扉に触れて血痕をつけた。
血痕は淡く光った後、ゆっくりと薄らいでいき…やがて消えていったのを確認した十紀が扉に鍵をかける。
手のひらの傷と流れでる血を眺めていた十紀に、真那加を他の病室に案内し終え戻ってきた穐寿が声をかけた。
「彼女は用意していた、結界を施した部屋に案内しました。それと、先ほどは伝えられませんでしたが――今朝見つかったあの娘…もはや、生ける人形のようなものだそうです」
『霧』からの切り離しは、天宮様がなんとかできたようですが…と、穐寿が言葉を付け加える。
それを聞いた十紀は白衣の別のポケットから出したハンカチで、左手を止血しながら訊ねた。
「そうか…なら、神代とも相談しないといけないな。そうだ、天宮は…大丈夫だったか?」
「そうですね…吐血されましたが、天宮様的には許容範囲だと笑っておられました――」
ただ、その瞬間に八守と古夜に怒られておられましたが…と、穐寿が苦笑すると答える。
「――まったく、あいつは…それより神代達と合流して、もう一度結界をはった部屋を用意しないといけないか」
そして、そこに天宮を放り込んでおかないとな…と、十紀は呆れたようにため息をついた。
真那加を案内した新しい部屋――あの部屋は、元々『霧』と千代を切り離す術を行使した天宮の為に用意していた部屋だったのだ。
何度も『霧』に意識を繋いだ事で、天宮の体力が弱ってしまっている……
そこを衝いて『霧』が天宮を取り込むなどされたら、今いる自分達だけでは抵抗する術がほとんどなくなってしまうだろう。
ただでさえ、桜矢を取込んだ力を操っているような状況なのだから――
なので、結界のはってある部屋で天宮を少しでも休ませるつもりだったわけである。
「天宮を放り込んだら、神代と話し合う――その間に、八守と古夜と準備しておいてくれ」
「わかりました…仕方ないとはいえ、やるせないですね」
十紀の言葉に、俯いて穐寿は答えた。
そして、誰に言うでもなく囁きかける……
――例えそれがあの少女の為だとしても、残酷な運命だ…と。
***
(天宮が言っていたのは、こういう事だったか…)
十紀が大きく手をたたくと、彼の立つ場所を起点に淡い光が室内を走る……
そこに現れたのは扉に書かれていたあの赤い文字と、ぼんやりとした表情の老若男女の姿だった。
何人かの口が小さく動き、声にならない救いの言葉を紡ぎだしている。
――タスケテ、タスケテ…ココハ、シロクテ、クルシクテ、ジユウガキカナイ…イキテイケナイ。
(救いを求めているのは、おそらく今朝不明となった者達だろうな…残りは、時が経ち過ぎているせいで自我はもうないだろう)
…あの日、全てが狂い――破壊されたものの『想い』が、こうして形となったのだろう。
(まさか【機械仕掛けの神】の影響が、こうもあの霧に作用していたとは…これは、人の身で贖うには無理があるのだろうな)
人はその身で贖う事のできない罪を造りだし、世界は南半球にあった2大陸すべてを飲み込んだ。
【機械仕掛けの神】を生みだし使用した人間達や、それを阻止しようとした者達――生命ある全ての者と共に……
(天宮が〈咎人〉を赦せない気持ちもわかる…だからといって、このままにしておくわけにはいかない)
――このままにしていれば、自分達はきっと新たな痛みを背負う事となるだろう。
一年前…ギリギリのところで桜矢が迷いを見せた事で、ある意味『霧』を止めるチャンスに繋がったようなものだ。
しかし、代償としてあの集落に住まう〈咎人〉の子孫達を失ってしまったわけだが……
(九條の事だ…制御コードを先に打ち込んでいるだろうから、それを利用すれば少なくとも現状の暴走状態を止められる可能性はある)
『要』となっている者を安定させられれば…になるが、と十紀は考える。
その昔、九條達は制御に失敗している――それは『要』として仮想人格を打ち込んだが拒絶されたからだ、と九條本人が言っていた。
今、『要』となっているのは『霧』に取り込まれた〈咎人〉の子孫たる人間だ…ならば、それを利用すれば制御できるかもしれない。
(まぁ、失敗すれば…千森に住む残りの〈咎人〉の子孫達を取り込んで、新たな力を持ってしまう可能性も残るが――)
そうなりそうな時は最後の手段として、九條達がとった方法で『霧』を強制休止に追い込む事はできるだろう…と考えをまとめた十紀は、白衣のポケットから折り畳みナイフを取りだした。
ナイフの刃を左手で握り込むと、指の隙間から血が滴るように床の上に落ちる。
十紀の血が床に落ちると同時に現れていた『霧』の痕跡は、雪のように溶けて消え去っていった。
全て浄化し終えたかを確認した十紀はナイフの刃についた血を白衣の袖で拭い、刃を折り畳みポケットにしまう。
そして、病室から出て扉を閉めると血のにじむ手のひらで扉に触れて血痕をつけた。
血痕は淡く光った後、ゆっくりと薄らいでいき…やがて消えていったのを確認した十紀が扉に鍵をかける。
手のひらの傷と流れでる血を眺めていた十紀に、真那加を他の病室に案内し終え戻ってきた穐寿が声をかけた。
「彼女は用意していた、結界を施した部屋に案内しました。それと、先ほどは伝えられませんでしたが――今朝見つかったあの娘…もはや、生ける人形のようなものだそうです」
『霧』からの切り離しは、天宮様がなんとかできたようですが…と、穐寿が言葉を付け加える。
それを聞いた十紀は白衣の別のポケットから出したハンカチで、左手を止血しながら訊ねた。
「そうか…なら、神代とも相談しないといけないな。そうだ、天宮は…大丈夫だったか?」
「そうですね…吐血されましたが、天宮様的には許容範囲だと笑っておられました――」
ただ、その瞬間に八守と古夜に怒られておられましたが…と、穐寿が苦笑すると答える。
「――まったく、あいつは…それより神代達と合流して、もう一度結界をはった部屋を用意しないといけないか」
そして、そこに天宮を放り込んでおかないとな…と、十紀は呆れたようにため息をついた。
真那加を案内した新しい部屋――あの部屋は、元々『霧』と千代を切り離す術を行使した天宮の為に用意していた部屋だったのだ。
何度も『霧』に意識を繋いだ事で、天宮の体力が弱ってしまっている……
そこを衝いて『霧』が天宮を取り込むなどされたら、今いる自分達だけでは抵抗する術がほとんどなくなってしまうだろう。
ただでさえ、桜矢を取込んだ力を操っているような状況なのだから――
なので、結界のはってある部屋で天宮を少しでも休ませるつもりだったわけである。
「天宮を放り込んだら、神代と話し合う――その間に、八守と古夜と準備しておいてくれ」
「わかりました…仕方ないとはいえ、やるせないですね」
十紀の言葉に、俯いて穐寿は答えた。
そして、誰に言うでもなく囁きかける……
――例えそれがあの少女の為だとしても、残酷な運命だ…と。
***
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あざとしの副軍師オデット 〜脳筋2メートル義姉に溺愛され、婚外子から逆転成り上がる〜
水戸直樹
ファンタジー
母が伯爵の後妻になったその日から、
私は“伯爵家の次女”になった。
貴族の愛人の娘として育った私、オデットはずっと準備してきた。
義姉を陥れ、この家でのし上がるために。
――その計画は、初日で狂った。
義姉ジャイアナが、想定の百倍、規格外だったからだ。
◆ 身長二メートル超
◆ 全身が岩のような筋肉
◆ 天真爛漫で甘えん坊
◆ しかも前世で“筋肉を極めた転生者”
圧倒的に強いのに、驚くほど無防備。
気づけば私は、この“脳筋大型犬”を
陥れるどころか、守りたくなっていた。
しかも当の本人は――
「オデットは私が守るのだ!」
と、全力で溺愛してくる始末。
あざとい悪知恵 × 脳筋パワー。
正反対の義姉妹が、互いを守るために手を組む。
婚外子から始まる成り上がりファンタジー。
乙女ゲームの正しい進め方
みおな
恋愛
乙女ゲームの世界に転生しました。
目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。
私はこの乙女ゲームが大好きでした。
心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。
だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。
彼らには幸せになってもらいたいですから。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる