37 / 123
5話「実りの羽根」
5
しおりを挟む
「…まったく、少し待ってやった結果がこれとはな――」
自分の屋敷にある居間で、疲れた様子の里長はひとり愚痴るように呟いた。
今朝の出来事での対応に追われて、ようやくひと息つけたらしい。
「まさか、天宮様がいらっしゃった本当の理由は…王家に今回の失態が知られてしまったからではないのか!」
苛々とした口調で言うと、彼はテーブルを強く叩いた。
一年前、医院に保護された隣の集落の娘――同じ【祭司の一族】の者でありながら、『霧』に喰われなかった生き残り。
どうやって生き残る事ができたのか…知りたくないし、考えたくもない。
いや、知りたくなくとも結果が隣の集落の状態でわかってしまうのだから――
あの娘が手引きしたのか……それとも、『霧』が贄を喰い足りなくて範囲を変更したのかはわからないが。
そう考えた里長は、ソファーに深く腰掛けた。
(実湖にいた【祭司の一族】は、もう存在しなくなったようなものだ…となれば――神代を中心とする分家さえ抑えれば全て修まる)
自分達が唯一の【祭司の一族】本流となったのだから、神代と十紀に従う分流の者達も黙るしかないだろう。
そもそも、一応猶予の時間は与えてあったのだから文句を言ってくる事はないはずだ。
もう、これ以上の失態は赦されない……
このままでは、王家から本当に見放されてしまう――せっかく姻戚になるチャンスを得たというのに、だ。
……何の為に、数年前に実湖の本家と話し合ったと思っているのだ。
麟王家と実湖、千森の【祭司の一族】本家が何十年かに一度婚姻を結んでいるのには重要な意味があると言われている。
その意味は、王家とそれに連なる者にしか伝えられていないそうだが……
内孫のひとりを王家に嫁がせる事で話し合いを済ませたのに、一年前の件で白紙に戻りかかってしまった。
それをなんとか、もうひとりの内孫で進めてもらえるようにしたというのに――
まさか、この婚姻について何か変更が…?
それを天宮様が伝えに来たのではないだろうか…?
そんな考えが、里長の頭を過る……が、その嫌な予感を払拭するかのように首を横にふる。
(こうなれば、十紀や神代が何か事を起こす前にこちらが動くしかあるまい…)
――この状況を打破すれば、天宮様も問題を麟王陛下に報告しないはずだ。
「…鳴戸!希琉!何処にいるっ!?此処へ来い!」
里長の怒鳴り声に、ドタバタと足音が廊下に響かせて来たのは黒髪でふくよかな体格の青年・鳴戸である。
急いで来た為か、彼は疲れたように息を切らせていた……
そんな鳴戸の様子に、里長は一瞬呆れた表情を浮かべたがすぐにそれを隠して口を開く。
「…もう、一刻の猶予もやれん。あの娘を、どんな状態でも構わん…捕らえてこい。それを、あの森に捨て置く」
「わかりました…ったく、理哉のやつ――傷ひとつ与えてねーんだもんな、少しくらいやっておけよ」
里長の命に頷いた鳴戸が、ここにはいない少女に向けて文句をつけた。
そもそも、理哉が刃物を屋敷から持ち出していたのを知っていたので鳴戸は彼女に任せようと考えていたのだ。
しかし、気がつけば理哉は刃物を持ち歩く事をやめており…どうしたものかと迷っている様子を見せていた。
結局、自分がやらねばならなくなってしまったので鳴戸は不満を口にしたようだ。
鳴戸から、ある程度聞いていた里長はたしなめるように言う。
「そうはいってやるな…下手に手をだしていれば、全てが水の泡になってしまうだろう」
「そりゃ…まぁ、そうですけどねー」
口を尖らせて、まだ不満を口にしそうな鳴戸に向けて里長が早く向かうよう命じた。
とりあえず、ここに居られて不平不満などを聞かされる時間がもったいなく里長は感じたからだ。
渋々といった様子で鳴戸は行ってしまう、が入れ違いにやって来たのは青く長い髪の女性・希琉だった。
「あら…鳴戸は、もう行ってしまいましたの?」
「あぁ、先ほどな…理哉に対しての文句をひと通り言って行きおったわ」
深いため息をついた里長に、なるほどと納得した希琉は苦笑する。
「まったく、仲の悪い従兄妹で呆れてしまいますわ」
「あやつ等の仲よりも、希琉……集落の何処かにいるだろう理哉を探してこい。あの騒ぎにも関わっていたのだ、全てが終わるまで謹慎させる」
ただでさえ、今朝の騒ぎで天宮様に悪い印象を持たれてしまっただろう…これ以上、悪くされて婚姻が白紙に戻されてはたまらないのだと里長は言った。
白紙になられて困るのは希琉も同じで、静かに頷きながら考える。
――自分がここに引き取られた理由が、この婚姻にあるというのに…もし、白紙になってしまえば自分の居場所はなくなるのではないか。
そもそも立場的に弱く、王家ゆかりの人間だという理由だけで養子にだされたのだから。
……そこに、希琉の意志はなかった。
だけど、それも薄くとも王家の血を引いている者の務めだと覚悟は決めていたのだ。
実哉も【祭司の一族】の者として務めを果たそうと考えているのだと知り、彼女とは密かに情報を共有していた。
まぁ…あまり仲良くしているところを見られては問題があるので、影で交流していたのだが。
そのせいなのか、何も知らない理哉から見た希琉の印象はあまり良くない。
果たして、そんな自分が彼女に「屋敷にいるように」と言ったところでわかってもらえるだろうか…?
(…こうして考えてみると、わたくしも本当に自分本位ですわよね)
そんな風に考えた希琉は、人知れず苦笑した。
まぁ、もし里長の心配している事が現実になったら…自分は実哉と話していた『もしも話』を実現するべきだろうと考えて屋敷を出る。
***
自分の屋敷にある居間で、疲れた様子の里長はひとり愚痴るように呟いた。
今朝の出来事での対応に追われて、ようやくひと息つけたらしい。
「まさか、天宮様がいらっしゃった本当の理由は…王家に今回の失態が知られてしまったからではないのか!」
苛々とした口調で言うと、彼はテーブルを強く叩いた。
一年前、医院に保護された隣の集落の娘――同じ【祭司の一族】の者でありながら、『霧』に喰われなかった生き残り。
どうやって生き残る事ができたのか…知りたくないし、考えたくもない。
いや、知りたくなくとも結果が隣の集落の状態でわかってしまうのだから――
あの娘が手引きしたのか……それとも、『霧』が贄を喰い足りなくて範囲を変更したのかはわからないが。
そう考えた里長は、ソファーに深く腰掛けた。
(実湖にいた【祭司の一族】は、もう存在しなくなったようなものだ…となれば――神代を中心とする分家さえ抑えれば全て修まる)
自分達が唯一の【祭司の一族】本流となったのだから、神代と十紀に従う分流の者達も黙るしかないだろう。
そもそも、一応猶予の時間は与えてあったのだから文句を言ってくる事はないはずだ。
もう、これ以上の失態は赦されない……
このままでは、王家から本当に見放されてしまう――せっかく姻戚になるチャンスを得たというのに、だ。
……何の為に、数年前に実湖の本家と話し合ったと思っているのだ。
麟王家と実湖、千森の【祭司の一族】本家が何十年かに一度婚姻を結んでいるのには重要な意味があると言われている。
その意味は、王家とそれに連なる者にしか伝えられていないそうだが……
内孫のひとりを王家に嫁がせる事で話し合いを済ませたのに、一年前の件で白紙に戻りかかってしまった。
それをなんとか、もうひとりの内孫で進めてもらえるようにしたというのに――
まさか、この婚姻について何か変更が…?
それを天宮様が伝えに来たのではないだろうか…?
そんな考えが、里長の頭を過る……が、その嫌な予感を払拭するかのように首を横にふる。
(こうなれば、十紀や神代が何か事を起こす前にこちらが動くしかあるまい…)
――この状況を打破すれば、天宮様も問題を麟王陛下に報告しないはずだ。
「…鳴戸!希琉!何処にいるっ!?此処へ来い!」
里長の怒鳴り声に、ドタバタと足音が廊下に響かせて来たのは黒髪でふくよかな体格の青年・鳴戸である。
急いで来た為か、彼は疲れたように息を切らせていた……
そんな鳴戸の様子に、里長は一瞬呆れた表情を浮かべたがすぐにそれを隠して口を開く。
「…もう、一刻の猶予もやれん。あの娘を、どんな状態でも構わん…捕らえてこい。それを、あの森に捨て置く」
「わかりました…ったく、理哉のやつ――傷ひとつ与えてねーんだもんな、少しくらいやっておけよ」
里長の命に頷いた鳴戸が、ここにはいない少女に向けて文句をつけた。
そもそも、理哉が刃物を屋敷から持ち出していたのを知っていたので鳴戸は彼女に任せようと考えていたのだ。
しかし、気がつけば理哉は刃物を持ち歩く事をやめており…どうしたものかと迷っている様子を見せていた。
結局、自分がやらねばならなくなってしまったので鳴戸は不満を口にしたようだ。
鳴戸から、ある程度聞いていた里長はたしなめるように言う。
「そうはいってやるな…下手に手をだしていれば、全てが水の泡になってしまうだろう」
「そりゃ…まぁ、そうですけどねー」
口を尖らせて、まだ不満を口にしそうな鳴戸に向けて里長が早く向かうよう命じた。
とりあえず、ここに居られて不平不満などを聞かされる時間がもったいなく里長は感じたからだ。
渋々といった様子で鳴戸は行ってしまう、が入れ違いにやって来たのは青く長い髪の女性・希琉だった。
「あら…鳴戸は、もう行ってしまいましたの?」
「あぁ、先ほどな…理哉に対しての文句をひと通り言って行きおったわ」
深いため息をついた里長に、なるほどと納得した希琉は苦笑する。
「まったく、仲の悪い従兄妹で呆れてしまいますわ」
「あやつ等の仲よりも、希琉……集落の何処かにいるだろう理哉を探してこい。あの騒ぎにも関わっていたのだ、全てが終わるまで謹慎させる」
ただでさえ、今朝の騒ぎで天宮様に悪い印象を持たれてしまっただろう…これ以上、悪くされて婚姻が白紙に戻されてはたまらないのだと里長は言った。
白紙になられて困るのは希琉も同じで、静かに頷きながら考える。
――自分がここに引き取られた理由が、この婚姻にあるというのに…もし、白紙になってしまえば自分の居場所はなくなるのではないか。
そもそも立場的に弱く、王家ゆかりの人間だという理由だけで養子にだされたのだから。
……そこに、希琉の意志はなかった。
だけど、それも薄くとも王家の血を引いている者の務めだと覚悟は決めていたのだ。
実哉も【祭司の一族】の者として務めを果たそうと考えているのだと知り、彼女とは密かに情報を共有していた。
まぁ…あまり仲良くしているところを見られては問題があるので、影で交流していたのだが。
そのせいなのか、何も知らない理哉から見た希琉の印象はあまり良くない。
果たして、そんな自分が彼女に「屋敷にいるように」と言ったところでわかってもらえるだろうか…?
(…こうして考えてみると、わたくしも本当に自分本位ですわよね)
そんな風に考えた希琉は、人知れず苦笑した。
まぁ、もし里長の心配している事が現実になったら…自分は実哉と話していた『もしも話』を実現するべきだろうと考えて屋敷を出る。
***
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あざとしの副軍師オデット 〜脳筋2メートル義姉に溺愛され、婚外子から逆転成り上がる〜
水戸直樹
ファンタジー
母が伯爵の後妻になったその日から、
私は“伯爵家の次女”になった。
貴族の愛人の娘として育った私、オデットはずっと準備してきた。
義姉を陥れ、この家でのし上がるために。
――その計画は、初日で狂った。
義姉ジャイアナが、想定の百倍、規格外だったからだ。
◆ 身長二メートル超
◆ 全身が岩のような筋肉
◆ 天真爛漫で甘えん坊
◆ しかも前世で“筋肉を極めた転生者”
圧倒的に強いのに、驚くほど無防備。
気づけば私は、この“脳筋大型犬”を
陥れるどころか、守りたくなっていた。
しかも当の本人は――
「オデットは私が守るのだ!」
と、全力で溺愛してくる始末。
あざとい悪知恵 × 脳筋パワー。
正反対の義姉妹が、互いを守るために手を組む。
婚外子から始まる成り上がりファンタジー。
乙女ゲームの正しい進め方
みおな
恋愛
乙女ゲームの世界に転生しました。
目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。
私はこの乙女ゲームが大好きでした。
心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。
だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。
彼らには幸せになってもらいたいですから。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる