惑う霧氷の彼方

雪原るい

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6話「狂気の石碑」

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「ぇ…い、今何て…?」

驚きのあまり自分の耳を疑った上で、もう一度聞き直してみる。
ベッドに腰かけたままの天宮あまみや様は気を悪くした様子もなく、もう一度答えてくれた。

「終わらせる…つまり、彼らの首を落とし完全に死なせてあげる事が救いとなります」

天宮あまみや様曰く――血を致死量失ったり、何らかの方法で心臓を止めたとしても『霧』の力によって動けるそうだ。
どういう原理なのかは、簡単な説明を聞いたのだけど…私には少し難しくて理解できなかった。

ただ、そう説明されても躊躇ってしまう内容だと思う。
いきなり、化身となった人達を殺さないと…しかも、首を斬り落とさないといけないなんて――

聞き間違いではなかった事に、少なからず私はショックを受けてしまった。
私の心情に気づいた天宮あまみや様が、安心させるような優しい声音で言葉を続ける。

「さすがに…貴女の手を汚させようとは、こちらも考えていないので安心してください。ただ、少し協力をしてほしいだけです」
「き、協力…?一体何をすれば…」
「簡単な事です…貴女にあの『霧』の力を――いい加減にしなさい。こそこそ立ち聞きなどせず、早く戻ればいいでしょう。私が貴方に力添えしている間に……」

天宮あまみや様は私の疑問に答えてくれていたのだけど、突然こちらに向けて厳しい態度で声をかけてきた。
最初は驚いたけど……天宮あまみや様の意識が私の背後に向けられているのにすぐ気づいて、振り返ってみたけど誰の姿も見当たらなかった。

妹さん…じゃなくて琴音ことねさんがいたのかな?と思ったけど、考えてみれば天宮あまみや様は琴音ことねさんに厳しい態度をとらなかった気がする。
じゃあ、一体誰だったのかしら…?

少し怖くなり、天宮あまみや様の傍に避難して…どうしたらいいのかわからなくて、何もない空間と天宮あまみや様を交互に見てしまった。
私の、その行動に気づいた天宮あまみや様が小さく苦笑するとひとり言のように言う。

「まったく…そんなにショックを受けなくてもいいでしょう」

――そもそも、人間ひとである彼女には感じ取る力はないのですから……

天宮あまみや様達のような〈古代種〉と呼ばれる存在には視る力があるけど、人間ひとには視る力がないみたい。
でも、さっきの…琴音ことねさんは、私でも普通に視る事ができたよね?
……それは、何故なんだろう?
もしかして、琴音ことねさんのような存在じゃないから?

悩んでいたら、天宮あまみや様が私の方に顔を向けると声を教えてくれた。

「…琴音ことねの力が、少々特殊なんですよ。だから、貴女を導く事ができた…でも、今いるのはただのヘタレな大馬鹿者です」

え…っと、つまりどういう人ですか?
――と思わず訊いてしまいそうになったけど、その言葉を何とか飲み込む。

多分、天宮あまみや様のお知り合い…なのだと思い直して、私は納得した。

それよりも…だけど、私が考えている事は天宮あまみや様に筒抜けているような――そう思ったと同時に、すぐそばから小さな笑い声が聞こえてくる。
一体誰が笑っているのかと確認しようとそちらへ目を向けたら、天宮あまみや様が口元に手をあてて笑いを堪えていた。

私が困惑していると、落ち着きを取り戻したらしい天宮あまみや様は口を開く。

「すみません…警戒した貴女の姿に、桜矢おうやがショックで床に膝をついた途端に消えて――それが少しシュールで…」
「はぁ…えっと、その…桜矢おうや、さんって――」

さっきから気になっていた人の名前――桜矢おうやさんについて訊ねようとした途端、酷い頭痛がして一瞬気が遠くなった。
不意に誰かが私の手に触れたのに気づくと同時に、頭の痛みがひいて意識もはっきりしてくる。
誰が手に触れているのか確認すると、心配そうな表情を浮かべた天宮あまみや様だった。

――それよりも、私…さっき、何を訊ねようとしていたんだっけ?

「まだ『霧』の悪影響を受けているのでしょうね…まぁ、彼がここにいたせいだと思いますが。まったく…困った従兄殿ですよ」

ひとり愚痴るように呟いた天宮あまみや様は苦笑すると、首をかしげる私の手を離した。
そして、ベッドから立ち上がると誰かがいたらしい所まで移動する。

天宮あまみや様が何をしようとしているのか、わからない私は見守る事しかできないのだけど…一体どうしたのかしら?

先ほどまで私がいた位置まで移動した天宮あまみや様は、着ている白い神衣しんいのポケットから小さなナイフをだした。
そのナイフの鞘を取ってポケットにしまうと、何も持たない方の手でナイフの刃部分を握り込んだ。
刃が食い込んだ手のひらから血が滴り落ち、そのまま床にいくつかの小さな赤い染みを作りだすとすぐに消えてしまった。

その間――ほんの数十秒くらいの出来事なのだけど、私は天宮あまみや様の行動を止められず……
でも、すぐ我に返って天宮あまみや様の怪我を治療しようとかけ寄ろうとしたのに…何故か、身体が動かなかった。
自分の意志でどうする事もできなくて…それはまるで、金縛りにあったみたい。

天宮あまみや様はこちらの方を気にしている様子だったけど、そのまま握り込んでいた手をひらいてナイフの刃に自らの血がしっかりついているかを指先で確認している。

「少し心許無い武器ではありますが…まぁ、ないよりましでしょう」

そう呟いた天宮あまみや様が振り向くと、そのナイフを私に差しだした。

「抜き身で申し訳ないですが、こちらを持っていてくれますか?」
「え、はい…あの、まずは手当てを先に――」

思わず差しだされたナイフを受け取ってしまったけど、それよりも天宮あまみや様の怪我の状態が気になった。
だって、床に滴り落ちるくらいの出血だったし…もし、傷口が深く化膿したら大変だもの。

とりあえず、何か止血できるものは…と辺りを見回して、そこで私はある事に気づいた。

「ぁ、あれ…動ける?」

さっきまでまったく身体の自由がきかなかったのに、何で…と考えてしまったけど、今はそれどころじゃない。

(そうだ…確か、今朝、新しいハンカチをポケットに入れて――)

ナイフを持っていない方の手で、私は自分の服のポケットから一枚のハンカチを取りだした。
薄っすらピンク色の…桜の柄をしたハンカチを天宮あまみや様の傷口のある手のひらに巻いて止血する。

「本当は、消毒をした方がいいのだろうけど…」

この病室にはそういった物がない…というか、置いてあるだろう診察室は荒らされて何処にあるのかわからない。
そんな事を考えている私の様子を、天宮あまみや様が不思議そうにうかがっているようだ。

「…大丈夫ですよ、すぐに傷は癒えますから。それよりも、そのナイフは護身用に手放さないように…間違いなく、貴女に固執しているようですから」

天宮あまみや様の言葉に、一瞬何を言われたのかわからず困惑して固まってしまった。
――固執されている…一体誰に?
わからない事ばかりだけど、身を護る為にナイフが必要なのかしら?

……確かに、目が覚めてから誰かに敵意を向けられる事もあった。
でも、それは――もう和解した理哉りやさんだったり、鳴戸なるとさんや里長さんだったり…と生きている人からだ。
自分の身を護る為とはいえ、鳴戸なるとさん達にナイフを向けるのは何か違う気がするんだけど……

困惑している私の様子に気づいた天宮あまみや様が、理由わけを申し訳なさそうに話しはじめた。

「別に、里長達に向けて使うわけではありません…それは『霧』の悪意に使うのです。『あれ』は、貴女の生命を狙っていますから…それに、私は戦うすべを持っていないので渡しました」

護身術は一応覚えているのですが、実際には役立てないかもしれませんし…と、天宮あまみや様は言って苦笑する。
王族だから護身術を学んでいるのだろうけど、私の事まで気が回らない状況もあるかもと心配されているのかな……

そんな風に考えていたら、天宮あまみや様が八守やかみさんのコートを私に差しだした。

「しばらくは、『霧』の視覚を防げると思うので羽織っていなさい…」
「ぇ、でも…天宮あまみや様は、どうされるのですか?」

私がコートこれを羽織っていていいのか、と気になって訊ねる。
そもそも、八守やかみさんは天宮あまみや様を護る為に渡したんだよね…?
だから、それを私が使って――もし、天宮あまみや様の身に何かあったら八守やかみさんは嫌なんじゃないかな?

その事を心配していたら、天宮あまみや様は首を少しかしげると答えてくれた。

「問題ありませんよ、八守やかみが少々過保護で心配性なだけですから。力さえ使わなければ、彼も文句を言わないでしょう」

いや、きっとそういう事をおっしゃっているから八守やかみさんが過保護で心配性になったのでは…と思ってしまったけど、それは言わないでおこう。
とりあえず、心の中で「八守やかみさん頑張れ」とエールを送ろうと思った
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