惑う霧氷の彼方

雪原るい

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7話「記憶の海風」

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この集落の隣にあった集落は、一年前の祭事で霧に飲み込まれて消えた。
……その集落の名を、実湖みこといい――りん国では秘匿された、咎人達の犯した罪の眠る場所とされる。
秘匿されている、この地を知っているのは【祭司の一族】とりん王家の者だけだ。

(一年前、その実湖みこで不測の事態が起こり…暴走した霧によって滅ぼされた。たった3人だけを残して……)

霧に包まれた千森ちもりを見回した青髪の娘は、小さく息をつくと物思いにふけっていた。
本来ならば、外に出る事は禁止されているのだが…彼女は、その決まりを破って屋敷の外に出ているのだ。
……まぁ、もっとも養父ちちである里長の頼みがあったからなのだが。

実湖みこの生き残りである3人の内、2人は〈神の血族古代種〉だった……つまり、実質の生き残りはひとりだけとなる。
その唯一の生き残りを、この集落の長は贄にしようと考えている――この集落を守る為とはいえ、おそらく…そんな事をしても無駄に終わるだろうに。
冷静に考えればわかる事だ……と考えた彼女は、大きくため息をついた。

(まぁ…わたくしも、お養父とう様やあの子を責める資格はないですわね。だから、静観をしておりましたのに……)

何もせず見ているだけにしたのは、に親近感のようなものを感じたからだ。
……ただ、お互いの立場が違っているだけだと。

――青髪の娘は幼い頃、ある事情でこの千森ちもりへとひとりやって来た。
ひとりぼっちだった彼女は、最初に手を差し伸べてくれた銀髪の少年にひと目で心奪われてしまう。
その当時は、少年が〈神の血族古代種〉の者であると知らなかったし思ってもいなかった…だが、周囲の様子などですぐに知った。
…自分の、この思いを諦めなければならない事実も同時に知ってしまったわけだが。

……でも、少し経ったある日を耳にした。
実湖みこにいる〈神の血族古代種〉の少年と【祭司の一族】の少女が互いに思い合っている、という話を――

その少女は【祭司の一族】…つまり咎人の血を引いている。
対して自分はりん王家の、〈神の血族古代種〉と人との間に生まれた〈狭間の者〉の血を引いている。

――どうして、あの少女と〈神の血族古代種〉の少年の仲は許されているのに自分は諦めなければいけないのだろう?

少しだけそう考えたのは、今となっては苦い思い出なのかもしれない。
大人になった今わかっているのは、自分は千森ちもりの…次期里長となる者との婚姻が幼き日から決められていたという事だけ。
その事を、彼女がひとめ惚れした少年も知っていたから…咎人の掟を、彼女にも適応させたのだ。

本来ならば、咎人の血を引いていない上に……どちらかというと〈神の血族古代種〉の血を引いているりん王家ゆかりの者なので、掟に従う必要はない。
……ただ、彼女の許婚に配慮した結果なのだろう。
初恋は叶わない、とは言うけれど…まさか、思いを告げる事すら許されないとは考えもしなかった。

(そういえば…実哉みやも、わたくしと同じ思いを抱いていましたわね)

だから、彼女と手を組んだ……どうせ叶わない願いならば、少しだけ抗ってみようと。
はた目からは、仲違いをしているように見せて――あぁ、でもそれは1年前にすべて無駄に終わってしまったようなものだ。

「ねぇ、実哉みや…わたくし達は今まで何をしていたのかしらね?」

苦笑した青髪の娘は、ある一点を見つめながら誰も見当たらない空間に向けて声をかけた。
最初は何の気配もなかったその場所に、ゆらゆらと揺れる人影が現れる。
――よく見ると、その人影は桃色みある茶髪の少女だった。

「…………」

少女は何も語らず、何も映していない瞳を青髪の娘に向ける。
その虚ろな表情を目にした青髪の娘は、口を開こうとしたがすぐ諦めて目を伏せた。
もう…何を伝えても、今の彼女にはおそらく届かないだろう。
少女――実哉みやは人としての心を失い、もはや霧のしもべと化しているのだから。

霧のしもべとなった者を倒す事は人の身でもできるが、浄化だけ人の身ではできない。
ましてや、咎人の血では浄化でなく…逆に力をつけさせてしまうのだ、とここに来た頃に教えられた。
でも、〈狭間の者〉の血を引くりん国の王族ならば――もしかすると、完全な浄化にならないかもしれないが弱体化くらいならできるかもしれない。
そして、自分の身にも少ないながら〈狭間の者〉の血が流れているのでおこなえると考えた。

「わたくしで申し訳ないですけど…貴女の最期を見送らせてくださいませ」

本当は自分なんかでなく、ならばよかっただろうが……こういう状況なので、実哉みやもわかってくれるだろう。
――実哉みやが想いを寄せていたのも、自分と同じく〈神の血族古代種〉の御方だった。
救いなのは、自分と彼女の想い人が違った事だ……同じ相手だったら、仲良く協力関係など築けなかっただろう。

青髪の娘はおもむろにフリルのついたスカートをたくし上げ、左足の太腿までを露わにした。
太腿にはレースのリングガーターをつけており、そこに護身の為か短剣を差しているようだ。
それを手に取り、スカートを下ろした青髪の娘は短剣を鞘からゆっくりと抜いた。

「…わたくしね、決めましたのよ。もう、知らぬところで政略的に決められた婚約を破って……そして、わたくしは前に話していた修道女シスターになろうと考えていますの」

王族としては血が薄い…かといって、〈神の血族古代種〉の血を引いているから捨て置く事も出来ない。
だから、秘匿すべき地を管理する次代の長の伴侶に選ばれたようなものであった。
――全て勝手に決められたのだから、一度くらい自分の意志で決めてもいいだろう。
本当は実哉みやと一緒に、輝琉実ひかるみ修道女シスターになりたかったのだけれど。

「…あの時、わたくしがの地での異変に気づければよかったのですけれど――」

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