惑う霧氷の彼方

雪原るい

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８話「真実の刃」

７

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琴音ことねさんの妹さんの子孫に当たるのが、２つの集落を治めている【祭司の一族】…つまり、水城みずきさんと理哉さんや実哉みやさんは縁戚同士。

ただ、２つの集落に存在している【祭司の一族】は婚姻関係を持つ事もあるから私とも縁戚になるらしい。
今までお互い交流していなかった理由わけは、背負っている使命故に仕方なかったのだろう……

少しずつ戻っている記憶のおかげで、桜矢おうやさんの話をすんなり理解できた。
そして、【祭司の一族】の背負う使命がどういうものなのかも。

【祭司の一族】が行おこなっていた、霧を治めて祀る――こうなってしまえば、千森ちもりだけでも救わないといけない。
私達の集落故郷は滅んでしまったけど、せめてこの集落千森だけでも救いたい。

あれ…そういえば、さっき『水城みずきさんが助けようとしてくれた』と彼は言っていたよね？
水城みずきさんもここにいるなら、救えるのなら探さないと……失いたくない、大切な友達だもの。

私の考えに気づいた桜矢おうやさんは、何故かゆっくりと首を横にふった。

「……彼女は、この霧――【迷いの想い出】と同調して、この空間をあの子の支配から一時的に隔絶してくれているんだ」

霧に飲み込まれ生命を落とした死者達は、本来ならば【迷いの想い出】内に造られた空間にたくさんいるのだという。
その『死者達の存在』を止められた理由は、天宮あまみや様と神代かじろさんの力添えを受けた水城みずきさんが【迷いの想い出】を制御しているからだ。

……そして、水城みずきさんの身体は魂の入れ替えによる負荷で元に戻らない。
要するに、霧の力で無理矢理生かされている状態らしい。

「――水城みずきはね、この【迷いの想い出】の中枢として機能しはじめている…つまり、仮初めの器が今彼女の身体となっているんだ」

仮初めの器、というのは……その昔、桜矢おうやさんの従弟さんが作ったもので【迷いの想い出】に拒絶されたせいで器だけ残されていたものだと教えてもらった。
それが身体を奪われた水城みずきさんに適合したから、【迷いの想い出】の中枢を半分掌握できたみたい。

「九條くじょうの造った、仮初めの器――あれがなかったら、魂だけの状態である彼女水城は霧に狂わされていただろうね……」

…水城みずきさんが【迷いの想い出】の『要』となっているのなら、今あの子の立場はどうなるのだろう？
『要』としての役目を半ば剥奪されたあの子は、水城みずきさんの身体に宿った『霧』の化身という事になるのかしら……？

「…うん、真那まなちゃんのその考えで大体合っているよ。ただ、ここの支配権はまだあの子にもあるから…支配権それを水城みずきへ移す為に、浄化作業が必要になるんだ。それよりも――」

ベッドから立ち上がった桜矢おうやさんが私の手を握ると、奥の扉に目を向けた。

「時間もないみたいだけど、戻る前に水城みずきと会ってほしい。多分、これが会話できる最後の機会になるだろうから……」

これから【迷いの想い出】の中枢となり制御していくので、おそらく人としての意識自我は無くなる。
――そうなれば、彼女は彼女でなくなるようなものだからと。

時間がないのはわかっている…けど、ここで会っておかないと後悔しそうな気がする。
会えるのなら会いたい、そう考えた私は桜矢おうやさんの言葉に頷いて答えた。

私の願いに、微笑んで頷いた桜矢おうやさんが奥の扉に向けて手をかざす。
すると扉の前に白い靄が現れ、徐々に人の形をとっていく……現れたのは、私のよく知る彼女の姿だった。

「……水城みずき、さん」

本当に水城みずきさん本人なのかわからなくて、恐る恐る声をかけた。
彼女は悲しそうに微笑むと、私の呼びかけに答える。

『うん…真那まなちゃん、ごめんね。それに約束、守れなくなっちゃって……せっかく仲良くなれたのに』

そう言うと、目に涙を浮かべた。

彼女が謝罪している理由…それは、お祭りを一緒に見て回ろうと約束していたから。
こうなってしまったら、約束それどころか一緒に友情を育む事も出来ない。
どうやら水城みずきさんは、それを嘆いているようだった――私だって、水城みずきさんとこのままお別れになるのは嫌だ。

ゆっくりと傍までやって来た水城みずきさんは、私を抱きしめると囁いた。

『桜矢おうやさんから話は聞いてるから、私は大丈夫…それに皆、きっと真那まなちゃんに力を貸協力してくれる。私達でこの悲劇を、きっと終わらせられる――……ごめん、もう時間がないみたい』

徐々に水城みずきさんの姿が薄らぐと、そのまま消えてしまった。

「えっ、水城みずきさん…？時間って……」

慌てて水城みずきさんの姿を探すけど何処にもいないし、何も答えてくれない。
どういう事なのか、桜矢おうやさんに訊ねると彼は首を横にふった。

「時間がなくなった…多分、残留していた水城みずきの人格が消えてしまったんだと思う」

人格が消えてしまった、という意味をすぐに理解できなかった…だって、さっきまでそこにいたよね？
まったく理解できない…ううん、理解したくない私に桜矢おうやさんは言葉を続けた。

「仮初めの器中枢に宿った水城みずきは……多分、自我を維持できなくなってしまったんだと思う。ごめん、こうなってしまったのは――」

不意に言葉を切って、天井へ目を向ける。

「わかってる、すぐに戻るから……真那まなちゃん、詳しい話は戻ってからするよ。少し負担をかけすぎたみたいなんだ……」

混乱したままな私の返事を待たず、彼は天井へ向けて手をかざした。
現れた光の環が私と彼を包み込んで、そのまま意識は浮上するような感覚に包まれる。

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