84 / 123
10話「悠久の霧」
2
しおりを挟む
もしかすると、熾杜は自分の運命を変えようとしたのかもしれない…だからといって、一年前にやった事は許してはいけない。
なるべく彼女を刺激しないよう気をつけながら、私はもう一度訊ねた。
「ねぇ、熾杜…どうして、そう思ったの?」
『だってそうでしょう!私の父親が本来、長になるはずだった…つまり、私が長の娘のはずなの!なのに何であんたが!』
表情を歪めた熾杜が叫ぶ――真那加達親子にすべてを奪われたんだ、と。
私の父は、熾杜の父親である伯父から長の役目を奪ったわけじゃない。
この真実を伝えたけど、彼女は首を左右にふって私の言葉を否定する。
『信じるわけないでしょう、あんたの言葉なんて!だから頂戴よ、その身体…あんたが私の代わりに消えればいいじゃない!』
まるで名案だというように、熾杜がはしゃいだ声で言った。
神となった自分が望んでいるのだから喜んで身体を差し出すべきだ、と……
「そんな事をしたって、私になれるわけじゃない。犯した罪が無くなるわけじゃないのよ!」
私達の故郷を滅ぼしただけじゃなく、千森や関係のない人々を襲った事実は消えたりしない。
それに気づいてほしかったけど、彼女は理解できていない様子で口を開いた。
『ほんと、意味わかんない…私は、なーにも悪い事してないもの。霧の神である私は間違わないし』
黒い靄を纏わせた腕を上げ、私に向けて手をかざした熾杜は微笑んでいる。
『まぁ、いいわ…動かないでね。その身体、私がこれから先ずっと使うんだもの…傷つけたくないの、わかるでしょ?』
おそらく水城さんの身体を奪った時と同じ方法を、彼女は使おうとしているんだと思う。
…でも、あの時と今とでは条件が違っている事に気づいてるのかな。
視界の端に見える天宮様が首を横にふっているので、熾杜が本当に気づいてないのは間違いない。
熾杜の目的は、私の身体を奪って桜矢さんと結ばれる事…それとは別に、もうひとつある。
思えば私が天宮様と病室の鍵を探していた時、あの子は私でなく天宮様を見て言っていた。
――その力、せっかくだから利用しようと思ったのに…思わぬ邪魔が入っちゃったの。ねぇ、もう大丈夫だと思うから…それ、頂戴?
…つまり〈神の血族〉の力を使って何かやろうとしている、という事だよね。
確か、天宮様の力は誰よりも強いのだと言っていた…だからあの時、直接狙ってきたんだろうな。
一年前の事さえなければ、天宮様がここを訪れなかっただろうから狙われる心配はなかったはず。
という事は、ここを訪れた為に狙われたのだとしたら私達が巻き込んだも同義だよね。
熾杜の言葉に警戒した八守さんはもちろん、神代さんと古夜さんも天宮様を守るように一歩前に出る。
天宮様の傍にいる禰々さんが、不快感を顕わにして口を開く。
「愚かな…どうか【迷いの想い出】へのエネルギー供給停止を命じてください」
「それをすればどうなるか、わからない貴女ではないでしょう?あれはただの残滓…禰々、少し落ち着きなさい」
首を横にふった天宮様が、禰々さんを諫めると熾杜の方に顔を向けて訊ねた。
「黙って聞いていれば、先ほどからおかしな事を言ってますが――それは誰からの入れ知恵ですか?」
確かに、一体誰が熾杜に色々と教えたのだろう?
水城さんの件は熾杜本人が話を盗み聞いたから知ったみたいだけど、それ以外は一体何処で知ったのかわからない。
そもそも今までの【迷いの想い出】の中枢となった人は、少なくともこんな危険な使い方をしなかっただろうし……
『…この世界を統べているという神様と、その御使い様よ。貴方達〈神の血族〉とは違って本物の神様!』
私達の疑問に、何故か熾杜は笑いながら答えた。
――後で教えてもらったけど【迷いの想い出】の一部となっている為、応答拒否ができなかったみたい。
だから誤魔化しや偽りを述べず、律儀に答えてくれたんだね。
あれ、ところで『世界を統べる神様』って何?
学校の授業の中で、神話時代の話を聞く機会があるけど『世界を統べる神様』という存在っていたかな?
_
なるべく彼女を刺激しないよう気をつけながら、私はもう一度訊ねた。
「ねぇ、熾杜…どうして、そう思ったの?」
『だってそうでしょう!私の父親が本来、長になるはずだった…つまり、私が長の娘のはずなの!なのに何であんたが!』
表情を歪めた熾杜が叫ぶ――真那加達親子にすべてを奪われたんだ、と。
私の父は、熾杜の父親である伯父から長の役目を奪ったわけじゃない。
この真実を伝えたけど、彼女は首を左右にふって私の言葉を否定する。
『信じるわけないでしょう、あんたの言葉なんて!だから頂戴よ、その身体…あんたが私の代わりに消えればいいじゃない!』
まるで名案だというように、熾杜がはしゃいだ声で言った。
神となった自分が望んでいるのだから喜んで身体を差し出すべきだ、と……
「そんな事をしたって、私になれるわけじゃない。犯した罪が無くなるわけじゃないのよ!」
私達の故郷を滅ぼしただけじゃなく、千森や関係のない人々を襲った事実は消えたりしない。
それに気づいてほしかったけど、彼女は理解できていない様子で口を開いた。
『ほんと、意味わかんない…私は、なーにも悪い事してないもの。霧の神である私は間違わないし』
黒い靄を纏わせた腕を上げ、私に向けて手をかざした熾杜は微笑んでいる。
『まぁ、いいわ…動かないでね。その身体、私がこれから先ずっと使うんだもの…傷つけたくないの、わかるでしょ?』
おそらく水城さんの身体を奪った時と同じ方法を、彼女は使おうとしているんだと思う。
…でも、あの時と今とでは条件が違っている事に気づいてるのかな。
視界の端に見える天宮様が首を横にふっているので、熾杜が本当に気づいてないのは間違いない。
熾杜の目的は、私の身体を奪って桜矢さんと結ばれる事…それとは別に、もうひとつある。
思えば私が天宮様と病室の鍵を探していた時、あの子は私でなく天宮様を見て言っていた。
――その力、せっかくだから利用しようと思ったのに…思わぬ邪魔が入っちゃったの。ねぇ、もう大丈夫だと思うから…それ、頂戴?
…つまり〈神の血族〉の力を使って何かやろうとしている、という事だよね。
確か、天宮様の力は誰よりも強いのだと言っていた…だからあの時、直接狙ってきたんだろうな。
一年前の事さえなければ、天宮様がここを訪れなかっただろうから狙われる心配はなかったはず。
という事は、ここを訪れた為に狙われたのだとしたら私達が巻き込んだも同義だよね。
熾杜の言葉に警戒した八守さんはもちろん、神代さんと古夜さんも天宮様を守るように一歩前に出る。
天宮様の傍にいる禰々さんが、不快感を顕わにして口を開く。
「愚かな…どうか【迷いの想い出】へのエネルギー供給停止を命じてください」
「それをすればどうなるか、わからない貴女ではないでしょう?あれはただの残滓…禰々、少し落ち着きなさい」
首を横にふった天宮様が、禰々さんを諫めると熾杜の方に顔を向けて訊ねた。
「黙って聞いていれば、先ほどからおかしな事を言ってますが――それは誰からの入れ知恵ですか?」
確かに、一体誰が熾杜に色々と教えたのだろう?
水城さんの件は熾杜本人が話を盗み聞いたから知ったみたいだけど、それ以外は一体何処で知ったのかわからない。
そもそも今までの【迷いの想い出】の中枢となった人は、少なくともこんな危険な使い方をしなかっただろうし……
『…この世界を統べているという神様と、その御使い様よ。貴方達〈神の血族〉とは違って本物の神様!』
私達の疑問に、何故か熾杜は笑いながら答えた。
――後で教えてもらったけど【迷いの想い出】の一部となっている為、応答拒否ができなかったみたい。
だから誤魔化しや偽りを述べず、律儀に答えてくれたんだね。
あれ、ところで『世界を統べる神様』って何?
学校の授業の中で、神話時代の話を聞く機会があるけど『世界を統べる神様』という存在っていたかな?
_
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あざとしの副軍師オデット 〜脳筋2メートル義姉に溺愛され、婚外子から逆転成り上がる〜
水戸直樹
ファンタジー
母が伯爵の後妻になったその日から、
私は“伯爵家の次女”になった。
貴族の愛人の娘として育った私、オデットはずっと準備してきた。
義姉を陥れ、この家でのし上がるために。
――その計画は、初日で狂った。
義姉ジャイアナが、想定の百倍、規格外だったからだ。
◆ 身長二メートル超
◆ 全身が岩のような筋肉
◆ 天真爛漫で甘えん坊
◆ しかも前世で“筋肉を極めた転生者”
圧倒的に強いのに、驚くほど無防備。
気づけば私は、この“脳筋大型犬”を
陥れるどころか、守りたくなっていた。
しかも当の本人は――
「オデットは私が守るのだ!」
と、全力で溺愛してくる始末。
あざとい悪知恵 × 脳筋パワー。
正反対の義姉妹が、互いを守るために手を組む。
婚外子から始まる成り上がりファンタジー。
乙女ゲームの正しい進め方
みおな
恋愛
乙女ゲームの世界に転生しました。
目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。
私はこの乙女ゲームが大好きでした。
心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。
だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。
彼らには幸せになってもらいたいですから。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる