伏魔殿の静寂

あづま永尋

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番外 ヒラの独白

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「センパイってホント、お人よしッスね」
「んー……? そうでもないぞ」
 風紀の腕章を揺らしながら、資料から顔を上げないセンパイは気のない返事をする。
「じゃあ何で、いーんちょーと副いーんちょーが抜けても大丈夫な配置を決めてあったんスか?」
 風紀委員長が消えた暗闇を一瞥して、再び視線を相手に戻す。
「ただの予防なだけだ。ほら、最後の見回り行くぞ」
 仕方なさそうに苦笑されて、こんな顔をさせたい訳じゃなかったのにと後悔が押し寄せる。
『護衛や警備は俺らで何とかしますから!!』
 昨日の風紀室でのやり取りを思い出す。たぶんアレから一人で案を練ったのだろう。それでなければこんなにスムーズにコトは運ばない。
 風紀のナンバースリーとはいえ、仮にトップやツーが抜けた穴を埋めなければならない労力は多い。柔軟に融通を利かせて、でもそれが徒労に終わるのが一番の成功という報われなさ。不測の事態に陥っても大丈夫なように方々に手を打って、しかし誰も評価してくれない。
 ピシリと伸ばされている背は、手が届くほど近くて──遠い。
『十年経っても、気が変わってなければ相手してやるよ』
 ひとめぼれだった。
 入学してすぐの乱闘で、委員を仕切っていた委員長とは別方向に静かに目を奪われた。怪我人を庇いながら、力での制裁というよりも舞踊のように流れるような、それでいてやはり力強さもある動作で相手を薙ぎ倒した可憐さに。
 追いかけたくて追いつきたくて、風紀委員だと知って委員長に直談判して。
 何度も追い返されてでもしがみ付いて、委員長と副委員長に啖呵たんか切ってようやく手に入れた風紀の腕章。
 全寮制の男子校ということもあってホモやバイの巣窟だけど、オレの恋愛対象は元々異性だし、ホモというよりもセンパイ限定での恋心。
 憧れだけでは到底説明できずに、意を決しての告白は綺麗に砕け散った。
 一瞬でなくなる、この花火たちのように。
 腹に響く音と、空を彩る鮮やかさ。
 知ってたよ。
 大企業の長男で継ぐことも、決められた許嫁いいなずけが居ることも、後輩としか認識されていないことも。
 ロミジュリにすらならないことも。
 面倒見いいから付き合って一緒にバカやってくれるけど、振り向いてくれないこと。
 小さくなっていく後姿。
「早くしろ」
「……え、」
 そのまま置いていかれるもんだと思っていたら、振り返って溜め息をつかれた。たぶん。そんな気配。
「いつまでも拗ねるな。焼きソバやるから」
「っちょ、いつの間に露店行ったんスか!?」
 ずっと見回りや警備で、それこそこのセンパイは飯を食うヒマすらなかったはずなのに。
「もらった。勇姿を褒め称えられた。やぁー、さすがオレサマダワー」
 棒読みで、イタズラ気に上げられる口角。さっきの口調をまだ引き摺っているらしい。
「あら、男前ではオレも負けませんワヨ」
 あんまり変わらない高さで視線を交わして、二人で吹きだした。



 開いた扉の先の風紀室には珍しい光景が広がっていた。
「はよーッス……何やってんスか、いーんちょー」
 確か仕事は前倒ししたって一昨日言ってた。
「蹴っ飛ばされた。くだらないことに時間を割くなら仕事して来いって」
 オレ知ってる。昨日いーんちょー、恋人お持ち帰りした。ってことは、木谷って人が追い出したんだ。恐れ多すぎる。
「ちょっとリア充! 失恋中のオレにヒドイッス!」
「……何だ貴様、鞍替えしたのか?」
 こちらを一瞥して気のなさそうに豆の選別に戻る男に食って掛かる。
「んなワケないっしょ! センパイ一筋ッス! 『十年経っても、気が変わってなければ相手してやるよ』ってどう考えても振られてるっしょ!」
 自分で言って悲しくなった。
「……それ、本当にあいつが言ったのか?」
「他にダレが言うんスかっ!」
 がなった後、今まで拝んだ事すらないほど目を見開いて頭を抱えたいーんちょーと出会う。
「…………ンの、馬鹿野郎!」
 豆が飛ぶ。
「貴様、あいつの環境を知らないとは言わせない」
「知ってるッスよ。長男で次期社長なのも、許婚が居るのも、オレをただの後輩としか見てないのも──」
「たとえ口約束でも違えたことがないのは?」
 ──え?
「正確にはできないことは口にしない。十年で総てに片をつけるつも──」
 バンッ!!
 聞いてられなかった。
 カバン放り投げて、走る。
 冗談じゃなかった?
 適当に流したんじゃなかった?
 振られたんじゃなかった?
 実は本気で考えてくれていた?
「センパイッ!!」
 寮にも、教室にも、学校中探しても、どこにも姿がない。
 今は見回りの時間でもないはずなのに。
 走りすぎて息ができないけど、そんなことどうでもいい。
「ハッ……あ、電話ッ! ……センパ──」
『馬鹿め』
 忘れ去っていた存在を取り出して、見知った相手へ通話すればまさかの声に硬直する。
「……え、コレってセンパイの! 何でいーんちょーがッ?」
『あそこに俺ひとりだと思っていたのか? とっとと捕獲しに来い。とっ捕まえてるのも骨が折れる』
 一方的に捲くし立てられて無常にも切られたスマホに呆然とする。
「ッのっ!!」
 全力で再び走り出す。
 待ってくれる。
 たとえ先を歩いていたとしても。
 昨日の暗闇の中のように。
「センパイッ!!」
 開け放した扉の向こう。
 立っていた眩しい姿に双眸を眇めた。


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