【本編完結】春待つ桜 君待つ紫苑

南 鈴紀

文字の大きさ
18 / 52
第二話 本当の居場所

第二話 六

しおりを挟む
「美桜‼」
「紫、苑……っ」
 異常を察したらしい紫苑は森の出口の先まで美桜を探しに来ていたようだ。紫苑の顔を見た途端、美桜の膝は力を失って、転ぶようにして紫苑の方へ倒れかけた。紫苑は危なげなく美桜を抱きとめると、その体勢のまま美桜に「何があったの?」と尋ねた。
「わ、わからないわ。人の声がすると思ったら、私の家が、燃やされて、それで……。とにかく逃げないと!」
 美桜の切迫した表情に、紫苑も話すより逃げる方が先だと思ったのだろう。美桜の手を引いて走り出そうとした。
 その真横を銀色に鈍く光る物が通りすぎていき、美桜と紫苑の髪をふっと揺らした。がっという音がして前方の木を見ると、そこには短刀が突き刺さっている。
 美桜の背中につうっと冷たい汗が伝った。
背後から愉悦に満ちた声が聞こえてくる。
「獲物を横取りとは感心しねぇな、人間?」
 紫苑は振り返り、咄嗟に美桜を庇うように前に出た。その瞳は美桜が見たことがないほど冷ややかで険しい。
「まあまあ、そう警戒すんなよ。そこの女をこっちに渡してくれりゃあ、おまえにはなんもしねぇからさ」
「断る」
「って即答かよ」
 風雅と呼ばれた青年は肩を揺らしてくつくつと笑う。
「んじゃ仕方ねぇよな。おまえには死んでもらう、ぜっ!」
 言いきらないうちに風雅は素早く跳躍すると木に突き刺さった短刀を引き抜き、振り向きざま紫苑に斬りかかった。
 ただの人間である紫苑が訓練された妖と対等に渡り合えるはずもなく、短刀の切っ先が紫苑の左腕をかすめた。
「っ!」
「紫苑!」
「僕はいいから! 美桜は早く逃げて!」
「で、でも……!」
 きっと彼らの目的は美桜にあるのだ。紫苑はただ巻き込まれているだけなのに、彼を置いて自分だけ逃げるなどできるはずもない。
 美桜が躊躇っていると、すぐ横に純子と呼ばれていた少女が音もなく降り立っていた。
「わたくしもいますこと、忘れないでくださいまし?」
「⁉」
 美桜はほとんど反射的に逃げようとしたが、純子の方が速かった。為す術もなく腕を掴まれ、逃げることができなくなった。
「風雅さん、もうよしてあげなさいな。弱い者いじめなんて趣味がよろしくなくてよ」
「なんだ、もう捕まえのか。つまんねーの」
 文句を垂れながらも風雅は紫苑に向けていた短刀を鞘にしまう。そして純子に捕えられた美桜を追い立てるようにして歩き出した。
「ほらほら、止まってねぇでさっさと歩けよ」
「わ、私は……!」
「待って、美桜!」
 美桜に向けて紫苑は右腕を伸ばしたが、その手が美桜に触れることはなく、代わりに一枚の霊符が貼りつけられた。
「え……?」
「動静緊縛、急々如律令」
 袴姿の中年の男がぬっと現れたかと思うと、なにごとかを唱える。たった一言で紫苑の動きは完全に止められた。伸ばした腕はそのまま宙に縫いとめられ、声のひとつも出せなければ愛しい女の子の名前を呼ぶことすら叶わない。
(美桜、美桜……‼)
「あら、主様ではないですか。ご命令通り彼女を捕まえましたが、これからどうするのです?」
 男は舐めるように美桜の頭のてっぺんから爪先まで眺め尽くすと、にたりと不気味に笑った。
「見た目は悪くない。それに風雅の一撃を避けた。戦いの素質もありそうだ。この娘は目的通りわたしの式神としよう」
「つーことは俺らの仲間ってことっすか」
「あらあら、よろしくお願いいたしますね」
「……」
 美桜は言葉をなくした。
(式神って、陰陽師の道具ってこと?)
 美桜が茫然自失とする中、主と呼ばれた男は一切の慈悲もなく美桜に霊符を放った。
「傀儡従属、急々如律令」
「……⁉」
「いいか、娘。正式な儀式は邸についてからになるが、今からわたしはおまえの主だ。わたしの言うことは絶対だ。言動にも気をつけろよ」
 そんなこと認めないと美桜は口を開いて。
「はい、わかりました」
 心にもないことを口走っていた。
(なんで⁉ 私はそんなこと思ってないわ!)
 さらに勝手に足が動いて、主の後についていこうとする。
(お願い、止まって!)
 しかし美桜の懇願も空しく、歩みは止まらず、紫苑との距離がどんどん開いていく。遠ざかる愛しい男の子の名前すら呼べないまま、美桜は紫苑と引き裂かれ、優しかった日常を奪われた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

処理中です...