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第一話 崩壊の雨音
第一話 二
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虎はあかりたちの傍まで駆け寄ると、白い光に包まれた。光が収まると、虎は消え、代わりに白い青年が立っていた。
「そいつら陰の国の式神使いだろ。なんで介抱してやってんだよ」
呆れと苛立ちの混じった声で、青年は吐き捨てる。前線にいたであろう彼は興奮状態のままで、機嫌が悪い。白い瞳は眼光鋭く、そこに普段の親しみやすさは見られない。幼なじみでなければ萎縮してしまっていただろう。
雨に濡れた白い髪は常のはね放題のくせっ毛も鳴りを潜め、肩につく長さだったものが僅かに伸びている。髪、目、上衣から袴まで白一色の彼の数少ない色は、着崩したためにはだけている胸元の薄橙色と、ハーフアップに髪を結う鈴付きの組紐の赤、青、白、黒だけだった。
「秋。どうしてここにいるの?」
「前線は? 昴もまだそっちにいる?」
秋―秋之介―の疑問には答えずに、あかりと結月は矢継ぎ早に質問した。
もしや戦いに決着がついたのだろうか。でなければ、強力な四家のうちの一家である彼が中央の前線から離れられるとは思えない。
期待をにじませる二人の視線から逃れるように、秋之介はふいっと目を逸らした。
その仕草だけで、秋之介が何を言わずとも状況を悟ってしまった。
「……ここらは最悪捨て置くしかねえ。中央に戻って、新しい御上の身を守るようにって命令だ」
「新しい、御上様……?」
命令された内容に理解が追いつかない。しかし、徐々にその意味が分かってくるにつれ、血の気が引いた。ふらついた体をとっさに支えたのは隣にいた結月だった。彼はすでに現状を理解しているようだった。
「……崩御、されたんだね?」
結月の確認に秋之介は静かに頷いた。髪紐の小鈴が揺れたが、強くなる雨に鈴音は聞こえない。
「新しい御上はまだ七歳になったばっかりだ。中央もバタバタしてるけど、前線はそれどころじゃねえ。今は昴たち玄舞家が結界を張って持ちこたえてるが、時間の問題だ。早いとこ決着をつけねえと……」
「わかった。とにかく急いで戻ろう」
あかりは言うや否や、中央に向かって駆け出した。結月と秋之介もすぐさま後を追いかける。
鬼門である艮の方角から三体通を下り、朱咲通を西に進むと中央御殿が見えてきた。一応、形だけは保っている御上の屋敷に安堵したのも束の間、目の前に飛び込んできたのは凄惨な光景だった。
この陽の国で陰陽術が使えるのは、あかりの生家・朱咲家、結月の生家・青柳家、秋之介の生家・白古家、昴の生家・玄舞家、そして御上の生家・黄麟家の五家しかない。
黄麟家は卜占を専門とするため戦いには不向きで、戦時には一般人と変わらない。残る四家である霊剣と言霊をのせた祝詞を専門とする朱咲家と霊符の使い手である青柳家は戦いに有利だが、神憑りを応用して憑依させた力でかろうじて戦える白古家と呪術的医療・結界術の守護系に特化した玄舞家は前者の二家ほど戦いに強くはない。それでも今回は総動員で戦地に赴いていて、現状の厳しさを嫌というほど物語っていた。
故に、道の端々に倒れる人や妖、半妖はほとんどが顔見知りだった。
「あかり様……! お戻りになられたのですね」
声を辿って下に目を向ければ、あかりが小さいときから世話になっている家臣の一人だった。
「竹さん……!」
思わず駆け寄って、膝をつく。ぬかるみなんてどうでもよかった。それよりも彼の傷の具合の方が大事だ。竹の右腕は青紫色に膿んでいた。
「ひどい傷! どうしてこんな……」
あかりがきつく下唇をかむと、竹は傷を負っていない左腕を持ち上げ、あかりの頬を撫でた。その力はそっと優しいというよりも、どうしようもなく弱々しいものだった。
「竹さ……」
「姫様、傷にはどうか触らずに。これは呪詛です」
なんとなくわかってはいたが、言葉にして突きつけられると深い絶望が目の前を覆った。
「で、でも、昴なら治せるかもしれない。だからっ……」
言葉を失うあかりの背後に足音が響いた。その人物はあかりの肩に手を置くと、首を振った。
「ごめんね、あかりちゃん。竹彦さんは助けられない」
「そいつら陰の国の式神使いだろ。なんで介抱してやってんだよ」
呆れと苛立ちの混じった声で、青年は吐き捨てる。前線にいたであろう彼は興奮状態のままで、機嫌が悪い。白い瞳は眼光鋭く、そこに普段の親しみやすさは見られない。幼なじみでなければ萎縮してしまっていただろう。
雨に濡れた白い髪は常のはね放題のくせっ毛も鳴りを潜め、肩につく長さだったものが僅かに伸びている。髪、目、上衣から袴まで白一色の彼の数少ない色は、着崩したためにはだけている胸元の薄橙色と、ハーフアップに髪を結う鈴付きの組紐の赤、青、白、黒だけだった。
「秋。どうしてここにいるの?」
「前線は? 昴もまだそっちにいる?」
秋―秋之介―の疑問には答えずに、あかりと結月は矢継ぎ早に質問した。
もしや戦いに決着がついたのだろうか。でなければ、強力な四家のうちの一家である彼が中央の前線から離れられるとは思えない。
期待をにじませる二人の視線から逃れるように、秋之介はふいっと目を逸らした。
その仕草だけで、秋之介が何を言わずとも状況を悟ってしまった。
「……ここらは最悪捨て置くしかねえ。中央に戻って、新しい御上の身を守るようにって命令だ」
「新しい、御上様……?」
命令された内容に理解が追いつかない。しかし、徐々にその意味が分かってくるにつれ、血の気が引いた。ふらついた体をとっさに支えたのは隣にいた結月だった。彼はすでに現状を理解しているようだった。
「……崩御、されたんだね?」
結月の確認に秋之介は静かに頷いた。髪紐の小鈴が揺れたが、強くなる雨に鈴音は聞こえない。
「新しい御上はまだ七歳になったばっかりだ。中央もバタバタしてるけど、前線はそれどころじゃねえ。今は昴たち玄舞家が結界を張って持ちこたえてるが、時間の問題だ。早いとこ決着をつけねえと……」
「わかった。とにかく急いで戻ろう」
あかりは言うや否や、中央に向かって駆け出した。結月と秋之介もすぐさま後を追いかける。
鬼門である艮の方角から三体通を下り、朱咲通を西に進むと中央御殿が見えてきた。一応、形だけは保っている御上の屋敷に安堵したのも束の間、目の前に飛び込んできたのは凄惨な光景だった。
この陽の国で陰陽術が使えるのは、あかりの生家・朱咲家、結月の生家・青柳家、秋之介の生家・白古家、昴の生家・玄舞家、そして御上の生家・黄麟家の五家しかない。
黄麟家は卜占を専門とするため戦いには不向きで、戦時には一般人と変わらない。残る四家である霊剣と言霊をのせた祝詞を専門とする朱咲家と霊符の使い手である青柳家は戦いに有利だが、神憑りを応用して憑依させた力でかろうじて戦える白古家と呪術的医療・結界術の守護系に特化した玄舞家は前者の二家ほど戦いに強くはない。それでも今回は総動員で戦地に赴いていて、現状の厳しさを嫌というほど物語っていた。
故に、道の端々に倒れる人や妖、半妖はほとんどが顔見知りだった。
「あかり様……! お戻りになられたのですね」
声を辿って下に目を向ければ、あかりが小さいときから世話になっている家臣の一人だった。
「竹さん……!」
思わず駆け寄って、膝をつく。ぬかるみなんてどうでもよかった。それよりも彼の傷の具合の方が大事だ。竹の右腕は青紫色に膿んでいた。
「ひどい傷! どうしてこんな……」
あかりがきつく下唇をかむと、竹は傷を負っていない左腕を持ち上げ、あかりの頬を撫でた。その力はそっと優しいというよりも、どうしようもなく弱々しいものだった。
「竹さ……」
「姫様、傷にはどうか触らずに。これは呪詛です」
なんとなくわかってはいたが、言葉にして突きつけられると深い絶望が目の前を覆った。
「で、でも、昴なら治せるかもしれない。だからっ……」
言葉を失うあかりの背後に足音が響いた。その人物はあかりの肩に手を置くと、首を振った。
「ごめんね、あかりちゃん。竹彦さんは助けられない」
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