27 / 390
第四話 希望の光と忍び寄る陰
第四話 四
しおりを挟む
「それはそうとあかりちゃん。まずは診察と手当てのし直し、あとは薬ね」
「く、薬……?」
「そう、薬。膏薬と経口薬。大丈夫、注射はないから」
「そういう問題じゃないよ⁉ 昴のつくる薬ってしみるし、苦いし……」
「あかりちゃん?」
笑っているはずなのに、黒い靄が昴の背後に見える気がする。玄舞の血筋故か、昴の腹黒さ故か。あかりはくだらないことを考えて気を紛らわし、渋々頷いた。とたんに昴の纏う黒が霧散する。
「じゃあ、診察からするね」
昴はあかりの横に正座して、正面に向かい合うよう指示した。指示に従ったあかりの両手を取って、昴は「玄舞護神、急々如律令」とあかりの目を覗き込みながら唱える。黒い光の粒子がふわふわと舞い踊ったかと思うと、昴はぱっと手を離した。
「経過は順調かな。右手だけ手当てをし直して、あとは痛み止めと回復を促す薬を飲めば大丈夫みたいだね。右手首を診せて」
言われた通り右手を動かそうとすると鈍い痛みが走った。思わず顔をしかめたあかりに、昴は真剣な顔で「痛い? 違和感はある?」と訊いてきた。
「ここだけ熱いのに寒気がする」
あかりが袖を持ち上げて示したそこは、幻覚の符が貼られたところだった。見ると、包帯が巻かれていた。
「……やっぱり、ここが一番厄介だったか」
昴は独り言ちながら、あかりの右手首の包帯を解いていく。露わになった肌は薄い青紫色に腫れていた。
「あかりちゃん、呪詛を受けた?」
傷を抉るような幻覚を思い出し、あかりは表情を曇らせる。しかし、話さないわけにはいかない。気が進まないながらも、幻覚の符が貼られたことを説明した。
「それって、ただ幻覚を見せるだけなのかな」
聞き終えた昴は首を傾げた。
「どういうことだ?」
離れたところで話を聞いていた秋之介が反応する。昴は顎に手を添えながら、語りだした。
「それにしては強力過ぎるというか、ほとんど呪いみたいなんだ」
「ゆづはなんかわかんねえの」
水を向けられた結月は険しい顔をしていた。
「あかりの見た符に書かれた文字とか相手が式神使いであることを考えると、強制的に式神に下す術だったのかもしれない……」
結月曰く、対象の精神支配を乗っ取ることで強制的に強力な力を引き出すことができる術らしい。ただ、精神が支配出来たところで力が大きすぎて制御できない危険も孕んでいるため禁術の扱いなのだとか。陰の国の式神使いが滅多に使わなかったのもあかりの力を制御できない可能性を恐れてのことだったのではないかと推測し、さらに今回術が成功しても失敗してもあかりの自我が崩壊するか最悪死という結末もあり得たと昏い声で締めくくった。
つまり、あのとき感じたあかりの死の予感は外れてはいなかったということだ。そう考えると、現状が奇跡のように思えた。
「なるほど。原因はわかったし、適切な処置に切り替えるね」
昴は心中で念じるように目を閉じてから、あかりの右手首に向けて慎重に九字を切った。無数の黒い光球に覆われた後には、不気味な色はなくなり、熱と寒気が引いていた。僅かに痛みは残るが動かす分には支障がない。昴はそこに鎮痛薬をしみこませた布を置くと包帯で覆い隠した。
「最後に薬ね。はい、これ」
昴に渡された二つの薬包紙をのろのろと受け取る。あかりは覚悟を決めて粉末状の薬を口に含むと、急いで水で流し込んだ。
「……苦いよぉ」
「良薬は口に苦しっていうでしょ」
「頑張ったあかりにご褒美」
すっと結月が差し出した皿には八等分に切り分けられた梨が盛られている。
「水菓子なら食べやすいかと思って」
「ありがとう。いただきます」
瑞々しい梨は甘くさっぱりとしていて、歯ごたえが良い。無理なく二切れ食べると、残った分は結月たちがつまんで完食した。
「く、薬……?」
「そう、薬。膏薬と経口薬。大丈夫、注射はないから」
「そういう問題じゃないよ⁉ 昴のつくる薬ってしみるし、苦いし……」
「あかりちゃん?」
笑っているはずなのに、黒い靄が昴の背後に見える気がする。玄舞の血筋故か、昴の腹黒さ故か。あかりはくだらないことを考えて気を紛らわし、渋々頷いた。とたんに昴の纏う黒が霧散する。
「じゃあ、診察からするね」
昴はあかりの横に正座して、正面に向かい合うよう指示した。指示に従ったあかりの両手を取って、昴は「玄舞護神、急々如律令」とあかりの目を覗き込みながら唱える。黒い光の粒子がふわふわと舞い踊ったかと思うと、昴はぱっと手を離した。
「経過は順調かな。右手だけ手当てをし直して、あとは痛み止めと回復を促す薬を飲めば大丈夫みたいだね。右手首を診せて」
言われた通り右手を動かそうとすると鈍い痛みが走った。思わず顔をしかめたあかりに、昴は真剣な顔で「痛い? 違和感はある?」と訊いてきた。
「ここだけ熱いのに寒気がする」
あかりが袖を持ち上げて示したそこは、幻覚の符が貼られたところだった。見ると、包帯が巻かれていた。
「……やっぱり、ここが一番厄介だったか」
昴は独り言ちながら、あかりの右手首の包帯を解いていく。露わになった肌は薄い青紫色に腫れていた。
「あかりちゃん、呪詛を受けた?」
傷を抉るような幻覚を思い出し、あかりは表情を曇らせる。しかし、話さないわけにはいかない。気が進まないながらも、幻覚の符が貼られたことを説明した。
「それって、ただ幻覚を見せるだけなのかな」
聞き終えた昴は首を傾げた。
「どういうことだ?」
離れたところで話を聞いていた秋之介が反応する。昴は顎に手を添えながら、語りだした。
「それにしては強力過ぎるというか、ほとんど呪いみたいなんだ」
「ゆづはなんかわかんねえの」
水を向けられた結月は険しい顔をしていた。
「あかりの見た符に書かれた文字とか相手が式神使いであることを考えると、強制的に式神に下す術だったのかもしれない……」
結月曰く、対象の精神支配を乗っ取ることで強制的に強力な力を引き出すことができる術らしい。ただ、精神が支配出来たところで力が大きすぎて制御できない危険も孕んでいるため禁術の扱いなのだとか。陰の国の式神使いが滅多に使わなかったのもあかりの力を制御できない可能性を恐れてのことだったのではないかと推測し、さらに今回術が成功しても失敗してもあかりの自我が崩壊するか最悪死という結末もあり得たと昏い声で締めくくった。
つまり、あのとき感じたあかりの死の予感は外れてはいなかったということだ。そう考えると、現状が奇跡のように思えた。
「なるほど。原因はわかったし、適切な処置に切り替えるね」
昴は心中で念じるように目を閉じてから、あかりの右手首に向けて慎重に九字を切った。無数の黒い光球に覆われた後には、不気味な色はなくなり、熱と寒気が引いていた。僅かに痛みは残るが動かす分には支障がない。昴はそこに鎮痛薬をしみこませた布を置くと包帯で覆い隠した。
「最後に薬ね。はい、これ」
昴に渡された二つの薬包紙をのろのろと受け取る。あかりは覚悟を決めて粉末状の薬を口に含むと、急いで水で流し込んだ。
「……苦いよぉ」
「良薬は口に苦しっていうでしょ」
「頑張ったあかりにご褒美」
すっと結月が差し出した皿には八等分に切り分けられた梨が盛られている。
「水菓子なら食べやすいかと思って」
「ありがとう。いただきます」
瑞々しい梨は甘くさっぱりとしていて、歯ごたえが良い。無理なく二切れ食べると、残った分は結月たちがつまんで完食した。
0
あなたにおすすめの小説
その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?
行枝ローザ
ファンタジー
美しき侯爵令嬢の側には、強面・高背・剛腕と揃った『狂犬戦士』と恐れられる偉丈夫がいる。
貧乏男爵家の五人兄弟末子が養子に入った魔力を誇る伯爵家で彼を待ち受けていたのは、五歳下の義妹と二歳上の義兄、そして王都随一の魔術後方支援警護兵たち。
元・家族の誰からも愛されなかった少年は、新しい家族から愛されることと癒されることを知って強くなる。
これは不遇な微魔力持ち魔剣士が凄惨な乳幼児期から幸福な少年期を経て、成長していく物語。
※見切り発車で書いていきます(通常運転。笑)
※エブリスタでも同時連載。2021/6/5よりカクヨムでも後追い連載しています。
※2021/9/15けっこう前に追いついて、カクヨムでも現在は同時掲載です。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
無能妃候補は辞退したい
水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。
しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。
帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。
誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。
果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか?
誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして”世界を救う”私の成長物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー編
第二章:討伐軍北上編
第三章:魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
拾われ子のスイ
蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】
記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。
幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。
老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。
――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。
スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。
出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。
清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。
これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。
※週2回(木・日)更新。
※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。
※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載)
※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。
潮海璃月
ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる