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第四話 希望の光と忍び寄る陰
第四話 九
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不安の翳を残しつつも、翌日から稽古が始まった。
まずは落ちた体力を戻すため、よく食べ、よく寝るようにと昴に言われたあかりだったが、じっとしていられる性分ではないので無理はしないという条件付きで稽古場を借りた。そこで霊剣を出さないで舞を練習していた。
時に花散るように繊細かつたおやかに、時に鬼走るように堂々かつますらおに。
二年間舞の稽古はできなくても毎日脳内で動きを再生していたので忘れることはなかった。それに囚われていた時間以上に舞の稽古はしていたのである。実際に踊り出すと身体は自然とついてきた。
それでも思い描くような動きができず、悶々としていた。以前にできていたことができなくなっていることに落胆し、やはり体力のなさからすぐに息があがってしまうことにも焦りを覚える。
無理しようにもそれすら叶わない自分の身を恨めしく思いながら、あかりは渋々休憩を取ることにした。縁側に出て、梁にもたれかかる。爽やかな涼風があかりの苛立ちをさらっていった。
本邸の離れにあたる稽古場、その縁側は裏庭に面している。そこでは結月と秋之介が模擬実戦を繰り広げている。審判役の昴があかりの存在に気づいて、側に歩み寄ってきた。隣に腰かけながら「お疲れ様」と微笑む。
「ちゃんと休憩してくれて安心したよ」
「本当は休憩なんてしてる場合じゃないのはわかってるし、すごい悔しい。私だって模擬実戦やりたいのに」
平手で床を叩きながら、あかりは愚痴をこぼす。昴は苦笑を浮かべた。
「向上心があるのはいいことだけど、焦りは禁物だよ。何事にも順序があるんだしね」
「そうなんだけどぉ……」
あかりは少し離れたところで戦う結月と秋之介に、羨ましいといわんばかりの視線をやった。
「恐鬼怨雷、急々如律りょ……」
「させるか!」
結月が霊符を使役する前に、秋之介が虎姿から人間姿に変化して短刀を抜いた。相克の関係から金物が苦手な結月は怯んで動きを止めてしまう。しかしそれも一瞬のことですぐに切り返した。
「雷火焼炎、急々如律令」
「ちっ」
こちらも相克の関係で、火が苦手な秋之介はとっさの判断で後ろに飛びのいて距離をとった。
「秋は通り一遍の戦い方だから、わかりやすい」
「おい、ゆづ! 聞こえてんぞ!」
結月は取り合うことなく新たな霊符を構えて、秋之介の懐に駆けこんだ。
「!」
「動静緊縛、急々如律令」
秋之介の胸へと貼られた霊符が淡い青色に光る。霊符の効果で秋之介は動きを封じられ、そこで決着がついた。昴がぱんと手を叩いた。
「はい、ゆづくんの勝ち」
「おめでとー、結月!」
「あかり、見てたの」
結月は秋之介に貼った霊符を剝がしてから、あかりたちのもとへとやってきた。動けるようになった秋之介も後に続く。
「かっこよかったよ。秋は相変わらずだねぇ、集中力がない」
「うっせぇ」
自覚があるのかないのか秋之介は大して言い返しはしなかった。
三人のやりとりをくすくす笑いながら眺めていた昴だったが、話のきりがいいところで「ちょうどいいしみんなで休憩にしようか」と、おもむろに手刀を作り、宙に九字を切りだした。
「青柳、白古、朱咲、玄舞、空陳、南寿、北斗、三体、玉女」
すると小さな結界が出現して落下し、縁側の床に触れたとたん結界が弾け、代わりに茶器と菓子が現れた。
「あかりちゃん、火ちょうだい」
「任せて」
あかりが気をこめて「狐火」と言霊を唱えると真っ赤な火の玉が出てきた。水が入っている急須に狐火をかざすと一瞬で湯が沸いた。そこに昴は茶葉を入れ、軽く蒸らしてから湯飲みに注いでいく。そのあと菓子を切り分けていった。今日の茶菓子は栗ようかんのようだ。
「ゆづくんの霊符でもお湯は沸かせるけど、やっぱりあかりちゃんの狐火の方が効率がいいね。はい、お皿回して」
昴からあかりに手渡された皿を隣の結月に渡した。結月はさらに隣の秋之介に皿を回す。全員に茶と菓子が行き渡ったところで、各々飲食を始めた。
「ん! 美味しいっ!」
ほくほくの栗と上品な甘さの餡からなる栗ようかんの美味しさに、あかりは思わず顔を綻ばせた。あかりの両隣で嬉しそうな笑みの気配がした。
「本当にあかりちゃんは美味しそうに食べるよね」
「あかりが幸せそうに食べてるの見ると、おれも嬉しくなる」
「のんきな奴だよな。ま、あかりらしいっちゃらしいと思うけど」
あかりはもう一口栗ようかんを頬張った。とにかく食べることに夢中らしい。きれいに平らげてから、緑茶をすすっていると結月が声を掛けてきた。
「あかり、このあと予定ある?」
「もう少し稽古を続けようかなって思ってたけど。何か私に用事?」
「外に出られるようなら、南朱湖に。……南の地のみんなに、ただいまを言いに行かない?」
思いがけない提案にあかりは数度目を瞬いた。あかりを気遣ってか、今まで南の地の話題が出ることは報告会以外にはなかった。ずっと玄舞家に置いてもらっているのでもしかしたら立ち入れない可能性も考えていたあかりにとって、結月の申し出は意外なものであったのだ。
最後に見た惨状は今でも鮮明に思い出せるどころか、悪夢に苦しめられることもしばしばある。南朱湖に足を運ぶのに全くの恐怖が伴わないわけではないが、それを推しても南の地の皆に帰ってきたことを伝えたかった。
あかりがしっかりと頷いたのを見て取ると、結月はほっとしたように小さく息を吐いた。
休憩の後、四人で南朱湖に向かうということで話はまとまり、しばし歓談の時間を楽しんだ。
まずは落ちた体力を戻すため、よく食べ、よく寝るようにと昴に言われたあかりだったが、じっとしていられる性分ではないので無理はしないという条件付きで稽古場を借りた。そこで霊剣を出さないで舞を練習していた。
時に花散るように繊細かつたおやかに、時に鬼走るように堂々かつますらおに。
二年間舞の稽古はできなくても毎日脳内で動きを再生していたので忘れることはなかった。それに囚われていた時間以上に舞の稽古はしていたのである。実際に踊り出すと身体は自然とついてきた。
それでも思い描くような動きができず、悶々としていた。以前にできていたことができなくなっていることに落胆し、やはり体力のなさからすぐに息があがってしまうことにも焦りを覚える。
無理しようにもそれすら叶わない自分の身を恨めしく思いながら、あかりは渋々休憩を取ることにした。縁側に出て、梁にもたれかかる。爽やかな涼風があかりの苛立ちをさらっていった。
本邸の離れにあたる稽古場、その縁側は裏庭に面している。そこでは結月と秋之介が模擬実戦を繰り広げている。審判役の昴があかりの存在に気づいて、側に歩み寄ってきた。隣に腰かけながら「お疲れ様」と微笑む。
「ちゃんと休憩してくれて安心したよ」
「本当は休憩なんてしてる場合じゃないのはわかってるし、すごい悔しい。私だって模擬実戦やりたいのに」
平手で床を叩きながら、あかりは愚痴をこぼす。昴は苦笑を浮かべた。
「向上心があるのはいいことだけど、焦りは禁物だよ。何事にも順序があるんだしね」
「そうなんだけどぉ……」
あかりは少し離れたところで戦う結月と秋之介に、羨ましいといわんばかりの視線をやった。
「恐鬼怨雷、急々如律りょ……」
「させるか!」
結月が霊符を使役する前に、秋之介が虎姿から人間姿に変化して短刀を抜いた。相克の関係から金物が苦手な結月は怯んで動きを止めてしまう。しかしそれも一瞬のことですぐに切り返した。
「雷火焼炎、急々如律令」
「ちっ」
こちらも相克の関係で、火が苦手な秋之介はとっさの判断で後ろに飛びのいて距離をとった。
「秋は通り一遍の戦い方だから、わかりやすい」
「おい、ゆづ! 聞こえてんぞ!」
結月は取り合うことなく新たな霊符を構えて、秋之介の懐に駆けこんだ。
「!」
「動静緊縛、急々如律令」
秋之介の胸へと貼られた霊符が淡い青色に光る。霊符の効果で秋之介は動きを封じられ、そこで決着がついた。昴がぱんと手を叩いた。
「はい、ゆづくんの勝ち」
「おめでとー、結月!」
「あかり、見てたの」
結月は秋之介に貼った霊符を剝がしてから、あかりたちのもとへとやってきた。動けるようになった秋之介も後に続く。
「かっこよかったよ。秋は相変わらずだねぇ、集中力がない」
「うっせぇ」
自覚があるのかないのか秋之介は大して言い返しはしなかった。
三人のやりとりをくすくす笑いながら眺めていた昴だったが、話のきりがいいところで「ちょうどいいしみんなで休憩にしようか」と、おもむろに手刀を作り、宙に九字を切りだした。
「青柳、白古、朱咲、玄舞、空陳、南寿、北斗、三体、玉女」
すると小さな結界が出現して落下し、縁側の床に触れたとたん結界が弾け、代わりに茶器と菓子が現れた。
「あかりちゃん、火ちょうだい」
「任せて」
あかりが気をこめて「狐火」と言霊を唱えると真っ赤な火の玉が出てきた。水が入っている急須に狐火をかざすと一瞬で湯が沸いた。そこに昴は茶葉を入れ、軽く蒸らしてから湯飲みに注いでいく。そのあと菓子を切り分けていった。今日の茶菓子は栗ようかんのようだ。
「ゆづくんの霊符でもお湯は沸かせるけど、やっぱりあかりちゃんの狐火の方が効率がいいね。はい、お皿回して」
昴からあかりに手渡された皿を隣の結月に渡した。結月はさらに隣の秋之介に皿を回す。全員に茶と菓子が行き渡ったところで、各々飲食を始めた。
「ん! 美味しいっ!」
ほくほくの栗と上品な甘さの餡からなる栗ようかんの美味しさに、あかりは思わず顔を綻ばせた。あかりの両隣で嬉しそうな笑みの気配がした。
「本当にあかりちゃんは美味しそうに食べるよね」
「あかりが幸せそうに食べてるの見ると、おれも嬉しくなる」
「のんきな奴だよな。ま、あかりらしいっちゃらしいと思うけど」
あかりはもう一口栗ようかんを頬張った。とにかく食べることに夢中らしい。きれいに平らげてから、緑茶をすすっていると結月が声を掛けてきた。
「あかり、このあと予定ある?」
「もう少し稽古を続けようかなって思ってたけど。何か私に用事?」
「外に出られるようなら、南朱湖に。……南の地のみんなに、ただいまを言いに行かない?」
思いがけない提案にあかりは数度目を瞬いた。あかりを気遣ってか、今まで南の地の話題が出ることは報告会以外にはなかった。ずっと玄舞家に置いてもらっているのでもしかしたら立ち入れない可能性も考えていたあかりにとって、結月の申し出は意外なものであったのだ。
最後に見た惨状は今でも鮮明に思い出せるどころか、悪夢に苦しめられることもしばしばある。南朱湖に足を運ぶのに全くの恐怖が伴わないわけではないが、それを推しても南の地の皆に帰ってきたことを伝えたかった。
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