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第八話 喪失の哀しみに
第八話 九
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弥生も半ばになり、梅が花開く季節になった。華やかな香りが青柳家の中庭に満ちる。
あかりはそれを胸いっぱいに吸い込むと、梅の花にも劣らない笑顔を咲かせた。
「結月のところの梅を見ると、春が来たんだなぁって思うよね」
「そう。……あかりが喜んでくれたなら、嬉しい」
結月はあかりの眩しい笑顔に目を細めた。
青柳家の中庭には、春になると多くの花々で彩られる。今盛りなのは水仙と梅くらいだが、そのうち桃や桜、菫などで庭が賑やかになることだろう。
桜が満開になると、幼なじみ四人で花見を催すのが恒例だった。
桜の木は裏庭に植えられているので、ここにはない。しかし、あかりは裏庭の方角を眺めて、ぽつりと呟いた。
「今年はお花見、できるかな……」
結月にもその声が届いたのだろう。彼は返事の代わりに、そっと目を伏せた。
今日、青柳家にあかりがやって来たのは昴の計らいだった。ここのところ戦い続きで疲れているだろうと、青柳家の梅でも見ておいでと勧めてくれたのだ。しかし、当の昴は山積した政務に追われていて、とても仕事から離れられる状態ではなかった。
また、秋之介は父親に稽古でしごかれているとかで、こちらも誘うに誘えなかった。
結局、毎年四人が楽しみにしていた梅の観賞は、今年はあかりと結月の二人だけとなってしまったのだ。
毎年の恒例行事が思うように楽しめないことにもがっかりしたが、それほど現状が緊迫したものであると嫌でも意識させられることをもあかりは憂いていた。
縁側に用意された上生菓子と抹茶をいただいたが、いまいち美味しく感じられなかった。
(せめて梅の枝だけでも持って帰れないか、結月に訊いてみようかな)
あかりが口を開きかけたときだった。
「結月様!」
廊下を駆けてきた家臣のひとりが、結月の前に膝をつく。結月が先を促すと、家臣は慌てた口調で報告をした。
「昴様からの言伝です! 急ぎ、乾の結界に向かうようにと。式神となった妖が侵攻してきたそうです。昴様と秋之介様は先行し、現在対処中とのことです」
「わかった。……あかり」
結月は一瞬息をのんだが、あかりを振り向いたときには真剣な表情のみを湛えていた。
あかりは迷わず頷き返す。
「急いで行こう!」
念のためにと私服ではなく仕事着の袴でいて正解だったと思いながら、あかりと結月は乾の結界を目指して走りだした。
あかりはそれを胸いっぱいに吸い込むと、梅の花にも劣らない笑顔を咲かせた。
「結月のところの梅を見ると、春が来たんだなぁって思うよね」
「そう。……あかりが喜んでくれたなら、嬉しい」
結月はあかりの眩しい笑顔に目を細めた。
青柳家の中庭には、春になると多くの花々で彩られる。今盛りなのは水仙と梅くらいだが、そのうち桃や桜、菫などで庭が賑やかになることだろう。
桜が満開になると、幼なじみ四人で花見を催すのが恒例だった。
桜の木は裏庭に植えられているので、ここにはない。しかし、あかりは裏庭の方角を眺めて、ぽつりと呟いた。
「今年はお花見、できるかな……」
結月にもその声が届いたのだろう。彼は返事の代わりに、そっと目を伏せた。
今日、青柳家にあかりがやって来たのは昴の計らいだった。ここのところ戦い続きで疲れているだろうと、青柳家の梅でも見ておいでと勧めてくれたのだ。しかし、当の昴は山積した政務に追われていて、とても仕事から離れられる状態ではなかった。
また、秋之介は父親に稽古でしごかれているとかで、こちらも誘うに誘えなかった。
結局、毎年四人が楽しみにしていた梅の観賞は、今年はあかりと結月の二人だけとなってしまったのだ。
毎年の恒例行事が思うように楽しめないことにもがっかりしたが、それほど現状が緊迫したものであると嫌でも意識させられることをもあかりは憂いていた。
縁側に用意された上生菓子と抹茶をいただいたが、いまいち美味しく感じられなかった。
(せめて梅の枝だけでも持って帰れないか、結月に訊いてみようかな)
あかりが口を開きかけたときだった。
「結月様!」
廊下を駆けてきた家臣のひとりが、結月の前に膝をつく。結月が先を促すと、家臣は慌てた口調で報告をした。
「昴様からの言伝です! 急ぎ、乾の結界に向かうようにと。式神となった妖が侵攻してきたそうです。昴様と秋之介様は先行し、現在対処中とのことです」
「わかった。……あかり」
結月は一瞬息をのんだが、あかりを振り向いたときには真剣な表情のみを湛えていた。
あかりは迷わず頷き返す。
「急いで行こう!」
念のためにと私服ではなく仕事着の袴でいて正解だったと思いながら、あかりと結月は乾の結界を目指して走りだした。
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