【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

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第一五話 希望の声

第一五話 一〇

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通りに出てあかりが真っ先に目にしたのは、艮の方角から立ちのぼる黒煙だった。
(火事……⁉ 結月たちは無事だよね⁉)
 自身が戦えないことなどもはや問題ではない。彼らはあかりがやってくることなど望んでいないだろうが、こんな時に側にいられなくては何が大切な幼なじみだ。自分ひとりだけ離れた場所で安穏としていることなどできるはずもなかった。
 何事かと通りに顔を出す町民たちの間をすり抜けながら、あかりは三体通を駆け抜けた。
 北玄山の裾野と東青川の源流が交わるあたりに艮の結界はある。周囲には木々が立ち並び、鬱蒼と茂っていた。
(このあたりにいないの……⁉)
 声をあげられないことをもどかしく思いながら、あかりは息つく暇もなく木立の間をうろついた。
(戦いの気配はあっちから?)
 あかりは危険を顧みず、臆することなく山の中へと分け入る。やがて現れた眼前の光景にあかりは言葉を失った。
(熱い……っ)
 あたり一面が火の海だった。火を司る朱咲の加護があっても、肌がちりちりと痛み、喉は焼け付くようで、煙が目にしみて視界が滲んだ。
そして炎の壁の向こうにあかりは結月、秋之介、昴の姿を見つけて瞠目した。彼らは陰の国の術使いの多勢を前にして、苦戦を強いられているようだった。
(このままじゃ……!)
 最悪の未来が脳裏に過る。恐怖に支配されたあかりはその場に凍りついた。焦燥感に駆られて思考はまとまらず、身体は無意識に震えていた。
 その間にも結月たちは劣勢に追い込まれていく。間合いを詰められた結月を白虎姿の秋之介が後ろに引っ張り出す。そんな秋之介の不意を突くように陰の国の式神が背後から襲い掛かる。昴が辛うじて結界を張ることで難は逃れた。
 今はぎりぎり持ちこたえているがそれも時間の問題だ。
(私に戦う力があれば……っ)
 三人は全身傷だらけで、呼吸も苦しそうだった。ここぞとばかりに陰の国の式神使いたちは結月たちを攻めたてる。
(失わないためには守らないと……! でも、どうしたら……!)
 せめて声を出せればなんとかできるかもしれないのに、たったそれだけのことがままならない。
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