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第二七話 願った未来
第二七話 七
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暦は如月に入った。冬至に比べれば日は延びたものの暗くなるのは早い。降り積もった雪に月と星の明かりが反射して真っ暗ではないものの、酉の刻ではもう夜との境がわからないほど辺りは薄闇に包まれていた。
この日は白古の邸に四人が集まっていたがもう暗くなったからと解散の流れになった。秋之介に白古門から見送られ、中央の地で昴と別れ、あかりは結月に朱咲邸まで送ってもらっているところだった。
朱咲大路に建ち並ぶ家々からはうっすらと灯りがもれていて、ときおり笑い声なども耳に届く。人々の営みが感じられるこの光景をあかりは気に入っていた。
「あかり、嬉しそう」
「うん。素敵な町になってるなぁって」
南の地の再興前は不安と心配、僅かな期待が胸に渦巻いていた。
自分が作った草案で大丈夫なのか、南の地をきちんと治められるのか、望むような笑顔と活気に溢れた町になるのだろうかと。
しかし、過ぎてみれば杞憂だった。
朱咲は加護を授けてくれているし、民も善い人ばかりだ。周囲はあかりが努力したからだと称賛するが、実際はあかりの周囲が支えてくれているからこそだと思う。
「私は縁に恵まれてるね。そうじゃなきゃ、南の地は今の姿になってないよ」
そんな風に他愛ない会話をしていると、朱咲門が間近に見えてきた。門の向こうには邸が広がっていて、邸内のあたたかな灯りはあかりを待ってくれているようだった。
「ここまでで大丈夫だよ」とあかりが振ろうとした右手を、結月の左手が掴んで止めた。
「結月?」
「……」
結月は目を伏せて深呼吸をひとつしてから顔を上げ、真っ直ぐにあかりの瞳をとらえた。向けられた青い瞳は真剣そのもので、その強い眼差しにあかりの胸が大きく跳ねる。
「ねえ、あかり。……少しだけ、あかりの時間をおれに頂戴?」
ぎこちなく頷いたあかりは結月に導かれて朱咲邸の裏にある南朱湖へとやってきた。
邸の裏とはいえ、寒いのも暗いのも苦手なあかりは今時分に南朱湖に出ることがあまりなかった。だからそこに広がる幻想的な世界に「わあっ」と思わず歓声をあげた。
見上げれば満点の星空に、冴え冴えとした神秘的な光を地上に降らせる月。湖面には薄い氷が張っていて、その下で揺らぐ水面に美しい夜空が鏡合わせのように映りこんでいる。砂地には真っ白な雪が降り積もっていて、雪が降ってからしばらく人が来ていないのかほとんど足跡も見つからず、銀世界を切り取ったようだった。
「あかり」
背後から呼びかけられたあかりは嬉々とした表情のまま「うん、なあに?」と振り返る。夜だが、星と月、雪の明かりに照らされて互いの顔は意外とよく見えた。結月は硬い顔をしていたが、あかりの笑顔を見て小さく笑った。
「……あかりは、約束を憶えてる? おれの願う未来までおれの言葉を待ってて欲しいって、約束」
「忘れるはずないよ。指切りまでしたもの」
あれはあかりが結月への恋心を自覚したときのことだった。
「おれは、あかりにずっと前から伝えたいことがある。だけど、それは今じゃ駄目で、願わくばあかりが憂いなく笑える世界で、伝えたいって思ってる。だから」
「……」
「だから、おれが今欲しいのはあかりの心じゃなくて、約束。おれの願う通りの未来まで、おれの言葉を待ってて欲しい」
小指と小指を絡めて、固い約束を交わした。それは『特別な幼なじみ』としての関係が始まった瞬間でもあった。
たくさんの約束を交わしてきた中でも、特にあかりを支えてくれたもののひとつだったから忘れられなかった。
「現在が結月の言う『願う通りの未来』なんだよね?」
その話を持ち出すということはきっとそういうことなのだろうとあかりが確信的に問えば、結月は「そうだね」と首肯した。
「戦いのない平和な世界で、幼なじみみんなで幸せに生きていける未来。他でもないあかりが側で心から笑っていてくれる未来。……それが、おれが願ってた未来。現在の、こと」
「うん」
「本当のことを言えば、ずっと前から言葉にして伝えたかった。だけど、四家の使命を考えれば、許されないって思ってたから、言えなかった」
四家のうちの一家として、陽の国やそこに住まう民のことを優先し、仲間を守らなければならない。緊迫した戦時下において、私情を挟むなんてあってはならないことだと自身を戒めていた。
だからあのとき欲したのはあかりの心ではなく約束だった。当時の結月が望めた数少ない願い。いつかの未来で叶うように祈りを託した純粋な約束。
「……ようやく、伝えられる」
結月はあかりとの距離を詰めるように、そっと歩み寄る。赤の瞳と青の瞳が交わった。
「いつからなんてわからないくらいに、ずっと前から、おれはあかりのことが好きだったよ」
互いが互いを想い合っていることはわかっていたが、こうして言葉にして『好き』と言われたことは初めてのことだった。あかりの瞳がゆらりと揺らぐ。
「だけどね、今は、それだけじゃない」
結月は穏やかに微笑むと、あかりの目尻に指を添えた。掬いとられた雫が月明かりにきらりときらめく。
「あかりを失いかけたとき、何度も会いたいって思った。ずっと隣にいてほしい、そうして笑っていてほしいって」
今のあかりの寿命はもともと結月のものだった。それを捧げられたからだろうか、あかりには結月の抱える想いが痛いほど強く伝わっていた。
願うほど苦しくなるのに、想うことを止められない。日に日に大きく、強くなる感情に胸は甘く痛む。燃えるような激しい恋ではなかったが、隣にいることが当たり前の日常のなかでその気持ちは互いの間で育まれていった。
「あかり」
そうして育ったこの想いはきっと『好き』だけでは足りない。
溢れそうになる鮮やかな感情にふさわしい言葉はたったひとつだけ。
「愛してる」
「結、月……」
「どうか、おれと一緒に、生きてください。おれの隣で、あかりの幸せそうな笑顔をたくさん、見せて。これから先、ずっとずっと」
「結月、結月……!」
涙の粒を散らせながら、あかりは結月の胸に飛び込んだ。伸ばした両腕でぎゅうと結月の身体を抱きしめると、結月は優しく抱きしめ返してくれた。
「私だって結月のこと、好き、大好きだよ……!」
「うん」
「私もね、一緒に幸せだねって笑い合って生きていきたい!」
あかりは瞬いて、結月の腕の中から顔を上げた。そして、希望に満ちた明るくて幸せそうな笑顔を浮かべて、結月の言葉に、想いに応えた。
「愛してるよ、結月!」
「うん。……ありがとう、あかり」
あかりの言霊の力で辺りに眩い赤の光が舞うなか、結月は一等甘く優しく微笑むとあかりに顔を寄せた。あかりもまた応えるようにすっと目を閉じて、二人の唇が重なった。
流れ込む優しい熱と熱い想いに胸が満たされるのを感じながら、あかりと結月はこれからの幸せな未来を誓い合った。
この日は白古の邸に四人が集まっていたがもう暗くなったからと解散の流れになった。秋之介に白古門から見送られ、中央の地で昴と別れ、あかりは結月に朱咲邸まで送ってもらっているところだった。
朱咲大路に建ち並ぶ家々からはうっすらと灯りがもれていて、ときおり笑い声なども耳に届く。人々の営みが感じられるこの光景をあかりは気に入っていた。
「あかり、嬉しそう」
「うん。素敵な町になってるなぁって」
南の地の再興前は不安と心配、僅かな期待が胸に渦巻いていた。
自分が作った草案で大丈夫なのか、南の地をきちんと治められるのか、望むような笑顔と活気に溢れた町になるのだろうかと。
しかし、過ぎてみれば杞憂だった。
朱咲は加護を授けてくれているし、民も善い人ばかりだ。周囲はあかりが努力したからだと称賛するが、実際はあかりの周囲が支えてくれているからこそだと思う。
「私は縁に恵まれてるね。そうじゃなきゃ、南の地は今の姿になってないよ」
そんな風に他愛ない会話をしていると、朱咲門が間近に見えてきた。門の向こうには邸が広がっていて、邸内のあたたかな灯りはあかりを待ってくれているようだった。
「ここまでで大丈夫だよ」とあかりが振ろうとした右手を、結月の左手が掴んで止めた。
「結月?」
「……」
結月は目を伏せて深呼吸をひとつしてから顔を上げ、真っ直ぐにあかりの瞳をとらえた。向けられた青い瞳は真剣そのもので、その強い眼差しにあかりの胸が大きく跳ねる。
「ねえ、あかり。……少しだけ、あかりの時間をおれに頂戴?」
ぎこちなく頷いたあかりは結月に導かれて朱咲邸の裏にある南朱湖へとやってきた。
邸の裏とはいえ、寒いのも暗いのも苦手なあかりは今時分に南朱湖に出ることがあまりなかった。だからそこに広がる幻想的な世界に「わあっ」と思わず歓声をあげた。
見上げれば満点の星空に、冴え冴えとした神秘的な光を地上に降らせる月。湖面には薄い氷が張っていて、その下で揺らぐ水面に美しい夜空が鏡合わせのように映りこんでいる。砂地には真っ白な雪が降り積もっていて、雪が降ってからしばらく人が来ていないのかほとんど足跡も見つからず、銀世界を切り取ったようだった。
「あかり」
背後から呼びかけられたあかりは嬉々とした表情のまま「うん、なあに?」と振り返る。夜だが、星と月、雪の明かりに照らされて互いの顔は意外とよく見えた。結月は硬い顔をしていたが、あかりの笑顔を見て小さく笑った。
「……あかりは、約束を憶えてる? おれの願う未来までおれの言葉を待ってて欲しいって、約束」
「忘れるはずないよ。指切りまでしたもの」
あれはあかりが結月への恋心を自覚したときのことだった。
「おれは、あかりにずっと前から伝えたいことがある。だけど、それは今じゃ駄目で、願わくばあかりが憂いなく笑える世界で、伝えたいって思ってる。だから」
「……」
「だから、おれが今欲しいのはあかりの心じゃなくて、約束。おれの願う通りの未来まで、おれの言葉を待ってて欲しい」
小指と小指を絡めて、固い約束を交わした。それは『特別な幼なじみ』としての関係が始まった瞬間でもあった。
たくさんの約束を交わしてきた中でも、特にあかりを支えてくれたもののひとつだったから忘れられなかった。
「現在が結月の言う『願う通りの未来』なんだよね?」
その話を持ち出すということはきっとそういうことなのだろうとあかりが確信的に問えば、結月は「そうだね」と首肯した。
「戦いのない平和な世界で、幼なじみみんなで幸せに生きていける未来。他でもないあかりが側で心から笑っていてくれる未来。……それが、おれが願ってた未来。現在の、こと」
「うん」
「本当のことを言えば、ずっと前から言葉にして伝えたかった。だけど、四家の使命を考えれば、許されないって思ってたから、言えなかった」
四家のうちの一家として、陽の国やそこに住まう民のことを優先し、仲間を守らなければならない。緊迫した戦時下において、私情を挟むなんてあってはならないことだと自身を戒めていた。
だからあのとき欲したのはあかりの心ではなく約束だった。当時の結月が望めた数少ない願い。いつかの未来で叶うように祈りを託した純粋な約束。
「……ようやく、伝えられる」
結月はあかりとの距離を詰めるように、そっと歩み寄る。赤の瞳と青の瞳が交わった。
「いつからなんてわからないくらいに、ずっと前から、おれはあかりのことが好きだったよ」
互いが互いを想い合っていることはわかっていたが、こうして言葉にして『好き』と言われたことは初めてのことだった。あかりの瞳がゆらりと揺らぐ。
「だけどね、今は、それだけじゃない」
結月は穏やかに微笑むと、あかりの目尻に指を添えた。掬いとられた雫が月明かりにきらりときらめく。
「あかりを失いかけたとき、何度も会いたいって思った。ずっと隣にいてほしい、そうして笑っていてほしいって」
今のあかりの寿命はもともと結月のものだった。それを捧げられたからだろうか、あかりには結月の抱える想いが痛いほど強く伝わっていた。
願うほど苦しくなるのに、想うことを止められない。日に日に大きく、強くなる感情に胸は甘く痛む。燃えるような激しい恋ではなかったが、隣にいることが当たり前の日常のなかでその気持ちは互いの間で育まれていった。
「あかり」
そうして育ったこの想いはきっと『好き』だけでは足りない。
溢れそうになる鮮やかな感情にふさわしい言葉はたったひとつだけ。
「愛してる」
「結、月……」
「どうか、おれと一緒に、生きてください。おれの隣で、あかりの幸せそうな笑顔をたくさん、見せて。これから先、ずっとずっと」
「結月、結月……!」
涙の粒を散らせながら、あかりは結月の胸に飛び込んだ。伸ばした両腕でぎゅうと結月の身体を抱きしめると、結月は優しく抱きしめ返してくれた。
「私だって結月のこと、好き、大好きだよ……!」
「うん」
「私もね、一緒に幸せだねって笑い合って生きていきたい!」
あかりは瞬いて、結月の腕の中から顔を上げた。そして、希望に満ちた明るくて幸せそうな笑顔を浮かべて、結月の言葉に、想いに応えた。
「愛してるよ、結月!」
「うん。……ありがとう、あかり」
あかりの言霊の力で辺りに眩い赤の光が舞うなか、結月は一等甘く優しく微笑むとあかりに顔を寄せた。あかりもまた応えるようにすっと目を閉じて、二人の唇が重なった。
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