聖女♂な王子は国に裏切られて捨て駒にされたから、魔王様の嫁になるわ

ハヤイもち

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第一章 戦う聖女

厨房を覗く怪しい影-魔物の番-

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ユーリと料理長が厨房で皿洗いをしているとき、
二人に見えない位置で、厨房を覗く怪しい影があった。

「なんだあの癒し空間は…」
「魔王様、執務室に戻りますよ」
「我の嫁と専属料理人、愛らしすぎるのではないか?
ここは天国か?」
「魔王城です。魔物の巣窟です。
人間からは『地獄に最も近い場所』
と呼ばれ、恐れられている場所です」
「そうか…」
「『そうか…』じゃありません。
早く戻りますよ。先の戦の後片付けが大変なのです」

二つの影は一方がこの城の王にして、
凶悪な魔物たちをすべる恐怖の存在、魔王。
そして一方は彼の側近の吸血鬼であった。

「やれやれ、これならまだゴブリンの方が扱いやすかった…」

吸血鬼は深いため息をついた。
しかし、吸血鬼はふと動きを止める。

先ほど魔王の発言で見逃せない部分があった。

「魔王様、先ほど『我が嫁』と言いましたが…」

「ああ、ユーリのことか?」

「ユーリと言うのはあの人間の事ですか?」

「ああ、そうだが」

「どういうことですか、魔王様!」

吸血鬼は目を吊り上げた。

「最初は『飼う』と言っていたではありませんか!
私は魔王様が奴隷としてあの人間を手元に置くのだと
そう思っていました。

魔王様の懐に人間を置くなど、本来ならばそれだけでも
許されないことではありますが、
奴隷ならばとしぶしぶ容認しました。

ですが、嫁と言われましたか?
魔王様はあの人間を己の伴侶とする気ですか?」

「ああ、そう言えばお前たちには言っていなかったな。
我はあの人間、ユーリを我が嫁とする」

魔王はこともなげにその言葉を口にした。
吸血鬼はその言葉に愕然とする。

「やめてください、魔王様。
考え直してください。
あの人間は…ただの人間ではありません。
聖女ですよ。
しかもあの大聖母の血を引く、たった一人の人間。

戦いの中であの人間の力を見ました。
我ら魔物を焼き払うあの真っ白い光。
今でも夢に出ます。

何かあってからでは遅いのです。
あなたは魔物たちの王なのですよ。

お願いです。考え直してください」

「…お前の心配もわかる。
だがな…我は何度も言っているだろう?
魔物の世界は弱肉強食。

我がユーリに倒されたのなら、
我はそれだけの男だったということ。

次の魔王などすぐ見つかる。
だけどな…」

そこで魔王は言葉を切った。

「我にとって、ユーリだけは
他に代えがたい人間なのだ。

魔物は一途だ。
一度決めたら、他のものなど
視界にすら映らなくなる。

吸血鬼のお前なら、
我の気持ちはわかるだろう?」

喉元に鋭い爪を突き付けられる。

そのとおりだ。

吸血鬼は思った。

何百年も何千年も長い時を生きる魔物だが、
番を決めればそれだけに愛を注ぐ。

自分も同じだ。

相手にもう会えないとしても、
遺体すらも風化して塵となっても、
ずっと一人だけを愛し続けている。

相手が生まれ変わるその時まで、
ずっとずっと待ち続けている。

わかるからこそ、止めたいのだ。

自分たちよりもずっと寿命が短い人間を
愛するということが
どれほど苦しいことか
自分には痛いほどわかるからだ。


「…私は遅すぎたのですね。
だからあの時、何を言われても止めればよかった」

「我のはもっと根深いぞ。
だからお前が止めようとも無駄だ」
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