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第一部・一幕・イニツィオ(始まり)の出会い
3・引ったくり犯と凸凹な二人
しおりを挟むあれは一体何だったのだろうか。まるで嵐のような人達だった。
リデイラが展開に付いて行けず、呆然としている間に去って行った集団の後ろ姿を暫く眺めた後、手元にある小箱に目を移した。
書かれている店名は、さっきまで見ていた物とは違うけれど、同じくらいちょっぴり高そうな小箱だ。
中身はお菓子らしいけれど、どうしようか。
知らない人から物を貰うなって言うのは、それを対価に拐われたり変な物が入っている可能性があるからだ。けれど、今回の場合にそれは無いだろう。それよりも気になる事があった。
(――“子タヌキちゃん”って、何?)
さっきは吃驚してその単語には特に注視していなかったけれど、一人になり冷静になって会話を思い出してみれば、それは自分に対して向けられた呼び名であった事に気付く。
リデイラからしてみれば、女生徒達の嘲笑交じりの言葉よりもその呼び名の方が不愉快だった。
(そんなにタヌキっぽいのかしら……)
生憎勉強不足で爵位までは分からないけれど、姓名の間に“ケーゼ”と名乗っていたから、貴族出身なのだろう。
そんな人からタヌキ呼ばわりされたのだ。十人並みの容姿をしていると自覚はあるけれど、他人にそう言われると流石に傷付く。
そなると、これは確かにお詫びの品になるのかも知れない。相手が悪いと思っていなくとも。
だったら、お菓子に罪は無いし。と、有り難く頂く事にした。
寮に着いてから食べようと思い、機内でサンドイッチを食べてスペースが空いた鞄の中にいそいそと収めた。
そして巡回馬車の停留所を探すべく歩き出した。本当なら発着場の直ぐ近くにある停留所を利用するのが一番簡単なのだけれど、先程の集団と同じ進路になってしまう為それは避けたかった。
なるべく近くにあると良いんだけれど。そう思い、近くの人に尋ねてみようとした時だ。
「キャー!誰か捕まえて!引ったくりよ!!」
後ろの方から悲鳴が聞こえてきて反射的に振り返ってみれば、それらしき男とちょうどすれ違った。
その瞬間、意識するよりも速く、リデイラは走り出していた。
ここは王都だから裏は兎も角、表通りは治安が良いって聞いていたのだけれど、そうでもないのだろうか。
目の前を走る男を追いかけながら、そんな事を考える。
ここが地元なら、普段から演奏を聴いている馴染みの妖精が居るから、演奏をしなくても引ったくり犯を捕まえる手助けをお願い出来るのに、とも。
けれど、無い物ねだりをしていても仕方がない。走り出したからにはもう諦めるという選択肢はリデイラには無かった。
けれど、進行方向にいる人々にぶつかりながらな為か、犯人の男も中々逃げにくいようで、距離は開かないものの、縮まる事も無い。
リデイラの体力が尽きるのが先か、犯人の体力が尽きるのが先か。
「待ちな、さいよ!」
長期演奏にも耐えられるように体を鍛えてはいるものの、走る事を特に鍛えている訳ではない。
(──このままだと逃げられちゃう!)
段々と苦しくなってきた呼吸に、内心歯噛みした時、一陣の風がリデイラを追い越していった。
かと思えば、次の瞬間に今まで追い掛けていた男が別の、薄紫色の髪をした男に取り押さえられている所だった。
(一体何が起こったの?)
瞬きをした一瞬の内に変わっていた現状にリデイラはパチパチと瞬きを繰り返した。
「もー!フィー速すぎだよ!」
「お前を待っていたら、逃げられる」
「それ酷すぎない!?僕、そんなに足遅くないんですげど!」
後から駆け付けた空色の髪をした小さな男の子に返した内容から、どうやら知り合いらしいと分かる。
淡々と返したかと思えば、直ぐに視線を足下の男へと戻され、男の子は「無視!?」と憤慨していた。
急な展開に付いて行けなかったリデイラだったけれど、二人のやり取りを見ている間に妖精の気配を感じ取れる程度には冷静さを取り戻していた。
二人、とくに犯人を組敷いている方の周りには風の妖精がこれでもかと言うほど纏わり付いている。
その様子から、さっき感じた風は、風の妖精に力を借りたあの人に追い越されたからだと推測した。
妖精の力を借りれたのも、二人の服装を見れば当然だと納得もした。
「でもまあ、引ったくり犯を捕まえる事が出来たし、彼女にも怪我は無さそうで良かったよ。って、勝手に思ってるけど、怪我は無いよね、おねーさん?」
前振りもなく振り返った男の子とパチリと目が合った。
「え、えっと、私の事?」
「そうだよー。おねーさん以外の他に誰がいるって言うの?」
「鞄の持ち主、とか?」
すれ違った人々は特に怪我をしていた様子は無かった筈だ。他に居るとすればと、消去法で被害者を上げてみたけれど、男の子の様子を見る限りどうやら違ったらしい。
「ああ、その人なら怪我は無いこと確認済みだよ。それよりもおねーさんの事だよ。妖精の手も借りずに引ったくり犯を追い掛けるなんて危ない事極まりないよね。もしこの男が逃げるのを止めておねーさんに襲い掛かって来たらどうするつもりだったの?」
腰に手を置き、心底呆れていますと言わんばかりに肩を竦められた。
「フィーもそう思うよね?」
「……」
フィー、とは薄紫色の髪をした男の名前らしい。
チラリ、と彼はリデイラを一瞥して直ぐに視線を足下へと戻した。
「“怪我が無いなら別に構わないだろう”って?結果だけ見れば確かにそうかも知れないけど、何かさ、このおねーさんはまた同じ事やりそうじゃない?だから、ちゃんと釘を指しておかないとダメだと思うんだよね」
薄紫髪の男がしたさっきの動作にそれだけの意味が本当に込められていたかを、リデイラには分からない。
けれど、取り敢えず本人を前にしてする会話ではないよね。リデイラは思わずジト目になってしまう。
「って言う事で、もう無茶な事しちゃ駄目だよおねーさん?」
どうやらわざと聞かせるように言っていたらしい。空色の髪の男の子はクルリと振り返り、リデイラに向かってニコリと笑って見せた。
「心配してくれてありがとう。けど、危なくなりそうになったら、流石に逃げる予定だったから大丈夫だよ?」
勿論、本(・)当(・)に危なくなったら、だけれど。リデイラは笑顔でそう返した。
それに、もし引ったくり犯が逆上し襲い掛かって来て危なくなったとしても、切り抜ける為の手札はいくつか持っている。なので、あまり危機感は持っていない。
けれど一応、表には出ていないから一見危なく見える事をリデイラは自覚していたので、慣れたようにそう主張した。
「ふーん。おねーさんがそう言うなら、取り敢えず、まあいいや」
納得のいっていなさそうに男の子は口を尖らせたけれど、それ以上追及するつもりは無い様だ。「走ったからお腹すいたなー。憲兵にこいつ引き渡したら何か食べに行こうよ」と薄紫髪の男の方へ行ってしまった。
その事にホッとしつつも、ある事を思いついて鞄から小さめのバスケットを取り出した。
「ねえ、良かったらこれどうぞ」
「なあに、これ?」
バスケットを差し出された男の子は首を傾げた。
「中身はお菓子が入ってるの。お腹空いてるって言うから、少しでも足しになればって思って」
「え、良いの?」
「勿論。助けてもらったお礼だと思って受け取ってくれる?」
「貰う貰う!僕お菓子大好きなんだよね!」
リデイラが被害者という訳でも、この男の子が犯人を捕まえたという訳ではない。けれど、自分が追っていた犯人を捕まえてくれたのだから何かお礼がしたくなったのだ。
男の子の方へ話しかけたのは、薄紫髪の男の方は受け取らないだろうな、と思ったからだ。案の定、喜色満面といった男の子とは違い、男の子を見る彼の視線はどことなく咎めている様に見えた。
リデイラでさえ気付いているのだから、この男の子が気付かない筈がないけれど意図的に無視していそうだ。この短いやり取りで、何となく二人の性格を把握し始めたリデイラはそう思いながらバスケットを男の子に手渡した。
「ババって言うキノコっていう意味のお菓子で、カスタードクリームとチョコレートクリームが入ってるから、嫌いじゃなかったら食べてね」
「聞いた事ないお菓子だけど、カスタードにチョコレート。どっちも大好物だから問題ないよ!ありがとう!」
お菓子を受け取る事に全く躊躇する様子はなく、むしろ慣れた様子でお礼を言ってくるので、普段から貰いなれていのだろう。まあ、受け取る時にこれだけ嬉しそうにされたら“またあげたい”と思ってしまう人がいるのだろう。
「そう言えば、おねーさんの名前、まだ聞いてなかったね。僕の名前はネオスト・コスタ。で、こっちの不愛想なのがフィデリオ・グイドレッキヨだよ」
バスケットを受け取ると、男の子が自身を指し名乗った後、もう一人を指さした。
言われ慣れているのか、諦めているのか気にしていないのか、指先につられて動かした先で目が合ったフィデリオの表情は変わらなかった。合った視線も、リデイラが会釈をした瞬間に離れて行ったけれど。
「私の名前はリデイラ・ファトジェラーレよ。よろしくね」
「じゃあ、リディだね」
初対面にも関わらず、あだ名呼びをしてくるネオストに一瞬面食らう。けれど、不思議と許せてしまうのがネオストの特性なのだろう。
直ぐにでも食べたいのか、自己紹介が終わった途端にソワソワとしながらバスケットとリデイラをチラチラと交互に見ている。
食べてもらうためにあげたのだから、別にこちらの事は気にする必要はないのに。そう思って、「食べてもいいよ」と許可を出そうと思ったけれど、ついでに近くの停留所を教えてもらおうと口を開いた。
選択肢
⇒お土産を渡す
貰い物を渡す
何も渡さない
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