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17.明晰夢

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 夢を見た。
 自分で、これは夢だと分かっている夢だ。明晰夢っていうんだったか。

 私の視界には、女が一人。
 燃えるように赤い髪の女……前世の私、グレイスだった。まだ魔法大学に通っていた頃だろうか、指定のローブを肩に引っ掛けている。

 赤い髪は、私が自分の特徴の中で一番好きなものだった。遠くからでも見つけてもらいやすいから、待ち合わせのときに便利で重宝していた。

 夢だからだろうか。私は自分の姿を、中空に浮かんで眺めていた。

 前世の私は、手に持ったランタンを浮遊の魔法で浮かせていた。
 一つ浮かせて、もう一つ、それを浮かせたら、もう一つ。
 浮かせる位置のバランスを見ながら、もう一つ。

 ああ、これ、よくやっていたなぁ。子どもの頃からずっと、好きだった魔法の使い方だ。
 今にして思えば、魔力が潤沢にあったからこそ出来たことなのだと分かる。今の私には2つか3つが関の山だろう。

「先生」

 誰かの声がした。
 まだ年若い、少年の声だ。

 声がした方に、くるりと身体ごと目を向ける。
 中空に浮いたまま、ふわりと身体が動いた。
 きっと私の姿は、夢の中の住人には見えないのだろう。理屈は分からないけれど、そんな気がした。

 近くの屋敷の中から、黒い髪の少年がこちらに向かって歩いてくるところだった。
 この屋敷、どこかで。

 少年の顔を見て思い出す。ああ、そうだ。
 私と出会った頃のノアは、確かにこんな感じだった。

 そこで、理解する。
 これはきっと、過去の出来事だ。それを夢に見ているのだ。
 ランタンを夜空にたくさん浮かべて、ノアと話をしたのを覚えている。
 確かまだ、私がノアの家庭教師になって、すぐのことだったはずだ。

「何をしているんですか?」
「私が好きな魔法、ノアにも見せたいなと思って」

 私……グレイスはそう言いながら、またもう一つ、ランタンを浮かべる。

 ノアが怪訝そうな顔で、空中に浮かんだランタンを指先で突いた。
 ランタンがふわふわと揺れる。

「これ、何の意味があるんですか?」
「意味?」
「足元を照らすなら一つか二つで十分です。こんなに浮かせても意味がありません。魔力の無駄です」
「んー……」

 グレイスはランタンから手を離すと、ノアに向き直る。
 そして、わずかに腰を屈めて彼の瞳を覗き込む。

「ノアって、魔法、好き?」
「……別に」

 ノアが、興味がなさそうにぼそりと返事をする。そしてグレイスへと視線を向けると、つっけんどんな……というかそのくらいの年頃の男の子にありがちな、生意気な口調で付け加えた。

「好きでも嫌いでもないです。単なる習い事の一つですから」
「だからさ」

 言って、グレイスはにーっと歯を見せて笑った。
 その表情は、自分で見てもやたらと楽しそうで、能天気で……自分らしいな、と思う顔だった。

「好きになってほしいなって、それだけ」
「…………」

 にやにやと笑いながらノアの顔を覗き込むグレイスに、ノアはつんとそっぽを向く。
 そうそう、最初は人見知りしていたのか、あんまり懐いてくれなかったんだっけ。
 それが私を生き返らせたいと思ってくれるまでになるのだから、人間というのは変わるものだ。

「好きじゃなくても、勉強はしますよ」
「勉強は別にどっちでもいいんだけどさ」
「は?」
「だってほら」

 家庭教師としてはダメでしょうという台詞を言いながら、グレイスが、両手を空に向かって広げた。
 そして、発動の呪文を口にする。

「《点灯》」

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