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60.魔法使いに一番必要なもの(ノア視点)
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アイシャは魔法をよく勉強した。
僕の言ったことをよく聞いていたし、貸してやった本も読みこんで、宿題を出せば次までに必ず答えを出してきた。
アイシャは魔力量が少ない。子どもだからかと思ったけれど、6歳にしたって少ない方だと思う。
それでも魔法に真摯に向き合っているアイシャに、僕も応えたいと思った。
魔力が少なくても効率的に魔法が使えるような魔法陣を考えた。
自分で使うならば気にならないようなわずかな魔力効率であっても、アイシャにとっては大ごとだ。
2人で頭を突き合わせて、ああでもない、こうでもないと考えるのは難しさもあったけれど――それ以上に、楽しかった。
魔法を学んだばかりの頃のことを思い出した。
家庭教師をしてくれていた先生に、魔法を教わっていたあの頃のことを。
懐かしくて、優しくて、僕にとって大切な時間だった。
先生は、生き返らなかった。
それでも――僕の中には、先生との思い出が、今もまだ生きている。そう実感できた。
思い出すのも苦しいと感じていた時期もあった。
でも不思議と――アイシャと話しながら先生と過ごした時間を思い出すのは、つらくなかった。
ああすればよかった、こうすればよかったという後悔ではなく、楽しかった気持ちを一緒に思い出せるような気がしたからだ。
いつだったか、先生と話したことを思い出した。
◇ ◇ ◇
「魔法使いに一番大事なもの、何かわかる?」
「え?」
先生に聞かれて、僕は首を捻った。
魔法使いに大切なもの。
それはもちろん、魔力? それとも、魔法の才能?
少し悩んで、答えた。
「知識、とか」
「ブブー、大外れ」
先生がにっと歯を見せて、いたずらめかして笑う。
「魔法使いに一番必要なものはね」
ふふふ、と思いっきりもったい付けてから、先生は両手を広げて大げさに発表した。
「根性よ!」
「こ、根性?」
「そ、根性」
先生があっさりと頷いた。
持ってきた魔導書をまとめて、帰り支度を始める。もう少し話していたいと思ったけれど……引き留める術を知らない僕は、ただ先生の話に耳を傾けた。
どうしてもっと話したいと思ったのか。
その理由に、自分の気持ちに僕が気づくのは、もう少し後になってからだった。
「うまくいかなくても、出来なくっても、諦めずに何度も何度も、あの手この手でしつこいぐらいに挑戦するの。成功するまでやり続けたら、絶対いつかは成功する。だって、成功するまでやめなければいいんだもの」
先生が指を振ると、まとめた魔導書がバンドで縛られて、ふわりと宙に浮かんだ。
それを脇に抱えて、先生が立ち上がる。
「そういうしぶとい根性が、一番大事なの」
そんなもの、だろうか。
その時の僕はまだ、懐疑的だった。
魔法ってもっと論理的で、合理的で……知識と前例に基づいた、そういう根性論とは縁遠いものだと思っていたからだ。
「だって私、それなりに魔法には自信があるの。その私が諦めちゃったら――出来ないってことになっちゃうじゃない。それってなんだか負けたみたいで癪でしょ?」
先生が腰に手を当てて、座ったままの僕を見下ろす。
そんなことを言われても、魔法を勝ち負けで考えたことがなかった僕にとっては、よく分からなかった。
出来なかったことが出来るようになるのは、楽しいとは思うけれど。
「でも……諦めなければ負けじゃない。勝ってもいないかもしれないけど……まだ負けてない。そうでしょ?」
「それ、屁理屈なんじゃ……」
「私は諦めたくない。出来ないって認めたくない。私の大好きな魔法ってものが、そりゃもう、とんでもなくすごいんだって。私がそれを、証明したいんだ」
そう言って、先生は挨拶もそこそこに帰って行った。
いつも笑顔で、明るくて、楽しそうで。
そうやっていつも、魔法にまっすぐに向かっている先生のことを――僕は、好きになったんだ。
魔法を好きになったのが先か、先生を好きになったのが先か。
今はもう思い出せないけれど――先生のことを好きになったのとほとんど同時に、僕は魔法も好きになった。
それをやっと、思い出した。
アイシャと過ごして――思い出した。
先生がくれた、大切なもの。
先生が死んでしまったことを思い出すのがつらくて、目を背けていたけれど――それでも。
魔法は僕にとって大切なものの、一つだ。
先生と過ごした日々も、――先生が教えてくれたことも。
……アイシャと過ごした、この奇妙な生活も。
全部、魔法とともにあったのだ。
僕の言ったことをよく聞いていたし、貸してやった本も読みこんで、宿題を出せば次までに必ず答えを出してきた。
アイシャは魔力量が少ない。子どもだからかと思ったけれど、6歳にしたって少ない方だと思う。
それでも魔法に真摯に向き合っているアイシャに、僕も応えたいと思った。
魔力が少なくても効率的に魔法が使えるような魔法陣を考えた。
自分で使うならば気にならないようなわずかな魔力効率であっても、アイシャにとっては大ごとだ。
2人で頭を突き合わせて、ああでもない、こうでもないと考えるのは難しさもあったけれど――それ以上に、楽しかった。
魔法を学んだばかりの頃のことを思い出した。
家庭教師をしてくれていた先生に、魔法を教わっていたあの頃のことを。
懐かしくて、優しくて、僕にとって大切な時間だった。
先生は、生き返らなかった。
それでも――僕の中には、先生との思い出が、今もまだ生きている。そう実感できた。
思い出すのも苦しいと感じていた時期もあった。
でも不思議と――アイシャと話しながら先生と過ごした時間を思い出すのは、つらくなかった。
ああすればよかった、こうすればよかったという後悔ではなく、楽しかった気持ちを一緒に思い出せるような気がしたからだ。
いつだったか、先生と話したことを思い出した。
◇ ◇ ◇
「魔法使いに一番大事なもの、何かわかる?」
「え?」
先生に聞かれて、僕は首を捻った。
魔法使いに大切なもの。
それはもちろん、魔力? それとも、魔法の才能?
少し悩んで、答えた。
「知識、とか」
「ブブー、大外れ」
先生がにっと歯を見せて、いたずらめかして笑う。
「魔法使いに一番必要なものはね」
ふふふ、と思いっきりもったい付けてから、先生は両手を広げて大げさに発表した。
「根性よ!」
「こ、根性?」
「そ、根性」
先生があっさりと頷いた。
持ってきた魔導書をまとめて、帰り支度を始める。もう少し話していたいと思ったけれど……引き留める術を知らない僕は、ただ先生の話に耳を傾けた。
どうしてもっと話したいと思ったのか。
その理由に、自分の気持ちに僕が気づくのは、もう少し後になってからだった。
「うまくいかなくても、出来なくっても、諦めずに何度も何度も、あの手この手でしつこいぐらいに挑戦するの。成功するまでやり続けたら、絶対いつかは成功する。だって、成功するまでやめなければいいんだもの」
先生が指を振ると、まとめた魔導書がバンドで縛られて、ふわりと宙に浮かんだ。
それを脇に抱えて、先生が立ち上がる。
「そういうしぶとい根性が、一番大事なの」
そんなもの、だろうか。
その時の僕はまだ、懐疑的だった。
魔法ってもっと論理的で、合理的で……知識と前例に基づいた、そういう根性論とは縁遠いものだと思っていたからだ。
「だって私、それなりに魔法には自信があるの。その私が諦めちゃったら――出来ないってことになっちゃうじゃない。それってなんだか負けたみたいで癪でしょ?」
先生が腰に手を当てて、座ったままの僕を見下ろす。
そんなことを言われても、魔法を勝ち負けで考えたことがなかった僕にとっては、よく分からなかった。
出来なかったことが出来るようになるのは、楽しいとは思うけれど。
「でも……諦めなければ負けじゃない。勝ってもいないかもしれないけど……まだ負けてない。そうでしょ?」
「それ、屁理屈なんじゃ……」
「私は諦めたくない。出来ないって認めたくない。私の大好きな魔法ってものが、そりゃもう、とんでもなくすごいんだって。私がそれを、証明したいんだ」
そう言って、先生は挨拶もそこそこに帰って行った。
いつも笑顔で、明るくて、楽しそうで。
そうやっていつも、魔法にまっすぐに向かっている先生のことを――僕は、好きになったんだ。
魔法を好きになったのが先か、先生を好きになったのが先か。
今はもう思い出せないけれど――先生のことを好きになったのとほとんど同時に、僕は魔法も好きになった。
それをやっと、思い出した。
アイシャと過ごして――思い出した。
先生がくれた、大切なもの。
先生が死んでしまったことを思い出すのがつらくて、目を背けていたけれど――それでも。
魔法は僕にとって大切なものの、一つだ。
先生と過ごした日々も、――先生が教えてくれたことも。
……アイシャと過ごした、この奇妙な生活も。
全部、魔法とともにあったのだ。
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