告白相手を間違えた令嬢に待っていたのは、暴君皇帝からの寵愛でした。

槙村まき

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13.狩り①

「モーリス・ボルテールです。どうぞよろしくお願いいたします、レディ・イヴェール」

 そう挨拶してきたのは、白みがかった髪に鋭い灰色の瞳をした男だった。
 ニュージュア王国の使節団の大使であるボルテール公爵だ。

 見た目の印象とは違い、物腰の柔らかそうな方だけれど、その瞳は鋭く、私を値踏みしているようでもある。

「本日は格別な狩り日和ですね。レディもそう思いませんか?」
「ええ、そうですね」

 建国祭五日目。
 この日、私たちは王宮の裏側にある森に来ていた。隣国、ニュージュア王国の大使と狩りをするためだ。

 帝国は、ニュージュア王国と長年戦争をしてきた。
 五年前に戦争を終結させてから、時間をかけて少しずつ両国間の関係も改善しつつある。
 その親睦も兼ねて、陛下や一部の貴族を交えて狩りをすることになったのだ。

 この狩りはあくまでも遊戯的なもので、秋にある狩猟祭みたいな本格的なものではない。あくまでも和やかに会話をしながら、狩りを楽しむためだけのもの。
 私は皇帝の婚約者として、一緒に参加することになったのだけれど――。

 森の入口で陛下が来るのを待っていると、そこにニュージュア王国の大使であるボルテール公爵がやってきたのだ。フェリシアン様が護衛としてそばにいるけれど、大使を相手に会話を妨げるようなことはできないのだろう。

 ボルテール公爵は私の返答などたいして気にしていないかのように、一人で喋り続けている。

「実は私は狩りが大得意なのですよ。自国でも森でよく狩りをするのです。物陰に隠れて、獲物が通りがかるのをじっと待っている時が、一番やりがいを感じるのです。なぜだかわかりますか?」
「私は狩りが初めてなのです」
「ふふ、そうでしたか。――狩りとは一方的なものです。獲物はこちらの存在を知らず、悠長に構えて簡単に姿を現すのです。その油断した隙を、こう、一発で仕留めた時の快感が……良いんですよねぇ」
「そうなのですねー」

 弓を引いて矢を放つ仕草をするボルテール公爵。その獣を思わせる鋭い瞳がふいに私から逸らされて、その背後に向けられる。

 黒い馬とともに、陛下がやってきたところだった。
 陛下が金色の瞳を、煩わしげにボルテール公爵に向ける。ボルテール公爵はそれを意に介すことなく、深く腰を折り曲げた。

「皇帝陛下、本日はよろしくお願いいたします」
「……こんなところで何をしておるのだ?」
「狩りが始まる前に、こちらの麗しいレディと少々お話を」
「……もうすぐ狩りが始まる。こんなところで油を売っていると、せっかくの獲物を逃すことになるぞ」
「それはいけない。私は今回の狩りで、少なくとも一匹は仕留めるつもりでいますので。――それでは、レディ。またあとで、時間がありましたら」

 ボルテール公爵は一礼すると去って行った。

「さて、ラシェル。馬には乗れるか?」
「はい。たしなむ程度ですが」

 貴族令嬢は教養として乗馬を楽しむことがある。
 私も最初は教養のためだったのだけれど、馬に乗っている間は他のことを考えずに目の前の景色を堪能できる。それが楽しくて、息抜きによく馬に乗っていた。

 今日も乗馬をするときに着用するパンツスタイルの乗馬服を着ている。本当は馬に跨がるのは父がいい顔をしないのだけれど、横に座る乗り方だとどうしても乗りにくいのだ。腰のラインを隠すため膝ほどまである長めのジャケットを着ることにより、渋い顔をした父に許可を貰っている。
 この姿で人前に出ることはあまりないけれど、今日はせっかく馬に乗れる機会なのだからと、公爵邸から送ってもらったのだ。

 ふと陛下の視線を感じた。

「どうされましたか?」
「……あ、いや。いつもとは違う格好なのだな」
「はい。乗馬をするときはこのスタイルが楽でして……。あ、はしたないと思われましたら、着替えてきますが……」
「いや、そうは思っておらん。いつものドレス姿もいいが、その姿も美しいと思って、つい見惚れてしまったのだ」
「みとれ……!」

 そう言ってもらえるとは思っていなかったので、私は羞恥から顔を逸らす。

「アルベリクス様も素敵ですよ」
「そ、そうか?」
「はい」

 謎の空気の中、先に声を出したのはフェリシアン様だった。

「そろそろ開始の時間です。準備をされたほうがよろしいかと」
「ああ、そうだな」

 陛下が連れてきた青毛――全身真っ黒の馬に、陛下の手を借りて一緒に乗る。
 最初に見た時から大きな馬だと思った。がっしりとした体躯をしていて、乗馬用の馬とは違う雰囲気がある。陛下の愛用の馬だとすると、もしかして元軍馬だったりするのだろうか。

「……今日はよろしくね」

 馬の毛を軽く撫でながら呟くと、後ろに乗った陛下がなぜか反応して、「あ、ああ」と困惑をした声を出していた。

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