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第六章
すれ違っていく二人
しおりを挟む「どうして?どうしてそんなことを言うの?」
他でもないあなたが、レオンのところに行けって言うの?
震えを落ち着かせようと、カイルの腕を掴んでいた両手に力がこもる。けれど、胸の奥から抑えきれない気持ちが込みあげてきて、我慢することができなかった。駄々をこねる子どものようにイヤイヤと左右に首を振ると、今まで言えなかった本音が溢れた。
「ずっと、ずっと待ってたの。カイルが戻るのをずっと待ってた。生きてるって信じてた。戦争が終わっても、レオンと結婚しても、ずっと待ってたの!
あなただけが生きる希望だったのに、それなのに‥なのに‥」
またわたしを置いていなくなるの?
カイルに縋りつき泣きじゃくるエレノアの頭を優しく撫でてやる。エレノアへの未練を断ち切ろうとしていたのに決心が揺らぎそうだ。
カイルはエレノアの言葉の意味を推しはかる。
結婚しても待ってたって?
戻って来ないと思ったんじゃないのか?
レオンを好きになったんじゃないのか?
じゃあ、なんで結婚を?
いや、だめだ、エレノアを守るためには、揺れてる場合ではない。気持ちはどうあれ、エレノアは結婚してしまった。
認めたくなかったし、できることなら口にしたくなかったが、言わなくてはいけない。
「君は、ロゼンタール夫人だろう。」
カイルに突き放されたような気がして、エレノアは顔をあげてカイルを見た。
ちがう、違うわ。ロゼンタール夫人なんて言わないで!レオンとは形だけの結婚なの!
心の中で叫ぶ、しかし、その叫びを口に出すことはできなかった。
結局、エレノアはカイルを待てなかったのだから。
「待てなくてごめんなさい‥。」
「エレノア、謝らないで。そんな意味で言ったんじゃないよ。君を責めたりしてない。事情があったんだろう。」
カイルはどこまでも優しい。エレノアの胸は締めつけられるように痛んだ。
「何があっても僕はずっとエレノアの味方だから、ね。」
黙っているエレノアに、カイルは言い聞かせるように話を続ける。
「だから、エレノア。小公爵とちゃんと話し合ってほしいんだ。きっとうまくいくよ。」
「‥うん。そうね‥。」
でもそれは出来ないの。
もう手紙を送ってしまったの。
そのあとは、もうこの話はお終いといとばかりに、エレノアは笑顔を作った。
屋敷に戻るまでの間、カイルの兄ケビンに、しばらく会ってないねとか、夕食のデザートにフルーツを買って帰ろうとか、たわいもない話をして幼なじみのエレノアとカイルを演出した。
カイルもそんなエレノアに合わせてくれているようだった。
屋敷に着いて部屋に戻ったエレノアは、丘に持っていった荷物の中からリボンのかかった小箱を見つけた。
けっきょく渡せなかったわね。
エレノアは、それを持って結婚前に使っていた部屋に向かうと、書棚から本の形を模した箱を取り出した。レオンが見てしまった日記の箱だ。
カイルに渡しそびれた小箱を日記の上に載せると箱を閉じた。
エレノアは箱に手をかざしたままぎゅっと目を瞑る。
あの頃の絶望が押し寄せてくる。
父が亡くなった日、兄の遺体が戻った日、カイルの行方不明の知らせを受けた時‥。
もう終わったのよ、エレノア。
カイルは生きて戻ってきた、それだけで充分。
箱の上にぽたりと落ちた涙を指で拭うと、書棚に戻した。
エレノアは書棚を背にして床にうずくまると、夕食に呼ばれるまでずっとそうしていた。
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