結婚はするけれど想い人は他にいます、あなたも?

灯森子

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第七章

読めない真意

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エレノアが放つ陰鬱な空気を払うように、王子は明るい調子に戻って話をかえた。

「もちろん、あなたにとっていい事もある。」
王子は乗り出していた身体を起こすとソファにもたれ、にっこりと高貴な笑みを浮かべた。

「わたしの補佐になれば、周りに一目置かれるだろうし、人脈も広がる。そうなれば、あなたが求めている人材を集められると思うよ。」
「‥よくご存知なんですね。」
「当然だよ。相手を知らなければ交渉できないだろう。」

エレノアは、管理人制度が軌道に乗ってきたので、次の施策として領民の識字率向上に取り組んでいた。しかし、肝心の教師が足りていなかった。
教師といっても簡単な読み書きと計算が教えられればいいのだが、ポリニエールの広い領地ではたくさんの人数が必要だ。

「引き受けてくれるかな?エレノア・ポリニエール・ロゼンタール小公爵夫人。」

エレノアを伯爵と呼んでいたはずの王子が、ロゼンタールの名を出してきた意味をエレノアはすぐに察した。

数ヶ月前にレオンに送った手紙の返事は、離婚に同意するというものだった。しかし、それから数週間後に届いた手紙には、成立するまでに時間がかかりそうだとあった。

王室に止められていたのね‥。

「ずっとという訳ではないよ、補佐の役目を終えるまでだ。」

ずっとではない‥やはり離婚の件をご存知なのね。

補給路の助言ならポリニエール伯爵の名前の方がいいはずだ。それなのに、ロゼンタールの名が必要だということは、他にも思惑があるのだろう。

「わたしに政治はわかりません。お役に立てるとは思えませんが。」
「はは、やはりあなたは賢いね。そのはっきりした物言いも魅力的だな。」
また王子はエレノアを揶揄うがその手には乗らない。
「それに、私の一存ではお答えしかねます。」
エレノアがきっぱりと告げると、王子はまたにっこりと高貴な笑みを浮かべる。
「もちろん、返事はいますぐでなくて構わない。」
よい返事を期待しているよ、と言い残して王子は去って行った。



王子が帰ったあと、エレノアは庭園のガゼボでお茶を飲みながらくつろいでいた。満開のコスモスが風に揺れながら周囲を囲んでいる。
「ふう。疲れたわね。」
緊張がとけて思わずため息をつく。
突然の王子からの依頼について考えをまとめなくてはいけない。

ロゼンタール公爵家は、歴史的にも名門で力のある家門だ。それ故に、王家とは懇意にしているものの、政治からは一線を画していた。
だから、簡単に取り込めるエレノアを側に置くことで、表向きは中立を保っていたロゼンタールの支持を得たと知らしめることになる。
エレノアを、宰相付きの補佐でも軍務大臣の補佐でもなく、王子の補佐に、ということからも狙いはそこだろう。

領地のために一人で生きると決めたのに、政治に巻き込まれてまた王都に戻るのか。

だが、悩んでところで断ることはできない。
なんせ王子が直々に領地まで足を運び請われたのだから。



「ケリー、王都から新しい情報は?」
「公にされていませんが、王女の結婚は確定のようですよ。婚約発表は新年祭で、結婚式は遅くても1年後ですが、王女様は婚約発表後すぐに南国へ出立されるそうです。」
「陛下の思惑もあるのでしょうが、王女様のご年齢ではいそがれるのでしょう。」
こっそりとケリーが耳打ちした。
「まぁ、ケリーったら。そんなこと、誰かに聞かれたらどうするの。」
「ここにはエレノア様とわたししかいませんから。」
エレノアが嗜めると、ケリーは人差し指を口元にあてていたずらっぽく笑った。

ロゼンタールに戻ったアンナには王都の情報収集を頼んでいた。ケリー宛にまめに情報を送ってくれている。
アンナは諜報活動に優れていた。おそらくただのメイドではないのだろう。公爵家や本人から聞いたわけではないが、送られてくる報告書をみれば容易に想像できた。


「それと、レオン様なんですが。」
「何かあった?」
「近ごろ頻繁にお一人で夜会に出られているそうです。」
「あら、そうなの?」
エレノアと結婚してからは必要最低限の社交しかしてこなかったが、元々はパーティー好きだったのかもしれない。そうだとしたら、悪いことをしたわね、とエレノアは思った。

「きっとお寂しいのですよ。」
「ええっ?そう?そういうことかしら。」
終わったことだと口では言っていたけれど、グレイス王女の結婚で自棄になってしまったのかしら?

ケリーが言わんとすることは、エレノアと離れて寂しがっているという意味だったのだが、どうやら伝わっていないようだ。
「エレノア様は気にならないのですか?あのレオン様ですよ?お一人で夜会など行かれたらどんな女が寄ってくるか分かりませんよ!」
ケリーが口を尖らせる。
「お寂しいなら話し相手が必要でしょう。」
エレノアは真面目に取り合わない。
「それで済みますかね。」
ケリーがボソッとつぶやいた。
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