魔女・兵士・勇者

忘八

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第6話

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 翌日の朝。
 此処に来てからの日常となった朝食後の訓練。
 何時もの様に教皇の城内にある練兵場でクラスメイト達は午前の鍛練に勤しんでいた。
 その中には、長剣を手に昔の感覚を取り戻さんとする善人の姿もあった。
 善人はズシリと重い長剣を力強くも何処か脱力した様子で振るうと、其れを見ていた明日香がやって来た。
 明日香の気配に長剣を振るうのを辞めると、善人に明日香が語り掛ける。

 「榊原、一手頼めるか?」

 そう誘う明日香の手には、二振りの木剣があった。
 そんな明日香の誘いに善人は渋々ながらも応じた。

 「良いけどよ、俺は君みたいな剣道の有段者じゃないし、素人だから練習にならんと思うぞ」

 善人の言葉に明日香は鼻で笑い、問う。

 「その割には剣筋は明らかに熟練のソレなのは気のせいか?」

 その問いに善人はシニカルに笑って返す。

 「男の子は長い棒を振り回すのが大きくなっても好きだからな」

 それから直ぐに親友でもある岡本 清志郎に長剣を持ってもらってから、木剣を受け取った善人は木剣を正眼に構える明日香と相対。
 そして、明日香と同じ様に正眼に木剣を構えた。
 そんな2人の一戦の立ち会い人として、この戦争に参加すると最初に表明した関 勇輝が立った。
 関 勇輝が「始め!」と、号令を掛ければ男女無差別の模擬戦が始まる。
 だが、2人は構えたまま動こうとはしない。
 互いに相手の隙を探し、窺い、最善の攻撃のタイミングを図っているのだ。
 善人を睨むように集中して見詰める明日香は、一瞬たりとも隙を見せぬ善人に対して攻めあぐねて居た。

 何が素人だ。
 気配が明らかに剣の道を突き進んだ猛者だ。
 その上、祖父の様な雰囲気じゃないか……

 明日香は目の前にジッと静かに立つ善人から、古武術の師範代を今なお続ける祖父の様な脅威を感じ取っていた。
 そんな善人はブーツでもあるにも関わらず、少しづつであるものの地面を擦る様に明日香へと静かに近付こうとしていた。

 ブーツなのに摺足が出来るのか?
 そうなると、やはり実戦慣れしてると見るべきか?

 善人の僅かで小さな前進から善人が実戦慣れしている。
 そう判断した明日香は少しずつであるが、善人の見様見真似で地面を擦る様にして後ろへと下がり始めた。
 互いに動きを見せぬ戦いに大概のクラスメイト達は、つまらなさそうに眺めていた。
 だが、実戦経験が豊富な涼子と千雨は違った。

 「帰ってからこんな良い戦いをお目にかかれるなんて思わなかったわ」

 武道を少しだけ嗜んでいた涼子から見ても、善人と明日香の睨み合いは値千金の価値があった。
 そんな涼子に千雨は言う。

 「互いに隙を窺って読み合いしてるわね。でも、互いに決め手に掛けるから動こうとはしない。いや、出来ないが正しいわね」

 地味な遣り取りに何も解らぬクラスメイト達は辟易する。
 だが、善人と明日香の間では目に見えぬ遣り取りが幾多も繰り広げられていた。

 私がどう動いても彼に返り討ちにされる。
 なら、いっその事……

 決断した明日香はおもむろに木剣を持ち上げた。
 右上段の構えを取った明日香に明日香の祖父が経営する古武術道場に通い、明日香と共に剣道部に身を置く関 勇輝は困惑してしまう。

 どう言う事だ?
 上段の構えを取るなんて?
 アレは相手にすれば、侮辱にもなる構えなのに……
 明日香、君は何を考えてる?

 上段の構えは相手によっては、相手を格下扱いしていると取られてしまう侮辱的な構えでもあった。
 だが、そんな構えを見ても善人は微動だにしなかった。
 しかし、善人の内心は怒りよりも

 良いね。
 勝てないと解った上で、一番早く振れる上段に構えて一撃に掛けるのを選べる奴はそうは居ない。
 俺がソレを理解してるって解った上で熱く誘ってくれるんだ。
 そうなると、イイ女の誘いを蹴るのは男として大変申し訳無い。

 明日香の上段の構えの意図を即座に察し、理解した上で善人は明日香の誘いに乗る事を選んだ。
 故に、善人も木剣を持ち上げて正眼の構えから上段の構えとなった。
 その瞬間、明日香は地面を蹴って善人に突っ込む。
 神を名乗る存在の加護を大いに有するが故に、常人では反応出来ぬスピードで善人の目前まで迫ろうとしていた。
 だが、善人はソレに反応。否、迎え討っていた。

 「ガッ!!?」

 真っ直ぐ突っ込んで来る明日香に対し、善人は自らの身体をぶつけて体当たり。
 体重差も相まり、一撃必殺を断行せんと勢いよく突っ込んで来た明日香は弾かれ、地面に倒れてしまう。
 そんな明日香へ、善人は間髪入れずに迫ると同時。
 何時の間にか逆手に握り直していた木剣を明日香の顔目掛け、勢いよく突き立てんとしていた。

 「くッ゙……」

 善人が逆手に握る木剣の切っ先を目の当たりにして死を覚悟したのだろう。
 明日香は目を瞑った。
 しかし、明日香に死が訪れる事は無かった。

 「え?」

 間抜けな声と共に周りを見れば、自分の顔の左脇に木剣が突き立てられていた。
 そして、自分を見下ろす様に立っていた善人から手を差し伸べられると、明日香はその手を掴んで起き上がって認める。

 「私の敗けね。榊原、そんなに強いんなら剣道部入ってよ」

 ちゃっかり剣道部に誘う明日香の強かさに善人は呆れながら断る。

 「断る。俺は剣道未経験だし、お気楽な帰宅部ライフを台無しにもしたくねぇ」

 「未経験でも良いわよ。貴方の能力なら段を取るくらい簡単でしょ?それに剣道部に入っとけば、内申点良くなるかもしれないわよ?」

 引き下がらないばかりか、メリットを提示して剣道部に入部させようとする明日香を善人は突っ撥ねた。

 「嫌なこった。俺は自由なお気楽ライフを愛してるんだ」

 そう返すと善人は周りを見廻し、誰かを捜し始める。

 「誰を捜してるの?」

 明日香に問われると、善人は周りを改めて見廻してから答える。

 「キヨ岡本 清志郎、何処行った?アイツに剣を預けてたんだけどよ……姿が見えねぇんだ」

 その答えを聞くと、明日香も岡本 清志郎を捜す手助けをする。

 「誰か岡本くん知らない?」

 周りのクラスメイト達は首を傾げてしまう。
 そんな中、涼子が答えた。

 「岡本君なら3バカに連れてかれたわよ」

 その答えを聴いた善人はウンザリとした溜息を漏らすと、涼子に尋ねる。

 「お前さー、何処までなら治せる?」

 その問いの意図が意味する事を察した涼子はアッケラカンに答えた。

 「死体じゃなければ何とでもなるわよ」

 涼子の答えを聴けば「なら良かった」と、善人は笑顔で返して悠然と歩き出す。

 「あ、三島さん。悪いけど、コレ木剣未だ借りとくわ」

 怒気が混じる笑顔で木剣を借りる事を穏やかな口調で言うと、善人は親友をイジメてるだろうバカ3人を血祭りに上げんと足を踏み出そうとした。
 だが、直ぐに涼子に止められてしまう。

 「そんな心配は要らないし、貴方は不満でしょうけど貴方の代わりに"友人"がブチのめしてる筈よ?」

 「どう言う事だ?」

 そう問うた善人は千雨の姿が無い事に気付くと、涼子に尋ねる。

 「アイツ千雨は?」

 「彼女ならバカ共ブッ飛ばして来るって言って居なくなったわよ」

 涼しい表情で返せば、件の噂の人物がやって来た。

 「あら?誰か捜してるの?」

 「岡本くん!?」

 腹部に打撲や火傷。顔にも打撲痕が残る岡本 清志郎の姿に1人の小柄で童顔の可愛い少女……小川おがわ 千春ちはるが心配そうにしながら天職である治癒師ヒーラーとして治療に当たった。
 そんな2人を他所に千雨は涼しい顔でキレそうな善人に告げる。

 「あのバカ共が嘗めた真似して来たから顎砕いて、腕と脚を一本ずつ折ってやったわ」

 千雨の言葉に善人は溜飲を下げると、治療を受けている岡本 清志郎の方へ駆け寄った。

 「キヨ大丈夫か?」

 「善人ゴメン。剣を折られちゃったよ」

 心の底から申し訳無さそうに預けられた剣を奪われ、折られてしまった事を謝罪する岡本 清志郎に善人は「バカ野郎。剣なんざどうでも良いんだよ」と、岡本 清志郎に悪態をついた。
 それから、無事な事に安堵した。

 「お前が生きてて良かった」

 善人にとって、岡本 清志郎は幼い頃からの親友であり、ヲタク仲間でもあった。
 そんな親友が殺されてない事に安堵しながらも善人は岡本 清志郎に謝罪する。

 「キヨ、御免な。俺のせいでこうなっちまってよ」

 「善人には助けられてばかりだよ」

 2人の遣り取りを他所に涼子は千雨にバカ共が転がってる場所を確認すると、バカ共を治療する為に赴いた。
 人気の無い練兵場の外れでは3人のバカ達が文字通り、転がっていた。
 千雨の言った通り、3人の顎は砕かれ、腕と脚は一本ずつ骨が折れていた。
 そんな3人の近くまで涼子は歩み寄る。
 そして、言葉にならぬ呻き声と共に助けを求めんと、手を伸ばして来る3人を見下ろして告げる。

 「私としてはアンタ等を治療する気は起きないんだけどさ、優しい岡本君の重荷になるのは何かムカつくから治してやるわよ」

 心の底からムカついてる様子で涼子は3人の治療に当たった。
 3人の腕と脚は一本ずつ開放骨折していた。 
 だが、涼子は高度な治癒魔法で以て彼等の腕と脚を完璧に元通りにして治すと、顎を魔法で治しながら老婆心と共に忠告を与える。

 「アンタ達さ、イジメなんて辞めなさいよ。岡本君、優しいから大事おおごとにはしてないけどさ、先生はコレ知ったら本気でアンタ達を退学に追い込むわよ」

 普段は穏やかな担任教師は今では珍しい、生徒を護る事に尽力する良い教師であった。
 その為、過去に何度かイジメをした生徒を退学に追い込んだ。
 だが、同時に善人が喧嘩でこの3人を半殺しにした際、退学処分にするべきだという声を抑えもした。
 その理由が親友をイジメた3人に憤慨し、報いを受けさせたと知ったが故に。
 だからこそ、涼子は3人に忠告した。
 しかし、3人に忠告は届かなかった。

 「うるせ……ぶぎゃ!?」

 遠山 悟が治ったばかりの右腕で殴ろうとした瞬間。
 涼子はソレよりも早く、遠山 悟の鼻に拳を叩き込んでいた。
 鼻をへし折られ、鼻血をダラダラと流して倒れる遠山 悟の姿を目の当たりにした2人は涼子へ恐ろしいモノを見る目を向けてしまう。
 だが、涼子はソレを涼しい顔で受け止めながら改めて忠告する様に問う。

 「貴方達は自分がイジメられる立場になったら?って言うのを考えた事は無いの?」

 その問いに押し黙る3人に対し、涼子は更に言葉を続けていく。

 「もし、また同じ過ちを繰り返そうとするんなら私も敵に回ると思いなさい。その時は容赦無くブチのめしてあげる。そして、毎日ずっと善人と一緒にアンタ等をブチのめすから」

 また愚かな行為を繰り返すならば、涼子も善人と共に3人をイジメる。
 その宣言は最後通告でもあった。
 そんな最後通告に3人に沈黙してしまう。
 すると、涼子は「人は痛みと共に教訓を学ぶ」と、言い放つやへし折られた鼻を押さえる遠山 悟の反対の掌とも言える左手に短剣を突き立てた。

 「ギャアアアァァァ!!?」

 目の前で掌を深々と突き刺され、傷口から血を滴らせて悲鳴を挙げる遠山 悟に2人は恐怖のドン底に叩き込まれてしまう。
 そんな2人の掌にも涼子は容赦無く、刃を深々と突き立てていく。
 2人の口からも喧しい悲鳴が奏でられると、涼子は改めて告げる。

 「また愚かな事をするんなら、ソレじゃ済まさないから覚悟した上でやれよ?」

 その時の涼子の表情は本気だった。
 3人が愚かな真似を繰り返したら、本気で心が折れても赦す事無くイジメてやるつもりであった。
 その時の涼子の表情は本気だった。
 3人が愚かな真似を繰り返したら、本気で心が折れても赦す事無くイジメてやるつもりであった。
 そんな涼子の真心が籠もった説得に3人は首を縦に振るしか、選択肢はなかった。




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