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椿の咲くころに
しおりを挟む春の夜風が肌を撫でる2025年の東京。
大学生の千佳(ちか)は、祖母の形見の帯留めを手に、深夜の神社を訪れていた。恋も人生も上手くいかず、思い詰めて「時間が戻れば」と口にしたとき、不意に境内の椿が赤く燃えるように咲き乱れ、視界が白く染まった。
目を開けると、そこは見知らぬ町だった。
町人たちは着物を纏い、道には籠や駕籠が行き交う。
――どう見ても、江戸時代だった。
「お嬢さん、具合は大丈夫ですか?」
低く優しい声。
目の前にいたのは、薄茶の羽織を着た青年。澄んだ瞳の奥に、静かな情熱を宿していた。
「私は伊織(いおり)と申します。ここは深川、時は文政八年――」
信じられない現実の中で、千佳は伊織の長屋に世話になることになった。
彼は筆を使った仕事をしており、武士の家を辞して町人として生きていると言った。孤独な過去を持つ者同士、次第に心が近づいていく二人。
「この時代にいても、私はあなたとなら、生きていけるかもしれない」
そう思った矢先、幕府の役人が伊織の元を訪れる。
「先日の瓦版、政を批判していたな」
反体制の文を綴ったことがバレてしまったのだ。
伊織は連行される前夜、千佳の手を取りこう言った。
「千佳殿、そなたは本当の時代へお戻りなさい。ここは、おぬしの居場所ではない」
その夜、椿の花がまた咲いた。
涙を流しながら千佳が祈ると、再び白い光に包まれた。
現代の東京。
千佳は神社の境内で目を覚ます。手には、伊織が残した文の切れ端。そこには達筆な文字でこう綴られていた。
「もし時を越えて心が通じるならば、百年後の椿の花の下で、また会おう」
それから千佳は、毎年その季節になると神社を訪れる。
誰に話しても信じてはもらえない、不思議で確かな恋の記憶。
椿が咲く頃、風の中にあの声が聞こえる気がする――
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