豊穣の剣

藤丸セブン

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6話 実戦訓練

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「止まったら死ぬわよ!ほらほら走りなさい!」
 無事に研修を終えて正式な特異課の仲間になれた七尾矢は、茜に全速力で走らされていた。
「あ、あのっ!?今日から正式な、隊員になったのではぁぁ!?」
「当然正式隊員の鍛錬よ。御託を言う暇があるって事は。まだしごきが足りないって事ね」
 茜は悪戯っぽい微笑を浮かべて七尾矢が走っているランニングマシーンの速度を上げる。
「なぁぁぁぁぁ!?」
 速度が二倍近くになったランニングマシーンに放り出されない様に必死に足を動かすが、数秒で足を踏み外し床に転がる。
「あ」
「あの、真面目にお願いします」
「そう、ね。ごめんなさい」
 それから七尾矢と茜は真面目に鍛錬を始めた。体力作り、筋肉トレーニングを重点的に行った。
「あの、結局研修の頃と何も変わってないんですけど」
「まあ午前中は基本的に総合力アップトレーニングよ。変わるのは午後から」
 茜と七尾矢は持ち込んだ昼食を食べながら一時の休息を取る。
「午後からの鍛錬と言うと?」
「具体的に言えば実践トレーニングよ。今までは剣術や異界武具の使い方を学んでたけど今後は実際に異世界の魔獣と戦ってもらうわ」
「え!?実際に魔獣と!?」
 七尾矢が驚いて箸を手から落としてしまいそうになるがギリギリキャッチする。
「あ、別に本物の魔獣じゃないわよ?シミュレーションで創り出した仮想の魔獣とよ」
「シミュレーション!凄え!実際にシュミレーションとかあるんですね!?」
 シュミレーションと言う言葉に興奮して七尾矢が茜に顔を近づける。
「近い」
「あ、すみません」
 茜に手で押し除けられて七尾矢は後方に退がる。
「とはいえシュミレーションに驚く気持ちも分かるわ。私も初めて見た時はかなり目を丸くしたもの」
「人間の技術はもうそんな所まで発展してるんですね!?」
「人間、と言っても異世界の技術だけどね」
 目を輝かせる七尾矢に茜は少しだけ微笑む。
「さあ、早く食べちゃいなさい。食べ終わったら即座に始めるわよ」
「了解です!」
 茜に言われて弁当の中身を口の中に掻き込む。研修の初日などは疲れ果てていて食事を取るのも気持ちが悪くなったが、鍛錬の成果で今は美味しく食べられる様にまで成長した。
「それにしても美味しそうなお弁当ね。アレグリアから聞いたけど貴方が作ってるんですって?」
「はい。茜さんはコンビニ弁当なんですね」
「自炊してる時間なんて無いのよ。司令官と作戦会議とかお偉方のご機嫌取りの食事会とか、シンプルに忙しいわ」
 深いため息を吐く茜に七尾矢は苦笑いを浮かべざる終えない。七尾矢も慣れない毎日に悪戦苦闘しているが茜にも茜の悩みがあるのだろう。
「今度お弁当作ってきてあげましょうか?」
「はっ?いいの!?で、でも。手間かけさせる訳にはいかないわよ」
「三つ作るのも四つ作るのも一緒ですよ。お世話になるお礼だと思って食べて下さい」
「そ、そう言う事なら」
 実際特異課の隊長が栄養の偏りで力が出せないなんて洒落にならない。故にこれは必要な事だと言えるだろう。
「さて、無駄話は終わり。シュミレーションルームに行くわよ」
「はい!」
  ◇
「ここがシュミレーションルーム」
 茜に着いてきた七尾矢が部屋をぐるりと見渡す。そこには大きな装置が一つあるだけでそれ以外は何も無い広い部屋だった。
「まあ周りに色々あったら戦い辛いか」
「そうね。更に壁は訓練室と同じ性質で出来てるから存分に暴れても構わないわよ」
 少し緊張した趣で七尾矢が自然の剣を鞘から抜き取る。
「それじゃあシュミレーションを起動するわね。まずはレベル一の魔獣を倒してもらって、それが終わったらレベル二、三ってレベルを上げていくわ」
「りょ、了解です!」
 シュミレーションという未知の装置にワクワク半分不安半分で七尾矢は自然の剣を構える。
「今日はレベル十程度の魔獣を倒さないと帰さないわよ!」
「え!?」
「シュミレーション、起動」
 シュミレーションを起動する数秒前に不穏な言葉を口から出した茜が装置のボタンを押す。すると茜と大きな装置が消えて一匹の魔獣が現れる。
「きゅきゅっ!」
「嘘っ。可愛い」
 七尾矢の前に現れたのは頭に角の生えた兎のような魔獣だった。とても可愛い見た目をしているが、だからと言って気を抜く訳にはいかない。
「油断大敵。悪いけど、全力で行かせてもらうよ」
 シュミレーションなのでこの兎形の魔獣は本物ではないが少し罪悪感が湧く。が、やるしか無い。
「行けっ!」
 自然の剣から蔦を鞭の様にうねらせる。まずは様子見。直様距離を詰めたりはせずに遠距離攻撃で相手の動きを見る。
「びゃっ!」
「やっぱ速いな」
 小柄な魔獣は蔦の攻撃をジャンプして回避する。そして一直線にこちらに走ってくる。
「伸びろっ!」
「びぃぃ!」
 しかしその動きは想定通り。七尾矢は既に種を地面に埋めておいたのでその種を活性化させて伸びる樹木で魔獣の体を下から突き上げた。
「トドメっ!」
 幾ら素早い魔獣でも空中で回避は出来ない。七尾矢はしっかり狙いをつけて自然の剣で魔獣のお腹を切り裂いた。
「ぎぃぃぃ」
「ふぅ。ひとまずレベル一に負けるなんて情けない結果にはならなくて良かった」
 七尾矢が切り裂いた魔獣が少しずつ薄くなっていき最後には完全に消えた。そして茜と装置が七尾矢の視界に入る。
「あ、隊長さん!」
「ひとまずお疲れ様。悪く無い作戦だったけど、レベル一相手に慎重すぎない?」
「油断大敵ってアレグリアに散々言われたので」
 少し呆れた表情を浮かべる茜に七尾矢は恥ずかしそうに頭を掻きながら答える。
「まあそうね。慎重に越した事はないし。あ、あと私の事は茜でいいわよ」
「え?でも隊長って呼ばれたそうだったじゃないですか」
 七尾矢が見た所茜は自分の役職にそれ相応の責任感を感じている様に見えた。実際隊長と呼ばないアレグリアを少し嫌がっていた様だった。
「あー。確かに貴方が隊長って呼んでくれるのは嬉しいんだけど。慣れないのよ、特異課の誰も私の事隊長って呼ばないから」
「悲しいこと聞いちゃってすみません」
「別にいいわよ!?逆に謝らないでくれるかしら!?悲しくなるから!」
 茜は赤面しながらシュミレーションを起動させる。
「せめて起動する前に一言言ってくれません!?」
「本当の戦場ではそんな合図無いのよ!慣れなさい!!」
 言っている事は間違っていないが、どうも恥ずかしいから話を逸らす為にシュミレーションを起動したとしか思えない。
「ま、いっか」
 レベル二の魔獣が七尾矢の前に出現する。その魔獣に七尾矢は剣を振るった。
「さて、今日はここまで」
 それから数時間。何とかレベル十の魔獣を倒した七尾矢はシュミレーションルームに寝そべった。
「終わったー!あの、魔獣のレベル高すぎません?」
「何言ってんの。このシュミレーションの最大レベルは百よ」
 レベル一は難なく倒せたが、レベル三くらいから魔獣が格段に強くなっていた。更に連戦というのもあって七尾矢の体は限界寸前だ。
「明日からは十一からよ。今日は帰ってゆっくり体を休めなさい」
「隊長、茜さんは帰らないんですか?」
「この後もやる事があるの。気にせず帰りなさい」
 茜のやる事が少し気になったが体が限界なのも事実。七尾矢は茜に挨拶を済ませて帰宅の準備へ入った。
「あ、忘れ物」
 汗を拭いていたタオルをシュミレーションルームに忘れたのに気づいて来た道を戻る。
「あ」
 するとシュミレーションルームで茜が見たこともない魔獣と戦っているのが見えた。
「もしかして俺の鍛錬に付き合ったからかな」
 七尾矢が鍛錬をしなければならない様に茜も当然死なない為、人々を守る為己を鍛えなければならない。だが今日一日茜は七尾矢の指導に付きっきりだったので自らの鍛錬が出来ていなかった。
「悪い事した、なんて思わなくてもいいよ、七尾矢」
「うわぁぁぁ!?」
 突然耳元で聞き慣れた男の声がして思わず大声をだして飛び上がる。
「びっっくりした。背後から音もなく近づいてくるなよ!心臓に悪い!」
「アハハ。隙だらけの君が悪い」
 アレグリアは楽しそうに笑いながら今も尚戦闘中の茜を見る。
「新人の教育は隊長の仕事さ。例えそれが「代理」隊長だとしてもね」
 アレグリアが強く強調した代理、と言う言葉が七尾矢には何故か酷く気になった。
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