豊穣の剣

藤丸セブン

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8話 妖精の奏者

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「蔓よ、伸びろっ!」
 七尾矢が自然の剣を振るって剣から蔦を伸ばし獣達の足に絡める。
「がぁぁぁ!!?」
「茜さん!」
「成程、分かったわ!」
 獣達もバカではない。蔦が足に絡んでいるせいで上手く動けない事などすぐ分かるし鋭い爪や牙で蔦を断ち切るのも容易いだろう。だが、茜が弓矢を番える時間くらいは稼げる。
「ぐがぁぁ!」
「ぎぃぃ!?」
 次々獣達が七尾矢と茜を殺そうと襲いかかってくるが伸びたり広かったりする蔦に苦戦して上手く進めていない。その隙に茜は百発百中の雷を纏った弓矢で獣達を片付けていく。
「ちっ!知能の少ない獣共じゃあまるで役に立たねえじゃねえか!」
「構わねえよ。あいつらは俺たち人間様の盾だからな」
 七尾矢の蔦は獣には効果覿面だが異世界人の組織の人間には即座に対応されてしまう。更に彼らも同じく異界武具を持っているから茜の弓が届いたとしても弾かれてしまう。
「これヤバくないですか!?」
「そうね。まあどうにか出来なくもないけど」
「本当ですか!?」
 茜の言葉に七尾矢が目を輝かせながら答える。その瞳は凄くキラキラとしていてまるでおもちゃを買ってもらった子供の様だ。
(なっ、何よその目は!?そんな子犬みたいな目でこっちを見てきて!?)
 茜はこの特異課に入って以来尊敬という言葉と無縁の生活を送ってきた。自分が新人の頃は勿論先輩となっても生意気な後輩ややけにフレンドリーな後輩、更に慕ってくれそうな後輩も次々と命を落としていった。故に、茜にとって七尾矢の存在は格別に可愛い後輩へ見えていた。
「おほん、仕方ないわね。三十秒時間を稼ぎなさい!」
「了解!」
 茜の言葉に七尾矢は自分と茜を守る様に展開していた蔦を解除して十人程の組織の構成員の元へ走り出した。
「ちょっ!?」
 時間を稼げとは言ったがまさかそんな大胆な行動をするとは想定外だった。
「はっ!出てきやがったか!!」
 無防備に突進してくる七尾矢に敵の注目が集められ攻撃の的へなる。
「大樹よ!育てっ!」
 全員の標的が自分になった瞬間。七尾矢は自然の剣を発動。地面に落とした芽を急成長させ大樹を作り出す。
「何ぃ!?」
 その大樹の枝に捕まり標的となっていた七尾矢の体はみるみる上へ上へと上がっていく。
「今です!」
 敵全員の注目が七尾矢へと向けられ、更に七尾矢は安全な場所へと移動できた。これまでで約三十秒。考えうる中で最高の時間稼ぎだろう。
「え、ええ!」
 その時間稼ぎは敵だけでなく仲間である茜の注目まで引いていたが、茜はすぐ切り替えて弓を握る。
「雷光よ、迸れ!雷光の裁き!!!」
 茜が三本の弓矢を同時に放つとその弓矢が十人の敵を囲む様に空中で静止する。
「なんだぁ!?」
「さよならね」
 茜が指を鳴らすと同時に弓矢に溜まっていた雷撃が解き放たれ、三本の弓矢が囲っている範囲に強烈な落雷が落ちた。
「ぐぁぁぁぁぁ!!」
 各員が自らの異界武具で落雷を防ごうと異界武具を展開するがその防御は容易く落雷に破壊され、数秒後には十人の焼き焦げた体が視界に映った。
「す、すげぇぇぇぇぇ!!?」
 茜の雷光の裁きを目にした七尾矢が先程よりも眩しい瞳で茜を見る。
「そ、そうかしら?」
「ほんと凄いですよ!!こんな雷撃をあんな短い時間で撃てるとか!!凄い!カッコ良すぎる!!!」
「そ、そうね。まあこれくらいは。朝飯前よ!」
「かっけぇぇぇ!!!」
 嘘である。今のは茜最大の技。確かにチャージの時間などは少なく強力な技が撃てはするのだが。
(今ので気力を六割消耗したわ!?この後も敵が来るかもしれないのに、失敗したわね)
 今もキラキラした瞳で見てくる七尾矢が昔飼っていたペットの子犬に凄く似ていてその瞳の期待に応えなければならないと張り切ってしまった。
「どうしても可愛く見えるわね」
「ん?何か言いました?」
「いいえ何でも!?」
 様子のおかしい茜を覗き込んできた七尾矢の顔が近過ぎた為咄嗟に距離を取る。実に心臓に悪い。
「ええ。カッコいいわね。今の様な大技が私にも必要だと再認識したわ」
「誰!?」
 緩み切った頬を引き締めて聞き覚えのない声のした方向を向く。
「誰?ですって。そう。そう!私に名を尋ねたのね!?」
「え、ええ。そうよ」
 名を尋ねられたという出来事に興奮した様な少女は嬉しそうに右腕を空に掲げ、左腕で左目の覆った。
「我が名を問うとは。愚かな!だが!その愚行をその勇気に免じて見逃してやろう!そして震えろ!我が名を耳にしてっ!!」
 金色の、しかし髪の毛の上の方が黒くなっておりプリンになっている髪を揺らし少女は楽しげに口を動かす。その口上中は実に隙だらけだったのだが、何故か攻撃してはならない様な気がしたので七尾矢は警戒して強く握っていた自然の剣を下ろした。
「我が名はノワール・ブリタニア!!妖精に祝福されし救世主(メシア)にして!WORLD of the rulerの最年少幹部っ!!!付いた異名は、妖精の奏者!!!」
「え!?」
 ノワールと名乗った少女の思わぬ言葉に七尾矢が驚き茜の顔色が変わる。
「組織の幹部!?どうして急に幹部が!?あの戦争以来姿を見せなかったのに」
「それは我らが神のご好意よ。貴方達が降伏勧告を考える時間」
 降伏勧告、という単語に七尾矢は少し前に茜が話していた戦争の事を思い返す。そういえば降伏をオススメすると言い残して組織は異世界に撤退して行ったのだと。
「でも、それも今日まで。我らが神が二年という猶予を与えてあげたと言うのに。貴方達は降伏しなかった。ならば当然、実力行使よ」
 ノワールが「ククク」と楽しそうに笑いながらどこから取り出したのか手に棒の様な物を持っていた。
「開演よ、妖精達!」
 ノワールがそう言い放ち手にした棒を独特な動きで振る。
「何をしてるの?」
 茜が警戒しながら弓を構えていると、突然吹き荒れた突風に吹き飛ばされる。
「きゃぁぁ!」
「茜さん!」
 突風に呑まれた茜を七尾矢が作り上げた気の幹で掴む。しかし次は七尾矢に突風が吹き荒れ、風に殴られた様な痛みを感じながら七尾矢が地面に転がる。
「くっ!どうなってるんだ!?」
「やはりあの棒があいつの異界武具なのね」
 茜がノワールを睨みつけるとノワールが口角を上げて口を開く。
「そう。これこそが我が武具、疾風のタクト。私がこれで指揮を取る事によって疾風は我が意図を汲み取って疾風を奏でる!!」
 説明しながらもノワールの動きは止まらない。左右、上下、至る所から吹き荒れる突風に茜と七尾矢が翻弄されていく。
「アッハッハ!」
「くっ!大樹よ!!」
 風による攻撃を防ぐ為七尾矢が四方が囲まれた大樹を生成。茜と共に中へ入った。
「あら、防御へ移ったのね。でも、それもすぐに破壊してあげるわ!」
「どうしましょう!このままじゃ確実にやられます!この大樹も長く持たないし」
 こうして話している間にも大樹ご攻撃を受けて段々と脆くなっていくのが分かる。
「こうなったら一か八かの賭けに出るしかないわ。勝率は三割無い程度だけど、どうする?」
「え!?」
 七尾矢は驚愕しながらもすぐに覚悟を決めて頷く。その表情を見て茜も頷き七尾矢に作戦を伝える。
「え、何ですかその作戦」
「だから賭けだって言ってるでしょうが。実際それ以外の作戦がある?」
 茜の作戦は無茶苦茶だったが、この状況を打開する策を七尾矢は考えつかない。決行する他道がない。
「大丈夫よ。こっちに変化がある事をアレグリアやヨゾラは多分気づいてる。時間さえ稼げれば援軍が来るわ」
「それまでの時間稼ぎって事ですか。まあ、やるしかないですね!」
 丁度作戦会議が終わったタイミングで大樹が音を立てて崩れ落ちていく。
「行きます、援護お願いしますね」
「ええ、思う存分暴れて来なさい!」
 茜が七尾矢の背中を勢いよくビンタし、その茜の掌に押された様に七尾矢が駆け出した。
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