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2章 紅蓮の兄弟編
12話 新たな先輩
しおりを挟む「はぁぁぁ」
「・・・なんすか?」
「いや何、無能な上司を持つと部下は苦労するんだなって改めて実感してるんだよ」
特異課のオフィス(オフィスと言うよりは軍設備の様に思えるが)の廊下でヨゾラがため息を吐き頭を悩ませる。
「まあ、確かに茜さんもいきなりでしたよね。なんかすみません」
「そう思うならさっさと代理隊長探して辞退してきてよね。君みたいな無能は足手纏いだからさ」
七尾矢は笑顔のまま血管を浮かび上がらせる。出会った時から思っていたが、この人はどうしてこんなに人を馬鹿にしながら話すのだろうか。
「はぁ、まあ仕方ないか。ご指導よろしくお願いします」
「は?人の話聞いてた?さっさと代理探してボクの部下とかいう称号剥奪してきてよね」
「俺だってあんたの部下とか嫌だよ。でも茜さんの指示なんだから何かしらの意図があるんでしょ?」
七尾矢がそう言うとヨゾラはほんの少しポカンとした顔をして
「アハハハハハ!」
声を大にして笑った。
「・・・何すか」
「代理隊長が意図してボクに君を押し付けたと!?いや、絶対厄介払いだろ!!その証拠に君、代理隊長に避けられてたよね?」
そこを突かれると痛い。別に茜に嫌われていると思った事はない。七尾矢が入った時も熱心に指導してくれたし初陣時には七尾矢に褒められて嬉しそうにしていたのは鈍感な七尾矢でも分かった。
「その後からなんだよなぁ」
先程も言ったように七尾矢は大体人からの好意に気づく事はない。鈍感なのである。故に何故茜に避けられるようになったかなど分かるはずもない。
「とにかくボクは行く。君は代理を探すなり一人で稽古するなり好きにしなよ」
「え?ちょっと!」
七尾矢を置いてヨゾラは歩き出す。本当に七尾矢を置いて行くつもりだ。
「おいおい。それは命令違反じゃない?」
七尾矢に背を向けてオフィスから出ようとするヨゾラに笑顔の男が立ち塞がる。
「クソ道化」
「失礼だな。オレにはアレグリアって名前があるって何度言えば分かるのかな?」
アレグリアの顔を見た瞬間ヨゾラの表情が変化する。七尾矢に向けていた表情は「見下し」「面倒」などの感情が大きい嫌そうな顔だったがアレグリアは違う。その表情から窺える単語は「嫌悪」。その嫌悪はアレグリアへの呼び方からして察する事が出来る。が、道化という言葉が妙にアレグリアに合っていて七尾矢は少し笑ってしまう。
「今すぐボクの視界から消えろ。虫唾が走る」
「オレもさ。でも今君がやろうとした行為は見過ごせないな。新人でありオレの相棒である七尾矢を一人で放置って言うのは茜の命令違反だろ」
「その汚らしい口を塞げよ。死にたいのか」
しかし笑っている場合ではない。七尾矢がいつアレグリアの相棒になったのかは分からないが、この二人の睨み合いから分かった事が一つ。
「二人って、凄く仲が悪い?」
「見れば分かることを確認しなきゃいけない時点で君が無能なんだって良く分かる」
「よく分かったね!オレは仲良くしようと思ってるんだけど。このゴミガキが勝手にオレを嫌っていてね!嫉妬かな?」
七尾矢の方向を一切向かず常に睨み合いを続ける二人。その様子はまるでハブとマングース。いや、その例えではこの二人には可愛過ぎるかも知れない。
「もういい。お前、ここで死ねよ」
「やり合う気かい?こんな所で武具を出すなんて悪い子だ。そんな悪い子には、お仕置きが必要だね!」
ヨゾラが何処から取り出したのか手のひらサイズの球体を取り出したかと思ったらアレグリアが笑顔で槍を取り出す。そこで気がつく。ヨゾラが取り出した球体は異界武具なのだと。
「ちょっと!ここで武具同士のやり合いする気!?」
七尾矢の声は二人には届かない。ヨゾラが拳を握り、アレグリアが槍を大きく振りかぶる。
「そこまでです三馬鹿」
その瞬間に、三人の体は糸で拘束された。
「ちっ!邪魔するなプラム!」
「その呼び方するなって言いましたよね稲荷」
ヨゾラとアレグリア、ついでに七尾矢を拘束したのは勿論ナウラ。モスの糸の中でヨゾラは暴れ、アレグリアは苦笑いを浮かべる。
「こんな所でやり合おうとするとか馬鹿すぎます。それにそろそろ時間ですよ」
「ちっ!分かったよ」
「あ、ちゃんと七尾矢も連れて行くこと。連れて行かなかったら茜に言いつけて減給しますからね」
ナウラがそう言い残して医務室の方向へ歩いて行く。ナウラが見えなくなると三人を拘束していた糸が切れる。
「さて、分かってるねヨゾラ。七尾矢を存外な扱いしたら次は本気で槍を振るう」
「道化も代理もプラム。ナウラも何でこんな無能を気に入ってるんだよ。分かった、分かったよ」
アレグリアからの忠告を素直に受け入れてヨゾラが出口へ歩いて行く。
「何してるんだ、早く着いてこい」
「あ!はい!」
ヨゾラが一瞬だけ立ち止まりそう言うとまた直様歩き始める。七尾矢は素直にその声に従い走り始める。
「ん、待って。三馬鹿って俺も入ってる!?」
七尾矢のその叫びは既にその場にいないナウラには届かなかった。
◇
「で、何故こんな所に?」
七尾矢がタブレットを弄っているヨゾラに話しかけるが、ヨゾラは真剣な表情をしていて七尾矢の問いかけに答えてくれない。
「何なんだよもう」
七尾矢は諦めて席に着く。そう
「いらっしゃいませー!ご注文はそちらのタブレットからどうぞー」
ファミリーレストランの席に。
「あの、訓練とかいいんですか?茜さんと一緒の時は獣倒したり筋トレしたりしてたんですけど」
「君、ボクの任務も何か知らないで付いてきたのかい?」
「ええ。だって急に言われたんで」
タブレットを元の場所に戻したヨゾラが呆れ顔を見せる。やはりこの男とは仲良く出来そうにない。
「仕方ないな。軽く説明してやるよ。ボクの下に就くからにはそれなりに使える駒にしてやらないとね」
「いちいち言い方がムカつくな。なんであんたみたいな人が特異課やってんだよ」
「聞こえてるよ。人には人の事情がある。少なくとも、代理隊長に「入れ」って言われて強制的に入れられた君なんかよりも余程深い理由がある。まあ、言うつもりは無いけどね」
話す度に人を小馬鹿にする様な話し方をするヨゾラにあまり怒りを露わにしないタイプの七尾矢も我慢の限界が近くなってくる。
「そう言えば特異課の人は異世界人とこの世界の人間といるけど、異世界人がなんで特異課に入ってるのかは全然知らないな」
「ふぅん。まるでこの世界の人間はなんで入ったのか知ってるかの様な物言いだね」
「え?そりゃ入れさせられたんじゃ」
七尾矢が特異課に入る時に茜が言っていたことを思い出す。人手があまりにも足りていないから異界武具に認められた人は強制的に特異課に入れられると。しかし言われてみれば茶髪の女性、恐らくこの世界の人間であろう灯室焔という女性の加入理由は知らない。
「お待たせ致しましたー。ベリーベリー苺パフェのお客様ー!」
「え?そんなの頼んでな」
そんな時突然来た店員に驚きながらも七尾矢が対応しようとするが、ヨゾラがそっと手を上げた。
「ごゆっくりどうぞー!」
ベリーベリー苺パフェはヨゾラの前に置かれてヨゾラは慣れた手つきでスプーンを取り出して上に載っている大量の苺の一つを口に放り込む。
「何だ」
「え?いや。意外だなと思って」
「ふん」
七尾矢の言葉に反応する事はなくヨゾラはパフェをどんどん口に運んでいく。
(甘いもの好きなのか。あ、そう言えばアレグリアが言ってたな)
七尾矢はいつだったかアレグリアが言っていたことを思い出す。異世界人達はこの世界に来て初めて食べた物を苗字にすると。そしてヨゾラの苗字は稲荷。つまり稲荷寿司だ。
「可愛い所もあるんだな」
「気持ち悪いこと言うな」
ヨゾラが空になったパフェの器を置く。ヨゾラの表情は心なしか柔らかくなっている。
「お待たせ致しましたー!ベリーベリーブルーベリーパフェのお客様ー!」
「え、流石に今度のは間違い」
ヨゾラが静かに手を上げた。
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本当に、ありがとうございます。
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