愛され少女は愛されない

藤丸セブン

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9話 少女は愛したい

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「うーーーん」
 蓮は明かりの消えたリビングで唸り声を上げた。するとリビングの電気が付く。
「わっ!まぶしっ!」
「うわぁぁ!蓮、あんたいたの?電気くらいつけなさいよ」
 リビングに入ってきた寧々は蓮の存在に驚くがそのまま冷蔵庫に歩いて行き、お茶の入ったペットボトルに口をつけた。
「ん?それ私の漫画じゃん」
「あ、ごめん。でも借りるくらい別にいいだろ?」
「ん、まあね」
 暫くの間二人に沈黙が流れる。しかし不思議と気まずいとは思わない。
「あんた、悩みでもあんの?」
「え!?」
 沈黙を打ち破った寧々の質問に蓮は分かりやすく動揺する。
「な、なんで?」
「二人だけの兄弟でしょ。それくらい分かるわよ」
 寧々は少し満足そうな顔をしたが直ぐに表情を変える。
「と、言いたい所だけど。そんな漫画読んでればなんかあった事くらい分かるでしょ」
 蓮が読んでいた漫画は所謂少女漫画というやつだ。蓮は少年漫画の恋愛漫画は好んでよく読むが、流石に少女漫画は読まない。だというのに蓮の側には多くの少女漫画が積んであった。
「あ」
 少女漫画を読んでいた事に蓮は少し恥ずかしそうにするが、そんなことは正直どうでもいい。
「話してみなさいよ。話したらスッキリする事もあるかも知れないし、アドバイスくらいはしてあげるわよ」
「・・・なんか親切で怖いな」
「失礼な子ね!私は昔っから弟想いの最高のお姉さんでしょうが!!」
 寧々の言葉に蓮は過去を思い返す。高校生にもなると兄弟とは全然話さないなどと言う家族もある中寧々とは毎日会話していた。そう考えるといいお姉さんなのだろうか。
「いや、別になんでもいいか」
「は!?なんでもいいって何よ」
 弟想いのお姉さんならもう少し怒りの沸点をあげて欲しい。
「実はさ」
 蓮は寧々に今までの事を話した。花梨から告白される事、その返事に悩んでいる事を。
「ふーん。花梨ちゃんもやるわね。まあそんなに正面からかかってこられちゃあんたも正面から受けるしかないわね」
「うん。だから返事を探してるんだ」
「恋を知って、自分が花梨ちゃんに恋してるのかを確認して告白の答えを出す、か」
 蓮の覚悟を改めて口にして寧々は言い放つ。
「え!?そんなしょうもない事で悩んでたわけ!?」
「え?」
 驚きのあまり寧々は腰を下ろしていた椅子から立ち上がり叫び、蓮もそれにつられて椅子から立ち上がった。
「いや俺にとってはめちゃくちゃ深刻な話なんだが!?女の子から告白されるなんて初めての経験なんだぞ!?」
「それはそうね。私も男に告白された事ないし。ナンパされた事は何回かあるけど」
 聞いてもいないのにナンパ自慢をしてくる。そういえばこの人は黙っていると美人なのだ。
「それはいい。で、しょうもないなんて言うからには姉ちゃんは恋だの愛だのについて分かるって事だよな?それなら、それについて教えてくれよ」
「うーん。それって私の口から言ってもいいのかしら?こういうのって自分で気づかないといけないものなのかもだし」
 ここまで言っておいて寧々は伝えるかどうか悩んでいる。ここでお預けなど食らったらたまったものではない。
「アドバイスくれるって言ったじゃん。それに俺もよく考えたけど分からないって話だし」
「んー、それもそっか。じゃあ伝えてあげるわ。愛とは何なのかをね!!」
  ◇
「あー。マイクテストマイクテスト。入ってるー?」
 寧々からの答えを得た翌日。その日は遂に運命の文化祭である。出し物も決定したし映画もなんとか完成した。告白の返事は。
「ただいまよりー!第三十四回!愛立高校文化祭を開幕しまーす!!!」
 鼓膜が破れそうな放送の声に学校中の生徒が雄叫びをあげる。さあ、文化祭の開幕だ。
「男子共!チョコバナナを作れ!じゃんじゃんとだ!」
 文化祭開幕の放送が終わると直ぐにクラスの男子一同がバナナの皮を剥き、割り箸を突き刺し、チョコの海へとダイブさせる。そのチョコバナナを女子が受け取りチョコチップやホワイトチョコレートのペンで思い思いの絵を描くなどのデコレーションを施していく。
「これが私達の出し物!デコレーションチョコバナナだ!!」
「誰に向かって言ってんだ」
 冬三の事は放っておいて蓮はチョコバナナ作りに精を出す。が、ノルマは即座にクリア出来た。
「皆ご苦労!あんまり最初にチョコバナナ作り過ぎても余るかもだしひとまず終わりにします!後はグループで店番!チョコバナナの数が無くなってきたら作って追加して下さい。では!解散!!!」
 チョコバナナを出し物にした最大の理由は基本的にあまり働かなくていいからだ。お化け屋敷やカフェなどの人手が必要な出し物ではなくチョコバナナは何人か店員がいれば事足りる。
「自由時間だぜ!遊ぼうぜ蓮!」
「カリリンは今日は割と激務らしいから一日目は三人で回るぞ!上映会にはちゃんと来るらしいから泣くなよレンレン!」
 自由時間になった瞬間に二人が蓮に走ってくる。予想通り文化祭にかなり興奮している様だ。
「ああ、行こうか」
「お、珍しく乗り気か!?」
「そうこなくっちゃ!さあどこから回る!?」
 とはいえ蓮も別に楽しみにしていなかった訳ではない。二人ほどテンションは上がらないが、それなりに楽しみにはしていた。
「まずはやっぱりあそこかな」
 蓮の言葉に二人は頷く。どうやら同じことを考えていた様だ。
「いらっしゃいませー!」
 花梨のクラスの出し物、コーヒーのチェーン店の模造出し物だ。著作権的に大丈夫なのかは分からないが、それは蓮の知る良しではない。
「あ、蓮くん!来てくれたんだね!!」
「普通にこのコーヒーは好きなんだ」
「照れちゃってー。可愛い」
 花梨が少しからかうように言ってくるがそこでムキになったら本当に照れてる判定を受ける。ここは冷静に注文をしよう。
「俺キャラメルで」
「コーヒーじゃねえじゃんかよ!じゃあ俺バニラで!」
「私抹茶!」
「はーい。オーダー入りまーす!あ、キャラメルは私が愛情たっぷり込めて作るからね!」
 花梨がウインクをして奥の厨房へと消えていく。流石アイドル。客へのサービスが凄い。
「いいなー蓮。お前だけ特別待遇だ」
「本当だよー。私もカリリンに愛情込めて欲しいなー」
 両腕を二人が指で突いてくる。シンプルにうざい絡みだ。
「はいはい、お前らも作って貰えよ」
「簡単に言いやがる。冬三はワンチャンあるかもだが俺が愛情込めて貰うとか絶対無理だからな。お前限定なんだからな!」
 限定。その言葉が蓮の胸に突き刺さる。
「限定、か」
 きっと花梨は他のお客さんには愛情を込めるなどという言葉は使わないのだろう。ウインクも、何だったら会話すらせずただ黙々と注文を受けるだけなのだろう。
「そう、レンレン限定だよ。愛されてるねーこのこのぉー!」
「愛、愛されてるか」
 これが愛。一人が特別となる現象。いや、それは少し違う気がする。愛、
「くそ、姉ちゃんを信じていいのか?」
 昨晩の寧々により今の蓮は答えの一つを手に入れた。しかし今でも引っかかる。その答えでいいのかと。その答えは花梨を、そして自分自身を、幸福へと導くことの出来るものなのだろうか。
「蓮?」
「レンレン?」
 黙り込む蓮を心配する様に二人が蓮に声をかけて蓮は我に帰る。
「あ、すまんボーとしてた。何だった?」
「いや、別に何って訳じゃねえけど、蓮お前」
「お待たせ致しましたー!愛情たっぷりキャラメルフラペチーノとバニラと抹茶でーす!」
「あ、出来たか。さあ飲もうぜ」
 タイミングがいいのか悪いのか注文していた飲み物が出来上がる。花梨から注文の飲み物を受け取ると直ぐに口をつける。
「うま」
「えへへ。頑張っちゃったから当然です!」
 蓮のたった一言に花梨はとても満足そうな笑顔を見せた。
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