スティグマータ・ライセンス 〜異能者たちのバトルロイヤル〜

よもぜろ

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第八話 不完全な自立

第八話 不完全な自立 (3)

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【暴力団員か、3遺体発見 抗争視野に捜査―△△県警】

 ――本日未明、△△市の南方自動車道インターチェンジ付近の路上で、男性3名が血を流し倒れているのを通行人が発見、110番通報した。3名は市内の病院に搬送されたが、いずれも死亡が確認された。

 県警組織犯罪対策課によると、3名の身体には刃物によるものと見られる多数の刺創があり、県警は殺人事件として捜査本部を設置。被害者らの身元確認を急ぐと共に、指定暴力団「吉田組」との関連を視野に入れ、抗争の可能性も含めて慎重に捜査を進める方針――

「粛清か、それにしてもここまで徹底的にやるとはねぇ」

 真田煉華は不機嫌そうに呟くと、読みかけの朝刊を折り畳んでから机の端に放り投げた。宿直室の狭い窓からは日暮れへと傾きかけた黄色い日差しが差し込んでいる。

 読んでいた記事は凄惨な内容だが小見出し程度にしか書かれておらず、代わりに同紙一面には政治家の問題発言がこれ見よがしにデカデカと踊っていた。

 机上には他にも開封済みの便箋が一枚、雑な破かれ方をして置かれていた。差出人の名は無い。同梱されていたのは証明写真機で撮影されたような面白みのない顔写真で、見るからに悪人面をした男が一人ずつ、計三枚写っていた。彼らはメッタ刺し事件の被害者であり、つい先日真田を襲撃した加害者でもある。

「アッチもようやく本腰を入れてきた、って事かしら」

 自らに語り掛けるように呟きながら、真田は積年の汚れが染み付いた古臭い天井をじっと睨む。向こうがその気になれば、標的を始末するための手段も場所も選ばないだろう。家族や友人を人質として拉致することも、無関係な者を巻き添えにこの学校を襲撃することも厭わない。聖痕民団とはそういう組織だと、かつて特行時代に同僚だった仲間から聞いた記憶を掘り起こし、再認識した。

 ふと、窓の外から飛び込んできた歓声に意識を奪われる。運動部の活気ある掛け声がここまで響いてくるのだ。平穏な日常風景。だが、それを享受する精神的余裕は、もはや彼女の心には無かった。いや、振り返ればそんなもの最初から、教職に就こうと思い立った時から、無かったのかもしれない。

(結局のトコロ、アタシは教職に向いてなかったってことかね……)

 自嘲しようと口元を歪めるが上手く笑えず、苦虫を噛み潰したような表情になる。三年前に特行を辞め、念願の教師になるべく一から学び、晴れて転職した。なのに、やはり自分は血なまぐさい抗争の運命から逃れられないのだと、今になって諦めにも似た思いで悟っている。

(けど、ま、それでもいいさ。所詮アタシは、戦地から逃れた卑怯者だ。最後に夢見れただけでも儲けものだと思わなきゃ、死んだ仲間達に顔向けなんて出来ないわよ)

 痕印、覚醒、そして特行入り。数々の輝かしき思い出があり、それ以上の苦難と悲劇があった。謂れ無き迫害、裏切り者との決別、そして『奴ら』との生存戦争。特行という名の下で積み上げた屍体は正しく山となり、流した人血は河となった。

 当然恨みも相当買った。だから聖痕民団は彼女を仇敵と見なし、排除すべき危機として刺客を送り込んできたのだ。別段それは構わない。雑魚が何人来ようと全て叩き潰すだけだ。真田は勇壮に、かつ過剰ではない自信を持ちながらそう思う一方で、見過ごせない懸念も胸に秘めていた。それは他ならぬ教え子、赤坂秀彰のことだ。

(アタシは別にどうなったっていい。けどアイツが、この先の未来を担う若者がその割を食って死んじまうってのは、ダメだ。それだけは耐えられない)

 一時の感情で抱え込んでしまったあの生意気な子供をどうするべきか、真田は日々真剣に悩んでいた。このまま手ぬるい個人授業を続けていても、きっと良い方向へは進まないだろう。ならばさっさと特行へ預けてしまえばいい。それが最善の選択なのは、彼女も気付いている。

(……いい加減、ここいらで踏ん切りを付けるべきよね)

 すっかり冷めた珈琲で口内を濯ぐように飲んでいると、宿直室の扉がコンコンと控えめに鳴った。

「失礼します」

 やってきたのは懸念材料、もとい、大事な教え子の赤坂秀彰だ。彼は慣れた調子で上履きを脱ぐと、机を挟んで体面に座った。まるで勝手知ったる他人の家だな、と真田は内心で呆れる。

「鈴峰から何か情報は聞き出せたのかい?」
「えぇ、裏に居る組織が聖痕民団だと証言してくれました。それと、俺がソイツらの標的になった経緯も一応は」

 真田はニヤリと口端を上げ、皮肉るような調子で笑った。

「へえ、そいつは災難だったわね」
「いえ、むしろ願ったり叶ったりですよ」

 秀彰も同じく笑う。そのニュアンスは真逆だ。

「どういう意味だい、そりゃあ」
「これでますます強い痕印者達と戦える、そう考えたら胸の高鳴りが収まらないって事ですよ。瀬能とかいうガキの時も、鈴峰先輩の時も、俺は常に死と隣合わせに戦ってきた。命を賭しての駆け引き、緊迫感、これを味わっているからこそ生きているって実感するんです」
「相変わらずイカれてるわね、アンタの思考は。いいや、幼いって言うべきかしら」

 真田は粋がる教え子の考えを拒絶し、引き換えに蔑んだ視線を恵んでやった。決して共感など出来やしないと、念を押すかのように。

 しかし、それは偽物フェイクだ。真田にとって秀彰の自殺願望染みた無謀さは、かつての自分を見せられるようで疎ましかった。

 ゆえに真田は知っていた。こういう手合いは大事なモノを失うまで、信念を変えようとは思わないのだと。

「だったら真田センセ、今後はもっと実戦的な訓練を積ませてください。痕印者の世界で生き抜くためには、俺はまだまだ力不足だ」
「つまり人殺しの手段として、アタシに痕印の使い方を教わりたいってか?」

 だから敢えて真田は秀彰の心の領分まで踏み込み、神経を逆撫でする。

「……あくまで自衛目的ですけど、相手が殺す気で来るのならそれ相応の対処も覚えておかないと、やられるがままです」
「ハッ、便利な大義名分だね。命を狙われているから好き勝手に能力を行使出来る。他人も殺せる。殺人衝動を持った異常者にとっちゃ、願ったり叶ったりだ」

 バン、と手の平で丸机を叩く。先刻までの笑みはいずこか、真田の目は完全に据わっている。突然の豹変ぶりに、さしもの秀彰も気圧されて背筋をビクリと弾かせる。だが、負けず嫌いの塊で出来た男子生徒はそれくらいでは引かない。

「落ち着いてください、真田センセ。俺は何も――」
「自惚れるな。痕印者に必要なのは能力を律する意思だ。痕印とは弱者を守るための力だ。人を殺すための道具じゃない」
「けどそれはセンセの……いや、特行の考え方でしょう?」

 真田は身を乗り出し、秀彰の襟元に掴みかかる。呼吸を阻害され、苦悶の表情になっても、秀彰は反論を止めない。

「ぐっ……図星だろ、自分の正義を他人に、押し付けるな……っ!」
「あの女に、鈴峰に唆されたのか? 目を覚ませよ、赤坂」
「――違うっ!」

 力強い否定の声とともに、秀彰は真田の肘と腕を掴み返してそのまま半回転しながら彼女の身体を投げ落とした。その合気道に似た投げ技は真田が訓練中に教えた技術だが、まさか自分に返ってくるとは思っていなかった。
 畳の上に尻から着地した真田は短い悲鳴を発すと、信じられないモノを見るかのような目で教え子の顔を眺めている。

「俺は見ず知らずの弱者なんてどうでもいい。守るのは自分と周りの人間だけで充分だ。あぁそうだよ、聖痕民潭だかなんだか知らねぇが、『殺されて喜ばれる悪人』と戦えるってんならそれが俺の本望ってヤツだよ」
「……本気で言ってるのか?」
「えぇ、本気です」

 その言葉を聞いた真田は両手を脱力させ、頭もクタリと垂れさせた。だが、それはほんの数秒間だけだった。すぐに顔を上げると、感情を押し殺した声で秀彰に冷たく言い放つ。

「なら勝手にしろ。アタシはもう、アンタに教えることなんて何もない」
「……それじゃ契約違反だ。あの時、俺を一人前の痕印者にするって言ったのは嘘だったのか?」
「特行に居る昔の知り合いには、前もって話を付けてある。今後はそこで教えてもらいなさい」

 真田は立ち上がると、スーツの内ポケットから名刺のような紙切れを取り出し、強引に秀彰の手の中へと押し込んだ。そして、そのまま宿直室の外へと押し返した。

「く……ふざけんなっ! テメェ、途中で授業放棄するってんのかよっ! それでも教師かっ!」

 旧校舎の廊下に追い出されても、秀彰の怒り声は収まらない。

「なぁ、何とか言えよっ! おいっ! 真田ぁ!!」

 真田は応じず、無言のまま老朽化した扉を閉める。やがて物音を聞きつけた生徒らが集まり、秀彰を遠目から観察していたが、彼が睨みを効かせると蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

「――クソッ!!」

 秀彰は昂ぶる怒りに任せ、廊下に設置された手洗い場をガツンと強く殴りつけた。拳の皮が捲れ、鮮血が滲んでも、気分が収まるまで何度も何度も殴り続ける。

「…………」

 その悲痛な音が鳴り止むのを、真田は宿直室の扉に背を当てながら待っていた。離れていく心の距離を測るように、五本の手指をピンと伸ばしながら。

「これでいい、そうだ、これが正解なの、アタシは何も間違っちゃいない」

 やがて宿直室の周りが静かになったのを確認すると、真田は虚ろな眼差しで呟く。感情的なモノは何一つ無かった。涙さえも流さない。何故ならこれは演技だから。教え子を逆上させ、自分のもとから離れさせるための、くだらない三文芝居だ。

 不要な物は全部置き捨て、真田は着の身着のまま宿直室を後にする。暫くの間、ここへは訪れない方がいいだろう。無断欠勤が続けばそのうち懲戒処分になるだろうが、それでも構わない。

 扉を閉める前、彼女は最後にもう一度、狭い室内を眺めてみた。振り返れば此処には様々な思い出が染みのようにこびり付いている。この学校へ赴任して来た時、林の婆さんには教育指導という名目で散々絞られたのをよく覚えている。宿直当番という夜の学校に泊まる業務があると聞かされた時も、最初は怖くてたまらなかったものだ。それが今では我が家のような安心感さえある。

 後はあの――可愛げのない男子生徒との出会いも、多少は影響しているのかもしれない。

「……どうだか、ね」

 これ以上感傷的な気分に浸るのは無為だと、真田は立て付けの悪い扉を強めに閉めた。向かう先は山奥にある特行の訓練施設。あそこなら無関係な人間を巻き込まず、全力で戦えるはずだ。

「さぁて、久しぶりに大暴れしちゃいますか」

 ズレた眼鏡の位置を指で修正しつつ、焔心の魔女は歩き出す。自分と教え子の未来を守るために。
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