となりの京町家書店にはあやかし黒猫がいる!

葉方萌生

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第一話 三つ葉書店の黒猫

薬師寺詩文

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 固まったままの私に、店主はどう反応したらいいのか分からないらしく、「えっと」と口籠る。こういう時、大抵店員ならにこやかに微笑んで、お客さんの動向を見守るものだろう。だが彼は、接客に慣れていないのが丸出しな様子で目を泳がせている。店内に他にお客さんはいない。私は咄嗟に「黒猫!」と口走った。

「黒猫?」
 
 と訝しげな様子で私の顔を見つめ返す店主。私は、「は、はい!」とこちらまで吃りながら答えた。

「昨日、この店から黒猫ちゃんが出てきたんですけど、看板猫ちゃんでしょうか? 今日は、いないみたいですね」

「看板猫……? いえ、猫は飼ってませんし、飼う予定もないですが!」

「え、そうなんですか。じゃああの子は野良猫だったのかな……」

 残念。動物の話ならば会話下手な店主でもノリノリで話してくれるかもしれないと期待していたのだけれど。現実はそう甘くはないらしい。昨日『三つ葉書店』から出てきた黒猫はただの野良猫だったようだ。

「ああ、でも、猫は好きですっ! 猫パンチとか、食らってみたいですっ」

「猫パンチ? 失礼ですがどんな趣味してるんですか?」

「え、だって可愛くないですか、猫パンチ。可愛い猫ちゃんに、パンチされるぐらい関心を寄せてもらえるんです。大抵の猫は人間見たら逃げちゃうじゃないですか。それなのに、パンチですよ。あんなの頂戴しちゃったら、速攻で落ちる自信があります」

「はあ」
 
 ……ダメだこりゃ。
 大人の男の人と会話をしているはずなのに、上手く噛み合わない。だいたいこの人、何歳なんだろう? 見たところ私よりは年上に見える。二十代後半か、三十代前半か。そんな血気盛んな時期に、こんな場所でどうして書店なんか……。

「あの、店長さん、ですよね?」

「僕ですか? え、ええ。こんななりですが、一応店長です」

「ですよね。どうしてここに書店を開こうと思ったのか、聞いてもいいですか」

 初対面にしては込み入った質問かもしれない。けれど、お隣さんになるのだから、それぐらいのことは知っておきたかった。純粋に気になったことを聞かずにはいられなかったというのもある。というか、ほとんど好奇心だ。

「それは……単に京都が好きだからです」

「……へ?」

 あまりにも単純な答えに、私は拍子抜けしてしまった。もっと、たとえば文学や歴史にゆかりのある地で本屋を開きたかったとか、マーケティング的にこの場所がいいと知っているとか、そういう答えを期待していたんだけれど。
 彼が語る理由は至極単純で、だけど京都生まれ京都育ちの私にとってはちょっぴり嬉しかったのは言うまでもない。

「そうなんですねー……。でもここ、こんな感じの通りですし、お客さん来るかどうか分からないですよ……?」

「うーん、確かに、言われてみればそうだなって、思います。一応下見はしたんですけどねえ。この辺の落ち着いた京都らしい雰囲気が気に入ってしまって。ははは、あまり深く考えずに店、構えちゃいました」

 てへ、という可愛らしい笑い声が聞こえてきそうな口ぶりで、彼は長い髪の毛をぽりぽりと掻いていた。私は、この独特で掴みどころのないペースで会話を繰り広げる店主のことを、気づいたらじっと見つめてしまっていた。

「初対面なのに色々と質問してしまってすみません。私、隣のそば屋で働いている月見彩葉と言います。一応、跡取り娘です。どうぞよろしくお願いします」

 ようやく私が正体を明かしたところで、店主は「それはそれは」と頭をへこへこ下げた。

「お隣さんなのに、挨拶できておらず、申し訳ありません! 僕は薬師寺詩文やくしじしもんと申します。これからよろしくお願いしますっ」

 時々おかしな調子になりながらも、勢いよく自己紹介をしてくれた。
 それにしても、薬師寺詩文だなんて、なんて素敵な名前なんだろう。 
 まるで本当に俳優さんみたいだ。私は、薬師寺さんに頭を下げて、「こちらこそ」と返答した。

「またちゃんとご挨拶に伺います! ちょっとバタバタしていて、なかなか伺うことができなくて……」

「いえ、お気になさらず。あ、母はそういうの気にするんですけど、私は気にしないので。また来ますね」

「あ、ありがとうございますうう!」

 最後までその美しい容姿と名前に似つかわしくない喋り口調で、私を送り出してくれた薬師寺さん。変わった人だったけれど、話をするのは楽しかったな。そんなふうに思うなんて考えてもいなくて、自分自身に驚く。
 今度は本でも買いに来よう。
 活字にはあまり慣れていないのだけれど、お隣さんのよしみだし。
 それに、もっと薬師寺さんと仲良くなりたい——密かにそんな気持ちが芽生えていることに、お店を出たあとに気づいてしまった。
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