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第二話 三つ葉書店の大躍進
あやかし猫も恋に落ちる?
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「え——」
突然視界に黒い毛並みが映り込んだことで、私は二、三歩、詩文さんのいるレジ前から後ずさる。「どうかしましたか?」という彼の言葉に、「猫が、」と咄嗟に声を上げた。
「猫? 急にどうしたんですか」
「いや、猫がそこに……」
あやかし黒猫のモナが、レジ横にすんと鎮座して私の方をじっと見ていた。なんだなんだ。突然来るなんて聞いてないぞ。いや、モナからすれば私が今日『三つ葉書店』にいることも「聞いてない」話なんだろうけれど。どうして我が物顔でそんなところに座ってるの……!?
今すぐ彼女に問いただしたい気持ちになったが、詩文さんにはモナのことが見えていないようだった。
そうか。そういえばこの間会った時、猫の姿だと普通の人間には見えないって言ってたな……。
でも、そもそもどうしてわざわざ『三つ葉書店』に姿を現すの?
聞きたいことが喉元まで出かかったけれど、やめておく。モナと会話なんて始めたら、詩文さんに頭がおかしいやつだと思われるかもしれない。詩文さんだって十分おかしな人だけれど、何もない空間に向かって喋りかける人間の方がずっと変だ。
「えっと、すみません。猫じゃなくてイタチが入ってきたみたいです。でもすぐに出て行きました」
「イタチ!? こんなところにいるんですか」
「結構いますよー? そういえば詩文さんはこの辺の人じゃないですもんね。もともとどこに住んでたんですか?」
「僕は神奈川の川崎市出身です。生まれも育ちもずっと川崎。この春から京都に来たので、いろいろと新鮮で……」
「なるほど。神奈川ではイタチ、見ないんですね」
「少なくとも僕は見たことがないだけで。まあ、実際はいたのかもしれませんが……」
人間のお客さんは来ないのに、珍しい動物はやって来ることに辟易している様子で彼はため息をついた。なんだか私の方まで胸が痛くなってくる。真新しい本たちが、早くお客さんに手に取ってくれるのを待ち望んでいるような気がした。
モナは私たちの会話にじっと耳を傾けているのか、人語で私に喋りかけてくることはなかった。だが、時折こちらに視線を向けて何か言いたげな表情はしている。その目が、恋敵に対して嫉妬の光を湛えているような気がしてぎょっとする。
いや、そんな。まさか、ねえ……。
モナに限ってそんなことあるわけない。だって彼女はあやかし猫だし? いくら人間に化けられるとはいえ、人間に恋をしているとは思えない。
でも、だけど。
私は、レジの前で悶々としている様子の詩文さんをチラリと見つめる。
垂れ下がったわずかばかりの前髪がヘアオイルで湿っているように艶を帯びている。相変わらず長い髪の毛を後ろで一つに括っているスタイルはずっと変わらない。和服姿も、いつも通りだ。黙り込んでいる彼を眺めれば、やっぱり舞台俳優みたいに作り物めいていて美しい。
詩文さんになら、あやかし猫だって恋に落ちてしまうのかもしれない……。
特に、彼と会話をしていない状態なら、彼のしどろもどろな喋りにも触れていないのだし。この美しい外見で、あの喋り方だからこそ、私はあまり緊張せずに会話ができているのだ。これが会話までスマートで格好良い男なら、そもそもここまでお近づきになれていない。
私は、試すように今度はモナの方をじっと見つめた。彼女は尻尾をゆっくり振るだけで、胴体は微動だにしない。私たち二人の動向を静かに見守る美しい猫——いい子ちゃんのフリをされているようで、ちょっぴり不服だった。
突然視界に黒い毛並みが映り込んだことで、私は二、三歩、詩文さんのいるレジ前から後ずさる。「どうかしましたか?」という彼の言葉に、「猫が、」と咄嗟に声を上げた。
「猫? 急にどうしたんですか」
「いや、猫がそこに……」
あやかし黒猫のモナが、レジ横にすんと鎮座して私の方をじっと見ていた。なんだなんだ。突然来るなんて聞いてないぞ。いや、モナからすれば私が今日『三つ葉書店』にいることも「聞いてない」話なんだろうけれど。どうして我が物顔でそんなところに座ってるの……!?
今すぐ彼女に問いただしたい気持ちになったが、詩文さんにはモナのことが見えていないようだった。
そうか。そういえばこの間会った時、猫の姿だと普通の人間には見えないって言ってたな……。
でも、そもそもどうしてわざわざ『三つ葉書店』に姿を現すの?
聞きたいことが喉元まで出かかったけれど、やめておく。モナと会話なんて始めたら、詩文さんに頭がおかしいやつだと思われるかもしれない。詩文さんだって十分おかしな人だけれど、何もない空間に向かって喋りかける人間の方がずっと変だ。
「えっと、すみません。猫じゃなくてイタチが入ってきたみたいです。でもすぐに出て行きました」
「イタチ!? こんなところにいるんですか」
「結構いますよー? そういえば詩文さんはこの辺の人じゃないですもんね。もともとどこに住んでたんですか?」
「僕は神奈川の川崎市出身です。生まれも育ちもずっと川崎。この春から京都に来たので、いろいろと新鮮で……」
「なるほど。神奈川ではイタチ、見ないんですね」
「少なくとも僕は見たことがないだけで。まあ、実際はいたのかもしれませんが……」
人間のお客さんは来ないのに、珍しい動物はやって来ることに辟易している様子で彼はため息をついた。なんだか私の方まで胸が痛くなってくる。真新しい本たちが、早くお客さんに手に取ってくれるのを待ち望んでいるような気がした。
モナは私たちの会話にじっと耳を傾けているのか、人語で私に喋りかけてくることはなかった。だが、時折こちらに視線を向けて何か言いたげな表情はしている。その目が、恋敵に対して嫉妬の光を湛えているような気がしてぎょっとする。
いや、そんな。まさか、ねえ……。
モナに限ってそんなことあるわけない。だって彼女はあやかし猫だし? いくら人間に化けられるとはいえ、人間に恋をしているとは思えない。
でも、だけど。
私は、レジの前で悶々としている様子の詩文さんをチラリと見つめる。
垂れ下がったわずかばかりの前髪がヘアオイルで湿っているように艶を帯びている。相変わらず長い髪の毛を後ろで一つに括っているスタイルはずっと変わらない。和服姿も、いつも通りだ。黙り込んでいる彼を眺めれば、やっぱり舞台俳優みたいに作り物めいていて美しい。
詩文さんになら、あやかし猫だって恋に落ちてしまうのかもしれない……。
特に、彼と会話をしていない状態なら、彼のしどろもどろな喋りにも触れていないのだし。この美しい外見で、あの喋り方だからこそ、私はあまり緊張せずに会話ができているのだ。これが会話までスマートで格好良い男なら、そもそもここまでお近づきになれていない。
私は、試すように今度はモナの方をじっと見つめた。彼女は尻尾をゆっくり振るだけで、胴体は微動だにしない。私たち二人の動向を静かに見守る美しい猫——いい子ちゃんのフリをされているようで、ちょっぴり不服だった。
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