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第二話 三つ葉書店の大躍進
期待しないでください
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「ひとまずお客さん、いなくなったね。あ~疲れたっ」
『三つ葉書店』の店員でもないのに、どっと疲れが押し寄せる私。詩文さんは「あわわわ、すみません!」と私に向かって勢いよく頭を下げた。
「彩葉さん、せっかくの休憩時間だったのに手伝わせてしまって申し訳ないですっ」
「いや、いいんです。私が勝手にしたことですから! 頭を上げてください~」
そうだ。詩文さんの様子が気になって『やよい庵』での仕事の休憩時間にここに来たのは私の選択だ。まあ、さすがにこんなに動き回るとは思っていなかったけれど。
私は横目でチラリとモナの方を見る。行儀良くちょこんと座っている彼女は、当たり前だけど私のように息は上がっていない。あやかし猫だし疲れるという概念がないのだろう。今この瞬間だけ私もあやかし猫になりたいなんて、馬鹿なことを思った。
「それはそうと詩文さん、売り上げはどうなりました!?」
私は、今一番気になっていることを彼に尋ねた。「あっ」と思い出したように、顔を上げた彼は急いでレジ画面を操作する。
「156,000円……。うそ、たった四時間で!?」
表示された金額を読み上げて、詩文さんが絶句する。私も純粋に驚いた。今日という一日——いや、正確にはお店がオープンしてから四、五時間で十五万円を超えるとは。ついこの間まで、毎日売り上げが一万円も満たなかったことを思うと、ものすごい進歩だ。
「やったじゃん! すごいよ。今日だけで巻き返してる!」
「ほ、ほほほんとですねえ!! いや~びっくりしました。彩葉さんのおかげですっ。ありがとうございます!」
「いや……私のおかげでは、ないですけど」
傍に座っているモナに視線を向けながら、私は曖昧に笑った。詩文さんにはモナの姿が見えていないから、そりゃ私がせっせとお客さんにおすすめの本を運んでいたようにしか思えないだろう。この状況を説明できないもどかしさに、やきもきした。
「何をおっしゃいますか! 彩葉さんがいなかったら僕、とっくに倒れてました」
「はは……。そこまではいかないと思いますけど。でも倒れなくて良かったです」
「本当に、なんとお礼を言ったらいいか……」
「だから、そういうの大丈夫ですって! 代わりにうちに食べに来てくれますよね?」
「も、もちろんです。今日の晩にでも伺います!」
「それは楽しみです~」
今日のこの感じならば、本当に今晩にでも詩文さんが『やよい庵』に来てくれるかもしれない。お母さんも気になってるって言ってたし、ちょうど良いかも。
「それにしても彩葉さん。本にお詳しいんですね」
「え? わ、私ですか? いや、それほどでも~……」
これには何と答えたらいいか分からなくて迷った。
まさか、「ここにいるあやかし黒猫が教えてくたんです」と正直に答えるわけにもいかないし。だからと言って、あまり本の知識を問われるのも都合が悪い。なんて言ったって、私はひと月に一冊の本も読まない人間なのだ。せいぜい雑誌や漫画ぐらい。本に詳しいなんて思われたら、この先やっていきづらくなる。
「いやいや、あれだけお客さんにおすすめの本を教えてあげられるのは、詳しい証拠ですよ! まいったな、僕なんかよりずっと書店員に向いてる気がします……」
「ち、違うんです。今日はたまたま、本好きの友達から趣味の本を熱弁された後だったので、おすすめできただけですっ。きっと明日からは無理です」
「そうだったんですか。ではお友達の方が、すごく本に造詣が深い方なんですねえ」
「そうです、そうです。だから期待しないでくださいね……?」
すがるようなまなざしで、詩文さんを見つめる。ああ、なんでこんなことになってしまったんだ。とはいえ、詩文さんを助けたいと思ったのも、モナの言うことを聞いてあの場を切り抜けようとしたのも自分の選択だ。後悔はしていない。
私たちの会話をどんなふうに受け止めたのか、モナはじっと澄ました顔で座っているだけだった。心なしか、詩文さんの方を見つめる彼女の瞳が、彼を思慕するように見えたのは気のせいだろうか。
「それじゃあ私、お店戻らなきゃいけないのでこの辺で失礼します! またお客さんがたくさん来たら呼んでください。本のおすすめはもうできないかもですが、お手伝いくらいならできますからっ」
「ありがとうございます! はい、頼りにさせていただきます」
詩文さんに頭を下げて、『三つ葉書店』を後にする。お店の前で、ちらちらとこちらを伺っているお客さんが何人かいて、まだまだ賑わいそうだと嬉しくなった。
後ろを振り返ってみると、モナはまだ詩文さんの隣にちょこんと座っていた。
今日はずっと詩文さんのそばにいるつもりなんだろうか。
詩文さん一人だとやっぱり少し心配だし、モナがいてくれた方が安心かな——なんて、彼女に期待している自分がいてはっとする。
詩文さんはモナのこと見えないじゃない。
モナが助け舟を出しても、詩文さんは気づかない。だから、モナがいれば安心というわけにはいかないんだった。
まあでも、だーれもいないよりはましよね……?
なんとか自分を納得させて、私は『やよい庵』へと戻った。
『三つ葉書店』の店員でもないのに、どっと疲れが押し寄せる私。詩文さんは「あわわわ、すみません!」と私に向かって勢いよく頭を下げた。
「彩葉さん、せっかくの休憩時間だったのに手伝わせてしまって申し訳ないですっ」
「いや、いいんです。私が勝手にしたことですから! 頭を上げてください~」
そうだ。詩文さんの様子が気になって『やよい庵』での仕事の休憩時間にここに来たのは私の選択だ。まあ、さすがにこんなに動き回るとは思っていなかったけれど。
私は横目でチラリとモナの方を見る。行儀良くちょこんと座っている彼女は、当たり前だけど私のように息は上がっていない。あやかし猫だし疲れるという概念がないのだろう。今この瞬間だけ私もあやかし猫になりたいなんて、馬鹿なことを思った。
「それはそうと詩文さん、売り上げはどうなりました!?」
私は、今一番気になっていることを彼に尋ねた。「あっ」と思い出したように、顔を上げた彼は急いでレジ画面を操作する。
「156,000円……。うそ、たった四時間で!?」
表示された金額を読み上げて、詩文さんが絶句する。私も純粋に驚いた。今日という一日——いや、正確にはお店がオープンしてから四、五時間で十五万円を超えるとは。ついこの間まで、毎日売り上げが一万円も満たなかったことを思うと、ものすごい進歩だ。
「やったじゃん! すごいよ。今日だけで巻き返してる!」
「ほ、ほほほんとですねえ!! いや~びっくりしました。彩葉さんのおかげですっ。ありがとうございます!」
「いや……私のおかげでは、ないですけど」
傍に座っているモナに視線を向けながら、私は曖昧に笑った。詩文さんにはモナの姿が見えていないから、そりゃ私がせっせとお客さんにおすすめの本を運んでいたようにしか思えないだろう。この状況を説明できないもどかしさに、やきもきした。
「何をおっしゃいますか! 彩葉さんがいなかったら僕、とっくに倒れてました」
「はは……。そこまではいかないと思いますけど。でも倒れなくて良かったです」
「本当に、なんとお礼を言ったらいいか……」
「だから、そういうの大丈夫ですって! 代わりにうちに食べに来てくれますよね?」
「も、もちろんです。今日の晩にでも伺います!」
「それは楽しみです~」
今日のこの感じならば、本当に今晩にでも詩文さんが『やよい庵』に来てくれるかもしれない。お母さんも気になってるって言ってたし、ちょうど良いかも。
「それにしても彩葉さん。本にお詳しいんですね」
「え? わ、私ですか? いや、それほどでも~……」
これには何と答えたらいいか分からなくて迷った。
まさか、「ここにいるあやかし黒猫が教えてくたんです」と正直に答えるわけにもいかないし。だからと言って、あまり本の知識を問われるのも都合が悪い。なんて言ったって、私はひと月に一冊の本も読まない人間なのだ。せいぜい雑誌や漫画ぐらい。本に詳しいなんて思われたら、この先やっていきづらくなる。
「いやいや、あれだけお客さんにおすすめの本を教えてあげられるのは、詳しい証拠ですよ! まいったな、僕なんかよりずっと書店員に向いてる気がします……」
「ち、違うんです。今日はたまたま、本好きの友達から趣味の本を熱弁された後だったので、おすすめできただけですっ。きっと明日からは無理です」
「そうだったんですか。ではお友達の方が、すごく本に造詣が深い方なんですねえ」
「そうです、そうです。だから期待しないでくださいね……?」
すがるようなまなざしで、詩文さんを見つめる。ああ、なんでこんなことになってしまったんだ。とはいえ、詩文さんを助けたいと思ったのも、モナの言うことを聞いてあの場を切り抜けようとしたのも自分の選択だ。後悔はしていない。
私たちの会話をどんなふうに受け止めたのか、モナはじっと澄ました顔で座っているだけだった。心なしか、詩文さんの方を見つめる彼女の瞳が、彼を思慕するように見えたのは気のせいだろうか。
「それじゃあ私、お店戻らなきゃいけないのでこの辺で失礼します! またお客さんがたくさん来たら呼んでください。本のおすすめはもうできないかもですが、お手伝いくらいならできますからっ」
「ありがとうございます! はい、頼りにさせていただきます」
詩文さんに頭を下げて、『三つ葉書店』を後にする。お店の前で、ちらちらとこちらを伺っているお客さんが何人かいて、まだまだ賑わいそうだと嬉しくなった。
後ろを振り返ってみると、モナはまだ詩文さんの隣にちょこんと座っていた。
今日はずっと詩文さんのそばにいるつもりなんだろうか。
詩文さん一人だとやっぱり少し心配だし、モナがいてくれた方が安心かな——なんて、彼女に期待している自分がいてはっとする。
詩文さんはモナのこと見えないじゃない。
モナが助け舟を出しても、詩文さんは気づかない。だから、モナがいれば安心というわけにはいかないんだった。
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なんとか自分を納得させて、私は『やよい庵』へと戻った。
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