恋した悪役令嬢は余命一年でした

葉方萌生

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第三話 残された時間の使い道

向き合いたい人

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 病室で朝を迎えるのには慣れている。カーテンを開けると、朝日の眩しさに思わず目を瞑った。

「おはようございます、ルミさん」

 朝六時、検温のためにやってきた看護師が明るい笑顔を向けてくれる。私はそんな彼女に同じように明るく返事をすることができない。寝不足なこともあり、頭がぼうっとしていた。

「ルミさん、今日、面会したいとおっしゃっている方がいるみたいですよ」

「面会……?」

 検温と血圧測定を終えた看護師が私にそう告げた。はて。この世界で私に面会を申し出る人なんているのだろうか。現実ならば家族が面会に来ることはよくあったが、身寄りのない私に、一体誰が?
 咄嗟に思い浮かんだ公爵の顔を、必死に頭の中でかき消す。
 そんな、ありえない、ありえない。
 公爵は日々公務に勉強にと忙しい方だ。イーギス国の国民でもない私の身を案じて訪ねに来てくれるなんて、そんなこと。
 と、頭では否定しつつも、心のどこかで期待をしてしまっている自分がいる。

「お昼過ぎに来られるみたいです。あ、それと、その後先生があなたと話したいとおっしゃっていたので、そっちもよろしくお願いします」

「はい、分かりました」

 エクシア医師が話したいというのは今後の治療方針についてだろう。時間をくださいと言って受け入れてくれたわりに一日しか時間をくれなかったのは、私の病気の症状が切迫している証拠だ。
  それにしても、私と面会したいという人物は一体誰なんだろう。
 朝から昼食が運ばれてくるまでずっとそのことが頭から離れなかった。

 ご飯を食べ終えてささっと髪を梳かしていると、病室の扉がノックされた。

「こんにちは。僕です。入ってもいいでしょうか?」

「こんにちは——って、え!? もしかしてハーマス公爵?」

 病室の外から聞こえてきたのはなんと、紛れもなくハーマス公爵のものではないか。
 私は驚いて心臓が飛び跳ねる。いや、実際身体がベッドの上で跳ねた。

「はい。ハーマスです。あの、入るのはまずいでしょうか? だったら出直してきますが——」

「い、いえ、大丈夫です! せっかくお越しいただいたのにお帰りいただくなんてそんなこと! 入ってくださいっ」

 動揺しながらも公爵に中に入るように促した。
 うう、こんなことなら化粧の一つでもしておけばよかったな——なんて後悔が過ぎる。でも、「失礼します」と言って私の前に現れた凛とした佇まいの公爵を目にすると、少しの失態くらいどうってことないと思えた。
 つまり嬉しかったのだ。
 公爵が一番にお見舞いに来てくれたこと。私なんかのために、忙しい時間を割いてくれたこと。その事実だけで、舞い上がりたい気持ちになった。

「ルミさん、お久しぶりです。調子はいかがですか?」

「お、お久しぶりです。昨日目が覚めたばかりでまだなんとも言えませんが……わ、わりと元気です」

 嘘をついた。余命一年の心臓病を抱えた人間が、元気なはずがない。でも、せっかく来てくれた公爵に余計な心配をかけるのは嫌だった。
 公爵は私の返事を聞いて、ふっと目元を細めた後、静かにこう言った。

「嘘ですね」

 淡々とした口調の中に、切なさが滲んでいた。意表を突かれた私は「え?」と目を丸くする。

「すみません。あなたが倒れた時、ICUに運ばれたのを知っているんです。それからぴったり二週間も眠っていました。そんなあなたが、目覚めたばかりで元気だというのは僕のことを気遣ってくれているんでしょう?」

「公爵……」

 公爵の瞳はとてもまっすぐに私の目を見据えていた。
 彼の指摘はまさにその通りすぎて、私は咄嗟に嘘で言い返すことができない。

「やはり、良くないんですね。ルミ、これが大変不躾なお願いだとは分かっています。でも教えてほしいのです。あなたは一体どんな病気を抱えているんですか……? 僕はルミのことが大切で、あなたのすべてを知っていたいと思うのです。気持ち悪いと思うかもしれませんが、それが本心です」

 公爵のまっすぐな言葉が私の胸に突き刺さる。
 公爵の言葉にはいつも嘘がない。私のすべてが知りたいという気持ちだって、普通なら口にできないような言葉だ。それでも公爵は私と正面から向き合おうとしている。彼が背負っているものの大きさを考えたら、それがどれだけ異常なことなのか、馬鹿な私にも理解することができた。

「公爵、私は……」

 口元がガクガクと震えて、すんでのところで病気のことを告白しようか迷った。公爵の顔を見上げる。彼は「ゆっくりでいいから」と言わんばかりの慈愛に満ちた表情で私を見つめていた。私は、そんな彼のまなざしに導かれるようにして、ごくりと生唾を飲み込む。

「私は、心臓の病気なんです。余命一年だって宣告されました」

 なんとか震える声を抑えて事実を告げる。
 公爵の瞳が次第に大きく見開かれていくのをじっと見つめていた。
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