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馬車に揺られて、二日が過ぎた。
王都を離れるにつれ、景色は少しずつ変わっていった。壮麗な建築物は素朴な農家に、石畳の道は土の轍に。窓の外に広がるのは、どこまでも続く緑の丘陵と、点在する小さな村々だ。
セレスティアは何度も深呼吸をした。
王都の空気は、いつも何かに縛られているような重さがあった。しかしここでは、風が違う。草と土の匂いを含んだ、自由な風だ。
御者が声をかけてきた。
「お嬢様、もうすぐグリーンヒル村ですよ」
「ありがとう」
馬車が最後の丘を越えると、眼下に小さな村が現れた。
石造りの家々が数十軒、なだらかな谷間に寄り添うように建っている。中央には小さな広場があり、その周りに雑貨屋や酒場らしき建物が見える。遠くには森が広がり、その向こうにはうっすらと山々の稜線が見えた。
これが、グリーンヒル村。
祖母が最後の十年を過ごした場所。
馬車が村の入り口で止まると、人々の視線がセレスティアに集まった。
農作業の手を止めた男たち、井戸端で話していた女たち、遊んでいた子供たち。皆が一様に、見慣れない豪華な馬車と、そこから降り立つ若い女性を凝視している。
セレスティアは居心地の悪さを感じながらも、背筋を伸ばして立った。
旅用とはいえ、彼女の服装は明らかに上質だ。仕立ての良い濃紺のワンピースに、革の旅行鞄。どこからどう見ても、この村には不釣り合いな都会の令嬢である。
「あんた、何しに来たんだい」
太った中年の女性が、遠慮なく声をかけてきた。
「この村に用があるようには見えないけど」
「私は……セレスティアと申します。エルザ・フォン・ヴァイスベルクの孫です」
「エルザ様の?」
女性の目が丸くなった。
「ああ、あの丘の上の屋敷の! でも、エルザ様は三年前に亡くなったはずだよ」
「はい。祖母の屋敷を受け継ぎましたので、しばらくそちらで暮らそうかと」
「暮らす? 都会のお嬢様が、あんなところで?」
女性は信じられないという顔をした。周りに集まってきた村人たちも、同じ表情だ。
「あの屋敷は三年間、誰も住んでいないんだよ。荒れ放題さ。あんたみたいな人が暮らせる場所じゃないね」
「それでも、行ってみます」
セレスティアは丁寧に頭を下げた。
「祖母の屋敷への道を教えていただけますか」
教えられた道を、馬車は進んだ。
村の中心部から外れ、緩やかな丘を登っていく。道は次第に細くなり、両側から木々が迫ってくる。
やがて、木立の向こうに屋敷が見えた。
二階建ての石造りの建物。決して大きくはないが、かつては瀟洒な佇まいだったのだろう。しかし今は、その面影はほとんど残っていない。
壁を覆う蔦は伸び放題、屋根の一部は苔むし、庭は雑草に埋もれている。窓ガラスは曇り、玄関の扉は色褪せている。
まるで、眠りについた廃墟のようだった。
「……これは」
セレスティアは言葉を失った。
覚悟はしていたつもりだった。しかし、実際に目の当たりにすると、その荒廃ぶりは想像以上だった。
御者が心配そうに言った。
「お嬢様、本当にここで降りるのですか? 王都にお戻りになった方が……」
「いいえ」
セレスティアは首を横に振った。
「ここで降ります。馬車は王都に戻ってください」
「しかし」
「大丈夫です」
大丈夫ではないことは、自分が一番分かっている。しかし、今さら引き返すわけにはいかなかった。
荷物を降ろし、馬車を見送った後、セレスティアは一人で屋敷の前に立った。
祖母の遺品の中にあった鍵を取り出し、玄関の鍵穴に差し込む。錆びついた鍵は固く、何度か力を込めてようやく回った。
扉を開けると、埃っぽい空気が流れ出てきた。
玄関ホールは薄暗く、蜘蛛の巣があちこちに張っている。家具には白い布がかけられているが、その布自体が埃で灰色に変わっていた。
セレスティアは一歩、また一歩と中に入った。
床板が軋む音が、静寂の中に響く。窓から差し込む弱い光が、舞い上がる埃を照らしている。
リビングらしき部屋に入ると、暖炉と古びたソファがあった。壁には祖母の肖像画が掛かっている。埃を被っているが、優しく微笑む祖母の顔ははっきりと分かった。
「おばあ様……」
セレスティアは肖像画に手を伸ばした。
「私、来ましたよ」
返事があるはずもない。しかし、肖像画の祖母は穏やかに微笑んでいるように見えた。
荷解きを済ませ、セレスティアは掃除を始めた。
雑巾を絞り、窓を拭き、床を掃く。単純な作業だが、貴族の令嬢として育った彼女には初めての経験だった。
すぐに手のひらが赤くなった。腰が痛み、汗が額を流れる。
一時間も経たないうちに、彼女は疲労困憊になっていた。
「こんなに……大変だなんて」
掃除したのはまだ玄関ホールとリビングの一部だけ。残りの部屋、二階、庭……途方もない作業量が残っている。
実家では、こうした仕事は全て使用人がしてくれた。セレスティアは指一本動かす必要がなかった。
その当たり前だと思っていたことが、どれほど恵まれていたか。初めて思い知らされた。
しかし、後悔はなかった。
汗を流し、体を動かしていると、不思議と頭の中が空っぽになる。王太子のこと、婚約破棄のこと、社交界の噂——そうした全てが、一時的に遠ざかっていく。
それは、ある意味で救いだった。
夕暮れが近づき、セレスティアは庭に出た。
荒れ果てた庭は雑草で埋め尽くされているが、所々に花の名残が見える。かつて祖母が手入れしていた花壇の跡だろうか。
古い井戸を見つけ、水を汲み上げた。錆びついた滑車が悲鳴を上げるが、何とか水は出る。
その水で顔を洗い、セレスティアはため息をついた。
一人だ。
本当に、たった一人きりだ。
王都では常に誰かがいた。使用人、両親、家庭教師、友人と呼べるかどうか分からない令嬢たち、そして婚約者。一人になる時間など、ほとんどなかった。
こうして完全に一人きりになるのは、生まれて初めてのことだった。
寂しさと、そして不思議な解放感が、同時に胸を満たす。
ふと、足元に気配を感じた。
見下ろすと、一匹の三毛猫がいた。
痩せぎすの体に、警戒心に満ちた目。しかし、セレスティアをじっと見上げている。
「まあ、猫……」
セレスティアは自然と笑みを浮かべた。
「どこから来たの?」
しゃがんで手を伸ばす。猫を撫でようとした——瞬間、鋭い痛みが走った。
「痛っ!」
猫が引っ掻いたのだ。セレスティアの手の甲に、三本の赤い線が浮かび上がる。
猫はすぐに身を翻し、庭の端へ走っていった。低い垣根を越え、隣の敷地へと消えていく。
セレスティアは引っ掻き傷を押さえながら、思わず猫を追いかけた。
隣の敷地には、この村には珍しく手入れの行き届いた建物があった。
平屋建てで、窓には清潔そうなカーテンがかかっている。玄関先には薬草らしき植物が植えられた鉢が並び、どこか清潔感のある佇まいだ。
三毛猫は、その玄関の前で座っていた。
セレスティアが近づこうとした時、扉が開いた。
現れたのは、黒髪の青年だった。
年齢は二十代後半だろうか。無精髭を生やし、無愛想な顔つきをしている。切れ長の目は冷たく、セレスティアを見ても表情一つ変えない。
青年は無言で三毛猫を抱き上げた。猫は彼の腕の中で、初めて安心したように目を細める。
「あの」
セレスティアは声をかけた。
「その猫が、私の庭に……」
「知っている」
青年が短く答えた。
「この猫はこの辺りを縄張りにしている」
「さっき、撫でようとしたら引っ掻かれてしまって」
「当然だ」
青年は素っ気なく言った。
「この猫に構うな。人間嫌いだから」
その言葉には、どこか自分自身のことを言っているような響きがあった。
セレスティアは戸惑いながらも、礼儀正しく名乗った。
「私はセレスティアと申します。隣の屋敷に住むことになりました。よろしければ、お名前を」
「……ノア」
青年はそれだけ言うと、猫を抱いたまま家の中に戻っていった。扉がバタンと閉まる。
セレスティアは、閉じられた扉の前にしばらく立ち尽くしていた。
屋敷に戻り、セレスティアは引っ掻き傷を水で洗った。
傷は浅く、大したことはない。しかし、ヒリヒリとした痛みが現実を思い出させる。
猫にすら拒絶された。
自嘲的な笑いが漏れた。王太子に拒絶され、猫にまで拒絶されるとは。
しかし同時に、あの無愛想な青年のことが気になった。
ノア。
名前以外、何も分からない。この村で何をしているのか、なぜあんなに人を寄せつけない態度なのか。
でも、猫を抱く手つきは優しかった。そのことだけは、確かだ。
夜が更け、セレスティアは埃っぽいベッドに横たわった。
シーツは黄ばみ、マットレスは固い。実家の羽毛布団とは比べものにならない寝心地の悪さだ。
しかし、不思議と心は穏やかだった。
明日も掃除をしなければ。食料も調達しなければ。やることは山積みだ。
でも、それでいい。
忙しくしていれば、余計なことを考えずに済む。過去の傷に向き合わずに済む。
窓の外で、フクロウの鳴き声がした。
王都では聞いたことのない、野生の声。
セレスティアは目を閉じた。
これが、彼女の新しい生活の始まりだった。
王都を離れるにつれ、景色は少しずつ変わっていった。壮麗な建築物は素朴な農家に、石畳の道は土の轍に。窓の外に広がるのは、どこまでも続く緑の丘陵と、点在する小さな村々だ。
セレスティアは何度も深呼吸をした。
王都の空気は、いつも何かに縛られているような重さがあった。しかしここでは、風が違う。草と土の匂いを含んだ、自由な風だ。
御者が声をかけてきた。
「お嬢様、もうすぐグリーンヒル村ですよ」
「ありがとう」
馬車が最後の丘を越えると、眼下に小さな村が現れた。
石造りの家々が数十軒、なだらかな谷間に寄り添うように建っている。中央には小さな広場があり、その周りに雑貨屋や酒場らしき建物が見える。遠くには森が広がり、その向こうにはうっすらと山々の稜線が見えた。
これが、グリーンヒル村。
祖母が最後の十年を過ごした場所。
馬車が村の入り口で止まると、人々の視線がセレスティアに集まった。
農作業の手を止めた男たち、井戸端で話していた女たち、遊んでいた子供たち。皆が一様に、見慣れない豪華な馬車と、そこから降り立つ若い女性を凝視している。
セレスティアは居心地の悪さを感じながらも、背筋を伸ばして立った。
旅用とはいえ、彼女の服装は明らかに上質だ。仕立ての良い濃紺のワンピースに、革の旅行鞄。どこからどう見ても、この村には不釣り合いな都会の令嬢である。
「あんた、何しに来たんだい」
太った中年の女性が、遠慮なく声をかけてきた。
「この村に用があるようには見えないけど」
「私は……セレスティアと申します。エルザ・フォン・ヴァイスベルクの孫です」
「エルザ様の?」
女性の目が丸くなった。
「ああ、あの丘の上の屋敷の! でも、エルザ様は三年前に亡くなったはずだよ」
「はい。祖母の屋敷を受け継ぎましたので、しばらくそちらで暮らそうかと」
「暮らす? 都会のお嬢様が、あんなところで?」
女性は信じられないという顔をした。周りに集まってきた村人たちも、同じ表情だ。
「あの屋敷は三年間、誰も住んでいないんだよ。荒れ放題さ。あんたみたいな人が暮らせる場所じゃないね」
「それでも、行ってみます」
セレスティアは丁寧に頭を下げた。
「祖母の屋敷への道を教えていただけますか」
教えられた道を、馬車は進んだ。
村の中心部から外れ、緩やかな丘を登っていく。道は次第に細くなり、両側から木々が迫ってくる。
やがて、木立の向こうに屋敷が見えた。
二階建ての石造りの建物。決して大きくはないが、かつては瀟洒な佇まいだったのだろう。しかし今は、その面影はほとんど残っていない。
壁を覆う蔦は伸び放題、屋根の一部は苔むし、庭は雑草に埋もれている。窓ガラスは曇り、玄関の扉は色褪せている。
まるで、眠りについた廃墟のようだった。
「……これは」
セレスティアは言葉を失った。
覚悟はしていたつもりだった。しかし、実際に目の当たりにすると、その荒廃ぶりは想像以上だった。
御者が心配そうに言った。
「お嬢様、本当にここで降りるのですか? 王都にお戻りになった方が……」
「いいえ」
セレスティアは首を横に振った。
「ここで降ります。馬車は王都に戻ってください」
「しかし」
「大丈夫です」
大丈夫ではないことは、自分が一番分かっている。しかし、今さら引き返すわけにはいかなかった。
荷物を降ろし、馬車を見送った後、セレスティアは一人で屋敷の前に立った。
祖母の遺品の中にあった鍵を取り出し、玄関の鍵穴に差し込む。錆びついた鍵は固く、何度か力を込めてようやく回った。
扉を開けると、埃っぽい空気が流れ出てきた。
玄関ホールは薄暗く、蜘蛛の巣があちこちに張っている。家具には白い布がかけられているが、その布自体が埃で灰色に変わっていた。
セレスティアは一歩、また一歩と中に入った。
床板が軋む音が、静寂の中に響く。窓から差し込む弱い光が、舞い上がる埃を照らしている。
リビングらしき部屋に入ると、暖炉と古びたソファがあった。壁には祖母の肖像画が掛かっている。埃を被っているが、優しく微笑む祖母の顔ははっきりと分かった。
「おばあ様……」
セレスティアは肖像画に手を伸ばした。
「私、来ましたよ」
返事があるはずもない。しかし、肖像画の祖母は穏やかに微笑んでいるように見えた。
荷解きを済ませ、セレスティアは掃除を始めた。
雑巾を絞り、窓を拭き、床を掃く。単純な作業だが、貴族の令嬢として育った彼女には初めての経験だった。
すぐに手のひらが赤くなった。腰が痛み、汗が額を流れる。
一時間も経たないうちに、彼女は疲労困憊になっていた。
「こんなに……大変だなんて」
掃除したのはまだ玄関ホールとリビングの一部だけ。残りの部屋、二階、庭……途方もない作業量が残っている。
実家では、こうした仕事は全て使用人がしてくれた。セレスティアは指一本動かす必要がなかった。
その当たり前だと思っていたことが、どれほど恵まれていたか。初めて思い知らされた。
しかし、後悔はなかった。
汗を流し、体を動かしていると、不思議と頭の中が空っぽになる。王太子のこと、婚約破棄のこと、社交界の噂——そうした全てが、一時的に遠ざかっていく。
それは、ある意味で救いだった。
夕暮れが近づき、セレスティアは庭に出た。
荒れ果てた庭は雑草で埋め尽くされているが、所々に花の名残が見える。かつて祖母が手入れしていた花壇の跡だろうか。
古い井戸を見つけ、水を汲み上げた。錆びついた滑車が悲鳴を上げるが、何とか水は出る。
その水で顔を洗い、セレスティアはため息をついた。
一人だ。
本当に、たった一人きりだ。
王都では常に誰かがいた。使用人、両親、家庭教師、友人と呼べるかどうか分からない令嬢たち、そして婚約者。一人になる時間など、ほとんどなかった。
こうして完全に一人きりになるのは、生まれて初めてのことだった。
寂しさと、そして不思議な解放感が、同時に胸を満たす。
ふと、足元に気配を感じた。
見下ろすと、一匹の三毛猫がいた。
痩せぎすの体に、警戒心に満ちた目。しかし、セレスティアをじっと見上げている。
「まあ、猫……」
セレスティアは自然と笑みを浮かべた。
「どこから来たの?」
しゃがんで手を伸ばす。猫を撫でようとした——瞬間、鋭い痛みが走った。
「痛っ!」
猫が引っ掻いたのだ。セレスティアの手の甲に、三本の赤い線が浮かび上がる。
猫はすぐに身を翻し、庭の端へ走っていった。低い垣根を越え、隣の敷地へと消えていく。
セレスティアは引っ掻き傷を押さえながら、思わず猫を追いかけた。
隣の敷地には、この村には珍しく手入れの行き届いた建物があった。
平屋建てで、窓には清潔そうなカーテンがかかっている。玄関先には薬草らしき植物が植えられた鉢が並び、どこか清潔感のある佇まいだ。
三毛猫は、その玄関の前で座っていた。
セレスティアが近づこうとした時、扉が開いた。
現れたのは、黒髪の青年だった。
年齢は二十代後半だろうか。無精髭を生やし、無愛想な顔つきをしている。切れ長の目は冷たく、セレスティアを見ても表情一つ変えない。
青年は無言で三毛猫を抱き上げた。猫は彼の腕の中で、初めて安心したように目を細める。
「あの」
セレスティアは声をかけた。
「その猫が、私の庭に……」
「知っている」
青年が短く答えた。
「この猫はこの辺りを縄張りにしている」
「さっき、撫でようとしたら引っ掻かれてしまって」
「当然だ」
青年は素っ気なく言った。
「この猫に構うな。人間嫌いだから」
その言葉には、どこか自分自身のことを言っているような響きがあった。
セレスティアは戸惑いながらも、礼儀正しく名乗った。
「私はセレスティアと申します。隣の屋敷に住むことになりました。よろしければ、お名前を」
「……ノア」
青年はそれだけ言うと、猫を抱いたまま家の中に戻っていった。扉がバタンと閉まる。
セレスティアは、閉じられた扉の前にしばらく立ち尽くしていた。
屋敷に戻り、セレスティアは引っ掻き傷を水で洗った。
傷は浅く、大したことはない。しかし、ヒリヒリとした痛みが現実を思い出させる。
猫にすら拒絶された。
自嘲的な笑いが漏れた。王太子に拒絶され、猫にまで拒絶されるとは。
しかし同時に、あの無愛想な青年のことが気になった。
ノア。
名前以外、何も分からない。この村で何をしているのか、なぜあんなに人を寄せつけない態度なのか。
でも、猫を抱く手つきは優しかった。そのことだけは、確かだ。
夜が更け、セレスティアは埃っぽいベッドに横たわった。
シーツは黄ばみ、マットレスは固い。実家の羽毛布団とは比べものにならない寝心地の悪さだ。
しかし、不思議と心は穏やかだった。
明日も掃除をしなければ。食料も調達しなければ。やることは山積みだ。
でも、それでいい。
忙しくしていれば、余計なことを考えずに済む。過去の傷に向き合わずに済む。
窓の外で、フクロウの鳴き声がした。
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セレスティアは目を閉じた。
これが、彼女の新しい生活の始まりだった。
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