婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします

たくわん

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春が来た。

グリーンヒル村は、花々に彩られていた。野原には菜の花が咲き乱れ、木々は新緑の葉を広げている。

そして今日は——セレスティアとノアの結婚式の日だった。


村の小さな教会に、人々が集まっていた。

マーサ、リーナ、ハンナをはじめとする村人たち。王都から駆けつけた両親と弟妹。そして——トーマスや、ノアに命を救われた人々。

質素だが、温かい式だった。

セレスティアは、純白のドレスではなく、淡い青のワンピースを着ていた。祖母エルザが若い頃に着ていたものを、仕立て直したのだ。

「きれいだ」

ノアが小さく呟いた。

「ありがとう」

セレスティアは微笑んだ。

誓いの言葉を交わし、指輪を交換する。

村の司祭が宣言した。

「ここに、二人の結婚を認めます」

拍手が起こった。

マーサが涙を流し、リーナが歓声を上げ、村人たちが祝福の言葉を贈る。

母イレーネは、ハンカチで目元を押さえていた。

父は——穏やかに微笑んでいた。

「おめでとう、セレスティア」

「ありがとうございます、お父様」

「ノア君。娘を、頼んだぞ」

「はい。必ず、幸せにします」

ノアは真剣な目で答えた。

父は満足そうに頷いた。


披露宴は、村の広場で行われた。

長テーブルには、マーサをはじめとする村人たちが作った料理が並んでいる。焼いた肉、煮込んだシチュー、焼きたてのパン、季節の野菜。

王都の豪華な宴会とは比べものにならない、素朴な料理だった。

でも、どれも心がこもっていて、美味しかった。

「姉上、幸せそうですね」

弟のフリードリヒが言った。

「ええ。とても」

「あの医師——ノアさんは、無愛想ですけど、悪い人じゃなさそうですね」

「悪い人なんかじゃないわ。とても優しい人よ」

「分かります。姉上を見る目が、優しいですから」

フリードリヒは少し照れくさそうに笑った。

「いつか僕も、姉上みたいに——自分で選んだ人と結婚できたらいいな」

「きっとできるわ。フリードリヒなら」

妹のエミリアも駆け寄ってきた。

「お姉様! 私も早く結婚したいです!」

「まだ早いわよ、エミリア」

「でも、お姉様があんなに幸せそうだから……」

セレスティアは妹を抱きしめた。

「ありがとう。でも、焦らなくていいのよ。自分のペースで、自分の幸せを見つけなさい」

「はい」

家族に囲まれて、セレスティアは幸せを噛み締めていた。


日が暮れ、披露宴が終わった。

王都からの客人たちは、宿屋に泊まることになった。明日、帰途につく予定だ。

「では、また明日」

父が手を振った。

「おやすみなさい、お父様、お母様」

家族を見送った後、セレスティアとノアは二人きりになった。


祖母の屋敷——今は二人の家になった屋敷の、庭に出た。

満月が空に浮かび、庭を銀色に照らしている。

猫たちが、のんびりと歩き回っていた。シマ、クロ、ブチ、ユキ、そしてミケ。さらに、イチ、ニ、サンも加わって、今では八匹の大家族だ。

「たくさんいるな」

ノアが言った。

「ええ。でも、幸せそう」

「そうだな」

ミケが近づいてきて、セレスティアの足元に座った。

以前は決して近寄らなかった三毛猫が、今ではこうして甘えてくる。

「ミケも、幸せそうね」

セレスティアはミケを撫でた。

「お前のおかげだ」

ノアが言った。

「え?」

「この猫たちも、村の人間も——俺も。お前が来てから、変わった」

「ノアさん……」

「俺は、人間を信じられなくなっていた。でも、お前が——信じることを、思い出させてくれた」

ノアがセレスティアを見た。

その目は、初めて会った時とは全く違っていた。冷たさはなく、温かさがあった。

「ありがとう、セレスティア」

「私こそ——ノアさんに救われました」

セレスティアは涙を堪えながら言った。

「王都にいた頃の私は、自分を見失っていました。誰かの期待に応えることしか考えられなかった」

「……」

「でも、ここに来て——本当の自分を見つけられました。ノアさんのおかげです」

「俺は、何もしていない」

「そんなことありません。ノアさんは、私に何も求めなかった。完璧じゃなくても、失敗しても、ただそばにいてくれた」

「……」

「それが、どれほど救いになったか」

セレスティアはノアの手を取った。

「これからも、一緒にいてくれますか」

「当たり前だ」

ノアは不器用に、でも確かに、セレスティアを抱きしめた。

「一生、離さない」


季節は巡る。

春が来て、夏が過ぎ、秋が深まり、また冬が来る。

セレスティアは、ノアの診療所で正式に助手として働くようになった。

最初は猫の世話だけだったが、今では簡単な処置や薬の調合も手伝えるようになった。村人たちからは「先生の奥さん」と呼ばれ、頼りにされている。

マーサは相変わらず、焼きたてのパンを届けに来る。

「あんたたち、本当にお似合いだよ」

にっこり笑いながら、そう言ってくれる。

リーナとは、今でも親友だ。時々、一緒にお茶を飲んで、他愛ない話をする。

「セレスティアは、すっかり村の人だね」

「そうね。もう、ここが私の家だから」

猫たちは、相変わらず元気だ。

イチ、ニ、サンは大きくなり、それぞれ村の家庭に引き取られた。でも、時々遊びに来る。

ミケは、セレスティアの一番のお気に入りになった。毎晩、ベッドの足元で丸くなって眠る。

庭には、祖母エルザが植えた花々が咲いている。セレスティアも、新しい花を植え始めた。

「おばあ様、見ていますか」

時々、空を見上げて呟く。

「私、幸せですよ」


ある晴れた日の午後。

セレスティアは、庭のベンチに座って本を読んでいた。

ノアが隣に来て、腰を下ろした。

「何を読んでいる」

「お母様の詩集。ノアさんのお母様の形見の」

「ああ……」

「素敵な詩がたくさんあるわ。ノアさんのお母様、優しい方だったのね」

「そうだな。優しい人だった」

しばらく、二人で黙って座っていた。

猫たちが庭を歩き回り、鳥が囀り、風が木々を揺らす。

穏やかな時間が流れていく。

「セレスティア」

「何?」

「幸せか」

セレスティアは微笑んだ。

「ええ。とても」

「そうか」

「ノアさんは?」

「……俺も」

ノアは照れくさそうに目をそらした。

「お前がいるから——幸せだ」

セレスティアの胸が、温かくなった。

「ありがとう、ノアさん」

「……礼を言うことじゃない」

相変わらず、不器用な人だ。

でも、その不器用さが愛おしい。


夕日が沈み始めた。

空がオレンジ色に染まり、雲が金色に輝いている。

「きれい……」

「ああ」

二人は、肩を寄せ合って夕日を眺めた。

猫たちが、足元に集まってくる。ミケがセレスティアの膝に飛び乗り、丸くなった。

「ここが、私の帰る場所なんだ」

セレスティアは呟いた。

「ここが——私の家」

ノアが、セレスティアの手を握った。

「俺もだ」

二人の影が、長く伸びていく。

村に夜が訪れる。星が瞬き始め、月が昇る。

完璧な令嬢ではなく、ただの自分として生きる幸せを——セレスティアは、噛み締めていた。



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