もう、あなたには何も感じません

たくわん

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冬が訪れた。

クラリッサは、自分の領地に戻っていた。グレイソン侯爵領の指導は一段落し、後は春を待つだけだった。

屋敷の暖炉の前で、クラリッサは帳簿を見ていた。

「ヘンリー、今年の最終収支は?」

「はい」

ヘンリーが、報告書を広げた。

「総収入、金貨二千五百枚。支出が千二百枚。純利益は、千三百枚です」

「素晴らしいわね」

「そして」

ヘンリーは、別の書類を取り出した。

「借金の残高は、金貨三千枚です」

クラリッサは、深く息を吸った。

一年半前、借金は金貨八万枚だった。

それが、今では三千枚。

「あと少しね」

「はい。来年の春には、完済できます」

ヘンリーの声は、感動で震えていた。

「お嬢様、あなたは本当にやり遂げました」

クラリッサは、涙が出そうになった。

長い、長い戦いだった。

絶望から始まり、少しずつ這い上がってきた。

「皆のおかげよ」

クラリッサは、微笑んだ。

「セバスチャン、ヘンリー、トマス、オスカー。皆がいてくれたから」

その夜、クラリッサは村を歩いた。

雪が降り始めていた。

白い雪が、静かに村を覆っていく。

家々からは、暖かい光が漏れている。夕食の匂いが、漂ってきた。

「平和ね」

クラリッサは、呟いた。

一年半前、この村は死にかけていた。

でも今は、活気に満ちている。

子供たちの笑い声が、聞こえてくる。

「お嬢様」

声がして、振り返るとオスカーが立っていた。

「一緒に歩いても良いですか」

「もちろん」

二人は、並んで雪の中を歩いた。

しばらく、沈黙が続いた。

「オスカー」

「はい」

「あなたの告白のこと」

クラリッサは、立ち止まった。

「ずっと、考えていたの」

オスカーの心臓が、激しく鼓動した。

「私ね、最初は分からなかったの」

クラリッサは、雪を見つめた。

「あなたのことを、どう思っているのか」

「はい」

「でも、グレイソン侯爵領でロベルトに会って、気づいたわ」

クラリッサは、オスカーを見た。

「私は、もう過去にはいない。未来を見ている」

「未来」

「そして、その未来には」

クラリッサは、一歩近づいた。

「あなたがいるの」

オスカーは、息を呑んだ。

「クラリッサ」

「私も、あなたを愛しているわ、オスカー」

クラリッサの告白に、オスカーは言葉を失った。

「本当に?」

「ええ。気づくのに、時間がかかったけれど」

クラリッサは、微笑んだ。

「あなたは、私の最も大切な人よ」

オスカーは、彼女を抱きしめた。

「ありがとう。ありがとう」

彼の声は、喜びで震えていた。

雪が、二人を包み込んでいた。

静かで、美しい夜だった。

翌日、クラリッサは父を訪ねた。

エドウィン伯爵は、書斎で本を読んでいた。最近は、表情が明るい。

「父上、お話があります」

「何だね、クラリッサ」

「オスカー・フォン・シュトラールと、結婚したいのです」

伯爵は、目を見開いた。

「シュトラール辺境伯家の次男坊か」

「はい。彼は、私を支えてくれた大切な人です」

クラリッサは、真剣な目で言った。

「どうか、許可をください」

伯爵は、しばらく黙っていた。

そして、優しく微笑んだ。

「お前が選んだ相手なら、私は反対しない」

「父上」

「オスカー殿は、良い青年だ。お前には、相応しい」

伯爵は、立ち上がってクラリッサの肩に手を置いた。

「幸せになりなさい」

「ありがとうございます」

クラリッサは、涙を流した。

数日後、オスカーは正式にクラリッサに求婚した。

屋敷の庭で、片膝をついて。

「クラリッサ・フォンテーヌ、私と結婚してください」

「はい」

クラリッサは、即座に答えた。

「喜んで」

オスカーは、彼女の手に指輪を嵌めた。

シンプルな銀の指輪。だが、それは二人にとって何よりも価値があった。

「ありがとう」

オスカーは、クラリッサの手に口づけをした。

村人たちが、拍手をした。

いつの間にか、多くの人々が見守っていたのだ。

「お嬢様、おめでとうございます」

「お幸せに」

歓声が、庭に響いた。

その夜、祝賀会が開かれた。

村人たち全員が集まり、二人の婚約を祝った。

セバスチャンは、涙を流していた。

「お嬢様、本当におめでとうございます」

「ありがとう、セバスチャン」

「あなたの幸せが、私の喜びです」

老執事の声は、感動で震えていた。

トマスも、祝福の言葉を述べた。

「お嬢様、俺、本当に嬉しいです」

「トマス、ありがとう」

「お嬢様がいなければ、俺は今もただの無学な農民でした」

トマスの目には、涙が浮かんでいた。

「お嬢様は、俺たち全員の恩人です」

クラリッサは、胸が熱くなった。

「こちらこそ、ありがとう。皆がいてくれたから、私は頑張れたの」

翌週、王都に婚約の報告に行った。

王太子は、祝福の言葉を述べた。

「おめでとう、クラリッサ」

「ありがとうございます、殿下」

「オスカー殿は、良い男だ」

王太子は、オスカーに視線を向けた。

「彼女を、幸せにしてくれ」

「必ず」

オスカーは、力強く答えた。

「ところで」

王太子は、別の話題に移った。

「クラリッサ、君に頼みたいことがある」

「何でしょうか」

「王国農業学校を作りたい」

王太子の目は、真剣だった。

「君の農法を、体系的に教える学校だ」

「農業学校」

クラリッサは、目を輝かせた。

「素晴らしいアイデアです」

「君に、校長をやってほしい」

「私が?」

「ああ。君以外に適任者はいない」

クラリッサは、少し考えた。

「結婚後も、働けますか」

「もちろんだ」

王太子は、即座に答えた。

「君の才能を、埋もれさせるわけにはいかない」

クラリッサは、オスカーを見た。

彼は、微笑んで頷いた。

「あなたの夢を、追いかけてください」

「ありがとう、オスカー」

クラリッサは、王太子に向き直った。

「お引き受けします」

「素晴らしい」

王太子は、満足そうに頷いた。

王宮を出ると、クラリッサは深く息を吐いた。

「農業学校の校長。忙しくなりそうね」

「でも、やりがいがありますよ」

オスカーは、微笑んだ。

「あなたの夢が、また一つ叶う」

「ええ」

クラリッサは、空を見上げた。

冬の青空が、どこまでも広がっている。

「夢は、いくつも叶ったわ」

彼女は、呟いた。

「借金の返済、領地の繁栄、王国への貢献」

「そして」

クラリッサは、オスカーの手を取った。

「愛する人との出会い」

「僕も、同じです」

オスカーは、彼女の手を握り返した。

「あなたと出会えて、本当に良かった」

二人は、並んで歩き始めた。

王都の街路を、手を繋いで。

幸せな時間だった。

そして、これは終わりではなく、新しい始まりだった。

クラリッサの人生は、まだまだ続く。

もっと大きな、もっと美しい物語へと。

その夜、屋敷に戻ると手紙が届いていた。

差出人は、イザベラだった。

クラリッサは、封を切って読んだ。

「クラリッサ様へ。グレイソン侯爵領の試験区画で、小麦が芽を出しました。とても元気に育っています。あなたのおかげです。本当にありがとうございます。来年の春、豊かな収穫ができると信じています。そして、私も変わりました。畑仕事の大変さを知り、農民たちの苦労を理解しました。以前の自分が、恥ずかしいです。あなたに感謝しています。イザベラ」

クラリッサは、手紙を読み終えて微笑んだ。

「人は、本当に変われるのね」

彼女は、呟いた。

復讐など、最初から必要なかった。

大切なのは、前を向いて歩き続けること。

そして、できる限り多くの人を幸せにすること。

それが、クラリッサが学んだことだった。

窓の外では、雪が降り続いていた。

白い雪が、全てを覆い尽くしていく。

そして、その下では、春に向けて作物が静かに成長していた。

クラリッサの物語も、同じだった。

困難を乗り越え、成長し、そして花開く。

それは、まだ終わっていない。

これから、もっと素晴らしい未来が待っている。

クラリッサは、そう確信していた。

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