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Ⅰ
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その昔、この世には“グリモワール”が存在した。グリモワールはとてつもない力を秘めていて持ち主を選ぶと言う。
そのグリモワールにはとある悪魔が封印されているともーーーー。
***
「婚約破棄されたですって?」
「……えぇ、なんでも真実の愛を見つけたんだそうよ。ついでに私がいつの間にかそのお相手……なんとかって言う男爵令嬢を虐めていたらしくて、未来の王子妃を虐めた罪で断罪されて国外追放にすると言い渡されたわ」
疲れた表情で深いため息をついたのは、私の大切なお嬢様である。
なんといっても私のお嬢様は完璧だ。
ほのかに甘い香りのするミルクティー色のふわりと長い艶やかな髪も、蜂蜜色をしたミステリアスな瞳も、熟れた果実のような魅惑の唇も。
どれをとっても美しく可愛らしい。
この国を支える三大公爵のひとつであるグレイシス公爵家の一人娘であるお嬢様……アリスティア・グレイシス公爵令嬢は私が執事としてお仕えし育て上げた完璧な令嬢であった。
私はと言えば、黒髪と黒目の平凡な普通の執事ですけれどね。たまに見知らぬご令嬢に挨拶代わりに微笑めばそれを見て気絶するようですが……私の目にはお嬢様しか見えませんので。
そんな完璧お嬢様の婚約者はこの国の第2王子のはずです。見た目だけの阿保の化身ですが、やはりただのノータリンだったようですね。
「……その王子はちゃんと物事を考える能力が欠けているのでは?」
「お花畑なら咲いてらっしゃったわ」
グレイシス公爵家の令嬢を国外追放?それもどこぞの男爵令嬢を虐めた罪で?まずこのお嬢様がそのような虐めなど行うはずもありません。
なぜって……お嬢様がその男爵令嬢とやらを本当に邪魔な存在に思っていたなら、虐めどころか今頃消し炭になっているのですから。
「その男爵令嬢が元気に生きていて、王子にすがっている時点でお嬢様が何もなされていないとわかりそうなものですが……グレイシス公爵家の力を使えばそんな不届きな娘のいる男爵家などすぐに潰せます」
「それがわからないからお花畑王子なのよ。だいたいあの令嬢の顔も今日初めて見たし、名前もよくわからないのよね。それに学園内で陰湿な虐めがあったって言うんだけれど私は飛び級してとっくに卒業しているのに……いつ私が彼女を虐めている現場を見たというのかしら?」
「お嬢様が王子より1年も早くご卒業なされた事を知らないのでは?」
「……どうやら脳内のお花畑の花は腐っているようね」
大きなため息をつき、お嬢様が私に視線を向けます。そして「どうする?」と首を傾げました。
「もうそろそろ、この遊びも飽きてきたわ。例え冤罪でも罪を擦り付けられて鬱陶しいし……あなたはどうなの?」
お嬢様の蜂蜜色の瞳が見開かれ、大きく開いた瞳孔が血の色に染まったのだった。
「ーーーーグリモワールよ、我に従え」
私がそう呟き片手を上にあげると、そこには赤い背表紙に人には読む事の出来ない文字が金色で書かれている本が姿を現す。その本のページをめくり口を開いた。
「グレイシス公爵家にかけた暗示を解き、この国からも“アリスティア・グレイシス”の存在を無かったことにーーーー。さて、では我々も姿を消しましょうか。ね、アリスティア」
赤く輝く本……伝説の魔導書を閉じると、目の前にいたミルクティー色の髪をした少女の姿はすでに無く代わりに紅い髪とルビー色の瞳をした少女が跪いている。
『おおせのままに、ご主人様。それにしても“お嬢様と執事ごっこ”は楽しかったですか?』
「もちろん、楽しかったよ。でも、せっかくアリスティアを理想の令嬢に育て上げたのにあの王子のせいで台無しだ。僕も執事してるの楽しかったのになぁ」
『ご主人様、口調が元に戻っていますよ』
「あれは執事モードだったからだよ。あぁ……姿も戻っちゃった」
黒髪黒目の大人な雰囲気を纏った執事。それがアリスティアの執事の姿だったのだが……グリモワールの輝きが収まる頃には背は低くなり、幼げな顔立ちをした銀髪と青い瞳の少年の姿へと変貌していた。
「大人な僕も格好よかっただろう?」
イタズラっぽくニヤリと笑えば、アリスティアもクスッと頬を緩める。
『えぇ、素敵でしたよ。ご主人様。でも、出来れば次の遊びは私を“お嬢様”にするのは止めてください。5年もご主人様に偉そうな口調で話さなければいけないなんて拷問です。……私はあなた様に捕らえられた悪魔なのですから』
困ったように肩を竦めるアリスティアに「ごめん」と返事をする。でも、たまにはいつもと違う設定の遊びがしたかったんだから仕方がない。
もう少し“お嬢様と執事ごっこ”を続けたかったけれど、そろそろ潮時かな。あの王子がアリスティアの機嫌を損なわなければ少しくらいこの国に恩恵を与えても良かったんだけど……僕のアリスティアを馬鹿にしたんだからそれ相応の償いはさせてやるさ。
例えば城の半分が……特に王子の私室が突然の災害に見舞われて跡形もなく潰れたとしても……文句は言わないでよね?
伝説の魔導書。それはとてつもない力を秘めている。自分の意思で持ち主を選ぶグリモワールにひとたび選ばれれば不老不死の呪いにかかってしまうのだ。
だがその代わりに永遠の時間を共に生きる悪魔をひとり手に入れられる。それが紅い悪魔……アリスティアであった。
最初は古ぼけ薄汚れた本であったグリモワールだが、持ち主を見つけその力を奮う度に傷ひとつない美しい本へと変貌していく。
グリモワールの持ち主と捕らえられた悪魔がいつ解放されるのか。それは、グリモワールしか知らないのだった。だが……。
「さぁ、次はどうしようか?アリスティア」
『もちろん、あなた様の望みのままに』
アリスティアのいつもと変わらぬ返事に嬉しそうに笑顔を返す少年を、美しき紅い悪魔が秘めた熱を込めた瞳で見ている事はグリモワールでも知らないかもしれない。
そのグリモワールにはとある悪魔が封印されているともーーーー。
***
「婚約破棄されたですって?」
「……えぇ、なんでも真実の愛を見つけたんだそうよ。ついでに私がいつの間にかそのお相手……なんとかって言う男爵令嬢を虐めていたらしくて、未来の王子妃を虐めた罪で断罪されて国外追放にすると言い渡されたわ」
疲れた表情で深いため息をついたのは、私の大切なお嬢様である。
なんといっても私のお嬢様は完璧だ。
ほのかに甘い香りのするミルクティー色のふわりと長い艶やかな髪も、蜂蜜色をしたミステリアスな瞳も、熟れた果実のような魅惑の唇も。
どれをとっても美しく可愛らしい。
この国を支える三大公爵のひとつであるグレイシス公爵家の一人娘であるお嬢様……アリスティア・グレイシス公爵令嬢は私が執事としてお仕えし育て上げた完璧な令嬢であった。
私はと言えば、黒髪と黒目の平凡な普通の執事ですけれどね。たまに見知らぬご令嬢に挨拶代わりに微笑めばそれを見て気絶するようですが……私の目にはお嬢様しか見えませんので。
そんな完璧お嬢様の婚約者はこの国の第2王子のはずです。見た目だけの阿保の化身ですが、やはりただのノータリンだったようですね。
「……その王子はちゃんと物事を考える能力が欠けているのでは?」
「お花畑なら咲いてらっしゃったわ」
グレイシス公爵家の令嬢を国外追放?それもどこぞの男爵令嬢を虐めた罪で?まずこのお嬢様がそのような虐めなど行うはずもありません。
なぜって……お嬢様がその男爵令嬢とやらを本当に邪魔な存在に思っていたなら、虐めどころか今頃消し炭になっているのですから。
「その男爵令嬢が元気に生きていて、王子にすがっている時点でお嬢様が何もなされていないとわかりそうなものですが……グレイシス公爵家の力を使えばそんな不届きな娘のいる男爵家などすぐに潰せます」
「それがわからないからお花畑王子なのよ。だいたいあの令嬢の顔も今日初めて見たし、名前もよくわからないのよね。それに学園内で陰湿な虐めがあったって言うんだけれど私は飛び級してとっくに卒業しているのに……いつ私が彼女を虐めている現場を見たというのかしら?」
「お嬢様が王子より1年も早くご卒業なされた事を知らないのでは?」
「……どうやら脳内のお花畑の花は腐っているようね」
大きなため息をつき、お嬢様が私に視線を向けます。そして「どうする?」と首を傾げました。
「もうそろそろ、この遊びも飽きてきたわ。例え冤罪でも罪を擦り付けられて鬱陶しいし……あなたはどうなの?」
お嬢様の蜂蜜色の瞳が見開かれ、大きく開いた瞳孔が血の色に染まったのだった。
「ーーーーグリモワールよ、我に従え」
私がそう呟き片手を上にあげると、そこには赤い背表紙に人には読む事の出来ない文字が金色で書かれている本が姿を現す。その本のページをめくり口を開いた。
「グレイシス公爵家にかけた暗示を解き、この国からも“アリスティア・グレイシス”の存在を無かったことにーーーー。さて、では我々も姿を消しましょうか。ね、アリスティア」
赤く輝く本……伝説の魔導書を閉じると、目の前にいたミルクティー色の髪をした少女の姿はすでに無く代わりに紅い髪とルビー色の瞳をした少女が跪いている。
『おおせのままに、ご主人様。それにしても“お嬢様と執事ごっこ”は楽しかったですか?』
「もちろん、楽しかったよ。でも、せっかくアリスティアを理想の令嬢に育て上げたのにあの王子のせいで台無しだ。僕も執事してるの楽しかったのになぁ」
『ご主人様、口調が元に戻っていますよ』
「あれは執事モードだったからだよ。あぁ……姿も戻っちゃった」
黒髪黒目の大人な雰囲気を纏った執事。それがアリスティアの執事の姿だったのだが……グリモワールの輝きが収まる頃には背は低くなり、幼げな顔立ちをした銀髪と青い瞳の少年の姿へと変貌していた。
「大人な僕も格好よかっただろう?」
イタズラっぽくニヤリと笑えば、アリスティアもクスッと頬を緩める。
『えぇ、素敵でしたよ。ご主人様。でも、出来れば次の遊びは私を“お嬢様”にするのは止めてください。5年もご主人様に偉そうな口調で話さなければいけないなんて拷問です。……私はあなた様に捕らえられた悪魔なのですから』
困ったように肩を竦めるアリスティアに「ごめん」と返事をする。でも、たまにはいつもと違う設定の遊びがしたかったんだから仕方がない。
もう少し“お嬢様と執事ごっこ”を続けたかったけれど、そろそろ潮時かな。あの王子がアリスティアの機嫌を損なわなければ少しくらいこの国に恩恵を与えても良かったんだけど……僕のアリスティアを馬鹿にしたんだからそれ相応の償いはさせてやるさ。
例えば城の半分が……特に王子の私室が突然の災害に見舞われて跡形もなく潰れたとしても……文句は言わないでよね?
伝説の魔導書。それはとてつもない力を秘めている。自分の意思で持ち主を選ぶグリモワールにひとたび選ばれれば不老不死の呪いにかかってしまうのだ。
だがその代わりに永遠の時間を共に生きる悪魔をひとり手に入れられる。それが紅い悪魔……アリスティアであった。
最初は古ぼけ薄汚れた本であったグリモワールだが、持ち主を見つけその力を奮う度に傷ひとつない美しい本へと変貌していく。
グリモワールの持ち主と捕らえられた悪魔がいつ解放されるのか。それは、グリモワールしか知らないのだった。だが……。
「さぁ、次はどうしようか?アリスティア」
『もちろん、あなた様の望みのままに』
アリスティアのいつもと変わらぬ返事に嬉しそうに笑顔を返す少年を、美しき紅い悪魔が秘めた熱を込めた瞳で見ている事はグリモワールでも知らないかもしれない。
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