お嬢様と執事~グリモワールと契約の悪魔~

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「青い……グリモワール……?」



    あまりの驚きに思わず呟けば、男爵令嬢は「クースクスクス」とまたもや不気味な笑みを浮かべた。

「ゆ、ユリファ、なぜ……なぜ、こんな……」

    胸を貫かれたというのに王子はまだ生きていた。どうやら生命力だけは強いらしい。だが口の端から血を垂らしながら体を捻り、男爵令嬢にすがろうとする姿はどうにもみっともなかったが。

    もっとも、胸にその男爵令嬢の腕が貫かれたままなので血が吹き出すだけで向かい合う事は出来なかったのだが。
    だが、それでも必死に男爵令嬢に手を伸ばすさまはさらに惨めに見えた。

「なぜって?そんなの……」

    男爵令嬢はニィーっと三日月のように口の形を歪めた。

「こんなにも惨めでみっともない殿下を見たかったからに決まってるじゃないですか」

「ユ……リファ……」

    絶望に染まる王子を見て、男爵令嬢は宝物を見つけたかのように微笑んだ。嬉しくてたまらない。そんな感じだ。

「……グリモワールよ、あたし達以外・・・・・・の時間を止めて」

     男爵令嬢がそう唱えれば、周りにいた招待客や使用人たちがぴたりと動きを止める。

    そして、男爵令嬢と王子それに私とお嬢様だけが動ける空間となったのだった。

「クースクスクス。あぁ、なんて醜く歪んだ汚ならしい姿なんでしょう……。あたしは、惨めで汚く後悔と懸念に渦巻く人間を見るのがとっても好きなんです。

    ーーーーだって、憎悪と絶望で染まった魂ほどのご馳走はないんですもの」

「な、ぁっ……?!ごはぁっ!」

    なにかを抗議しようとしたのか王子が大きく口を開いたが、男爵令嬢がさらに腕を捩じ込んだことにより王子はその口から血を吐いてぐったりと男爵令嬢に身を委ねた。

「グリモワールよ、この者の魂をあたしにちょうだい」

    そう言ってグリモワールが輝くと、王子の体から魂の光がゆっくりと引っ張り出され……その魂を男爵令嬢が吸い付くように唇を寄せ、飲み込んだのだ。

「……クースクスクス。やっぱり美味しい。なんて極上な味なんでしょう」

    まさか、グリモワールの持ち主が魂を食するなんて思いもしなかった。

    青いグリモワール。ご主人様マスター以外に“グリモワールの持ち主”がいたなんて驚きはしたが、グリモワールがこの世にひとつしかないかどうか。なんて、誰も知らないのだ。なのて複数あったとしてもなんら不思議ではない。

    だが、そのグリモワールの持ち主が魂を食べた事には驚きと同時にモヤモヤした感情が溢れた。

「……青いグリモワールの持ち主よ、ひとつお聞きしたいのですが」

「クースクスクス。あら、なぁに?」

「ーーーーその青いグリモワールに捕らわれているはずの悪魔はどこに?」

    そう、魂を食べるのは“持ち主”ではなく“悪魔”のはずだ。事実、自身がそうであるし、“持ち主”が魂を食した事に本能が疑念を感じてしまった。

    すると男爵令嬢は「クースクスクス」と笑い手の中のグリモワールを消すと、王子の体からズルリと腕を引き抜いた。足元に崩れ落ちる事切れた王子に「ごちそうさま」と口元を歪める。

    そして私に視線を戻し……右手の人差し指で自身の腹を示したのだ。






「……悪魔の魂って、ものすごく美味しかったわ」と。







「た、べたんですか……。“持ち主”と契約し、忠誠を誓う悪魔を……」

「クースクスクス」

    目の前で不気味に笑う少女が一気に恐ろしい化け物に見えた。

「……アリスティア、僕をおろして」

ご主人様マスター

    いつの間にかひしゃげた足を直した“お嬢様”……私の大切なご主人様マスターが私の手からするりと抜け出し、右手を赤く光らせる。

「グリモワールよ、我に従え」

    赤いグリモワールを男爵令嬢に見せつけながら黒曜石の瞳を鋭く細めた。

「クースクスクス。やっぱりグリモワールの持ち主だったのね。あなたを初めて見た時からずっと思っていたの。あたし以外の“グリモワールの持ち主”をずっと探していたのよ」

    血塗れの腕を広げて男爵令嬢が一歩近づこうとすれば、ご主人様マスターは赤いグリモワールを前に出して牽制した。

「僕に近づくな。こんな大勢が見ている前でグリモワールを使うなんて何を考えている」

「あら、後始末ならちゃんとするわ。グリモワールを使えば簡単だもの。あなたのお好みはどれ?

    全員この場で殺してしまう?それとも全員地中に引きずり込むとか……あぁ、それとも意識を持たせたまま体の半分を潰してしまおうかしら」

    どうやら「どのおもちゃを選ぼうかしら」くらいの感覚でこの場にいる人間の末路を選ぼうとしているらしい。

「この場にいる人間の魂も食べる気か?」

「クースクスクス。やだ、あたしはそんなに悪食じゃないわ。これでもグルメなのよ」

    肩を竦める男爵令嬢に「……それで?グリモワールの持ち主を探してどうする気だったんだ」と赤いグリモワールを握る手に力を込めたように見えた。

    ……ご主人様マスターが警戒している。確かにこの男爵令嬢は異常なくらい不気味だが、赤いグリモワールの持ち主であるご主人様マスターがここまで警戒するなんて……。

「そうねぇ……。色々と試したい事はあったんだけど、まずは本当にグリモワールの持ち主かどうかが知りたかったから。

    それにーーーー」

    男爵令嬢の視線が私に注がれたかと思うと私を見ながら舌舐りをしだす。その視線に背筋に冷たい汗が流れた。

「あなたはその悪魔をあたしにちょうだいっていっても、簡単にはくれなさそうだわ。あたしの悪魔だった魂より美味しそうなんだけど……」

    まさか私の魂が狙われてるなんて思いもしなかった。だが、私の本能はこの青いグリモワールの持ち主を恐れている。頭から爪先まで舐めるように視線を感じ、その恐怖感が私の中に広がった。

「ーーーー僕のものに手を出すつもりなら、容赦しない」

「クースクスクス。あら、怖い。
    いいわ、今日のところはご挨拶だけにしましょう。赤いグリモワールの持ち主がこんなに可愛い女の子だったとわかったし……まぁ、どうせ仮の姿でしょうけど」

「そっちこそ」

    ご主人様マスターがそう答えれば男爵令嬢は今度は楽しそうに「クースクスクス」と笑った。

「ーーーーまた会いましょう」

    そう言って、男爵令嬢は姿を消したのだった。グリモワールを出していないのに力が使えるのには驚いたが、もしかした彼女の悪魔・・・・・の力を取り込んでいるのかもしれない。

「……まさか、他にもグリモワールの持ち主がいたなんて驚いたね」

「……申し訳ありません、ご主人様マスター。私は恐怖でうごけなかった……」

    その場に膝をつき私は頭を下げた。なんて役立たずな悪魔なのかと。

    だが、そんな私の頭をご主人様マスターは優しく撫でてくれた。

「いいんだ。アレ・・は、予想外だったし……アリスティアが無事でよかった」

ご主人様マスター……」

「ほら、あの女の後始末をしなきゃ。あまり大規模にすると面倒くさいから、簡単にまとめるよ」

    そうしてグリモワールを光らせたご主人様マスターの横顔を見て、さっきまでの恐怖感が薄れていくのを感じていた。










***





〈侯爵家〉


「それが……!その男爵令嬢が王子を突然刺したんです!後ろから!」

    息を切らしながらもどんどん青ざめていくその者は悲惨な現場の事を話してくれた。

    お嬢様は足を潰されたもののアリスティア殿がその場から連れ去り命は無事らしいが、きっとその足はもうダメだろう。

    そして王子を刺した男爵令嬢は気が狂ったかのように笑っていて、いつの間にか姿を消したらしい。その場は王子が刺された瞬間を目撃したパーティー参加者が混乱していたようなので、どさくさに紛れて逃げたのだろうか。

「とにかく、早くお嬢様をお迎えにいかねば……!」





    こうして第3王子が死亡し、お嬢様と王子の婚約は白紙に戻された。だが、お嬢様は完全に足を失ってしまった事と目の前で人が殺されたとしう事実にショックを受けて学園も辞めて部屋にとじ込もってしまうようになってしまったのだった。













    
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