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「お前もあの王子に殺されるぞ、あまり関わらない方がいいぜ新入り」
職務を終え帰り支度を済ませたガレスに同僚のひとりが言った。
「随分とおだやかじゃないな。何かあるのか?」
「お前は知らないかも知れねえが、あの王子様はな護衛をもう二人も殺してるのさ」
「だから俺らはアイツを見張ってるんだよなあ」
「見ただろ?あの野郎の凶暴さ!あんなの護衛なんていらないよな」
「何も知らない新入りはせいぜい死なないように書類でも書いとけよ」
「あ、俺の分も頼むわ」
勝手に同僚達から寄越された紙の束を見ながら、下手に反発して恨みを買うのも面白くないだろうと書類仕事は引き受ける事にした。
人に頼むような量でもないが、片手間に出来ないくらいには慣れていない人間がセオドアの護衛となっている。
違和感は最初からあった。
護衛騎士の詰所でそのまま渡された紙を片付ける気にもならず、大体は目を通してから明日にでもやろうと紙束を鞄に仕舞おうとしてやめる。
甲冑を脱いだ軽装に、簡単な荷物を納める為の雑嚢、それに紙の束が入るわけがない。
潔く諦めて自身の荷物をおさめている詰め所の棚にそれらを置いてから帰路に着く。
あれだけ脅すように忠告という名の話題をふっておいて、噂の真相は誤魔化した同僚達はどうも筆頭公爵側にガレスを引き込もうとしているような思惑を感じた。
今のところセオドアの何を知っている訳でもないが、悪意に晒され続けているから頑なになっている以上に何かの問題かあるのだろう。
護衛がいるのは必要だからだ。
少なくともガレスが適任と王とガレスの父親が判断した、それを自分で見つけなければいけない。
「調べてみるか……」
月が高い空からガレスを見下ろした。
城下を見渡せる高台の公園を抜け、その先にある貴族街を目指す。
父である辺境伯の功績のおかげか、一般的な地方貴族の集合住宅とは違い、貴族街に邸宅を構えているのだが、ガレスからしてみれば王都にそこまでの家が必要なのか皆目見当もつかなかった。
公園自体は階段で上下に区切られており、下の段には森に見立てた茂みの他に、水路の周りに敷石が敷き詰められた通路と季節の花の花壇がある。
城下にも似たような公園がいくつかあるが、こちらの方が貴族街に近いせいか、規模も大きい。
しかしこの時間になると人の気配はなかった。
城からや勤め先から、公園を通らずに馬車道から真っ直ぐに貴族街へ帰る貴族が多いのも関係しているのだろう。
ガレスの居宅も馬車くらいはあるのだが、公園でのんびり一人になる時間は、静寂に包まれた中に亜熱帯樹の風に揺れる音が響くのがどこか心地よかった。
水辺の葉に蛍が一匹とまっている。
紅い光がロウソクの瞬きを思わせる点滅を繰り返し、ガレスの視界を横切るようにして茂みの奥へと消えていく。
ふと気が付けば、それを追いかけていた。
亜熱帯樹をかき分けて水路の中を上の段の壁沿いに進むと開けた貯水池に出た。
池の先の壁に彫刻が彫られている人工的な窪みがあり、その石像の影へと蛍が消えたようにみえる。
裏側に空洞でもあるのかと近付こうとしてやめた。
もし空洞があったらどうする。
水の吹き出し口くらいならば良いが、こんな場所にそんなものがある理由なんてそう多くはない。
予想は空想のままにしておこうと踵を返してその場から立ち去った。
◆◆◆
王子は今日も今日とて朝早くから訓練に励んでいる。指導教官は前の騎士団長の兄だとか、先王の部下であった人らしい。
稽古というには苛烈である。
走り込みなどはガレス達も流石に同じようにセオドアの背を追いかけるが、教官との打ち合いは見ているだけだ。
子供ながらに迷いない太刀筋は力強い。
少年といっても小柄なセオドアの剣を見ているだけで重く感じるのは、彼がそれだけ打ち合う際に無駄がなく相手の芯をブレさせるような一撃を的確に放っているからだ。
人を殺した事がある人間の剣ではあるのだろう。
強ければ生き残る、弱ければ死ぬ、簡単な話だ。
王子が筆頭公爵側の選んだ護衛より強いのは明らかである。
だからこそ意図が読めない。
無駄な事ではないだろうか、わざわざ嫌がらせをするくらいに暇だというには手が込んでいる。
何かある筈なのにそれは見えてこない。
昨晩父親の名前を借りて王太子に手紙を出してみた。
どうせ手紙は王太子の手に届く前に確認されるものだからこそ、筆頭公爵側に何か情報を与えるのも馬鹿らしい。
接触した事実も下手を打てば怪しまれるだろう。
それ故にガレスが書いた文章は、父の名前は借りたが部署移動を願う嘆願書のていをしていた。
こう書けば面談でも何でも向こうからガレスへ接触せざるを得ない。
王太子に喧嘩を売ろうが、護衛としてガレスを選んだ人間達の思惑通りではある。かもしれない。
目の前で王子が教官である男の得物を叩き飛ばした。随分と遠くへ旅立ったそれが回転しながら地面に落ちる。
拍手などがおきる筈もなくセオドアは相手に一礼し、何やら自分の立ち回りの反省点などを口にしていた。
ガレスから見れば、小柄な王子様がこんなにも強くなってどうするのだろうと思う。
稽古を終えて訓練場の壁際まで歩く足音はまだ軽い。軽やかな子供のそれからあの攻撃を放ったのだ。
椅子に座ってメイドからタオルを受け取った王子が汗を拭って息を吐き出す。
肩で息をしながら落ち着くまで少しじっと背凭れに身を預けている姿は、遊び疲れた子供そのもののように見えた。
休憩用の簡素な椅子に不釣り合いな華奢な身体はいくら強いといっても幼い。
テーブルのない場所に水を持って現れたメイドから、それを受け取った小さな手が疲れの為か震えている。
落としそうなそれを膝をついたガレスの手が支えるとビクリと子供の肩が跳ねた。
「落ちそうに見えましたので、断りもなく失礼を致しました」
「いや、いい………助かっている」
ガレスを見た若葉の芽吹きを思わせる緑の瞳が瞬き、なにかを口にしようとして辞めたようだ。
ゆっくり水を飲み干す喉元の白さから視線を逸らすようにしてから、グラスを受け取る。
グラスを返したガレスを見たメイドは少し笑っていた。
その眼差しは暖かい。もしかしたらセオドアと親しい間柄なのだろうかとガレスも彼女に軽く頭を下げてから王子の元へ戻った。
セオドアの周りで異常なのは護衛だけだ。
注意深く見なくとも、後ろについていれば自然と城の中で王子へのあたりが強いのは護衛という名前の人間だけが当てはまっている事がわかる。
それでいて、周りは手をこまねいていた。
◆◆◆
王宮書庫は静寂に包まれている。
ガレスは本を読みそれから何かを書き写している王子を眺めながら、同僚が二人ほどいない事に気が付いた。
中庭を通る途中まではいた筈だが、この部屋に来てからは見ていない。
サボりにしては他の人間が静か過ぎる。
嫌な予感を感じながら、セオドアが身動いだ気配に彼の座っている椅子を支えた。
大人用の椅子から降りた子供がガレスを一瞥して目を伏せる。
本を何冊か抱えるように移動した彼に以前代わりに荷物を持つ事を提案したところ、少年が首を横に振ったのでそのままにしているが、小さな身体には不釣り合いと感じていた。
書庫は広い。子供からすれば尚更だろう。
セオドアの様子に気を配りながら邪魔にならないよう立っていると、書庫の扉をけたたましく開いた男が叫ぶ。
「ガレスとはお前か!少し顔を貸してもらおう」
何故か男はガレスを見るなり怒鳴り付けてくる。
不愉快極まりないが、誰だかわからない人間に失礼な態度を取るわけにもいかず無視もできない。
「確かに私はガレスと申しますが、この身はセオドア殿下の護衛でございます。まだ職務が残っておりますので……」
「そんな事はどうでもいい!いいから来い!」
何がどうでもいいのかは分からないが、どうでもは良くないだろう。
ガレスがセオドアの方を見ると、驚いた表情をした王子がまもなくして何時もの無表情に戻ると視線を逸らした。
何を思ったのかは分からなかったが、護衛が好き勝手にいなくなる生活に慣れていれば意見を求められると思わなかったのだろう。
「ガレス俺は平気だ。城の中で危険もなにもないゆえ、騎士団長殿のところへ行って来ればいい」
こいつが騎士団長、筆頭公爵家のボンボンか!と、ガレスはもう一度煩い喋り方の男を見た。
ついて来いと言わんばかりに顎をしゃくった男がドスドスと歩いて行く。
怒りをあらわにしているそれの心当たりが、ガレスには全くなかった。
職務を終え帰り支度を済ませたガレスに同僚のひとりが言った。
「随分とおだやかじゃないな。何かあるのか?」
「お前は知らないかも知れねえが、あの王子様はな護衛をもう二人も殺してるのさ」
「だから俺らはアイツを見張ってるんだよなあ」
「見ただろ?あの野郎の凶暴さ!あんなの護衛なんていらないよな」
「何も知らない新入りはせいぜい死なないように書類でも書いとけよ」
「あ、俺の分も頼むわ」
勝手に同僚達から寄越された紙の束を見ながら、下手に反発して恨みを買うのも面白くないだろうと書類仕事は引き受ける事にした。
人に頼むような量でもないが、片手間に出来ないくらいには慣れていない人間がセオドアの護衛となっている。
違和感は最初からあった。
護衛騎士の詰所でそのまま渡された紙を片付ける気にもならず、大体は目を通してから明日にでもやろうと紙束を鞄に仕舞おうとしてやめる。
甲冑を脱いだ軽装に、簡単な荷物を納める為の雑嚢、それに紙の束が入るわけがない。
潔く諦めて自身の荷物をおさめている詰め所の棚にそれらを置いてから帰路に着く。
あれだけ脅すように忠告という名の話題をふっておいて、噂の真相は誤魔化した同僚達はどうも筆頭公爵側にガレスを引き込もうとしているような思惑を感じた。
今のところセオドアの何を知っている訳でもないが、悪意に晒され続けているから頑なになっている以上に何かの問題かあるのだろう。
護衛がいるのは必要だからだ。
少なくともガレスが適任と王とガレスの父親が判断した、それを自分で見つけなければいけない。
「調べてみるか……」
月が高い空からガレスを見下ろした。
城下を見渡せる高台の公園を抜け、その先にある貴族街を目指す。
父である辺境伯の功績のおかげか、一般的な地方貴族の集合住宅とは違い、貴族街に邸宅を構えているのだが、ガレスからしてみれば王都にそこまでの家が必要なのか皆目見当もつかなかった。
公園自体は階段で上下に区切られており、下の段には森に見立てた茂みの他に、水路の周りに敷石が敷き詰められた通路と季節の花の花壇がある。
城下にも似たような公園がいくつかあるが、こちらの方が貴族街に近いせいか、規模も大きい。
しかしこの時間になると人の気配はなかった。
城からや勤め先から、公園を通らずに馬車道から真っ直ぐに貴族街へ帰る貴族が多いのも関係しているのだろう。
ガレスの居宅も馬車くらいはあるのだが、公園でのんびり一人になる時間は、静寂に包まれた中に亜熱帯樹の風に揺れる音が響くのがどこか心地よかった。
水辺の葉に蛍が一匹とまっている。
紅い光がロウソクの瞬きを思わせる点滅を繰り返し、ガレスの視界を横切るようにして茂みの奥へと消えていく。
ふと気が付けば、それを追いかけていた。
亜熱帯樹をかき分けて水路の中を上の段の壁沿いに進むと開けた貯水池に出た。
池の先の壁に彫刻が彫られている人工的な窪みがあり、その石像の影へと蛍が消えたようにみえる。
裏側に空洞でもあるのかと近付こうとしてやめた。
もし空洞があったらどうする。
水の吹き出し口くらいならば良いが、こんな場所にそんなものがある理由なんてそう多くはない。
予想は空想のままにしておこうと踵を返してその場から立ち去った。
◆◆◆
王子は今日も今日とて朝早くから訓練に励んでいる。指導教官は前の騎士団長の兄だとか、先王の部下であった人らしい。
稽古というには苛烈である。
走り込みなどはガレス達も流石に同じようにセオドアの背を追いかけるが、教官との打ち合いは見ているだけだ。
子供ながらに迷いない太刀筋は力強い。
少年といっても小柄なセオドアの剣を見ているだけで重く感じるのは、彼がそれだけ打ち合う際に無駄がなく相手の芯をブレさせるような一撃を的確に放っているからだ。
人を殺した事がある人間の剣ではあるのだろう。
強ければ生き残る、弱ければ死ぬ、簡単な話だ。
王子が筆頭公爵側の選んだ護衛より強いのは明らかである。
だからこそ意図が読めない。
無駄な事ではないだろうか、わざわざ嫌がらせをするくらいに暇だというには手が込んでいる。
何かある筈なのにそれは見えてこない。
昨晩父親の名前を借りて王太子に手紙を出してみた。
どうせ手紙は王太子の手に届く前に確認されるものだからこそ、筆頭公爵側に何か情報を与えるのも馬鹿らしい。
接触した事実も下手を打てば怪しまれるだろう。
それ故にガレスが書いた文章は、父の名前は借りたが部署移動を願う嘆願書のていをしていた。
こう書けば面談でも何でも向こうからガレスへ接触せざるを得ない。
王太子に喧嘩を売ろうが、護衛としてガレスを選んだ人間達の思惑通りではある。かもしれない。
目の前で王子が教官である男の得物を叩き飛ばした。随分と遠くへ旅立ったそれが回転しながら地面に落ちる。
拍手などがおきる筈もなくセオドアは相手に一礼し、何やら自分の立ち回りの反省点などを口にしていた。
ガレスから見れば、小柄な王子様がこんなにも強くなってどうするのだろうと思う。
稽古を終えて訓練場の壁際まで歩く足音はまだ軽い。軽やかな子供のそれからあの攻撃を放ったのだ。
椅子に座ってメイドからタオルを受け取った王子が汗を拭って息を吐き出す。
肩で息をしながら落ち着くまで少しじっと背凭れに身を預けている姿は、遊び疲れた子供そのもののように見えた。
休憩用の簡素な椅子に不釣り合いな華奢な身体はいくら強いといっても幼い。
テーブルのない場所に水を持って現れたメイドから、それを受け取った小さな手が疲れの為か震えている。
落としそうなそれを膝をついたガレスの手が支えるとビクリと子供の肩が跳ねた。
「落ちそうに見えましたので、断りもなく失礼を致しました」
「いや、いい………助かっている」
ガレスを見た若葉の芽吹きを思わせる緑の瞳が瞬き、なにかを口にしようとして辞めたようだ。
ゆっくり水を飲み干す喉元の白さから視線を逸らすようにしてから、グラスを受け取る。
グラスを返したガレスを見たメイドは少し笑っていた。
その眼差しは暖かい。もしかしたらセオドアと親しい間柄なのだろうかとガレスも彼女に軽く頭を下げてから王子の元へ戻った。
セオドアの周りで異常なのは護衛だけだ。
注意深く見なくとも、後ろについていれば自然と城の中で王子へのあたりが強いのは護衛という名前の人間だけが当てはまっている事がわかる。
それでいて、周りは手をこまねいていた。
◆◆◆
王宮書庫は静寂に包まれている。
ガレスは本を読みそれから何かを書き写している王子を眺めながら、同僚が二人ほどいない事に気が付いた。
中庭を通る途中まではいた筈だが、この部屋に来てからは見ていない。
サボりにしては他の人間が静か過ぎる。
嫌な予感を感じながら、セオドアが身動いだ気配に彼の座っている椅子を支えた。
大人用の椅子から降りた子供がガレスを一瞥して目を伏せる。
本を何冊か抱えるように移動した彼に以前代わりに荷物を持つ事を提案したところ、少年が首を横に振ったのでそのままにしているが、小さな身体には不釣り合いと感じていた。
書庫は広い。子供からすれば尚更だろう。
セオドアの様子に気を配りながら邪魔にならないよう立っていると、書庫の扉をけたたましく開いた男が叫ぶ。
「ガレスとはお前か!少し顔を貸してもらおう」
何故か男はガレスを見るなり怒鳴り付けてくる。
不愉快極まりないが、誰だかわからない人間に失礼な態度を取るわけにもいかず無視もできない。
「確かに私はガレスと申しますが、この身はセオドア殿下の護衛でございます。まだ職務が残っておりますので……」
「そんな事はどうでもいい!いいから来い!」
何がどうでもいいのかは分からないが、どうでもは良くないだろう。
ガレスがセオドアの方を見ると、驚いた表情をした王子がまもなくして何時もの無表情に戻ると視線を逸らした。
何を思ったのかは分からなかったが、護衛が好き勝手にいなくなる生活に慣れていれば意見を求められると思わなかったのだろう。
「ガレス俺は平気だ。城の中で危険もなにもないゆえ、騎士団長殿のところへ行って来ればいい」
こいつが騎士団長、筆頭公爵家のボンボンか!と、ガレスはもう一度煩い喋り方の男を見た。
ついて来いと言わんばかりに顎をしゃくった男がドスドスと歩いて行く。
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