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王城には騎士団所属の騎士、そして騎士団や貴族から推薦される事により王族を護衛する護衛騎士、そのどちらにも属さない魔導騎士がいる。
ガレスは貴族院と国王からの推薦によりセオドアの護衛騎士となっているが、この場合は勿論、護衛対象のセオドアと国王ないし王太子が護衛騎士への命令権を持つ。
ガレスなどは基本的にセオドアの命を一番に優先させるが、この辺りは騎士個人の忠誠を誓う対象によるものだ。
王太子の発言から察するに自分の護衛騎士から謹慎中のセオドアに護衛をつけるという事だろう。
腑に落ちないのは、第三王子の護衛騎士が何故騎士団からの推薦騎士で固められているのかという事だった。
こういった場合は偏りが起こるのは避けるものであるし、現にセオドアへの執拗な嫌がらせは毎日のように繰り返されている。
筆頭公爵が騎士団長を使って騎士を紛れ込ませて、まるで王子に不祥事をおこさせ廃嫡させるか、物理的に害そうとしているようだ。
公爵令嬢のスクロールを使った攻撃も、セオドアは避ける気がなかった。
ガレスから見てそう見えただけの話だが、甘んじてあんなものを受けて抵抗もしないつもりなのか、どうしてと疑問が残る。
護衛騎士自体も持ち場を持っており、王子の自室の警護はそれ専門の人材が配置されていた。
ついてまわるガレス達とは引き継ぎなどは特にはないので会話もない。
セオドアを送り届け扉を閉めたガレスを見た部屋の前の護衛と軽く挨拶だけをかわす程度だ。
警戒されているような気にすらなる。
騎士など個人個人の主張が異なる事が殆どゆえに珍しくはない。
それで対立する場合も良くある事だ。
主君が同じとは限らない。それがわかっているから普通は同じ部隊には推薦や出身の偏りを減らし相互監視させる。
だからこそセオドアの置かれた状況の異様さが際立っていた。
月の光はまだ見えない。傾いた日が落ちて辺りは夜の帳が下りる。
帰宅のために立ち寄った護衛騎士の詰め所、その窓から見える空は夜には早く夕方というには暗い。
背中の痛みは雷の属性攻撃だった為に、着ていた甲冑を突き抜けて火傷を負った。
スクロールによる魔法の発動は詠唱がいらないぶん高位の術は使えない。
例外もあるが、城内で高位の攻撃魔法など使えば国家反逆罪に相当する。
人に向かって発動させるのもそうだが、高位魔法は周りが巻き添えを貰う。あの布陣で放てば発動させた本人も含めて何人かが確実に死ぬ。
まさか自殺願望でもない限りないだろうと、それを見越して背中で受けた。
咄嗟とはいえガレスがセオドアを抱き寄せたのは、余り褒められた事ではない。
流石に自分がこの短い期間を経て、完全に王子セオドアに肩入れしている自覚はあった。
あの淡い色の若葉のような目に見詰められた後、それを逸らされると胸の辺りがざわつく。
諦めのようなものを滲ませた瞳が悲しみの色を濃く宿している。
それに気が付いてしまったからだろうか、それも子供らしからぬあの己を律しようとしている子供に無我夢中とはいえガレス自身が手を伸ばしていた。
救おうだなんて大層なものではない。
自分の意思でそうした事が、誰の思惑の上であろうとガレスの内で何よりも確かな事実だった。
詰め所を後にしたガレスが通路を進めば何人かの夜勤の人間達とすれ違う。
いくつかの分岐と曲がり角を過ぎ、廊下のその先に待ち構えるように立っている人物が騎士団長であると確認すると、道をあけるべく壁側に寄る。
「妹がすまなかったな」
静かに告げられた騎士団長の言葉に、周りに他の人間の気配がない事を確認してから返事を返す。
「閣下、謝って頂く必要はないかと。私は己の職務を全うしたまでにすぎません」
「そうだな、だが借りは借りだ。これは王太子殿下から預かってきた」
相手の方も内密にしたい話なのだろう。
すれ違うていでガレスへと紙の束を押し付けてきた、それを黙って受け取る。
これでチャラにしろ、という事なのか分からないが騎士団長から渡された纏まった書類の束は、今一番ガレスが知りたい事が書かれているのだろうと、そう思った。
側から見ればすれ違いざまに声を掛けた程度の接触に見える、それの後に誰にも咎められる事もなく城の外へと移動する。
高台の公園に人影はない。季節の花と亜熱帯樹が闇の中、夜風にゆれている。
夜の影に満ちた園内で月明かりを頼りに、焦りを抑えながら紙の上の文字を追う。
紐を使ってファイリングされた紙の間には栞のかわりに植物の葉が挟まっている。
葉には随分と達筆な字で"あにうえありがとう"と書かれていた。
なんとなく普段の王子の字に似た面影がある。
もしかしなくともセオドアの字だろう。
遊びで書いたような幼い文字は兄弟の重ねた年月を感じさせた。
王太子がセオドアを大切にしていても、それがままならず。
いくつかの思惑があの子供に絡みつき、最早、王家の力では解く事ができない。
だからガレスに王子を守らせようとしているように思う。
書類に書かれているのは、王城で起こった第三王子セオドアが人を殺したという事件の記録だ。
事の顛末はこう書かれている。
王子の寝室に侵入した護衛として新しく加わったばかりの男と、警護にあたっていた護衛騎士一名が揉み逢いになった。
その末に護衛騎士が死んだ。
彼女はセオドア付きの騎士として一番古株だったらしい。
それを目の当たりにした王子は怒りに身を任せて侵入者を殺傷した。
あの小さな少年にそれが可能かはともかく、その男を護衛騎士に推薦していた筆頭公爵側はセオドアの証言を否認している。
その場が王子の寝室だった事からもセオドアへの責任追及等訴えた結果、昼は筆頭公爵家中心に夜は王家中心とした護衛による監視が決まったようだ。
城内といえど護衛の人数が無駄に多くセオドアにとって居心地のよい環境ではないのは、この条件を王家がのまざるを得ないタイミングになってしまったのだろう。
内政のごたつきと外交交渉のどちらを取るかで、大戦の終わりは王家に家族の犠牲を強いる結果となる。
国家を守るために王家はそう苦渋の決断をした。
そこに中立の貴族院側からの白羽の矢が立ったのが、ガレスだ。
いつの間にか横槍となっていた己の出方を王太子に、騎士団長の預かり知らない公爵令嬢の愚行や筆頭公爵への牽制にと使われたのは分かる。
しかしセオドアだ。
王太子がわざわざ記録を閲覧許可したことからも、見ろという意思は読み取れる。
だからといって、これであの子供の何がわかるのだろう。
怒りを露わにしてガレスを拒絶した小さな王子は今もひとりのままだ。
傍にいる事すらガレスには許されはしない。
ひたむきさが好ましいと思う。
努力家で、野心もないのに勉強家だ。
王子としてあの細い肩に一体どれほどのものを背負おうとしているのか。
あの幼い少年は誰からも庇われない状況に慣れてしまっていた。
だからガレスを拒んだのだろう。
それは悲しくはないのだろうか、寂しくはないのだろうか、どこかで泣いているのだろうか………
いや、泣ける場所があの子供にあるのだろうか。
雑嚢に書類を無理矢理詰め込むと、水辺の方へふと視線を向ける。
葉陰に隠れるようにして蛍がとまっていた。
紅い灯火がまたたく。
ついては消える柔らかい明かりに誘われて手を伸ばせば、何の変哲もない亜熱帯樹の葉が指に触れた。
その葉と同じ物を先程見たばかりだからだろう、予感を感じて水路の中へ足を踏み入れる。
精霊術というものは、身体の一部に精霊という生き物を宿す事だという。
王太子の瞳も、それの一種だ。
ガレスには精霊を見るような力はない。
貯水池の先の壁に彫刻が彫られている。
人工的な窪みがあり、池を横切るようにして壁に近付いた。
その彫像の影に蛍が消えた先に続く。
石の彫像の裏側には外からは死角になる位置に狭い足場がある。
そして思った通りの人物がそこに座っていた。
「セオドア殿下」
「ガレス、どうして………」
緑色の春の陽射しのような瞳を見開いた少年は、月明かりの下で艶やかな黒髪を夜風に靡かせた。
紅い蛍が彼の片側の瞳に帰ると、一瞬だけ夕陽を思い出したような色に染まったそれが音もなく元のセオドアの色に戻る。
涙の痕はみえないが、反射的に逃げようとする子供の手をガレスはしっかりと掴んでいた。
ガレスは貴族院と国王からの推薦によりセオドアの護衛騎士となっているが、この場合は勿論、護衛対象のセオドアと国王ないし王太子が護衛騎士への命令権を持つ。
ガレスなどは基本的にセオドアの命を一番に優先させるが、この辺りは騎士個人の忠誠を誓う対象によるものだ。
王太子の発言から察するに自分の護衛騎士から謹慎中のセオドアに護衛をつけるという事だろう。
腑に落ちないのは、第三王子の護衛騎士が何故騎士団からの推薦騎士で固められているのかという事だった。
こういった場合は偏りが起こるのは避けるものであるし、現にセオドアへの執拗な嫌がらせは毎日のように繰り返されている。
筆頭公爵が騎士団長を使って騎士を紛れ込ませて、まるで王子に不祥事をおこさせ廃嫡させるか、物理的に害そうとしているようだ。
公爵令嬢のスクロールを使った攻撃も、セオドアは避ける気がなかった。
ガレスから見てそう見えただけの話だが、甘んじてあんなものを受けて抵抗もしないつもりなのか、どうしてと疑問が残る。
護衛騎士自体も持ち場を持っており、王子の自室の警護はそれ専門の人材が配置されていた。
ついてまわるガレス達とは引き継ぎなどは特にはないので会話もない。
セオドアを送り届け扉を閉めたガレスを見た部屋の前の護衛と軽く挨拶だけをかわす程度だ。
警戒されているような気にすらなる。
騎士など個人個人の主張が異なる事が殆どゆえに珍しくはない。
それで対立する場合も良くある事だ。
主君が同じとは限らない。それがわかっているから普通は同じ部隊には推薦や出身の偏りを減らし相互監視させる。
だからこそセオドアの置かれた状況の異様さが際立っていた。
月の光はまだ見えない。傾いた日が落ちて辺りは夜の帳が下りる。
帰宅のために立ち寄った護衛騎士の詰め所、その窓から見える空は夜には早く夕方というには暗い。
背中の痛みは雷の属性攻撃だった為に、着ていた甲冑を突き抜けて火傷を負った。
スクロールによる魔法の発動は詠唱がいらないぶん高位の術は使えない。
例外もあるが、城内で高位の攻撃魔法など使えば国家反逆罪に相当する。
人に向かって発動させるのもそうだが、高位魔法は周りが巻き添えを貰う。あの布陣で放てば発動させた本人も含めて何人かが確実に死ぬ。
まさか自殺願望でもない限りないだろうと、それを見越して背中で受けた。
咄嗟とはいえガレスがセオドアを抱き寄せたのは、余り褒められた事ではない。
流石に自分がこの短い期間を経て、完全に王子セオドアに肩入れしている自覚はあった。
あの淡い色の若葉のような目に見詰められた後、それを逸らされると胸の辺りがざわつく。
諦めのようなものを滲ませた瞳が悲しみの色を濃く宿している。
それに気が付いてしまったからだろうか、それも子供らしからぬあの己を律しようとしている子供に無我夢中とはいえガレス自身が手を伸ばしていた。
救おうだなんて大層なものではない。
自分の意思でそうした事が、誰の思惑の上であろうとガレスの内で何よりも確かな事実だった。
詰め所を後にしたガレスが通路を進めば何人かの夜勤の人間達とすれ違う。
いくつかの分岐と曲がり角を過ぎ、廊下のその先に待ち構えるように立っている人物が騎士団長であると確認すると、道をあけるべく壁側に寄る。
「妹がすまなかったな」
静かに告げられた騎士団長の言葉に、周りに他の人間の気配がない事を確認してから返事を返す。
「閣下、謝って頂く必要はないかと。私は己の職務を全うしたまでにすぎません」
「そうだな、だが借りは借りだ。これは王太子殿下から預かってきた」
相手の方も内密にしたい話なのだろう。
すれ違うていでガレスへと紙の束を押し付けてきた、それを黙って受け取る。
これでチャラにしろ、という事なのか分からないが騎士団長から渡された纏まった書類の束は、今一番ガレスが知りたい事が書かれているのだろうと、そう思った。
側から見ればすれ違いざまに声を掛けた程度の接触に見える、それの後に誰にも咎められる事もなく城の外へと移動する。
高台の公園に人影はない。季節の花と亜熱帯樹が闇の中、夜風にゆれている。
夜の影に満ちた園内で月明かりを頼りに、焦りを抑えながら紙の上の文字を追う。
紐を使ってファイリングされた紙の間には栞のかわりに植物の葉が挟まっている。
葉には随分と達筆な字で"あにうえありがとう"と書かれていた。
なんとなく普段の王子の字に似た面影がある。
もしかしなくともセオドアの字だろう。
遊びで書いたような幼い文字は兄弟の重ねた年月を感じさせた。
王太子がセオドアを大切にしていても、それがままならず。
いくつかの思惑があの子供に絡みつき、最早、王家の力では解く事ができない。
だからガレスに王子を守らせようとしているように思う。
書類に書かれているのは、王城で起こった第三王子セオドアが人を殺したという事件の記録だ。
事の顛末はこう書かれている。
王子の寝室に侵入した護衛として新しく加わったばかりの男と、警護にあたっていた護衛騎士一名が揉み逢いになった。
その末に護衛騎士が死んだ。
彼女はセオドア付きの騎士として一番古株だったらしい。
それを目の当たりにした王子は怒りに身を任せて侵入者を殺傷した。
あの小さな少年にそれが可能かはともかく、その男を護衛騎士に推薦していた筆頭公爵側はセオドアの証言を否認している。
その場が王子の寝室だった事からもセオドアへの責任追及等訴えた結果、昼は筆頭公爵家中心に夜は王家中心とした護衛による監視が決まったようだ。
城内といえど護衛の人数が無駄に多くセオドアにとって居心地のよい環境ではないのは、この条件を王家がのまざるを得ないタイミングになってしまったのだろう。
内政のごたつきと外交交渉のどちらを取るかで、大戦の終わりは王家に家族の犠牲を強いる結果となる。
国家を守るために王家はそう苦渋の決断をした。
そこに中立の貴族院側からの白羽の矢が立ったのが、ガレスだ。
いつの間にか横槍となっていた己の出方を王太子に、騎士団長の預かり知らない公爵令嬢の愚行や筆頭公爵への牽制にと使われたのは分かる。
しかしセオドアだ。
王太子がわざわざ記録を閲覧許可したことからも、見ろという意思は読み取れる。
だからといって、これであの子供の何がわかるのだろう。
怒りを露わにしてガレスを拒絶した小さな王子は今もひとりのままだ。
傍にいる事すらガレスには許されはしない。
ひたむきさが好ましいと思う。
努力家で、野心もないのに勉強家だ。
王子としてあの細い肩に一体どれほどのものを背負おうとしているのか。
あの幼い少年は誰からも庇われない状況に慣れてしまっていた。
だからガレスを拒んだのだろう。
それは悲しくはないのだろうか、寂しくはないのだろうか、どこかで泣いているのだろうか………
いや、泣ける場所があの子供にあるのだろうか。
雑嚢に書類を無理矢理詰め込むと、水辺の方へふと視線を向ける。
葉陰に隠れるようにして蛍がとまっていた。
紅い灯火がまたたく。
ついては消える柔らかい明かりに誘われて手を伸ばせば、何の変哲もない亜熱帯樹の葉が指に触れた。
その葉と同じ物を先程見たばかりだからだろう、予感を感じて水路の中へ足を踏み入れる。
精霊術というものは、身体の一部に精霊という生き物を宿す事だという。
王太子の瞳も、それの一種だ。
ガレスには精霊を見るような力はない。
貯水池の先の壁に彫刻が彫られている。
人工的な窪みがあり、池を横切るようにして壁に近付いた。
その彫像の影に蛍が消えた先に続く。
石の彫像の裏側には外からは死角になる位置に狭い足場がある。
そして思った通りの人物がそこに座っていた。
「セオドア殿下」
「ガレス、どうして………」
緑色の春の陽射しのような瞳を見開いた少年は、月明かりの下で艶やかな黒髪を夜風に靡かせた。
紅い蛍が彼の片側の瞳に帰ると、一瞬だけ夕陽を思い出したような色に染まったそれが音もなく元のセオドアの色に戻る。
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