聖典の守護者

らむか

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六章 モノマニア・マイスター

バルカの手紙

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※「六章 モノマニア・マイスター」最終話です。
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 EUNOIAへ。

 君に会いに行ったよ。
 最初は驚いた様子だったが、すぐにおれだと気づいてくれたね。
 君の部屋は日当たりが良くて、景色も良い。
 部屋は清潔だし、美しい花も飾られている。
 ちゃんとした扱いを受けていることに、安心したよ。
 初めて出会った時、君はずいぶんと荒れていたからね。
 実は、君たち三人がおれと君が初めて出会った場所(おれたちはその場所を虚空ヴォイドと呼んでいる)を去って行くのを岩陰で見送ったんだ。

 ロイドという男は、狂戦士バーサーカーという強烈な体質を持ってはいるが、君に対してはとても紳士的で、愛情深いと感じたよ。
 それは、虚空ヴォイドで君を見つけた時の彼の行動からもわかる。
 君はそう感じていないかもしれないけどね。
 アッシュは相変わらずうっかりした奴だ。
 悪魔を使役し終え、用が済んだら不可視の糸は回収しなければならない、と教えていたんだけどな。
 だが、そのうっかりのおかげでおれは自力で外の世界へ出ることができた。

 君はきっとどうしておれが彼らのことを詳しく知っているのか不思議に思っているだろうな。
 特殊な状況下では一度に全てを書くことはできないし、そんなチャンスは滅多に巡って来ない。

 あの書架で埋め尽くされた文書館へ出た時のことを伝えたい。
 細くて長い縦穴を這い上って外へ出ると、十体ほどの自動人形オートマータに一斉に襲われたんだ。
 間一髪のところで一体の自動人形オートマータの憑依に成功したんだが、(君に会いに行ったラベンダー色の髪の自動人形オートマータだ)これが思った以上に大変だった。
 自動人形オートマータは身体からおれを排除しようとしてきた。
 魂の存在であるおれは他の生き物に憑依できるが、あまりに高等な生物は魂が強いので抵抗を受けるんだ。
 初めて自動人形オートマータという魂の無いものに憑依したけど、自動人形オートマータに対する認識が甘かったと痛感したよ。
 魂は無いが、あれは人形ではない。
 “EUREKA”の文字を、たった六文字を走り書きするのにも相当な精神力が必要だったよ。
 うまく説明できないけど、もう一度憑依しろと言われたら、憑依しなくて済む別の方法を考えてしまうな。

 ここからはおれ自身の話だ。
 虚空ヴォイドで、君はおれに“話せないの?”と聞いたね。
 気まずい思いをさせてしまったが、実は、話せるんだ。
 だが、言葉を発するとデューイに気づかれてしまう。
 デューイというのは実体を持つおれの半身だ。
 おれはデューイという人間だったが、デューイ本人から切り離されてしまった魂の存在なんだ。
 虚空ヴォイドで君が見たおれの姿は魂の容れ物、仮初の器だ。
 この脆い器は、何かに憑依したり、一度壊れてしまうと虚空ヴォイドへ戻るまで再生できない厄介な代物なんだ。
 虚空ヴォイドはデューイの左目の中にある。
 妙な話だが、簡単に言ってしまえば、デューイとおれとロイドは虚空ヴォイドと文書館を介して繋がっているんだ。
 もう何を言っているのかわからないよね。
 おれもそう思う。
 とにかく今は、彼の目を盗んでこれを書いている。
 こんなこと、ほんとうはしちゃいけないんだが。

 賢明な君ならもうすでにわかっていると思うけど、改めて言うが、虚空ヴォイド幽世かくりよではないし、あの緑色の虫はトコヨガミという名のただの虫だ。
 あんなうるさくて性格の悪い虫が神様なんてことは絶対にない。

 叡智の結晶聖典グリモアを継承する偉大な民の生き残りである君へ。
 大量虐殺ホロコーストを生き延びた奇跡の人へ。
 もし可能ならば、おれに実体が得られる方法を聖典グリモアの力で調べてくれないか。
 秘術を用いてデューイがおれという魂を切り離した時、彼は取り返しのつかない代償を支払った。
 実体を得られるならば、どんな危険もどんな代償も厭わないつもりだ。

 チャンスがあればまた君に会いに行きたいと思っているが、今のところそれは叶わないだろう。
 そうそう何度も黒い執事の少年について行くわけにもいかないし、それに君のいる場所は、狂戦士バーサーカーロイドの君臨する城の中。
 そして、その城と領地を守るのはあのいかづちをまとう強力なドラゴンだ。

 ドラゴンに見つからないように君に手紙を届けることはとても困難なことだが、優秀なアルヴィン(そのフクロウの名前。男の子だ)ならできる。
 とても賢くて気高くて、それが少々鼻につく時もあるが、勇敢で、それでいて慎重だ。
 人の言葉を理解できる。
 そして、文字を書くこともできる!
 驚異的だろ?
 戻ってきたら君の様子を紙に書き出してもらうつもりだし、きっと君からの返事を携えていると信じている。

 ユノア、君は魂を鷲づかみにされたことはあるか?
 おれは三日前、文字通り(比喩表現じゃなくて)、鷲づかみにされたんだ。
 おかしな話だが、ほんとうに死ぬかと思ったよ。
 水差しから中身が漏れるように、血の気が引くのを感じたんだ。
 血なんかないのにね。
 おれを、実際にはおれの魂を鷲づかみにしたその男は自分のことを、“神に最も近い男”だと、言い切った。
 見た目はただの人間だが、本当に神に近いのか、神通力でも宿っているのか知らないが、その男は上記に書いた、“おれ自身の話”を全て言い当てた。
 もしかしたら、その男は切り離された魂に実体を得られる方法を知っているかもしれないが、もう二度とあんな目には遭いたくないね。

 詳しくは書けないが、とにかくその男のおかげでおれの半身であるデューイは大金を手にしたにもかかわらず、精神状態が最悪なことになっている。
 偏執狂な彼は今、屈辱と復讐の塊みたいな状態だ。
 狂気バーサクに陥ったロイドよりも酷いもんだよ。
(こんな風に言ったら、君は気分を害するかな?)
 おれとデューイは心で繋がっているから、彼の精神状態が最悪だと、おれの精神にもかなり影響する。
 このことが、おれが実体を得たい一つの理由でもある。
 そろそろ、書けなくなってきた。
 心を無にして文字を書くのはなかなか難しい。

 そうだ。 最後に……
 君は文書館で定期的に本を借りているんだよね。
 すごく面白い本を見つけたんだ。
 自動人形オートマータに憑依するのは骨が折れるが、次にあの黒い執事の少年が文書館へ来た時にそれとなく伝えてみるよ。
 君はきっとその本を気に入ると思う。
 そして、手放したくないと思うはずだ。

  VERUMでありSPIRITであるBARCAより。


 ††


「ごめんね。お水しか出せなくて」
 ユノアはバルコニーの手すりに留まっているフクロウのアルヴィンに声をかけ、平皿に入れた水を差し出した。
 アルヴィンは素直に口をつけた。
 ユノアはアルヴィンのふわふわした羽角を静かに撫でた。

 グレムリンが庭園の花に水を撒いている音と彼の鼻歌が聞こえる。
 死角になっているので仮にも彼がバルコニーを見上げても、アルヴィンの姿は見えないだろう。

 バルカの手紙を読み終えたユノアは紙とペンを差し出し、いくつか質問をしたが、アルヴィンはプイとそっぽを向いてペンを咥えようともしなかった。
 きっと、どのような質問にも答えてはならない、とバルカから指示を受けているのだろう。
 尋ねたいことはたくさんあったが、それはすべて手紙に認めた。

「アルヴィン、あなたはもしかしてガフールの勇者のひとり?」
 ユノアは手紙をアルヴィンの首に下がった革製のポシェットのような入れ物に入れ、慎重に閉じた。
「無事に届きますように」

 アルヴィンは水を飲み終えると、しばらく手すりに留まっていたが、玄関エントランスの大きな扉の閉まる音を合図に飛び立った。

 ユノアは手を額にかざし、燦然と輝く太陽へ向かって遠ざかるフクロウをいつまでも見送った。

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「七章 不可逆属性異種ロマンス」
へ、続きます。
BL要素と露骨な性表現を含みます。
宜しくお願い致します。
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