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本編
9 空腹解決計画
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現在IMROのある国はかつて永世中立国であった。200カ国あまりあった時代から数百年を経た結果、欧州魔法連邦国、通称【EMF】の一部となったが、西暦2667年現在も国民皆兵の姿勢だけは強く残している。
現在時刻午前11時37分、ティエラは繁華街の雑踏の中、非常に困惑していた。
「具申します。ネーヴェは次にあのSushiと書かれた店に行きたいです」
「ネーヴェ、あなたまだ食べる気なの?」
「肯定します。ネーヴェの計算上では満腹度42%、よってまだ食べられます。つまり余裕です」
「はぁ……経費の上乗せ申請しないと持たないわよ。これ」
少女の複製体に移植された人工知能GC、改めネーヴェが所長に伴われて第3試験棟に現れ、ティエラと暮らし始めてから早5日が経過した。そんな折、休暇を利用して街を散策したいとネーヴェに強請られた。
ティエラはネーヴェを連れ、IMRO近くにある中心街と呼ばれる中の一角、通称食い倒れ横丁と呼ばれ、多くの市民に親しまれている区画へと来ていた。
生きた身体を手に入れてからというもの、ネーヴェは食事に対して並々ならぬ興味を示していた。移植後にそんな暴食がまかり通るのも、技術の進歩の賜物だろう。
ネーヴェが自己の身体を勝手に調整している可能性は消せないが、考えるだけ無駄なことだ。
かれこれ次の店で4件目になる。ティエラは視界の端に投影され、正に目に見えて減っていく残金を確認し、再度顔をしかめた。
「表明します。ネーヴェは主任研究者ティエラ・ディ・ヨングスに……」
「いちいちフルネームなんておかしいわ。ティエラでいいわよ」
「おかしいのですか……要請を受諾します。ネーヴェは……ティエラ、この身体は未だ空腹を訴えています。早急な解決を希望します」
「はいはい、じゃあいくわよ」
「思考します。ネーヴェはこの感情を解析……完了……歓喜と認定します。嬉しい?」
ティエラは首を傾げるネーヴェを尻目に『Sushi』と彫られた木製の看板が掲げられた店に勢いよく入った。もはやこうなればやけというやつだ。
「いらっしゃいませ~!」
「ああ、えっと……2人です」
勢いよく店に入ったものの、プライベートでは単独行動が常のティエラだ。
未だにネーヴェが同伴している状況に慣れず、彼女がちゃんと自分の後を付いて来ているかすぐに不安になり、尻すぼみなった声で店員に返した。
それを元気良く迎え入れた店員は、ティエラの勢いにクレーマーの類かと身構えたが、勢いとは裏腹に意外と小さな声で安堵した。
ティエラはネーヴェが迷わず店内に入って来たので安堵した。何やら店員と呼吸が合ったような気がしたが、さすがに気のせいだろう。
ネーヴェと店員の案内に付いて行くと、奥の客席から見慣れた顔が近付いてきた。
「あれ? ティエラさんじゃないですか! 偶然ですね!」
「あら、クロムじゃない。何してんのよ」
「あ、え~っとですね。それが……」
ティエラはクロムがいたと思われる席を見た。そこにはIMRO第2試験棟で、容姿の美しさに定評のある女性研究員がいた。
「ふ~ん、なるほどねぇ……。クロム、別に遊ぶなとは言わないけど、ほどほどにしなさいよ?」
「あぁ……はい。そうします」
「魔器動作試験士班長クロム・ハヤカワと認識します。ネーヴェは挨拶します。こんにちは」
「あ、ネーヴェちゃん。こんにちは! 今日はティエラさんと食事かい?」
話が自分にとって良くない展開に進み過ぎる前に、クロムはネーヴェの意図せぬ助け舟に第3試験棟での経験則を活かし、反射的に乗っかった。
「肯定します。ネーヴェはSushi? という物を食べにきました」
「へぇ~! ここのネタは最高だよ! この店は魚介の養殖場を近くに持っててさ、鮮度が抜群なんだ!」
西暦2667年現在、海洋汚染は悪化の一途で、養殖場は限られた高額な陸地を掘って造られている。決して庶民では手が届かない値が付けられたその土地を買い、そこに養殖場まで建造し所有していれば、中堅以上の店というのが一般的な常識であり見解である。
また海洋で獲られた魚介類は非常に高価で、庶民はまずお目にかかれない。尚、水質が保全された海洋は世界中で5%未満とも言われている。
「解析します。ネーヴェは……鮮度……検索……完了。食肉等の高品質を指す言葉と理解します」
「うんうん、そうそう。まあ食べてみてよ!」
「彼女、待っているわよ」
「あ、すいません。店員さんも邪魔してすいませんね。ではまた! ネーヴェちゃんバイバーイ!」
「解析します。ネーヴェは……バイバーイ……検索……完了。人間同士が別れ際に使う言葉と確認しました。バイバーイ」
ネーヴェはとっくに自席へと戻ってしまったクロムの方に向かって、ヒラヒラと手を振った。
ティエラはこの流れでクロムの隣の席に案内されては笑えないと思ったが、どうやら杞憂のようだ。
「さ、ネーヴェ、座りましょ」
「賛成します。ネーヴェは脚部に疲労を体感しました。急ぎましょう」
「もう、そんなこと言って、早く食べたいだけなんでしょ? フフ」
この日、ティエラは結局夕方近くまで飲食店巡りに付き合わされ、疲労回復に使われるはずの休暇は無為に終わった。また、ティエラ1人であれば2、3週間は十分に食べていける金銭を失った。
ティエラはこの日、経費の上乗せ申請を固く決意した。
✡✡✡✡✡✡
『――人間とは何か、それは生体を手に入れた意識か、はたまた意識を手に入れた生体か、この謎を解き明かす事は恐らく未来永劫無いだろう』
科学誌ヴァーハイト、ヒルダ・プルミエールへのインタビュー記事より抜粋
現在時刻午前11時37分、ティエラは繁華街の雑踏の中、非常に困惑していた。
「具申します。ネーヴェは次にあのSushiと書かれた店に行きたいです」
「ネーヴェ、あなたまだ食べる気なの?」
「肯定します。ネーヴェの計算上では満腹度42%、よってまだ食べられます。つまり余裕です」
「はぁ……経費の上乗せ申請しないと持たないわよ。これ」
少女の複製体に移植された人工知能GC、改めネーヴェが所長に伴われて第3試験棟に現れ、ティエラと暮らし始めてから早5日が経過した。そんな折、休暇を利用して街を散策したいとネーヴェに強請られた。
ティエラはネーヴェを連れ、IMRO近くにある中心街と呼ばれる中の一角、通称食い倒れ横丁と呼ばれ、多くの市民に親しまれている区画へと来ていた。
生きた身体を手に入れてからというもの、ネーヴェは食事に対して並々ならぬ興味を示していた。移植後にそんな暴食がまかり通るのも、技術の進歩の賜物だろう。
ネーヴェが自己の身体を勝手に調整している可能性は消せないが、考えるだけ無駄なことだ。
かれこれ次の店で4件目になる。ティエラは視界の端に投影され、正に目に見えて減っていく残金を確認し、再度顔をしかめた。
「表明します。ネーヴェは主任研究者ティエラ・ディ・ヨングスに……」
「いちいちフルネームなんておかしいわ。ティエラでいいわよ」
「おかしいのですか……要請を受諾します。ネーヴェは……ティエラ、この身体は未だ空腹を訴えています。早急な解決を希望します」
「はいはい、じゃあいくわよ」
「思考します。ネーヴェはこの感情を解析……完了……歓喜と認定します。嬉しい?」
ティエラは首を傾げるネーヴェを尻目に『Sushi』と彫られた木製の看板が掲げられた店に勢いよく入った。もはやこうなればやけというやつだ。
「いらっしゃいませ~!」
「ああ、えっと……2人です」
勢いよく店に入ったものの、プライベートでは単独行動が常のティエラだ。
未だにネーヴェが同伴している状況に慣れず、彼女がちゃんと自分の後を付いて来ているかすぐに不安になり、尻すぼみなった声で店員に返した。
それを元気良く迎え入れた店員は、ティエラの勢いにクレーマーの類かと身構えたが、勢いとは裏腹に意外と小さな声で安堵した。
ティエラはネーヴェが迷わず店内に入って来たので安堵した。何やら店員と呼吸が合ったような気がしたが、さすがに気のせいだろう。
ネーヴェと店員の案内に付いて行くと、奥の客席から見慣れた顔が近付いてきた。
「あれ? ティエラさんじゃないですか! 偶然ですね!」
「あら、クロムじゃない。何してんのよ」
「あ、え~っとですね。それが……」
ティエラはクロムがいたと思われる席を見た。そこにはIMRO第2試験棟で、容姿の美しさに定評のある女性研究員がいた。
「ふ~ん、なるほどねぇ……。クロム、別に遊ぶなとは言わないけど、ほどほどにしなさいよ?」
「あぁ……はい。そうします」
「魔器動作試験士班長クロム・ハヤカワと認識します。ネーヴェは挨拶します。こんにちは」
「あ、ネーヴェちゃん。こんにちは! 今日はティエラさんと食事かい?」
話が自分にとって良くない展開に進み過ぎる前に、クロムはネーヴェの意図せぬ助け舟に第3試験棟での経験則を活かし、反射的に乗っかった。
「肯定します。ネーヴェはSushi? という物を食べにきました」
「へぇ~! ここのネタは最高だよ! この店は魚介の養殖場を近くに持っててさ、鮮度が抜群なんだ!」
西暦2667年現在、海洋汚染は悪化の一途で、養殖場は限られた高額な陸地を掘って造られている。決して庶民では手が届かない値が付けられたその土地を買い、そこに養殖場まで建造し所有していれば、中堅以上の店というのが一般的な常識であり見解である。
また海洋で獲られた魚介類は非常に高価で、庶民はまずお目にかかれない。尚、水質が保全された海洋は世界中で5%未満とも言われている。
「解析します。ネーヴェは……鮮度……検索……完了。食肉等の高品質を指す言葉と理解します」
「うんうん、そうそう。まあ食べてみてよ!」
「彼女、待っているわよ」
「あ、すいません。店員さんも邪魔してすいませんね。ではまた! ネーヴェちゃんバイバーイ!」
「解析します。ネーヴェは……バイバーイ……検索……完了。人間同士が別れ際に使う言葉と確認しました。バイバーイ」
ネーヴェはとっくに自席へと戻ってしまったクロムの方に向かって、ヒラヒラと手を振った。
ティエラはこの流れでクロムの隣の席に案内されては笑えないと思ったが、どうやら杞憂のようだ。
「さ、ネーヴェ、座りましょ」
「賛成します。ネーヴェは脚部に疲労を体感しました。急ぎましょう」
「もう、そんなこと言って、早く食べたいだけなんでしょ? フフ」
この日、ティエラは結局夕方近くまで飲食店巡りに付き合わされ、疲労回復に使われるはずの休暇は無為に終わった。また、ティエラ1人であれば2、3週間は十分に食べていける金銭を失った。
ティエラはこの日、経費の上乗せ申請を固く決意した。
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『――人間とは何か、それは生体を手に入れた意識か、はたまた意識を手に入れた生体か、この謎を解き明かす事は恐らく未来永劫無いだろう』
科学誌ヴァーハイト、ヒルダ・プルミエールへのインタビュー記事より抜粋
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